01-08 座学のじかん★
この世界の情勢などを学ぶイベントです。
20170722,20181129 加筆修正
2021 0718 手直し
2024 0207 手直し
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グレアノット先生は魔導学院の教授だというので魔法の授業がメインになると思っていたら、地政学という地理と社会情勢と経済の話がくっついたような授業にも広く時間を割いてくれるらしい。この世界のことを全く知らないアリエルが最も知りたい情報が地政学だった。なにしろ最寄りの街まで東京~大阪間ぐらいの距離があるなんて聞いただけで軽く貧血を起こしたぐらいだし。
「ふむ、では今日はどうするかの、一般教養の授業として、周辺の国々と社会情勢などを軽く攫おうかの」
「はい、お願いします」
グレアノット先生は、まず子どもに人気の神話ストーリーを題材に、この世界の最も古い記録から語った。つまり神話の時代の伝承からだ。なにしろアリエルが神子、つまり異世界からの転生者であるかもしれないということで、まずは四つの世界があることから話をはじめ、黒板にひとつひとつ書き記していった。
神界・上位世界・この世界・並行世界(下位)
最上位 第一層 神域 神々の地 ニライカナイ、あるいはニルヴァーナ
上位 第二層 神の世界 約束の地 アルカディア
中位 第三層 歓びの地 スヴェアヴェルム
下位 第四層 禁断の地 ザナドゥ
「まず初めに、神話の伝承の話からなんじゃが……。四つの世界からかの……。じゃが魔導学院の古文書解析で、第四世界 ザナドゥはすでに滅んでしまったことが分かっておるから、実質いまは三つかの。で、わしらがいまおる世界はスヴェアベルムという広大な世界ということになる」
アリエルは身を乗り出して聞き入った。
なんとこの国の魔導最高学府である魔導学院では異世界の存在を認めているという。
ザナドゥという世界が滅んだと聞いて、アリエルは少しだけまた既視感に近いような感覚に陥った。ザナドゥという単語が耳に入り、鼓膜を震わせた瞬間、心がざわついたからだ。
先生の説明によるとアリエルたちの今いるこの世界こそが『スヴェアベルム』なのだという。
だとすれば日本は、神の世界、約束の地、アルカディアか、それか神域、神々の地のどちらかだということになるのだが……。
「アリエルくんの元いた世界はアルカディアかの?」
「どうなのでしょう? 思っていたのとは少し違いますね、神なんて一人もいませんし。たまに自分が神だとか思ってる頭のおかしな奴はいるにしても、どっちかというとこの世界のほうが魔法がある分、神の世界に近いかもしれません」
グレアノット先生の髭をすく手が止まり、驚きの表情をみせた。
「魔法が? なかったのかね?」
「はい、魔法なんて誰も使えませんでしたよ」
「生活魔法もかの?」
生活魔法というのは指先から火をともす基本の火魔法「トーチ」だったり、まだ習ってないけれど、何もない空間から水を取り出す魔法だったりというもので、はるかな昔、生きていくだけでも厳しいこの世界で、魔法が使えない人々に少しでも助けになるよう、最初の起動式を授けたのが、初歩の四属性魔法であり、そのうち火の[トーチ]は生活魔法と言われ、この世界に暮らす人々のほとんどが使えるという。
「魔法というものは何もありませんでした」
「どうやって生活していたのか? 不便だったじゃろうに……」
日本では人々が魔法を使えない代わりに、電気やガスといった資源の供給があったので、むしろここノーデンリヒトより苦労は少なかったし、隣町まで600キロの距離があったとしても、交通インフラがあるので、徒歩で20日も移動することもない。鈍行の高速バスでも翌朝には移動完了しているぐらいなのに。
それでもまあ、トーチという魔法を覚えたので、火をおこすという意味では魔法のほうが便利だということは理解した。日本だと電気もガスもお金がかかるが、そこを魔法で賄うことができればお金がかからない。こっちのほうがはるかにエコな気がしてきた。
「そりゃあ魔法が使える方が便利に決まってるじゃないですか。ところで先生! 異世界は本当にあるのですね? なんでそれをもっと早くいってくれなかったんですか? 先生の知人の異世界から来たという方のことも半信半疑だなんて言って……」
「さあのう……、わしが行って、この目で見て、ちゃんと確かめたものならば異世界はあると断言できるのじゃが、すまんの、行ったことないでの……その問いには答えようがないんじゃ。それにわしの知人、まあカリストという男じゃがの、奴は故郷である異世界のことを何も話そうとせんかったんじゃ。なにもな」
グレアノットは古文書に書かれてあることでも鵜呑みにしてはいけないと言った。
なぜなら古文書解読そのものが間違った意味を伝えるかもしれないし、いかに古文書であっても、それが真実の歴史を記したものであるという保証はない。小説などのフィクションである可能性も当然含めて考えるべきなのだ。
「わかりました。フィクションでもファンタジーでもラノベも構いません。異世界の話を聞きたいです」
「ふむ。なるほどの。では神話戦争というものを知っておるかね?」
神話戦争、たしか英雄クロノスが魔女だか破壊神だかを倒す話で、アリエルがベッドで眠るとき、ビアンカに何度も読んでもらった絵本の話だ。
「それこそフィクションじゃないんですか? 確かこの世界を滅ぼそうとする破壊神と魔女を倒して、平和を取り戻したという英雄譚ですよね」
「うむ。そうじゃの。じゃがあれも実話をモチーフにした伝記、伝承の類を、子どもが喜ぶように脚色して仕上げたものだと言われておる」
「英雄クロノスって本当にいたんですね!」
「クロノスがおったのなら、恐ろしい破壊神アシュタロスも、灰燼の魔女リリスも、当然おったということになるがの……わしは懐疑的じゃの」
グレアノットは子供に読み聞かせる絵本の英雄譚ではなく、その絵本の話のもとになった破壊神アシュタロスと灰燼の魔女リリスの存在そのものが懐疑的だといった。
物語ではこうだ。
破壊神アシュタロスと灰燼の魔女リリスは闇の瘴気を纏って戦い、そして何千万もの人々を灰にしたと言う。まずこれがおかしいのだそうだ。
そもそも闇の瘴気というものは高位の魔法使いが極限を超えた魔力を出そうとした際に見られるマナが変質する現象だ。瘴気は、誰もが持っているマナだというのが魔導学院として常識なのだ。
ではどうやってマナを瘴気に変質させるかというと、それはマナと同時に生命力を体外に、止め処なく流出させることで変質することが研究の結果、分かっている。
「じゃあ破壊神アシュタロスってヒトだったんですね」
「いやそれがのう……図書館に蔵書してある記録に、これまで何十例か瘴気を出すまで鍛錬を重ねた魔導師の記載があるのじゃが、全員が数分で倒れて、そのまま絶命しておる。魔導学院は、マナが1000あるとするならば、生命力はきっと10か100ぐらいしか体内にストックされておらんと結論付けておる。マナと同時に生命力を体外に流出させるということは、生命が失われてゆくということ。これでわかるかの?」
「アシュタロスの魔力が絵本の通りだとすると、すぐに死んでしまいますよね」
「そういうことじゃの」
「でも本当にこの世界にクロノスやアシュタロスのような強力な神々がいて、未来をかけてたたかったんだとすると、胸が熱くなるんですけどね。フィクションだとするとちょっと寂しいです」
「うーん、それがのう。まあ明日にでも実験を兼ねて穴を掘ってみると分かるのじゃが……、50センチから1メーターも穴を掘ると、だいたい灰の層に行き当たる。それはおよそ20センチほどの層じゃ。これれが何を意味するかわかるかの?」
「うーん、アシュタロスの魔法による降灰って言いたいのでしょうけど……、灰の層があるとしたら俺には火山灰としか思えません。どこか近くで火山が噴火したのでは?」
グレアノットはきょとんとした顔でアリエルに質問を返した。
「火山とは? もしや火を噴く山? のことかの?」
「そうです。この国にはないのですか?」
「この世界にはないのう。古文書の一文に記述があるだけじゃよ、そもそも地面を掘って出てくる灰の層はこの地だけではなく、この国、南方の小国、お隣のアシュガルド帝国、どこへ行っても同じなんじゃ。この世界まるごと灰に埋まったということじゃの」
「灰……」
……っ!
アリエルの脳裏にフラッシュバックする映像。
薄暗い白と黒の世界。
音もなく降り積もる灰。
粗末な布を天幕にして、積もった灰を、布の下から手で突いてボロボロと落とす……、赤い髪の少女……。毛皮をなめしたマントを羽織って降灰から身を守る……長身の女性?
誰だろう?
アリエルにとって、この二人の女性は良く知った、親しい女性だった。
なんだかとっても懐かしく、いとおしい気持ちが溢れ出す。
顔が見えれば……。
だが二人とも振り返ることなく、何も言わずに灰を払っている……。
「どうしたんじゃアリエルくん?」
グレアノット先生に名を呼ばれ、ハッと我に返ったアリエル。
魂だけが抜け出して、どこか別の世界に行ってしまったかのような錯覚に陥った。
長身の女性、そして赤い髪の女性、二人の後姿を覚えている。知っている人だ。
それはハッキリわかる、だけど思い出せない。
「あ、ああすみません。ちょっとボーっとしてました」
アリエルは思い出せない歯がゆい思いを噛み殺した。
「一応ほれ、授業中じゃからの。ボーっとするのは休憩時間に思う存分やればええでの、いまは集中することじゃ」
「は、はい」
「ではまあ、英雄譚のことは置いといてじゃ、この世界のことを学習するからの」
突然の白昼夢から目覚めたアリエルは気を取り直して、授業に集中することにした。
この世界、スヴェアべルムにはたくさんの国があるけれど、大国と呼べるのは二つの国だけ。
まず、この国、アリエルたちの住むノーデンリヒトはシェダール王国を北東に移動した最北端に位置する北の果てにある。シェダール王国はシェダルや、シェダワルと呼ばれることもある。8000年もの昔に三賢者と呼ばれる男たちが建国したのだそうだ。8000年なんてスパンで栄え続けるような王国が存在すること自体が驚きなのだが、やはりと言うか何と言うか、現代の歴史家の間では、長い王国の歴史の中で、王家の血筋は何度か変わってしまったのではないかという指摘があるらしい。
現在の王家の血は4000年前に入れ替わったと考える学者が多いらしいけれど、その説は王国によって否定されているらしい。
もうひとつの大国は、大陸の東のほうに強い勢力を誇る軍事国家アシュガルド帝国があり、他はだいたい、小国という規模で、南の方へ行くと南方諸国といってボトランジュ領やこのノーデンリヒト領よりも小さな国がたくさんある。
ここノーデンリヒト領はトリトン・ベルセリウスが領主を務めるシェダール王国の国土だが、実は15年ほど前、1000年も続く魔族との戦いに勝利しで勝ち取った土地なのだそうだ。本来この土地は魔族の住まう土地で、まだ各地に戦乱の傷跡が残っていることと、人が豊かに暮らすには厳しい気候が入植を妨げているらしい。
ちょうど『魔族』という言葉が出たので、魔族について質問してみた。
先生が言うに、魔族というのは、魔人族、獣人族、巨人族、エルフ族など、マナを持つ非人族の総称とのこと。獣人族の中にはパッと見、野生動物と見分けがつかないような者もいるが、野生動物は一般的にマナを持たない。今のところ野生動物と獣人の区別はマナの有無で判断しているそうだ。
地図について、先生が黒板に簡単な略地図を描いてくれたのでイメージすることが出来た。
わずか7年間という短い期間、この屋敷で暮らしてきた感覚では、ノーデンリヒトは緯度60度程度、つまりスウェーデン南部あたりの緯度にあると仮定したが、海流の影響なのかもしれないが、気候的には北海道ぐらいだと考えている。
多くの獣人たちはこのノーデンリヒト領の北の岬から海を越えた先、ドーラ大陸に多く住んでいて、エルフ族は西の果てのエルダー大森林に多く住んでいるが、ドーラ大陸に住むエルフも少なくないという。ノーデンリヒトでも人々の生活する環境は厳しいというのに、ドーラはさらに北に位置しているので魔族ほど屈強な身体じゃないと住めないのだか。
要するに北の厳しい土地じゃあ豊かに暮らせないから、南の肥沃な土地を求めて魔族たちが南下してくるという理由で、シェダール王国と戦争になった魔族は、戦いに敗れ、更にもっと悲惨な北の大地に追いやられてしまったというわけだ。
魔族たちが血眼になってこの土地を取り戻しに来るその理由が分かった。
あと、残念なことに、巨人族と、あと獣人族のうちのいくつかはシェダール王国はいないらしい。遥か南方の人の住めない土地に暮らしているそうだけれど、これは書物に記載があるだけで実際に見たものはいないのだそうだ。
そしてだいたい大雑把に言うと20年に一度ぐらい魔族は人族の国に攻めてくる。
いまはノーデンリヒトが人族に取られてるので、当然ノーデンリヒトに攻めてくるはず。
トリトンが言ってたのはそのことだろう。
魔族にしてみれば南の住みやすく豊かな土地を奪還したいのは理解できる。
だから兵力がまとまったら定期的に取り戻しにくるのだろうか。ここからさらに北となると農耕だけでは、冬に食べていくのは困難だろうから必死になるのだろう。
逆に自分たちノーデンリヒトに入植した者たちにしても、言っちゃ悪いが、さすがにこれほど生活レベルが低いとなると、ここよりもさらに北に位置するドーラ大陸なんぞと戦って、仮に土地を奪ったところでメリットは薄いんじゃないか? こんな大平原の平野部にありながらわりと大きな河川近くで灌漑も用水もうまくいってるノーデンリヒトですら厳しい冬の間は仕事どころではなく、生きてゆくだけで精いっぱいだというのに。
生きていくために戦っているのだとしたら、戦いを終えることなんてできやしない。
「ふむぅ、ノーデンリヒトにおると魔族を見かけることもあるじゃろうから、ちょっと注意点などを話しておこうかの」
そういえばトリトンは北の森で獣人が出たのだとか言ってた気がする。
アリエルにしても獣人や魔族といった他種族の問題は避けて通ることができないのだろう。
「ではまず、魔族とヒト族の違いからいってみようかの」
とはいえ、まず最初は注意事項から説明してくれることになった。やはりここはいつ戦場になってもおかしくないのだ。先生は魔法の先生なのに、トリトンはサバイバル技術を教えてやってほしいと頼んだそうだ。当然、帰る家がなくなって、両親とも離れ離れになり、たとえ一人ぼっちで荒野に放り出されたとしても生きて行けるような知識と技術という意味だ。
先生が言うには、まず第一に魔族は戦闘能力が高いので、脆弱な人族である限りは、敵性の魔族を見かけたらすっ飛んで逃げたほうが得策なんだそうだ。エルフなら力が弱く、単なる力比べをするなら人族のほうに軍配があがるけれど、獣人や魔人ともなると桁違いの戦闘力を持っているという。
その戦力比はおよそ、獣人1に対し人族は武装した兵士が5。つまり5対1、これがおよそ対等に戦えるというレートだ。だがそれで驚いてはいけなかった。なんと魔人1に対して人族は精鋭30に足りなければ逃げるが勝ちだという。
もちろん逃げ切れるかどうかは別問題である。
魔族がすべて敵というわけじゃなくて、獣人の一部やエルフ族には人と共存している奴らもいる。
王国でもエルフ族の人口比率は100人に5人程度はエルフだという。
ノーデンリヒトは15年前まで魔族の土地だったけど、住んでいた魔族たちをみんな追い出してしまったので、共に生活している魔族がいないだけだ。いまは敵対しているという状況だ。
グレアノット先生が普段勤務している魔導学院のあるマローニの街や、領都セカまで行くとエルフ族は珍しい存在ではないという。
この話の要点は、魔族だからといってこの国ではみんな敵だということでななく、このノーデンリヒトだけは特殊なのだとうことだ。
ここで魔族と出会ったら、ほぼ100%の確率で相手は敵なんだから、逃げるが勝ちということ。
そんな魔族の中でも特に魔人族というのは要注意。
魔人族の特徴は、ちょっと明るめの褐色に近い肌の色とエルフのように尖った耳、種族全てが黒髪で、頭に湾曲した二本の角が生えている、エルフなのか牛の獣人なのか判断に困るような外見の魔族がいるのだとか。体の大きさがちょっと大柄の人族と大差ないからとナメてかかると確実に殺されてしまうという。
とにかく戦闘能力が高いのが魔人族の特徴なんだそうだ。要はチートなんだろう。
「先生! 魔人族って? たとえば剣で斬れなかったり矢が当たっても刺さらなかったりするの?」
「そうじゃの、魔法の話からしたほうが分かりやすいかの。また強化魔法を教えるときに説明するつもりじゃが、強化魔法という魔法には致命的な弱点がある。何かわかるかの?」
「強化して致命的な弱点ですか? それは強化とは言わないんじゃないかと……」
「うむ。まあそういうことなんじゃが、簡単な話じゃよ。あまりに速い動きをすると、人の身体がついてこれないのじゃ。物理的な衝撃や剣撃は強化魔法が防御力を上げてある程度は防ぐのじゃが、術者の体内の、血液や内臓、特に脳は急加速、急制動といった基本的な動作にすら耐えられん。自分の力を超えるような強めの強化魔法をかけて高速戦闘を行えば、必ず脳や内臓に大きな負担がかかる」
「なるほど、落馬して死ぬのと同じ理屈ですね」
「例えは悪いがその通りじゃの」
で、魔人族がなぜそこまで強いのかというと、強化魔法に頼らない素のステータスが異常に高いのだそうだ。筋力や耐久力、打撃に対する防御力など。これらがヒト族と比べて圧倒的に強力であるからこそ、頑強な肉体は強度の強化魔法に耐えてケロッとしてるらしい。
それだけでも相当な脅威なんだけど、特に眼の紅い魔人族は『スカーレット』と呼ばれ、だいたい通常の魔人よりも数段戦闘能力が高い上に、人の命を吸い取る邪法を使えたり、目を合わせただけで魅了されて相手の思うがままに操られてしまう。所謂邪眼を持っているのだとか。
つまるところ、魔人族は人族の天敵で、だいたい戦闘能力ではすべての面において人族よりも数段上回っていて、そして先生の知る限りでは魔人族が人里で人と共存しているとは聞いたことがなく、魔人族はすべて敵性だと考えていいから、生きていたいのならまず魔人族と出会わないことが肝要なのだといった。
例えるならばハイキングしててばったりヒグマと出会うようなものだ。
そう考えると恐ろしさが倍増してきた。
そして、ドーラ大陸の魔族を束ねる王、魔王は、魔人族から輩出される。
これは別にそういう習わしがあるのでもなんでもなく、単純に魔人族の戦闘能力が他の魔族を圧倒的に凌駕しているからだと考られている。
じゃあもし自分が魔王を倒せば次の魔王はアリエルということにもなり得るのだろうか。
RPGなどで王様と謁見して魔王を倒してまいれ! なんて命令されたとき、その王様をぶっ殺せば面倒なレベル上げとかしなくても手っ取り早く王様になれるとか、それが許される世界っぽいと感じた。
まあ王とか魔王なんてものには興味ないけど。
「スカーレットがおったら、王国最高戦力の王国騎士団が総出でも押し返すのは難しいからの。神聖典教会により祝福された装備を持つ神殿騎士団を呼び寄せる必要があるのじゃよ。ふう……ここまでで質問はあるかの?」
「はい」
「ふむ。質問どうぞ」
「トリトンって軍属なの?」
「そこかいな。領主で貴族で軍属のえらいさんというのは割とよくある事じゃが?」
「もひとつ質問。魔族、とりわけ魔人が人よりも何倍も強いことは何となく理解できましたが、そんな大きな力を持った魔族が攻めてきてなぜ大丈夫なのですか? もひとつ、魔王とは? 何ですか?」
「うむ。まず大前提として、魔族は圧倒的に数が少ない」
数。それが勢力図を書く上で最も大きな色となって、地図を塗りつぶす要素だ。
これが魔族の最大の弱点。逆に人族は数で圧倒的に勝っている。これが大丈夫たる根拠。
いやあ、そんないかにも雪と氷に閉ざされていそうな赤貧の土地に住んでいながら、そんなにポンポンと子宝に恵まれても育てきれないだろうというお節介な心配をしてしまうほどだ。
先生の話を統括するとスカーレットは魔人族に生まれる一種の天才ってことで間違いなさそうだ。
生まれてきた時点で次代を担う魔王になると期待される器ではあるが、そもそも魔人族自体が少数民族で、絶対数が少ない。そんなのがいっぱいいたら人族は勝てなかったろう。
「神聖典教会には神器というものがあるからの、心配いらん」
神器。
なにやら千年もの長きの間、教会の魔導師が、魔族を退ける事だけを目的とした魔法を、上書きで重ねて重ねてエンチャントした武器と防具があるという。千年単位で魔法を上塗りされ、エンチャントされた魔法が固形になって物質化するほど高密度に塗り重ねるなんて呪いをかけるのとどう違うのだろうか。
だけど少し分かった。その神器とやらが人類の最終兵器なのだ。日本でも神話に伝承される伝説の武具の話はいっぱいあるし。
「そして教会は常に神器を扱える勇者を育てておる」
「あはは、勇者ですか」
アリエルは思わず出た笑いを堪えることができなかった。
プラスの対極がマイナスであるとするならば、男がいて女がいる、光があれば闇があり、善人がいるなら当然悪人もいる。この世界に魔王なんてものが居るとするならば、当然勇者も居て然りだ。
魔族の天敵である勇者の力を最大限に発揮できるよう補助するメンバーが同行し、更に戦時となれば神殿騎士団も含めた勇者軍で対応するらしい。
勇者軍……軍を率いる勇者……、なんか違う気がする。勇者は少人数パーティで行動すべきだと思うのだが。
ギルド酒場とかで隣に座った訳アリ風のニヒルな旅の剣士なんかとダンジョンで出会って共闘し、それ以降仲間としてパーティを組んでいるとか、そういう流れになると思っていたが、さすがに勇者ともなると軍を率いたほうが魔族をせん滅するのに都合がいいのだろう。
「人族と魔族との争いは伝承以前から続いておったそうじゃが、、ここ千年は教会が誇る神器の力で人族が勝利し続けておる。千年の間、何人もの魔王が、何度も軍を率いて戦いを挑んできたが、総ては神器の前に倒された。今や魔族と人族の力には圧倒的な差があるのじゃよ。じゃからの、魔族を見たら、とっとと逃げて教会に報告すればええ。もちろん逃げ切れればの話じゃがの。ほっほっほっ」
「んー?それだけ圧倒的な力を持っているのに、なぜ魔人族を皆殺しにしないのです?」
「うむ。それはたぶん、教会の大人の事情じゃろうて」
大人の事情? 魔族が定期的に攻めて来てくれないと神器を持つ教会の権力を維持できないとか、そういう事情なのだろうか。どこの世界でも権力に群がる奴らってのはそんなものかと。もしいま言った勇者もそんな大人の事情で戦っているとしたら、なんだか悲しくなってきた。いや、少年の夢を全力で裏切られた気がする。
「もひとつ、神器の話のエンチャントって、武器や防具に魔法をかけるってことですよね?それって、もしかして自分でかけた強化魔法とは別の枠で効果を発揮するんですか?」
「その通りじゃ。エンチャントっていうと、最近はもうほとんど見なくなった魔法剣士の技じゃな。武器に炎を纏わせたりするから派手好きには人気があったのじゃが、武器に炎を纏わせたところで熱くなるだけで切れ味が増すわけじゃないどころか、剣の焼きが戻って下手をすればナマクラになってしまうことが立証されてからは、魔法剣士はほとんど廃業じゃな。剣士を志すならば強化魔法を磨いたほうがそりゃあええぞ」
前世で日本人だった頃の父親、嵯峨野寛一が包丁やハサミを打つ鍛冶屋だったおかげで、それなりに鍛冶の知識は持ち合わせているアリエルだ。焼き戻しの効果があるってことはけっこうな高温になるということが窺える。
という事はマナを燃焼させた炎の魔法で剣を打てるかもしれない。アリエルはまたひとつ魔法の可能性に気が付いた。
「神器のうち、勇者に与えられる剣はな、聖剣グラムというて、エンチャントの内訳は教会が秘匿しておる故よくわかっておらんが、特に魔族に対しては殺傷能力が上がるということは分かっておる」
特定の種族に対して殺傷能力が上がるっていったいどういう仕組みなんだろう。だいたい、なにか得体のしれないものを千年も塗り重ねて、特定の種族を殺しやすくするってのは、さっきも思った通り魔法というよりも呪いに近い気がした。
そんな剣は聖剣とは言わない。魔剣とか妖刀と呼ばれる、もっと薄暗いものだと思う。
しかしアリエルは話に出てきた魔法剣というものに興味を持った。
剣そのものは普通の剣で、その剣に魔法で炎をまとわせるという。では斬った相手に火傷を負わせるぐらいの効果になるのか? 傷口を消毒して止血するような効果もありそうだ。熱くしすぎたらホントに焼きが戻ってナマクラになりそうで、炎のエンチャントについては効果を期待するだけ無駄か。
火がダメなら風は?……微妙だ……土は? なんか想像できない。じゃあ水は? 剣が錆びそうだし……。なんだか『火』以外は使い道がなさそうだ。
「魔法剣って、実際のところ強化魔法をエンチャントして強化を重複させるぐらいしか使い道思いつかないんだけど。実際、どんな運用されてたの?」
「それがのう、一般的に防具の材料に使われておる、鉄や革にはほとんど魔法の効果が乗らん。エンチャントしても滑ってパラパラと剥がれ落ちるのじゃ」
剣から炎が噴き出したりするわけじゃないらしい。
ただ鉄を赤熱させて火傷を負わせるだけだとしたらそりゃナマクラにもなる。
「そういえば聖剣グラムは無垢のミスリルで出来ておるらしい。ミスリルはマナ伝導率に優れておるので魔法剣に向いておるが、いかんせん産出量がものすごく少ない上に、ミスリルの鉱山は国が管理しておるからの。産出されたミスリルはすべて国が所有しておるのが普通じゃ。そのミスリルで剣を作ったらそれは国宝となり王族か、それに準ずる身分の者が所有することになるのじゃ。現状、魔法剣の使い道のなさ加減を考えると、分かりやすく言えば、ミスリルの剣は高価な宝剣という扱いじゃの」
「んー、なんか残念ですね魔法剣士ってロマンあるんですが」
「ほう、アリエルくんは将来、魔法剣士になりたいのかの?」
「俺?、魔法剣士には興味がありますけれど、将来は、、そうですね、旅人になりたいですね。さっきの、あの異世界にいく方法を探して、俺は世界を旅したいです」
7歳にしてドヤ顔で将来はホームレスになるんだぜ! と宣言してやった。
まあ、2度目の人生だし、前世は悪さもせず、それなりに真面目に生きてきたつもりだったけど、時間はいくらでもあると勘違いしていたせいか、好きな女に思いを伝えることもなく、あっさり死んでしまった。気持ちを伝えるチャンスなんていくらでもあったはずなのに……。
時間が有限なんだという、ごく当たり前の、誰にでもわかっているようなことですら、本当はぜんぜん分かっちゃいなかった。
美月はいつもそばに居てくれたから、そのうちいつか言えたらいいな……なんて考えてたんだ。
残ったのは後悔ばかりだ。
「先生に生存技術を教えてもらえたら鬼に金棒ですよ」とニッコリ笑って見せた。
作り笑いが上手くなった。我ながら気持ちの悪いガキだと思う。
「はあ、才能がもったいないのう。まあ、そのうち気もかわるじゃろうて」
グレアノット先生はひとつ大きなため息をついて、授業をすすめた。