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04-19 極光

98話


 ダフニスを倒したサオは大声援を受けてもどうしていいかわからず不安そうな面持ちで、師であるアリエルに助けを求める視線を送っていたけれど、その声援が自分を讃えてくれているものだと理解すると、ぺこり、ぺこりと、小さく頭をさげてその声援に応えた。


 一躍、砦の兵士たちのアイドルになったサオ。すでに人気では師であるアリエルを遙かに超えている。


 お昼のレクリエーションも終わりかと思われたその直後、斥候の急報があった。

 砦から5キロほど北の船着き場に、遅ればせながらドーラからの援軍を乗せた船が着いたらしい。


 戦争を続ける気満々の援軍たちに事情を説明するためロザリンドが走っていくことになった。

 アリエルが先行してしまうと戦闘になるんでロザリンドに先行してもらおうと思ったら、いや、ほぼ[スケイト]をマスターしてるじゃないか。まだ高度の固定が甘くて、何か大きめの岩か何かが出ているところに躓くとド派手に転倒してしまうという恐れはあるけれど、短期間にこれほど熟練できるのなら、あと数日もあれば完璧に滑行することができるようになるんじゃないかと思う。


 [スケイト]で移動できるなら5キロなんか十分近所といった距離。

 ロザリンドが先行して輸送船はその場に留め置いてくれた。兵員輸送船ならば補給物資も積んでいるだろう。荷下ろしをしたのならすぐまた積ませるのも気の毒だが、とんぼ返りする分の食料を持っているのは心強い。


 上陸した者は武装解除させたのでアリエルの顔を見ていきなり問答無用で戦闘になることはなかったが、それでも顔に穴が開くんじゃないかってぐらい睨みつけられた。


 これはアレだ、ヤンキーたちの溜まり場に踏み込んで、全員の睨みつけるメンチビームをヒラリヒラリと華麗に躱してゆく、前世、嵯峨野深月さかのみつきが苦労して身に着けたスキルが発動したのも手伝って、戦闘にはならなかったってことだ。


 援軍はドーラ軍の兵士40人。なかなか鋭い眼光を持った精鋭ばかりだった。

 船で海峡を渡ってきた者たちはクライゾル派と言われてるらしいエーギルの元部下が多かったせいか、遅れて駆け付けたダフニスのおかげで、説得は簡単だった。


 なぜダフニスがフラフラなのかということを突っ込まれていたようだが、いつものようにサオにやられましたとは言えなかったようで、その辺は強引にごまかしたようだ。


 戦死した仲間たちの埋葬も停戦の合意も済ませていたということで、援軍の40名は上陸しただけでまた船に乗って帰ることを承諾した。


 トリトンたち王国騎士団の計らいで水と食料の補給も済ませたので、ちょっと早くなったが、ダフニス、カルメ、テレスト、エララの4人はこの船に便乗して帰ることになった。


 戦闘になったらイヤだから船着き場から少し離れたところにいたのだけれど、船着き場に向かう道でカルメとテレストのウェルフコンビと目が合った。


 立ち合いの時受けた傷も生々しく残っていて、なかなかのスカーフェイスになりそうだ。

本当に傷残していいのか? と心配になってしまう……。今後はこの傷の恨みとか言われたら困るし。


「アリエルさん、本当にありがとうございました。アルデール将軍をよろしくおねがいしますね。あの人強いけどちょっとドジだから」

「ああ、あいつのドジはよく知ってる。心配してくれてありがとうな。お前ら2人に餞別をくれてやろうと思うんだけど、受け取ってくれるか?」


「餞別……? 何ですか?」

「これな、氷龍ミッドガルドの鱗皮だ。こんだけあれば2人分の軽装はできるだろ。加工するのも難しいだろうけど、そんじょそこらの剣ぐらいなら斬れないよ。ただし俺やロザリンドにとっては革の鎧と大差ないからな。次会うとき敵にならないことを祈るよ」


 ちょっとだけ見栄を張って嘘をついてしまった。ロザリンドにとっては革の鎧と大差ないのは確かなんだけど、アリエルはまだこの鱗皮をうまく斬ることができない。


「なあ餞別だと言ってる。受け取るのが礼儀だ」

「はい、そういうことなら遠慮なくいただきます。何から何まで、ありがとうございました」


「てか、いきなり船がついて夕方帰ることになったけど、本当なら今日の晩メシのメインディッシュ運ばせる予定だったんだからな。つぎ会った時はメシ奢れよ」


「はい、次会ったときにまた借りを返させてもらいますから」

「物騒な言い回しはやめてくれ。な」



 船着き場の桟橋、悪目立ちする高身長のロザリンドとヒグマがいる。

 あっちの方ではダフニスがロザリンドと別れの挨拶を交わしているようだ。


 今日あんなに投げられたのに、ロザリンドのヘッドロックで締め上げられて涙目になってる。

 ひどい別れの挨拶だ。頸椎捻挫むちうちって痛いんだぞ?


 ロザリンドに歪められたのだろう、ダフニスが顎をコキコキと鳴らしながらこっちにきた。


「なあ幼馴染ダフニス。ロザリンドのお転婆でひどい目にあったことは?」

「しょっちゅうだ」

「ロザリンドの問答無用の暴力で痛い目にあったことは?」

「星の数ほどあらぁ」


「ははは、同志ダフニス。キミとは他人のような気がしない。じゃあ、これ餞別な。氷龍ミッドガルドの大腿骨。長く太く、いい感じに湾曲していて、鋼のように硬いから加工しにくいけど、うまくすれば素晴らしい武器になるはずだ。いつかエーギルを超えた姿を俺に見せてくれ」


「…………アリエルどの、恩に着る。そういう事なら遠慮なくいただいておくよ。ロザリィのこと、頼んだぜ? こいつもずっと寂しそうだった。こんな暴力女だけどな、夜、一人になると星を見ながら泣いてたんだぜ」


「ダフニスおまえ、いらんこと言ってんじゃないよ。次会ったらまたボコるかんな」

「ミツキ、ミツキって泣いてたくせに、せっかく会えたんだから素直になれや」

 ブチッブチブチッ……と何かが引きちぎれたような音がして刀を抜こうとするロザリンド。


「ああ、ダメだダフニスおまえ死んだぞ、今殺す、絶対殺す」


「まあまあまあまあ、いいじゃないの。ロザリンド、広い心でさ。同志ダフニス、その話興味あるな。また会ったときは酒でも飲みながら聞かせてくれ」


「兄さまは星を見ながら私に美月さんの話をしてくれたの」

「パアアアシテエエエエェェ、おまっ、ちょ……」

「あら私の旦那さまってば心がせまーい。パシテー、あとで詳しく聞かせてね」


 ダフニスはアリエルたちのコントを見て一通り楽しんだ後、布でくるまれた巨大な大腿骨を肩に担ぎ、やけにスッキリした顔でボートに乗り込んだ。


 最後にエララが目の前を通り過ぎようとする。アリエルたちと目も合わせずに……だ。

「エララ、つれないぞ? コレーによろしくいっといてくれ、な」

「あ、うん、言っとくよ。あんたが殺しに来るって」


「あはは、それも楽しいかもな。これ、選別だ」

 [ストレージ]から出した物をエララにひょいと投げた。

「龍の爪な。あ、これも、もひとつ。3本もってけ。龍の爪は縁起のいいお守りなんだろ。航海の安全を祈る。ま、コレーの酒代で金に困ったらそれを売って、ちょっといい酒を買ってやれ。またどこかでな」


「なるほど、うちの将軍が惚れた男ね。なーんか、わかる。ありがとね、遠慮なくもらっとく」


「へ――――、エララにまで触手を伸ばしてるのね。ネコ耳だもんね」


「ちがうよ、ちょっとした知り合いの娘だっていうからさ。触手とかないし」


「エララは他人とあんなに楽しそうな顔で話すような子じゃないよ。誰ともね、もちろん私と話すときもあんな嬉しそうな顔は見せたことないし」


「エララの親父さんと知り合いなんだ。それだけさ。」


 アリエルたちは上陸艇が見えなくなるまで見送った。

 間もなくドーラの本国、魔王フランシスコにロザリンドの離反が伝えられるだろう。


「ロザリンド?」

 ロザリンドは少し寂しそうな表情で船を見送っている。

 そしてアリエルは何も言わずに、ロザリンドが「そろそろ帰ろう」っていうのを待ってる。


「どうしたの?」

「ん? もういいのか?」

「うん……。で? まだ戻らないの?」

「ああ、そろそろ帰ろうか?」

 逆に言わされてしまった。

 なかなか思った通りにはいかないものだな。



 その日の夜は昨夜のようなドンチャン騒ぎをやめ、守備隊の者たちは静かに戦後処理を行い、アリエルたちはパシテー作のシャワー室でお湯のシャワーを浴びて早めにカマクラに引きこもった。


 まさかお湯のシャワーが使えるだなんて思ってもみなかったロザリンドは大喜びだった。なにしろ魔人族に転生してからというもの、体を洗うのは水だったし、水の凍る冬の間はほとんど体を洗うことなんてできなかったのだ。


 そして同じくドーラ生まれで水浴びしかしたことのないサオは、温水の出るシャワーシステムを魔法で実現していると知り、魔導というものに無限の可能性を見た。


 その後、引きこもったカマクラの中でアリエルが風と火の魔法を複合させてドライヤーを作るとロザリンドはこの上なく上機嫌になった。パシテーはドライヤーの魔法で作った温風器を説明なしで使えるロザリンドを見て、やっぱりこの人は異世界人なんだと思った。


 砦の中にあったロザリンドとサオの着替えなどすべてアリエルのストレージへ収納したので、明日は洗濯機を作ってやろうと約束し、雑談で夜は更けていった。



 そして真っ先にダウンしたのはいつものようにパシテーであり、ほぼ同時にサオもポトリと眠りに落ちた。てくてくは夜は眠らない闇の精霊なので、ただアリエルたちの傍にいてカマクラを守っている。


 サオは端っこのほうで小さく丸まって寝ているが、今夜もアリエルとロザリンドの間にはパシテーが横たわっている。

 要するに初夜にやることをやりたいならみんなの見ている前でやれということだ。


 ロザリンドは納得のいかないまま、アリエルの隣にパシテーを挟んで横たわった。すやすやと静かな寝息を立てるパシテーの頭越しにアリエルと目が合ったが、パシテーに視線をやってすぐに肩をすぼめて見せた。今日もダメだねという悲しい合図だった。



----


 翌日、朝っぱらから勇者パーティの3人が南に向けて帰ってゆくのに、トリトンたち守備隊に挨拶にいったようだ。パシテーはまだ眠っていててくてくはカマクラから出てこない。朝の光が差すとてくてくはひきこもる。そしてアリエルたちは朝の柔軟体操から初めて朝の鍛錬をしていた。


 この砦に用のなくなった人はみんな去っていく。もう、戦いは終わった。

 旅支度をして旅の準備をし終えたベルゲルミルたち神殿騎士炭の勇者パーティーは敗北して帰路に就く。見送るアリエルと目が合った。

 

「見送る気はなかったが、カリストさんには世話になったからね。こういっちゃなんだけど、次会ったときは敵じゃないといいな。腕はもういいのか?」


「ああ、まさか見送りがあるとは思わなかったが、キャリバンもフェーベも騎士達も弔うことが出来た。次は敵じゃないことを願うぜ。あと腕の事と薄毛の事には触れるな」

 そういうと、ベルゲルミルは、いま触れるなと言った方の腕をちょっと上げてから、背を向けて帰って行った。


 ベルゲルミルはハゲを禁句にしてたくせに、何度たたっ斬られたか、何度へし折られたか俺はもう覚えてないけど、とってもケガをしやすい、繊細な腕のことも言われたくないらしい。


 なんだか気が抜けてしまった。朝ごはんを食べてから何をするか考えよう……。



----


 珍しくパシテーが割と早い時間に起きてきて、アリエルたちと一緒に朝食をとった。

 

 まだ午前中の早い時間だというのに、パシテーもてくてくに習った闇魔法の鍛錬を始めた。魔導師を志す者として、ヒト族の中では禁忌とされている闇魔法に興味がない訳もなく、ちょっと見学しようと近づいたら「今忙しいの」と邪険にされてしまった。


 ロザリンドとサオは教わったばかりの[スケイト]の無詠唱ができるようになってきたので、いま夢中になって練習している。サオは思い切りが足りないようだし、ロザリンドは逆に思い切りがよすぎて、足もとが疎かになってるのが不安要素だ。そこんとこ、ちょっとアドバイスでもしてやろうかと声をかけると「いまイイところだから」といわれ、こっちでも邪険にされた。


「てくてくはー? もう寝るのか?」


「パシテーの闇魔法の鍛錬を見てあげるのよ」


 そっか。


 要するにヒマな訳だ。


 みんな魔法の鍛錬に余念がない。じゃあという訳じゃないけど、独りになったので、いくつか試してみたい魔法があって、実験してみる気になった。


 東の森に出て、砦から1キロほど離れた場所に来て、気配を探り、周辺に誰もいないことを確認できたら、最高に破れにくく頑丈な直径10メートルぐらいある巨大な[カプセル]を作り、中には現時点で練ることのできる最高に濃いマナを流し込み、巨大な[ファイアボール]を作った。そう、直径10メートルという巨大なファイアボールで爆破魔法を実験してみたかったという、ただそれだけだった。どんだけ大きな爆発をするか楽しみだ。


 最初の段階で直径10メートルの[ファイアボール]これを縮めて縮めて、爆発するまで縮めて、その威力がどれぐらいのものなのかを検証するのが今日の実験。


 土魔法で土台を作り、高さ5メートルの位置に固定し、カプセルを縮めて圧縮してゆく。

 なんだか不安になったので、標準装備のビビリミッターが発動し100メートルほど離れてみた。


 ちょっと遠くから恐る恐るの作業だけど、もっともっと縮めていく。いまの直径はきっと5ミリぐらいまで圧縮されてる。……はず。


 実は激しく光を放ち始めたので眩しくてよく見えない。


 なんだかドキドキしてきた。身の危険を感じるので、安全だろうと思える距離まで……さっきまで立ってた場所から更に300メートル離れ、遠くから光を見ながらグイグイと縮めるのだけど、マナの炎が押し返してくるのが分かる。押し返してくる力よりも、もっと強い力で、もっともっと気合いを入れて圧力を強める。


「ハジけろおぉぉ! 爆裂っ!」


 ……。


 ……。



 だめだ、爆発しない……。


 はあ……ダメだ。

 気合を入れても起爆しない。どうやら圧縮する力が足りないらしい。押し返してくる膨張の力に負けてこれ以上圧縮することができない。もっともっと強い力で圧縮しないと爆発はしない。ならば圧縮を手伝ってやればいい。


 爆発しない大型[爆裂]球の周囲に通常サイズの[爆裂]を6個[転移]させて、くっつける。

 400メートル離れているのと、眩く光を放っているので実際よく見えないのだけど、座標は確かだ。間違いない。


 いま[転移]させた6個の[爆裂]も同時に起爆して、その衝撃波でメインの巨大[爆裂]を圧縮させ、一気に起爆させる、まあ6方向から同時に爆破して圧力で巨大爆裂球の圧縮を手伝ってやろうという試みだ。


 起爆のタイミングを、精密に、慎重に合わせつつ、気合を入れて一気に圧縮をかける。


「よし! ハジけろぉぉぉ!」



 ―― カッ!!



 真っ白な……



 光が……。


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