04-12 ダフニス・クライゾル
91話
----
勇者パーティの生き残りに停戦の約束を取り付けたアリエルたちは、まさか勇者パーティーの回復魔法を操る、賢者カリストがグレアノット師匠の友人だったなんてつゆほども知らず、雑談しながら砦に戻ってきたところだ。
「なあロザリンド……、あいつ薄毛気にしてたんだな」
「相手の気にしてることバカにして傷つけるとか、人でなしだよね」
「なんかトゲささるなあ……」
「私なんかさ、デカい女は嫌いだって言われたしさ……」
「あー、あれはウソだからな。気にすんなよ」
ロザリンドどうしたんだろう。何かピリピリしてる。前世の幼いころから培った知恵によると、美月がピリピリしてるときは要注意なんだ。けっして逆らわず、可能なら少し離れておいた方がいい。
そう、少し離れておきたいのに、砦の端っこに獣人たちの遺体を集めておくテントが立ち上がったから、一緒に行く必要がある。
「ところでさ、刀打てるんなら、もう一振り短いの打って。お願い。この長さじゃ腰や背に差してたら抜けないし、狭い室内や森の中だと思ったように振れないから。……あと柄をひと握りだけ長くして欲しい。長さはほんと私に合ってる。まるでオーダーメイドでこさえたみたいにぴったり。あなたには合わないよね? これ、まともに振れないでしょ?」
「ああ、ちょっと長すぎたけど強化乗せるとそこそこイケるんだぜ? 長物はロマンだしさ、俺は抜き身のまま[ストレージ]に入れてること多いからな。抜けなくても問題なかったんだけどね、そうだな、ウーツもミスリルのインゴットもまだあるから打つか。……長刀美月は長すぎて居合抜きできないから背負い刀にして、居合で抜ける長さの刀を一振りと、あと、加えて二刀で振るう脇差もあったほうがバリエーション豊富になっていいか?」
「わぁっ、ありがとう。愛してるっ」
前世も含めて初めて言われた愛してるがそこか……。
こんな色気のないところじゃなくて、もっとこう、個室に二人っきりで言われたい言葉った。
「私7本差し」
何気に張り合うパシテーがかわいい。
「それいっぺんに使えるほうがすごいよね」
「手に負えないほどすごいよ」
女将軍ロザリンドがパシテー相手にどんな立ち合いを見せるか興味あるところだ。
空へ逃れられるとジャンプするしかないのだけど、美月の事だからきっと躊躇せずにジャンプして追い込むはずだ。パシテーの体調が戻ったらどうせやるんだろうけど、木刀でやるにしてもパシテーの防御力じゃ心許ない。
「兄さま、お肉を待ってるの」
アリエルたちがウロウロしてる間にも調理テントでは料理人たちが炭火の準備をしながら肉を捌く準備ができたようなので、まずは肉を出しておくことにした。
「龍の肉はこの荷車に乗せたらいいですか?」
「はい、お願いします」
「ちょっと下がってください、デカいの出しますんで」
ドン!!
[ストレージ]から氷龍ミッドガルドを取り出すと、収納したときのままの姿で、ドサッと出てきた。頭の先から尻までの体長は18~20メートルぐらい。尻尾まで含めると軽く30メートル以上あるという巨体だった。
「「「「 うおおおおおっ!! 」」」」
歓声が上がった。王国騎士たちはみんな初めて見るドラゴンに興奮しているようだ。こいつが生きてた時は歓声どころか悲鳴を上げてしまうほど恐ろしかったのに。
炭素鋼で打った自慢の牛刀(肉切り用の大型包丁)を出して足を一本落とそうと思ったんだけど、強固な鱗が邪魔してまるで肉が切れない。ということでロザリンドの出番。
「兄さま、これを食べたらハイぺリオンに悪いの」
「ハイぺリオンには絶対に人を食べちゃダメって言ってるからなあ、でもミッドガルドは人食いドラゴンだった訳だし、人を食ったら狩られて、いつか自分が食われることになるって教えられたらいいかなあ。どっちにせよもっと大人になってからね」
「ハイぺリオン? 誰なの?」
「ああ、俺の飼ってるペット。家族だからロザリンドも仲良くしてやってな」
「ペット飼ってるんだ。家に帰ったら会わせてくれるんでしょ? 楽しみだわ、ドーラじゃペット飼うなんて風習が一つもなくてね、家畜や馬に感情移入しちゃうと後で悲しい目に遭うし、ハイペリオンかー、なんだかイメージ的にすっごく強そう」
「あんまり人前に出せないけど、人懐っこくて可愛いよ。きっと気に入ると思う」
「そういえばさ昔、空き地に段ボールで小屋作って、二人、親に隠れて犬飼ったっけ」
などと、ゆるーい昔話をしながら、ロザリンドはアリエルが指定した場所を、指定した深さに美月を振るった。
アリエルが同じ刀を振るって、あれだけ苦労した氷龍の硬い鱗をよくもまあ簡単にスパスパ斬るものだと感心してしまった。太刀筋はそんなに速いわけでもないし、力を入れてる風でもないのに、なんであんなにスパスパ切れるんだろ?やっぱロザリンドの筋は確かだ。その領域まで到達できそうな気がまったくしない……。
結局、アリエルは現場監督として口を出しただけ。ロザリンドに肉を切り分けてもらい、ドラゴンの左後ろ足を食材に提供した。
料理人が腕まくりをして、鉢巻をしめなおす。みんないつもより真剣だし、焼きあがるのが楽しみだ。
残った大部分はまた[ストレージ]に戻し、宴が始まるのをまった。
サオは調理担当なので、めまぐるしく肉を焼くのに忙殺されていた。
弟子にとるかどうかってテストは、実はもう始まってて、アリエルはサオの一挙手一投足をつぶさに観察していた。
サオはバーベキューコンロの火加減を魔法で行っていて、絶妙な火加減で次々と龍の肉を焼き上げては皿に盛りつけて行く。魔法の微調整もかなりのものだし、調理の腕前のほうもこれを見て信頼できると確信したところだ。
百人前ぐらい焼かなきゃいけなさそうなので、今日はずっと肉焼きさせられる羽目になって、きっと髪や顔が脂でギトギトになってしまうのだろう。なんだか悪いことをしてしまったかな。
ロザリンドは亡くなってしまった獣人たちの亡骸を集めているテントで静かに手を合わせている。魔人族には手を合わせるという風習があるようだ。
アリエルはドーラ軍の遺体が安置されているテントへ向かい、ロザリンドの傍らに立って静かに手を合わせた。
「すまん、おれの決断が早ければもっと助けられたかもしれん」
「そんなこと言わないで。彼らは勇敢だった」
そうかもしれない。
アリエルにはひとつ、ロザリンドに聞いておきたいことがあった。
「なあ、ロザリンド。エーギル・クライゾルという戦士を知ってるか? ベアーグなんだけど……」
「知ってるよ。あなたも知ってるの? あ、ここの砦ね」
「ああ、忘れられない男だ……」
「ねえ話して。エーギルのこと。あなたとどんな関係があるのか知りたい」
「うーん、10歳の頃かな、ドーラ軍が北の浜辺に上陸し始めたって報告があってさ、戦争が始まったんだよな。俺は母さんとマローニの街に逃げたんだけどね。いろいろあって俺は守備隊の撤退を助けるためにまた砦に戻ったんだけどさ、…… そこでエーギルに会ったんだ。そう、俺が死神と呼ばれるようになった撤退戦だよ」
ロザリンドはだまって聞き入ってる。周りにいる獣人たちも心なしか耳を傾けているように感じるが、聞かれてマズい話でもないから気にせずに続けることにした。
「エーギルは強かった。マジで怖くて震えあがるぐらいの怒気を発してて、気のいいアランおじさんや、アンドリユーさんが俺の目の前で次々と、まるで紙細工のように倒されていくんだ。俺は許せなくて、エーギルに斬りかかったよ。でもまるで歯が立たなくてさ。俺の攻撃は軽く受けたりいなしたりするだけ。態勢を崩して、明らかなスキを見せてもただ見てるだけなんだ」
「エーギルらしいわ……目に浮かぶようよ」
ロザリンドは懐かしむような表情で思い出に浸っているようだ。やっぱ知ってるんだな。
「なんだか弄ばれてる気がしてさ、俺は『舐めるな!』って言ったんだ。そしたら『お前こそ舐めるな!』って怒鳴られて『お前ら子供の世代にまで戦いを広げるなんてしたくない。殺しあうのは俺たちだけで十分だ』って、なんだか説教されたみたいになってな……。そのあとゲンコツで思い切り殴られた。あそこの南門から、ちょうどここ、このあたりまで吹っ飛んだよ。普通死ぬよな。マジ殺す気だろそんなの」
「うっわ、本気で殴られてるわそれ」
「だろ? 10歳の子どもに渾身の右ストレートなんて放つか普通。 もう、足はもつれるわ、たたらを踏むわ、まっすぐ歩けないわ。すぐそこに落とした剣を拾いに行くのに辿り着かなくて往生したよ」
「あはは、でもあなたも相当だったんだろうね。エーギルが子どもに手加減しないなんて考えられないし」
「ここ笑うトコじゃないんだけどね、でもエーギルは足にきて動けない俺に帰れってさ。明らかに手を抜いてもらったんだよね、追撃もなかった。父さんたちを見逃してくれたんだ」
「へえ……あのエーギルが? もしかしてあなた、気に入られた?」
「それはないだろ……、でまあ、それから俺は戦時疎開で町に住んだり、旅に出たりしてたんだけどさ。3年? いや4年? ぐらいたった頃だっけか、あの勇者パーティーが率いる神殿騎士団が凱旋で街に帰ってきて、でかい熊の獣人が十字架にかけられてたんだ。そう、それがエーギル」
十字架と聞いてロザリンドの表情が曇るのが分かった。
「十字架に……」
「ああ、神殿騎士の奴ら酷くてな、槍で突き刺したあと治癒魔法で回復させて、何度も繰り返して、死なせないんだ。そんな惨たらしい公開処刑なのに見物人は誰も目を背けようもせずに喜んでる奴まで居てさ。俺は神殿騎士どもの手をすり抜けてエーギルの十字架に登って『あんた間違ってるよ!』って叫んだ。……間違ってると思ったんだ。あんな死に方をするなんてな。そしたらエーギルは俺に『無様を見せて悪かった』って。んで、お前には貸しがあるって言われてさ」
「貸し? 何か借りたの?」
「父さんたちの命。あからさまに見逃してくれたからね」
「エーギルは貸したつもりなんてないと思うけどなあ」
「貸しと言われてすぐそれが頭に浮かんだんだから、俺にしてみれば借りで間違いないんだろうな。でさ、もし平和になったらでいいから、ドーラに渡ってベアーグの村に届けて欲しいと頼まれたものがあるんだ」
「アリエル、遅くなったけど紹介するわ。そこにいるベアーグの青年は、エーギルの子、ダフニス。私の幼馴染だよ。誰かさんといっしょ」
ベアーグの青年、ダフニスは今の話を横から聞いていたのか微動だにせず、じっとアリエルの目を見ていた。
[ストレージ]から預かっていた指輪を出すと、ベアーグの青年が息を呑んだのが分かった。
直径5センチぐらいあるから人のスケールからするととても指輪に見えないけれど立派な真鍮細工の指輪だ。
手のひらにエーギルの指輪が出されるのを見たダフニスは動揺を隠せない。一歩、二歩と近づいて、まじまじと見て確認し、そして少し寂しそうな表情になった。
ダフニスは、ドーラきっての豪傑と言われた父が簡単に死ぬわけがないと思っていた。帰らぬ父が死んでいたなんて認めたくない息子の想いを裏切る形で、遺品の指輪を確認してしまった。
「父の指輪だ。間違いない。父はこの指輪をあなたに託したのか?」
「ああ、俺しかいなかったんだけどな」
ダフニスの手にそれを握らせて、そっと指を閉じてやると、ギリッと歯を食いしばって、とても残念そうな声でアリエルに礼を言った。
「すまない。恩に着る」
はっ……とする。エーギルの最期の言葉がフラッシュバックして重なる。
そうか親子ってそういうものなんだな。
「アリエルどの、父の最期はどうだったか教えてはくれないか?」
アリエルは遠い目をしながらエーギルを思い出し、少しの沈黙の後、小さなため息を吐き、やがて語り始めた。
「十字架から引きずり降ろされた俺は、治癒魔法をかけ続けている神官をぶっ飛ばしてやったんだが……、そのあと俺は神殿騎士たちにボコボコにされてね。エーギルは槍で刺されて死んだ。それだけだよ。でもな、エーギルはいくら槍で刺されようがうめき声ひとつ上げず、見物人たちを見下して、嗤いながら死んだよ。最期まで偉大な戦士だった」
……。
……。
しばらくの沈黙のあと、エーギルの子、ダフニスは歯を食いしばったまま一礼した。
「そうか、俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう。父が世話になった」
ダフニスは背を向けてテントを出て行こうとしたが、思い出したように立ち止まってこういった。
「なあ……、父は、エーギルは強かったか?」
「ああ、ムチャクチャ強かった。俺が小便ちびりそうになるぐらいだから、お前の10倍は強いんじゃないか? ぶん殴られた俺が言うんだから間違いないよ」
「はは、そうか、父は10倍強かったか」
少しうれしそう口角を上げるダフニス。エーギルが中指にしていた指輪を自分の指にはめてみるけれど、サイズが大きすぎてまだ自分の指には合わないことを確認しながら呟いた。
「あんのクソ親父、やっぱデカいなあ」
ダフニスは帰らぬ父の欠片を手にし、テントを後にした。




