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04-15 魔法使いの弟子

94話


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 朝の砦。今日もいい天気になりそうだ。

周りにはまだ昨夜のどんちゃん騒ぎで食らった酒のせいなのか、その辺でぶっ倒れてる人が複数いるし、朝早くから起き出して剣の素振りなどをしながら朝の体操をしている兵士もいる。


 ロザリンドはよく眠れなかったようでぼーっとしている。

 サオはもうやる気マンマンで身体を温めていて、アリエルはみだしなみセットで洗顔と歯磨きを済ませてから、いつものように木剣を振ってて、それを眠たそうなまなこでじーっと見てるロザリンド。


「ふうん、あなたずっとそれ続けてるの?」


「ああ、朝の日課。疲れてるときはやらないこともあるけどね」


「前世の私が毎朝庭でやってたメニューよね。なんだか懐かしいわ」


 アリエルの朝の鍛錬を昔の自分と重ね合わせて、温かい目で見守るロザリンド。

 自分のやってたことを今でもしているという事実よりも、前世の自分が家の庭で毎朝やってた素振りのメニューを、細かい所作まで覚えるぐらい、2軒隣の家から見ていてくれたという事が、ただ嬉しかったという。


 ロザリンドが手持無沙汰にしているので、思い出したように[ストレージ]から長刀美月サイズの木刀を出した。いや、思い出したようにって、本気でいま思い出したのだけど。


「あ、これ、美月サイズの木刀な。振るかい?」

「わあ、木刀だ。ありがとう。懐かしいな」

 木刀を渡すと、いつもやってるルーティーンの本物バージョンを見せてもらえた。

 そうだ、これだ。


 アリエル自身、毎日剣を振ってるだけあって、素振りを見ただけでそれなりに剣の腕が分かるけれど、ロザリンドの剣の熟練度は想像よりかなり上を行ってて、いくら頑張ったところでそこに到達することはできなさそうな……、そんな境地だった。


 よし、関節と体が温まり、完全に目を覚ました。


 見せてもらおうか。


「サオ、こちらへ」

「はい、アリエルさま」


「では、サオ、見せてください。俺はただ見とくので」


「はい」

 む? 珍しいな。強化よりも防御のほうが強くかかってる。

 うっすらと見えるマナの色も濃くて、放出する量もかなり多い。魔導師の素質という意味では人族などまるで及ばない。さすがはエルフといったところか。


 まずサオは静かに正立した状態からスッと腰を落とし、拳を構え、静から動、動から静と、目まぐるしい演武を見せた。これは鍛錬の賜物といった動きだった。


 身長155センチぐらいで、とても筋肉とは遠いイメージしかないのに。歩法も複雑で先が読みにくい。中国拳法の套路とうろを見ているようだ。


「なあロザリンド、これって拳法みたいなもんか?」

「そう、ドーラの拳闘術。サオは盾術じゅんじゅつも使えるわよ。古流だから強化魔法には対応できないけど、こんど見せてもらったらどう?」


盾術じゅんじゅつか……見たことないな。でもこの拳闘術は歩法が複雑すぎて交差するとき困るんじゃないか? 一瞬で一直線に踏み込まれたらフェイントもクソもないだろ」

「そう、ウェルフのようにスピードの速い人を敵に回すとダメね、ほとんど戦えないわ」


 アリエルは拳闘の経験はないが、サオの演武を見て、仮想敵として自分を重ね合わせて見ていた。二連の突きから半身に躱してまた二連の突き、決して相手の正面に立たない立ち回りだあれは。

 俗にいう交差法というもので、相手の攻撃を躱すと同時に、自分の立ち位置を有利に導くのだ。


 ひとつ、サオの拳闘術をみていて、相手の攻撃を躱す動作が単調であることに気付いた。

 相手の攻撃を1回と決めているようだ。一度躱し、連撃を打ち、また一撃を躱す。


 ああ、なるほど。ドーラ流の拳闘術は剣術に対して徒手空拳で挑むことを想定しているのだろう。

 アリエルはようやく溜飲が下がる思いだった。なるほど、サオの演武が剣術を想定していると分かると、サオの相手が幻のように何となく見えるようになった。


 さっきロザリンドが言ったようにウェルフなど素早い敵を相手にすると戦えないというのは本当なのだろう。でもヒト族の剣士を相手にするならば、なかなかどうして、捨てたもんじゃない。


「よし、拳闘術は分かった。では魔法を見せてほしい。サオが得意な魔法は何?」

「はい、火がいちばん合ってます。あと土がそこそこ使えますが他はあまり……」

「ちなみにロザリンドは?」

「私は魔法ダメなの。土をちょっと使えるぐらい。魔力はたくさん余ってるってよく言われたんだけどね、これで剣が使えないと落ちこぼれてしまうところだったわ」


 まあそうだろう。見た目そのままの脳筋将軍だし、カリカリにチューンしたピーキーな強化魔法を使えたら魔法なんて使えなくてもいいと思う。


 だけどサオはエルフだし、魔導の才能はかなりのものだ。炎系が得意だと言うので、まずは一番得意なものを見せてもらうことにした。


 まず石柱を作ってそれを的に火の魔法を正確に当てるという課題を出した。もちろん石柱の頑丈さや工作精度も見るのだけど、火の魔法を見せろと言っておきながら、本当に見たいのはいかに手を抜かず石柱を立ち上げるかという事だった。完璧主義である必要なんてないのだけど、テストのお題なんて普段よりも力が入って当たり前。そんなものよりも、いつもどれぐらいしっかり集中して、丁寧な魔法を心掛けているかを知りたかった。魔法なんて適当にしか使ったことのないアリエルが言うことでもないのだろうが。


 ところでサオは石柱を作るのに恐ろしく時間をかけている。

 パシテーなら秒でできるぐらいの石柱がなかなか出来上がらないと思って見ていたのだが、出来上がってみると驚くほどの精度でしっかりと作り上げてしまった。


 こんな炎魔法の的でしかない、すぐ黒焦げになって、テストが終われば土に返すだけの石柱に5分以上もかけて仕上げてきた。

 まったく、丁寧すぎて不合格にしてしまうところだったけど、出来上がったのなら20メートル離れて[ファイアボール]を連射してもらうことにした。



「炎の槍となりて標を撃て! ファイアボール! 炎の槍となりて標を撃て! ファイアボール!………」


 サオは起動式の入力が早い。パシテーのように両手で同時に書いたりはしないけれど、起動式を書いて術式を唱えてる間にもう次の起動式を書いてるから十分な連射が出来ている。


 サオの術式は二節になってた。ファイアボールはそんなに難しい魔法じゃないから、これほど熟練しているのなら『ファイアボール!』の一節でも起動するはずなんだけど、連射して命中精度が下がるのを嫌っての事だろう。それでも3秒に2発ぐらい撃ててるし、狙いも正確。何よりマナが濃いから熱量も高くて着弾した炎の勢いが落ちにくい。


「サオ、強化と防御が疎かになってるぞ。いま背中から狙われたら死ぬよ」

「はいっ」


 アリエルが注意すると、すぐさまファイアボールを連射しながら瞬時に修正して強化と防御強度が戻った。修正の精度もやっぱりヒト族の比じゃない。


 ロザリンドはアリエルの横顔を見ながら、少し表情を綻ばせた。

 たったいま黙って見とくといった男がもう口を出している。


「サオ、移動しながら撃ってみて」

「は!? はいっ」

 サオの歯切れの良い返事から少しだけ焦りを感じた。

 移動しながら[ファイアボール]を使ったことがないのだろう……。


「最初は歩きながら的を周回するように」


 最初は魔法そのものが発動しなかったり、発動しても的を外したりして、満足な魔法精度を得られなかったのだけれど、黙って5分も続けさせていると、徐々にではあるが的に当たるようになってきた。

たまに防御強化が疎かになることはあるけれど、それも自分で気が付いて指摘される前に修正しているし、[ファイアボール]が命中しなかった次の魔法射撃では起動式を改善して命中精度を高めようとしている。

 サオの魔法はたぶんエルフ族としては一般レベルなんだろう。しかしサオは持ち前の集中力で魔法の精度を押し上げてる。


 移動しながら[ファイアボール]連射なんて、起動式を入力しながらできるような芸当じゃない。自分の座標と的の座標を計算してから術式で起動するのだから常にお互いの位置がズレる。だから詠唱完了して魔法が発動する地点をあらかじめ予測した数値を入力をする必要がある。そのタイムラグがあるせいで、魔導師は戦場で一歩も動けず、結果的に剣士の守護がなければ戦うことが出来ないのだけど、移動しながらこれだけの精度で魔法を撃ち込めるということは、相当な集中力だ。正直なところ、起動式を使って同じことをやってみろと言われたら、正直アリエルには出来ない。


 それほどまでに起動式魔導は応用がきかないのだ。


 そんなにもキツい試験をサオは涙目になって続けている。ああっ、すっげえ可愛い。

 これか……、きっと昨夜パシテーに教わった弱点を突かれてる気分だ。


「サオ、ストップ。ちょっとみてて。よく観察するんだぞ。後で質問するからね」

「はい!」


 アリエルは[スケイト]で的を周回するよう、サオが辿った足跡を移動しながら1秒間に5つの[ファイアボール]を展開し、何十発も正確に的に命中させ、もう何年も前、パシテーと出会ったばかりのころ、マローニ郊外で試した魔法を披露して見せた。実用性に乏しくボツになった魔法だけど、ファイアボールという魔法の仕組みを知るにはとても都合のいい現象、炎の竜巻だ。


 瞬時に耐熱障壁を張って、遥か上空まで巻き上がる炎魔法の観察を続けようとするサオ。しかしその障壁を抜けて激しい熱が襲った。サオは身をかがめ、背負っていた盾で、肌を焼く高熱から身を守りながらも目の前の現象から目を離そうとはしなかった。


 アリエルは華奢で軽いサオをひょいと抱き上げると、先に炎熱から離れて心配そうに見ていたロザリンドの傍におろした。サオは周囲から風を吸い込み狂ったように暴れる炎の竜巻を見ながら驚いた顔をしていたが、視線をアリエルに戻すと興奮気味に話を始める。


「アリエルさん、ファイアボールの中に風を感じました。すごいです」

「正解。上出来だな。でもひとつ言わせてもらうと、俺のことは師匠と呼ぶべきだ」


「ああっ、はい! 師匠! ありがとうございます。ありがとうございます」


 何事が起ったのかとトリトンとガラテアさんが剣を抜いて走ってきた。

「アリエル、なんだ今のは、炎の龍が暴れていたように見えたが……」

「父さん、おはよう。今のは魔法の鍛錬なんだ、もう騒がしいことはやらないから、寝ててよ。あ、そうだ紹介するよ、今日から俺の弟子になったサオ」


「サオです。よろしくお願いします。トリトンさま」


「アリエルが弟子を? マジで? サオさんよろしく。でも本当にアリエルの弟子でいいの? アリエルは『教会の指名手配ころすリスト』の一番上に名前があるんだよ? 今後どれだけ賞金がつくか分からないぐらいだ」


「俺は逃げ足にだけは自信があるからね。大丈夫大丈夫。でもサオの才能は本物だよ。父さんもガラテアさんもサオのテーブルにメインディッシュを運ぶことになるかもね」


「がはは、言うじゃねえか、でもわしが狙ってるのはエル坊、おまえの嫁さんだ。昨日の戦闘は見ててシビれた。できることなら命をかけずにあの剣の境地を体験してみたいぜ」


「はい。さっき丁度いい木刀をもらったところですし。修行中の身でまだまだ未熟ですが、私でよろしければいつでも」


 横で聞いてたロザリンドは望むところだとでも言いたげに快諾した。ロザリンドは挑まれると断れない性分なんだそうだ。(サオ談)


「俺もここで正午に立ち会うことになってるから、それぐらいにここで」


 ガラテアさんはいつものおチャラけた雰囲気を消し飛ばし、真顔になって逸る気持ちを抑えている。スカーレットの魔人と手合わせするというのは剣士としての一つの目標なんだそうだ。なるほど、ロザリンドが筋肉オヤジにしかモテない理由が少し分かったような気がするよ。


「なにか失礼なこと考えてるでしょ?」

 なんて、悟りの妖怪のようなところも、きっと剣を振るうときには相手の後の先を取ったりするのに都合がいいチートなスキルなんだろうな。


 一方、少し離れた所で、アリエルたちの様子を窺がっていたディオネが溜息を漏らしていた。

「ねえカリスト、あれってただのファイアボールよね……」

 魔法に秀でたエルフがすぐそばで魔法の鍛錬をしているのだから、繰り出された魔法のデキを分析してしまうのは、生涯を魔導の探求に捧げた魔導師の習性といって間違いない。


「さあなあ、分からんのう。一見普通のファイアボールじゃが、いくらファイアボールを重ねたとてああはならん。あれの根っこは風魔法じゃ。上昇気流で炎を巻いて竜巻を作ったのじゃろう。それをあのエルフの娘に教えておるのかの? なんとも末恐ろしい話じゃ」


「魔導師として目指すところはベルセリウスなのよね。相手がフォーマルハウトのようなエルフだったら諦めもつくけどさ……」

 ちょっとした決意を口にしたディオネに、地面に寝そべったまま空を見ながらたそがれていたベルゲルミルが寝返りを打って話に割り込んだ。


「おいおいディオネ、エルフにだったら負けても仕方ないって聞こえたぞ。ヒト族で一番なんて称号にゃ何の意味もねえ。あいつより強くなって初めて皆を守れるんだからな」


「わかってるわよ。いくら高位魔法を追及してもあいつの前じゃ何の役にも立たない事もね。無詠唱って何よ、起動式も術式も触媒も魔法陣もなしにあれほどの威力を高精度で展開できるなんてチートじゃん」


 魔導師最大の弱点は起動式から術式に至る準備動作。それは誰もが知ってる弱点だ。

 剣士が魔法を使わない理由も同じ。起動式とやらを入力している間にどれだけの剣撃を加えることができるのかを考えると言わずもがな。


 戦場にあって魔導師の立ち位置は剣士の背後にしかなく、遠間からはファイアボールなどで遠隔攻撃を行い、接近戦になると障壁を張って剣士の補助をするのが主な役割だ。


「それにあいつの魔法、飛んでくる軌道がまったく見えなかった。ファイアボールでもなんでも、だいたいは詠唱して、火の玉を作り出して、それを一直線に飛ばさなきゃいけないのに、あいつの魔法は突然後ろに現れるのよ? 私あの人に勝てる気がしないよ……」


 無詠唱は魔導師の可能性を大きく広げる。

 無詠唱で魔法を行使するような魔導師がいて、それを超えていきたいのならば避けて通れない研究テーマだ。有用性を目の当たりにしたディオネも無詠唱を目指すほかに道はなかった。方法なんて分からない。何年かかるかもしれない。一生を研究に捧げても成し遂げられないかもしれない。それでも目標とする魔導師が目の前にいるのだから、いつか追いついて、そして追い越して、乗り越えて前に進むため、更なる探求の道を志すと決心した。強い意志で。


「なんだかね、考えても仕方ないから、朝ごはんでもお呼ばれしてくるよ」

「マジか! おれに朝メシ持ってきてくんね?」


「はあ? 自分でもらいに行けばいいじゃん」

「だってほら、朝メシくださいなんて言えねえってば……」


「ぱっと見ハゲたオッサンのくせにシャイとか、ないわ……」

「今だけハゲでいいから頼んだぞ」



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