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04-10 サオの願い

89話



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 アリエルたちの旅にサオも同行することになったのと、パシテーの身体が無事だったこと、嫁さんをもらうってことで祝賀ムードなのと、なにより停戦になったことがとにかく喜ばしかったので、とっておきの肉を出すことにした。


「父さん、調理できるひと何人いるの?」

「ん? なんだ? 調理? えーっと、9人居るな」


「ロザリンド、そっちはの5人は? サオだけ?」

「う、うん。私とサオだけかな」


「ロザリンドはお願いだから触らないで……。貴重な肉がカーボンになるから……」

「愛妻の手料理を拒否するの? 美味しいよきっと。ほら、ほら」

 ロザリンドは腕によりをかけて……という素振りをしているのだろう、だが腕まくりして力こぶを見せつけているものだから、今からケンカを始めようとしているようにしか見えない。


「それはまた今度お願いするよ。今日はほら、停戦のお祝いだからさ、ロザリンドは主役になるかもだし」

「そ、そう?」


「うん、そうさ」

「今日は停戦祝いに秘蔵の肉を出すぞ。ただし、ケンカや敵対行動とるような奴には食わせんからな。仲良くできるやつにだけ」


 てくてくが我慢できなくなったのだろう、歓喜の声を上げる。

「キタァー!! きっと龍の肉なのよ」


「「「 龍の肉だと!! 」」」


 トリトンもガラテアさんもロザリンドでさえグイグイ食いついてくる。

 少し離れたところに居た獣人たちも3歩ほどこちらに近づいてきた。


 龍の肉、それはこの四世界でも最高の美味と言い伝えられている四世界最高の食材。

 老衰で死にかけている爺さんに食べさせたら、一発で飛び起きて、小雪の舞うジェミナル河に飛び込んだ勢いそのままクロールで対岸まで渡り切り、港町の未亡人を口説いて二人の息子をもうけたとまで言われる伝説の滋養強壮食だ。


 じじいには絶対に食わせちゃいけない。食わせたら最後、必ず遺産相続でもめることになるとまで言わしめた、いわくつきの肉。


 ここ何百年かは龍は狩られていないので、王都にもっていけばびっくりするようなプレミアム価格が付くであろう、超レアな肉なのだ。


「なんでエル坊が龍の肉もってんだよ?」

「アタシの住んでた洞窟にミッドガルドが住んでたのよね。ホント後からきたくせに迷惑な同居人だったんだけど、アタシに会いにきたマスターと鉢合わせになったのよ」


「ミッドガルドだあ? 災厄と呼ばれた最悪のドラゴンじゃねえか!」

「てくてくさん、もしかしてアリエルはドラゴンと戦ったのかい?」


「そうなのよ、アッサリ勝ってしまったわさ。アタシのマスターは強いのよ」

 ミッドガルドは卵を守っていたから洞窟の入り口を死守していて、やりやすかっただけだ。

 飛び回られたらどうなってたか分からない戦闘だった。こうやって話が大きくなっていくんだなと、アリエルはそう思った。


「そ、そうか。料理できるやつ呼んでくる」

 龍の肉と聞いて浮足立つ兵士、辺りは慌ただしく宴の準備に追われている。

 野外調理場の設営が急ピッチで行われていて、雨が降るわけじゃないのにテントまで立て始めたという本格的な調理場が出来上がりそうな勢いだ。


 そんな中、パシテーがロザリンドに向き合った。

 思いつめた顔。思い切って告白するために声をかけたような、そんな決意めいた表情。


「あ、あの、兄さまを助けてくれて、ありがとう」

 何を言い出すかと思ったら……。


「えっ? あなただって私たちみんなを庇える位置に飛び出してきたじゃない。私の目はごまかせないわよ。どうせ作戦なんてなかったんでしょ? あのバカと考えることが一緒なのね。羨ましいわ。ところで私、あなたの大切なひとと結婚することになったんだけど、いいの?」


「う……うん……。でも私……、胸が苦しいの……、嫉妬があるの」

 ロザリンドは何かに押し潰されそうになっているパシテーを愛おしそうに眺める。


「アリエル、あなたあっち行ってて。ガールズトークが始まるの。あなたは邪魔」

「なんだよそれ」

 アリエルはその場から追い払われ、すぐ近くの調理場の設営を手伝う事にした。土魔法の使える者はいろいろ忙しい。アリエルはかまどを担当することになった。



 ロザリンドはアリエルが十分に離れたところで作業を始めたことを確認してから話し始めた。


「ねえ、あなたエルフ混ざってるでしょ。綺麗な顔、シルクのように光沢のある美しい髪、繊細な指。非の打ちどころのないプロポーション。私の知らない深月を知ってて、そして愛してる」


 ロザリンドは少し斜め上からパシテーのことを少し強めに睨みつけながらこぼした。

くやしい……。くやしいわ。だって私のほうが先に深月のこと好きだったのよ。あいつデカい女は嫌いだとか言うしさ、あなたが持ってるその可憐な美しさは私がどれだけ努力しても手に入らないの。……私だってあなたに嫉妬しまくってるわよ。でもね、あなたを失いそうになったあの人の顔は見てられなかったわ。もう二度とあの人を悲しませるようなことしないで。あと、私もあなたのことが好き。パシテーって呼ぶよ? いいでしょ?」


「う……うん、ロ、ロザリ……」

「ノン! お姉さま。いい? お姉さまって呼んで。ロザリィ姉さまでもいいわ」


「うん、お姉さま」

「キャー!可愛い。私のものにしたいー」


「痛いの…痛いの……」

 パシテーはロザリンドの顔をグリグリ擦り付ける攻撃を受けながら、断続的にそこそこ大量の花びらを撒き散らしてる。

 魔人族は歓喜したときの力加減が難しいらしい。


「あれ?ロザリンド、なんでパシテーとそんなに仲いいの? 魅了とか使ったらマジ怒るよ?」

「使わないわよ」

 ロザリンドはパシテーを抱いたまま立ち上がった。


 どこかで見た!

 まるでデジャヴのようにフラッシュバックする。


「ぶっ! 腹話術人形かおまえら……」

「ふくわ? なに兄さま」

「気にしなくていいわよ、失礼なことを言われたの。あとで殴ってやるから」


「なあ、パシテー、ロザリンドの目を見ちゃダメだぞ、魅了があるんだ。ほんと、ロザリンド、頼むからパシテーを俺から奪わないでくれ」

「魅了なんて使わないわよ。なに泣きそうになってんの? どうせ妹を手放すつもりなんてないんでしょ?」


「絶対にない。誰にもやらんし、俺のだし。お前にもやらんから」

 今しがたパシテーへの嫉妬を口にしたロザリンドは、アリエルのこの心無い言葉に、少しイラっとしながらも、問い詰めずにはいられなかった。


「じゃあ、私を妻にしてパシテーはどうするのよ?」

「パシテーは妹だ。これは譲れない」

「かわいそう。命を捨てて助けに飛び込むぐらい愛してるのに……。じゃあパシテーと結婚するとか愛し合ったりとか、したくないのね?」

「ぐっ……、この……」

「じゃあ、あなたの妻になったら早速パシテーを側室に迎えるわ。私のね」


「えーっ、なにそれ、ちょっとまって、おかしいだろ? 女同士じゃん、そんなの認められないでしょ」

「ドーラでは割とよくある風習なのよ。側室に入れない身分をぶっちゃけるための裏技っぽい方法ではあるけどね」

「まてよ、ロザリンドお前は重婚に抵抗ないの? 俺は男だから望むところなんだけど?」

「うちは母さま5人いたし、私より2つ年上の兄も魔王になった途端に次々と4人の奥さんをもらったわ。最初は女ったらしって思ったけど、実際はそうでもないのよ。もう抵抗なんてないなあ。3歳のころには慣れちゃってたし」


「兄さま、姉さま、ありがとう。嬉しいの。でもね、私だめなの。ただのパシテー。姓がないの。家名は奪われたの。兄さまのように貴族の家には側室に入ることは許されないの。私は妹で過ぎた幸せ。いっしょに居られるだけでいいの」


 アリエルはロザリンドと顔を見合わせたあと、パシテーの顔を二度見した。パシテーの目から視線を逸らさないようにしっかりと見つめた。

 そんな寂し気な顔で幸せだと言われると、何とかしてやらなきゃと思ってしまう。


「大丈夫よ。必ずこの人がなんとかしてくれるって」

「見透かしたようなこと言うなよ。でもこれは難しいと思うぞ。パシテーは言わないけど、たぶんアルトロンドの出身だろ? もしそれがエールドレイクだったら最悪だ」


「兄さま、私の記憶を覗いたの……」

「覗いてないし、そんな力ないし。何年も一緒に旅してるんだから分かるよ」


「ごめんね、私田舎者だから、地理のことはまったくわからないのよ、ちょっと説明してもらえる?」

「簡単な話だよ、エールドレイクには神聖典教会の総本山があって、さっき倒した勇者の軍はそこの最高戦力。勇者がいなくても神殿騎士が一万近い規模、領軍が十万以上いて、俺たちはそれだけの戦力と真正面から敵対してるわけ」


「ふうん。私たちドーラ軍で戦ってた者からすると今までとあんま変わんない。ね、サオ」

「はいっ、一万も十万もいっしょです」

 サオは十万の兵をまったく恐れてない。ということは、十万の敵兵よりてくてくのほうがよっぽど怖かったということか。


「まあな、俺はちょっと前から異端認定されて指名手配を受けてるし、てくてくなんか魔物の扱いで冒険者ギルドに討伐依頼が張り出されたぐらいだ。まあ確かにオバケなんだけどな」

「オバケは余計なのよ」


「あなた本当にあの深月なの? 死神とか指名手配とか、私まだ信じられないんだけど」

「俺は悪くないからね……、あと、これは想像だけど、アルトロンドは12年ぐらい前か? 奴隷制が解禁になってる。たぶんそれも関係してるんだろうね。だからエルフの血が混ざってるパシテーの戸籍復活はなかなかに難しいものがあると俺は思う」


 奴隷制と聞いて露骨に嫌な顔をしたのは純血エルフのサオ。こっちの土地でエルフたちがどんな酷い目に遭ってるか、遠くドーラの地まで伝わっているようだ。


「大丈夫だよサオ。ボトランジュ領主は俺のお爺ちゃんにあたる人なんだけどね、奴隷制だけはどれだけ教会が圧力をかけてきても絶対に認めない人だから。人族もわりとまんざらでもないんだよ。ボトランジュで他の獣人たちを見かけることはまずないけど、エルフ族は割と共存してるし、人族と婚姻して生まれたハーフエルフも珍しいわけじゃない。爺ちゃんにはエルフの奥さんが居て、娘はもちろんハーフ。俺の父さんの妹はエルフなんだ。まだちょっと差別が残ってるけど、世代を重ねるごとに少しずつなくしていけばいい」


「兄さま、私がクォーターエルフだっていつ気付いたの?」

「最初からそうじゃないかな?って思ってたよ。見た目なんて実年齢よりだいぶ若いし、何より俺が教えたら2日で無詠唱の魔法使えるようになったからね。こんなの絶対に人族じゃないと思ったよ。しかしクォーターだったのか。もうちょっと薄いかと思ってた。耳も尖ってないしな」


「はい! はいはい! 私エルフです。無詠唱教えてください」

 エルフなら無詠唱魔法が2日で覚えられると聞いてサオがグイグイと前に出てきた。

 

「お、サオいいね。熱心だね。俺は熱心な子は好きだよ」

「ダメなの、兄さま魅了あるの。幼いサオなんかすぐにメロメロにされてしまうの」


「ちょっと! 聞き捨てならないわ。魅了? 私にも使ったの? おかしいと思った! 私魅了されたのね」

「使ってないってば。本当に俺には魅了なんてないって」


「私そんなにチョロくありませんから大丈夫です」


 ロザリンドのコメカミにビシッと血管が浮き出た!


「あーチョロくてごめんなさいね、私もアリエル魅了説支持するわよ」


「ロザリィごめん……、そんなつもりで言ってないよ……」

「じゃあ私も。魔人族は半分ダークエルフなのよ。無詠唱教えてよ」


「兄さま、どうせならサオを弟子にすればいいの」


「ダメだよ。俺がまずサオのことをよく知らない。わざわざ弟子にまでならなくても無詠唱はできるようになってくれないと困るから教えるし。もう一つ、俺がそもそも弟子を取るほど熟練も練達もしてない。俺の使える魔法はだいたいが初級レベルだ」


 使える魔法が初級レベルというとだいたい信じてもらえないのだが、水魔法以外はだいたい初級レベルしか使えないのは本当なんだ。


「ええっ、マジで? あの爆弾みたいな魔法、あれオリジナルでしょ? 直撃は躱しても近くで爆発したら負けだし。対策が思いつかないよ。弱い弱いって言うから、やっぱりなーって心配してたけど、すっごく強かったじゃないの?」


「あの魔法は……物を壊したり、人を殺すことしかできない。何かを守ろうとしたら、その代償に大勢の人を殺してしまうんだ。[爆裂]しかない俺が言うのもなんだけどさ、それは強さじゃない」


 なんだか皆黙り込んでしまった。ついさっき、両軍あわせて100人は死んだ。ちょっとデリカシーがなかったと反省すべきだこれは。


「あ、すまん。空気読めなかった」


 そう言ってはぐらかそうとするアリエルの肩を掴んで、ロザリンドが自分の考えを言う。


「違うよ。あなたのその力は、まぎれもなく強い。ねえアリエル、それは強者きょうしゃのセリフなんだ。普通の人は、何かを守るために戦う時って、なりふり構っちゃいられないのよ。大きな力を行使するのに大きな代償を伴うのは当たり前なの。でも、やっぱ深月アリエルらしいね。私、なんだか安心しちゃったよ」


 ほら美月ロザリンドはすぐこんな見透かしたようなことを言う。

 だけど、なりふり構っちゃいられないか。そういえば父さんたちの撤退を助けるためにエーギルと戦った時がそうだった。


 ロザリンドの言う通りかもしれない。


「まあ、そんなことはどうでもいいわ。私もサオを推薦するからね。サオはいい子よ? 常に努力を怠らないし、才能もあると思う」


「私、強くなりたいです。今日も、ただ後ろで守られているだけでした。ロザリィも、アリエルさんも、パシテーさんも、てくてくさんも、みんなお互いを守り合える力を持っています。このままだと私だけ……、どこにも連れて行ってもらえません。願いします。私を弟子にしてください」

 

「それを言われると弱いんだけどさ、別に弟子にならなくても無詠唱は教えないわけじゃないんだよ?」

「兄さま。エルフの女の子、目がキラキラしててかわいいの。試験ぐらいしてやるべきなの」

 

「試験か。そうだな、よし、じゃあ試験をして、俺に『気に入った』と言わせたら弟子にしよう。明日の朝、夜明けごろでいいかな? ここで」


「はいっ! 夜明けには体を温めておきます。よろしくお願いします」


「ぜったい兄さまに気に入られる方法あるの」

「え、パシテーさん、ぜひぜひー」

「弱点を突くの。兄さまは、色仕掛けに加えて情に訴えたらイチコロなの」


「ダメだからね。でも試験じゃないときは色仕掛けでかかってきなさい。いくらでも相手してあげます」



――ボキボキボキッ……。


 なんだか不審な音がしたので音のしたほうを振り返ってみると、ロザリンドが指を鳴らしながら100万ドルの笑顔でこっちを見ていた。


 怖ええ。マジ怖ええ。


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