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04-13 戦士の誇り

92話


~ ウェルフ族戦士 カルメの回想 ~


 ウェルフ族の戦士、カルメはドーラから海峡を船で渡り、ノーデンリヒトに上陸した。

 砦の攻略はすでに始まっていて、2週間ほどの戦闘は常にドーラ軍が有利に事を運んでいた。


 あたりまえだ。ドーラの戦士がヒト族になんて負けるわけがない。


『ぼくは当時まだ10歳で、ノーデンリヒトに来たドーラ軍の中ではいちばん年少で、初めてみた人族の戦士は、牙も爪もなくて、すっごく弱そうに見えたんだ……』


 これがウェルフの戦士、新兵として配属されたばかりのカルメが見たヒト族の印象だった。



「どーしたカルメ。震えてんのか?」

 ニヤリと笑いながら声を掛けてくれるのはウェルフ隊のべストラ隊長だった。

 ベストラ隊長はウェルフ族の誇り。

 世界で一番速くて、世界で一番の鋭い爪をもってる最強の戦士だ。


 ベストラ隊長は初陣を前に武者震いするカルメの背中に手を当てて、こう言った。

「もうすぐ砦の門が破られるからな、そうしたらあそこの穴ぐらからワラワラ逃げ出してくる敵を狩るだけの簡単な仕事だ。ビビんなよ、人族なんざウサギより遅くて、ガルグより弱いんだからな。俺たちがいつも狩ってる獲物のほうが上だ上」


「ぼくは、ウサギより速いけど……、ガルグは怖いよ」


 ベストラ隊長は「お前の方が強い!」と言ってくれた。


 しかし奇襲を受けたのはこちらだった。

 ヒト族なんて弱いと思っていた。だけど敵は簡単な相手ではなかった。


 ベストラ隊長に一騎打ちを挑むようなやつだ。


 べストラ隊長に挑むなんてバカだと。みんなそう思ってた。

 すぐ地面に転がされて後悔する間もなく殺されてしまうだろう。誰一人として疑いもしなかったんだ。


 でも、目に飛び込んできた光景は、まるで悪い夢のようだった。

 ベストラ隊長がこんなところで倒されるだなんて、誰も予想してなかった。


 そして、誰も予想してなかったのは、ベストラ隊長の死だけではなかった。



―― ドゴッゴッ!!


「ぐあっ……」


 いったい何が? 耳が……。



―― ドンドンドン!


 悪夢は続く。次々と倒されていく仲間たち。



―― ドカッ!ドカーン!


 ウェルフの戦士よりも速いそれの襲撃に、仲間たちは次々と命を落としてゆく。

 恐怖で声も出せない。


 ……すとん。

 カルメはひざから崩れ落ちてしまった。目の前で起きているこの悪夢を頭で理解できずに腰が抜けてしまって、目を覆うことも忘れて、ただその惨劇を見ていた。


 爆風と血飛沫の舞う殺戮を、座ったまま、指も動かせずに。



----


 あの日の戦闘ではヒト族が砦を放棄して撤退したので、わがドーラ軍の勝利で戦闘は終わった。

 でも、ベストラ隊長はカルメたちの目の前で倒され、仲間は甚大な被害を被った。


 ヒト族の中にも恐ろしい使い手がいた。それは死神と呼ばれた。


 ノーデンリヒトの死神……。



 勇者たちとの熾烈な戦闘が停戦になった。ヒト族との戦闘はいつも味方に甚大な被害が出る。

 ヒト族というのは、爪も牙もないくせに、恐ろしく強いやつが混ざっている。


 アルデール将軍に並んで立つ、目の前にいるこの人族の男。

 この男こそが、あの日の死神……。


 カルメは6年経った今でも悪夢にうなされ、汗びっしょりになって目が覚めることがある。


 そう、この男が……。

 いや、やっぱり弱そうだ。

 牙も爪も……、力もないただの優男やさおとこにしか見えない。



 ウェルフ族の戦士、カルメとテレストは、ノーデンリヒトの死神の異名を持つ、アリエル・ベルセリウスの前に立った。


「ア、アリエルどの、ぼくの名はカルメ。お願いがあります。ぼくと立合ってはいただけませんか」

「え? なんで? 理由を聞こうか」


「はい、6年前、エーギル総隊長の軍に従軍してぼくはここに居ました。生き残った70人のうちの一人です」


 カルメの少年っぽい声が低く……低く絞り出される。

 重厚な覚悟を込めて発せられた言葉だった。


「ぼくはね、足がすくんで一歩も動けなかったんだ。仲間が死んでいくのを見ながら、ぼくは震えて動けなかった。それがぼくの恥だ」


「オレもそうだ。オレもあの場で腰を抜かしてた」


「ぼくたちは、あの日失った誇りを取り戻すため、アルデール将軍の部隊に志願したんだ」


 牙と爪と、気合の乗った真剣な眼差し。

 アリエルは、投げつけられた決意に向き合った。


「そうか、じゃあ明日。お前たち二人の申し出を受けよう。今日やっちゃうとせっかくの龍の肉が食えなくなるからな。明日正午に、門の前な。思いっきり本気でやれるように武器は木剣でいいだろ? 油断したら木剣でも死ぬことがあるから注意しろよ? あとひとつ、この砦のルールなんだが、晩飯のメインディッシュを賭けることになってるからな。負けるような奴はパンだけ食ってろ。……そして受ける側は、俺のテーブルに晩飯を運ばせてやる。というのが習わしだ」


 ウェルフの2人の目が据わった。闘志が見えるようだ。

 ギリリ……、噛み締められた牙が軋む。

 腕が、足ががくがくと震えを起こす。

 あの日、戦う意思もろとも心をまるごと叩き折られた強敵に挑む。恐怖と戦慄で止まらない震え。

 戦士の身体は、止められない武者震いに歓喜の声を上げた。


「望むところです。給仕の練習は済ませておいてくださいね」

「ありがたい。将軍を奪われて失業した恨みもありますから」


「じゃあその話はまた明日な」


 約束が交わされると、二人は足早にテントから去って行った。

 作戦会議とコンビネーション合わせでも打ち合わせするのだろう。


「なあ、ロザリンド。俺はあの戦いをどうやれば避けれたのか、今でもずっと考えてるよ」


 アリエルが口にした後悔を聞いたロザリンドは、その顔をチラと見たあと、背中を向けたまま、自らの考えを語った。


「それが間違ったことだとしても、正しいことだとしても、あなたがしてしまった結果には責任がついて回るわ。最初に言葉があれば戦いを避けられたのかもしれない、撤退のタイミングが違っていればすんなり逃げ出せたのかもしれない。でも戦闘は起こり、その結果あなたはウェルフの宿敵になった。それは事実」


 そこまで話すとロザリンドはアリエルに向き直り、すこし膝を折って、目線の高さを合わせて話をつづけた。


「どうやったら避けられたのかなんて考えるだけナンセンスよ。好むと好まざると、あなたはウェルフの宿敵になってしまったのだから、つまらないやつに殺されてしまったり、くだらない犯罪を犯して、アリエル・ベルセリウスの名を貶めないようにすればいいの。あなたは強くあるべき。世界に名を轟かせるようになれば、それがウェルフの誇りになるんだからね」


 驚いた。目を奪われてロザリンドから視線を外せない。ちっこい美月みつきに言われたような気がした。迷路に迷い込んで歩き疲れ、いつの間にか歩みを止めてしまっていたようだ。

 閉塞感で停滞した心に、たった一言の助言が光を差し示すこともある。


「私はあなたが10歳であのベストラを倒したなんて信じられない。あんだけ弱っちかった深月みつきがいったいどうしたらノーデンリヒトの死神になるの? 私もフランシスコ兄さまも、ベストラには剣を掠らせたことすらなかったんだからね。ベストラは誰が何と言おうとウェルフ最高の戦士だった。そのベストラを一騎打ちで破ったのだから、胸を張って誇らないとだめ」


「はは、そうか、ロザリンド。お前すごいな」

「何よいまさら」

 ロザリンドのドヤ顔が決まった。


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