表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/566

04-20 魔法事故

99話


----













 ううううっ……ここは?



 薄暗い……天井がある。



 ここは室内?……。



 誰かが手を……手を握ってくれてる。


 ここは?


 身体は動くけど、何かが乗ってる、重い。

 ぐっ……痛たた。……身体のあちこちが痛い。


 体を起こそうとすると誰かがしがみついて……。

 ああ、ブルネットの髪が……。


 胸に何か重いものが乗ってたのはパシテーだった。


 周りを見渡すと、ロザリンドが涙目で右手を握っていて、すぐその横にはサオがものすごく心配そうに見てる。


 パシテーと目が合った。


 むちゃくちゃ泣いた後なのだろうか、目を真っ赤にはらしている。


「兄さま、兄さま……生きててよかったの。生きててよかったの」


 パシテーが取り乱すほど泣きじゃくるのを見たのは初めてだった。


「……、みんな何してんの? 俺は?」


 ロザリンドはアリエルの手を握り直し、温かみを確かめながら疑問の答えを語り始めた。


「今日、原因不明の大爆発があったの」

「大……? 爆発……」


 記憶がハッキリしなくて、混乱気味のアリエルをなだめながら、最初から優しく説明することになったロザリンド。


「今朝、私たちがスケートの練習をしてたら東の森が真っ白な光に包まれたの。光ってから数秒後に耳をつんざくような爆音と衝撃が襲ってきて砦にも少し被害が出たわ。爆風で飛んできた物に当たってけがをした人が12人。そのあと砦にあなたが居ないのに気付いて皆で森に入って行った、たくさんの針葉樹が放射状に倒れてて、直径80メートルぐらいのクレーターになってた。そうね、まるで隕石でも落ちてきたのかと思うような、そんなイメージ」


 大爆発ってことは? やっぱアレなんだろうな。

 正直、よく覚えてない。


「みんな悪い予感がしてたのよ。パシテーはパニックになって取り乱すし、てくてくがあなたの埋まってる場所を見つけてくれなかったらあなた死んでたのよ。地面を掘り返して見つけたと思ったら大火傷で死にかけてるしさ、心配しすぎてパシテーが倒れたんだからね。何でそんなに心配させるの」


 胸にしがみつくパシテーの髪を撫でながらぼやっとした記憶を整理している。たしか用意した[爆裂]が大きすぎて圧縮できなかったから周囲を[爆裂]で包むようにして衝撃波で圧力をかけたんだった。それで80メートルのクレーターか。生きててよかったというよりも"アレ食らって生きてるなんて、さすが俺!"だよね。ちょっと自慢なんだけど……、守備隊のなかからケガ人が出たならマズい。反省した顔みせとかないとパシテーに怒られる未来しか想像できない。


「そうだったのか。ごめん。それより、けがした人は?」

「砦の改修をしていた王国騎士12人、みんな軽傷だから心配しないで」


 ケガ人が大したことないと聞いて、少しだけホッと胸をなでおろすと立て付けの悪い蝶番からギギィィィと錆びた音を鳴らして扉が開き、大人バージョンてくてくとトリトンが入ってきた。てくてくは18歳ぐらいに見える。ってことは、いま深夜。22時から02時ぐらいの胸だった。


「さてアリエル、お前を心配するのはもうロザリンドさんやパシテーさんに任せたから私は守備隊長の職務を遂行するぞ。王国騎士にケガ人が出てるからちょっと話を聞かせてもらいたいのだが、大丈夫かな?」


「父さん、ごめんなさい。俺の魔法実験に巻き込まれてケガをしたひとにお詫びをしたい」


 トリトンはベッドに腰かけるアリエルを訝しむ目で、足のつま先から頭のてっぺんまでをジロジロ見た。アリエルがロザリンドに抱えられて来たときは本当に死んでしまうんじゃないかと思うほどの大ヤケドを負っていた。


 あれほどの大ヤケドが治癒魔法もなしにもう治りかけている。

 いまアリエルは魔法の実験と言った。そういえば家庭教師を頼んですぐに庭を壊した事件を思い出した。破壊する規模は大違いだが、あの時もトリトンは最初アリエルが壊したとは思わなかった。


「魔法の実験? あれは魔法なのか。森が丸ごと無くなってたんだぞ?」

「ごめん、ちょっと危険なのは分かってたんだ。だから砦から離れて森の奥で実験しようと思って。それで気がついたらここで寝てたから、詳しいことは分からないんだ」


「なあアリエル、お前も家族がいるんだ。もう心配をかけるな。パシテーさんは心労で倒れたし、ロザリンドさんは結婚した翌日に未亡人になるところだったんだぞ。父親として説教してやりたくて仕方ないのだが、それもロザリンドさんとパシテーさんに任せる。まあ、今日のところは良く寝て、明日は朝から現場に行って調査だけど、一緒に来れそうか?」


「ああ、大丈夫。ダメージは回復したから。心配かけてごめん」

 ベッドを降りて体中、瘡蓋かさぶただらけの身体を掻く。痒いったらありゃしない。

 こんなに瘡蓋かさぶたまみれになってるってことは、大火傷を負ったのだろう。まあ、即死さえしなければあんまり死ぬことはないから、本当はそんなに心配いらないと思うんだけど。


 そのまま砦を出てカマクラに戻ると、女たち4人全員からジト目のシャワーを浴びた。

「マスター、説明するの。みんな心配したのよ」


「風呂入りてえ。全身のかさぶたが剥がれてガサガサになってかゆいし、髪はチリチリになってるから切ってもらわないといけないし」


「ちょっと、待ちなさいよ」

「じゃあロザリンド、一緒に風呂はいろう。背中流してくれ」


「……… ぐっ、ちょっ、まって。心の準備が」

 ロザリンドの弱点を見つけた。真っ赤になって頭から湯気が出てる……。今日のところはこれで切り抜けられたらいいけど……。


「この妖艶ボディのアタシがその役を……」

「ダメなの、あと、ここで脱ぐのもダメなの。服を着るの。はやく」


「パシテー、一緒に風呂はいるか?」

「……いいけど、きっと姉さまの怒髪衝天どはつしょうてんが見られるの」

「もういいよ、じゃあ弟子に背中流してもらうから」


「「「 ダメっ! 」」」



----


 風呂入る前、毛先がチリチリになった髪をパシテーに切ってもらって少し短髪になった。

 短髪はロザリンドの好みらしく、ロザリンドの中でのパシテー株がまたひとつ上がったっぽい。風呂は一人ずつ順番で入り、ドライヤーの魔法でロザリンドとサオが髪を乾かしてる間に寝たふりを決め込むことにした。


「マスター、アタシにウソ寝は通用しないのよ」


「チッ」


 くっそ、てくてくも怒ってる。

 こりゃ分が悪い。ちゃんと正座して、きっちりと頭を下げて謝ることにした。


「えーと、皆さま、今日は本当に心配をかけてしまいました。ごめんなさい。明日は早いからもう寝よう」


 アリエル以外の者はみんな、この男は、一日寝てたくせに、あんなにもひとを心配させたくせに、しゃあしゃあと皆を寝かしつけようとする。なぜそんなに秘密主義なのかと。


 ここにいる女たちの興味は魔法実験の事じゃなくて、なんでそこまでして話したくないのかという事に興味が移ってしまった。


「うやむやにする気ね。隠し事はやめて。みんな心配したのよ。パシテーは倒れるほど心配してた。それを何も言わずに寝る気なの?」


「隠し事なんかしてないし、あれは本当に事故だったんだ」


「兄さま、なぜ、私たちに黙って一人で林に行って魔法の実験をしたの?」

「いや、みんな魔法の鍛錬で忙しそうだったからさ、ヒマだったんだ」


 ロザリンドは開いた口が塞がらなかった。

「ヒマ? あなたいまヒマって言った??」


 パシテーのほうはロザリンドとは違って、アリエルが勝手にしたことだというのに深く反省していた。まるで保護者だ。

「……、ごめんなさい。もう絶対に兄さまをひとりにしないの」


 一昨日、トリトンから『心配をかけることに関しては天才』だと言われ、あまり意味が分からず頷いたけれど、いまその意味が心労としてロザリンドの肩にのしかかる。


「ヒマだからって地形が変わる程の大爆発を起こして死にかけるなんて信じられない。あれ地図を書き換えるレベルの大破壊よ? 森がなくなってたんだからね……」


「ロザリンド、パシテー、ごめんよ。でも弟子の前でそう怒るなよ……」


「サオ、兄さまは天才だけどアホなの。私も殺されかけたことあるし、師匠もトリトンさんも同じこと言うの。気を付けてね、兄さまの弟子なんかやってると命なんかいくつあっても足りないの」


「ええっ、そんな、今更そんなこと言われても……」

「ほらサオが後悔してるじゃないか。あれは事故なんだってば」


 もう二度とこの男をヒマにしてはいけない。

 一人にしてもいけない。

 目を離してもいけない。


 みんなそう心に刻んだ。



「マスター、それよりどんな魔法なの? アタシはそっちが気になるのよ」

「でかい[ファイアボール]だよ。俺が使えるのはその程度だって知ってるだろ?」

「どんだけデカいのよ。爆発させたの? アホなの?」

「ちょっと怖い雰囲気だったから3、400メートル離れたまでは覚えてる」

「ほんとアホなのよ。耐熱障壁も耐風障壁も張った形跡なかったし」

「あ、俺、障壁使えないんだ。習ってないし」


 ロザリンドとサオには驚きの真相である。

 まさか無詠唱の魔導師の口から初級の障壁魔法を『習ってないから使えない』なんて言葉が出てくるなど思って無かったのだから。


 思わず口をついて出たのだろう、ロザリンドが驚きの声を上げた。


「えーっ、初歩の初歩じゃん。トーチの次じゃん。私でも使えるわよ」

「兄さま、初等部入ったばかりの子が最初から習う初歩の魔法なの。明日さっそく教えるの」

「サオ、アナタの師匠は凄いんだかダメなんだか、ホント分からないのよ」

「あ、はい、でも師匠を悪く言わないでほしいです。大爆発といい自己再生といい、私の師匠は世界最強だと思います」


「ああ、ありがとうサオ、俺の味方はお前だけだよ」


 『自己再生』というのは、ただケガの治りが早いという意味の言葉。全身大やけどで死の淵を彷徨ったような人が12時間寝ただけで完治するようなものを『自己再生』とは言わないらしいのだけど。アリエルは無事に完治した。


「そうそれ、私はあなたのその異常な回復力が気になるわ。私の傷を手当てしてくれた魔法と関係があるのね? でもなんで意識もないのに勝手に回復するの? 障壁だって強化だって防御だって、気を失ったら効力なくなるわよね?」


「自己再生は生まれつきだよ。魔法を唱えて起動するもんじゃないんだ。でも子どもの頃からするとケガをしても治るのがずいぶんと早くなってんだよな。でもこれマナが働いてるのは分かってるから、きっと魔法だと思うんだが」


「兄さまはいつも服をボロボロにして髪がチリチリになるけど、身体の傷はすぐに治るの。服も再生したらいいのに」

「マスターはかなり高位の自己再生を持ってるのよ。アタシと戦ったときも致命傷を受けながらこの子の心臓の鼓動を2日間つきっきりで手伝ってくれたし」


「へ――、それで魅了されたのね……」


「えっとね、アタシの予想だと、たぶん違うのよ。マスターには魅了はないの」

「ほらみろ、俺には魅了なんてないんだって言ったよね」

 マズい。話が魅了問題にスライドした。まだ爆発事故のほうがマシだ……。


「でも絶対あるの。兄さまには魅了あるの」

「私もあると思う。うまく説明できないけど確信があるわ」


「闇の魔法には、人が持つ三つの欲望、性欲、食欲、睡眠欲を増幅させ抗えなくする魔法があるのよ。たとえば、魅了の魔法って、性欲に働いて物事の判断をできなくさせる魔法なの。ロザリンドも魅了あるのよね。使ったことはある?」


「ないよわよ。使っちゃったら最後、絶対に赤ちゃんできるから結婚するまでは絶対に魅了使っちゃダメって母さんにきつく言われたし」


「そうなのね、魔人族の魅了は生殖に関わるから、たぶん魅了を使った時点で排卵がおこるのね。でね、魅了の魔法を使ったとしても、きっと数時間から長くても一晩で効果が切れるのよ。魅了が解けて我に返った女は魅了されてる間に何があったのか、自分が何をしてしまったのかを全部覚えてて、その行いを激しく後悔することになるの。それこそ一生忘れられない後悔をするし、自殺してしまう人も珍しくないのよ。だから欲望増幅系の闇魔法は非人道的だと蔑まれるの。アタシも睡眠系以外は使ったことはないのよ」


 てくてくはここまで話して少しキョロキョロと周りを窺ったあと、話を再開した。


「ここまでで、マスターのそれは魅了じゃないってことは分かるのよ。だからみんな、今日の所はもう寝るのよ」


「待つの。てくてく挙動不審なの」

「私もそう思った。何か隠し事してるようにしか見えないわ」


「てへっ、てくりん隠し事なんかしないってばさー」


「姉さま、吐かせる必要性を感じるの」

「ヤダわ気が合う……。パシテーとは他人の気がしない」


 覚えたばかりの闇の瘴気を纏って迫るパシテーと、指をポキポキと鳴らして威嚇しようとするロザリンド。


「師匠、とめてください、ロザリィの悪ふざけは手加減ができません」

「大丈夫だよサオ。てくてく、ケガさせないようにね」


「てくてく、吐いてもらうの」

「あらあら、闇の守護者に夜挑むなんてアホとしか言いようがないのよ」


 ニヤリと嗤うてくてくの全身からザワッと闇が放出されると、挑んだ二人の背筋が凍りつき、産毛が逆立つ。


 ロザリンドが襲い掛かった瞬間、カマクラの中、フッと灯火が消え、隙間という隙間、穴という穴から闇の瘴気でできた触手が何十本と飛び出してカマクラに巻き付く。


 瘴気が引くと二人はスヤスヤと寝息を立てて深い眠りに落ちていた。


「こいつら大丈夫? ちゃんと目を覚ます?」

「大丈夫なのよ、睡眠の魔法は朝には解けるからね。朝には何事もなかったかのようにおメメぱっちりなのよ」


「あのロザリィがこうも簡単に組み伏せられるなんて……私信じられないですっ」


「ああ、てくてくには誰も勝てないんだ。俺なんか何度も殺されかけたしな。サオ、強くなって俺やロザリンドの仇を討ってくれな」

「うー、師匠の期待が重いです」


「ところでマスター、二人は朝までぐっすりなのよ。魔法実験の成果はどうだったのかしら?」


「ああ、やっぱり てくてくだけは誤魔化せなかったか」


「アタシを甘く見ないで欲しいのよ」


「そうだな。うん、成果はあったよ。[爆裂]はあまり大きなものを起動させようとすると、押し返してくる力に負けて圧縮する力が足りなくなるんだ。それに通常サイズの[爆裂]をいくつもくっ付けて、同時に起爆させ、その衝撃波で圧縮を助けてやると、あの爆発が起こった」


「もっと大きな爆破魔法も使えるってことなのね?」

「そうだ。理論上は、マナ量の限界がくるまで、いくらでも大きな[爆裂]を作ることができる。街をひとつ吹っ飛ばすことも難しくないし、その気になれば国まるごとフッ飛ばしてしまうこともできるかもしれないな」


「サオは今聞いたこと、口外無用なのよ」

「はいっ。最初から奥義を教わったようで恐縮ですが、何を言ってるのか、言葉の意味すら分かりませんでしたっ」


「じゃあ二人とも寝るのよ。こっちのバカ二人は罰としてそこで朝まで放置。アタシとサオでマスターにくっついて寝ればいいの」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ