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04-07 灰が降る

86話です

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 ベルゲルミルが左腕を失うと、勇者パーティ回復のかなめ、高位の神官服を身に纏った賢者カリストが落ちついて回復魔法を唱えはじめた。


 高位の治癒魔法! 欠損した部位まで戻る魔法だ。見ておきたいところだが、今はそんな悠長なことしてられないし、そんな長ったらしいのを唱えさせてやるほどこちらに余裕があるわけでもない。



―― ドバン!


 アリエルは賢者カリストの背後、後頭部あたりに[爆裂]を転移させて起爆させた。

 頭の後ろの空間がいきなり爆発するなんて、そんな避けようのない攻撃をまともに食らったカリストは詠唱を終えることなく炎と黒煙のなかに沈んでいった。



 キャリバンは戦術においてミスがあったことに気付いた。


 魔導師と剣士と精霊、およそ敵と認識するほど手ごわいのはこの3体だ。ではこれらの敵を制圧するとして、レベルの上がったロザリンドを脅威と感じ、先にこの魔人の女将軍を倒すことが勝利への近道だと考えたのだが、それが失策だったのだ。


 アリエル・ベルセリウスについては先ほど一人で出てきたときに剣を交えた。正直、脅威を感じるほどじゃなかったので甘く見たのだ。確かにキャリバンの見立ては間違っていない。アリエルの剣技はキャリバンにとって警戒するに値しなかったのかもしれない。故にこのスカーレットの女将軍を制圧すればどうとでもなるという読みは正しい。


 だが実際にはキャリバンの戦闘力をロザリンド一人で引き受けられてしまっている。

 ふたを開けてみたら、キャリバンの力をもってしても、ロザリンドの攻撃を受けるので精一杯。

 他にまで手が回らないのだ。


 キャリバンがロザリンドに手こずっている間、そう、戦艦同士で主砲を撃ち合ってる間、自由に遊撃するアリエルのうるささが大きな誤算だった。


 勇者パーティは次々と信頼できる仲間を失っていくことになる。

 キャリバンが気付いたミス。それが致命的なミスだったというところにまで分析できたのは、背後でただぼーっと戦況を見守っていた魔導師のディオネだけだった。


 自分の出番はないだろうとタカを括っていた魔導師ディオネは回復のかなめのカリストが倒されてしまうという、まさかの展開に慌てて詠唱を開始する。

 速記のようなスピードで高速に起動式を入力した。それをアリエルは見逃さなかった。その起動式は高位の炎の魔法だろう。


 ディオネはキャリバンと組んでいたせいで強敵の相手をしたことがない。

 今回のように敵の数が少数だったりすると、特にしなければならないような仕事もない。

 そう……、自分たちよりもずっと背後に控えていた神官たちが謎の爆発で吹き飛んだのに、ただ待機していることしかできない。だからこそ、ディオネだけは一歩引いた位置から戦場の全体が見えていた。


 ディオネはカリストが倒された攻撃を偶然目撃していた。

 カリストは背後から爆破された。

 カリストの後頭部? 首の後ろあたりにぼんやり光る球が現れたと思ったら、光が強くなって、次の瞬間にはもうやられていた。


 あのキャリバンやベルゲルミルの相手をしながらも、その実、狙いは後衛だった。

 こうもアッサリとカリストをやらせちゃいけなかった。


 ディオネはこの狭い戦場の全体、戦況を見ながら起動式を入力している。

 ファイアウォール。炎の壁を作り出し、少しの間だけ戦場に線を引いてエリアを分断する魔法だ。

 魔法が起動したらカリストを救援し、立て直しを図るつもりだった。


 勇者パーティの司令塔がディオネだったなら、アリエルたちはもっともっと苦戦を強いられたかもしれない。しかし焦りの色濃いディオネは、パーティを立て直すために詠唱している大きな魔法の起動式をすり替えられ[ファイアボール]を流し込まれたことに気が付かなかった。



 こちら前衛のほうも、戦況は不利に傾こうとしていた。

 左腕を失ったベルゲルミルのフォローに入るため、ロザリンドに斬り掛かろうとするキャリバン。


 とっさの判断で予定を変えたところに、キャリバンは足元を掬われてバランスを崩してしまった。

 アリエルが地面を深い砂地に変えたのだ。キャリバンの動きを一歩封じることに成功した。その一瞬の隙に、キャリバンの顔面にファイアボールを命中させる。


 厳密にはその鎧の持つ魔法防御が勝るので、ダメージを与えることはできないが、目くらましとしては十分すぎる時間を稼いでくれた。


 キャリバンの視界が戻ったとき、アリエルはもうそこにはおらず、かわりに刀を振りかぶったロザリンドが斬りかかる。不意を突かれ防戦一方のキャリバン。上段からの一撃を辛うじてガードすると、そのまま残像かと思えるほど速い連撃を5手放たれるのをただ防ぐだけで精いっぱいだった。


 キャリバンには先ほどの余裕など欠片もなくなってしまった。

 むしろ劣勢に追い込まれようとしている。


 聖剣グラム。ミスリル無垢で打たれた、途方もない価値を誇る教会の宝剣だ。

 神聖典教会しんせいてんきょうかいのエンチャント技術で、防御魔法を無効にし貫通する呪いが込められている。おかげで、どのような種族防御も聖剣グラムの前では、俎板まないたに乗せられた肉片に等しい。ただ料理するだけだ。


 だがしかし、攻撃力に偏った設計をしすぎているため、防御能力は低く、ロザリンドが振るう鍛え抜かれたハガネの一撃を受けると、硬度に劣るミスリル無垢の刀身は一撃を防御するたびに刃こぼれしてゆく。それが聖剣グラムの弱点だった。


 ロザリンドの剣撃を受ける度に聖剣グラムは少しずつその質量を減らす。目に見える刃こぼれがひどい。このまま打ち合うと教会から与えられた神器の聖剣がボロボロになってしまうという焦りが勇者を苛む。


 それは一瞬の出来事だった。

 キャリバンが聖剣グラムの防御力に難ありと考え、一歩下がったその隙をアリエルは見逃さなかった。

 間合いをとろうとするキャリバンの眼前にファイアボールをぶつけ、また同じように一瞬だけ視界を遮った。


 キャリバンの眼前から消えたアリエルは15メートルほど離れた位置から虎視眈々とロザリンドを狙っていた弓師フェーベに襲い掛かっていた。



「チィ……」


 緊急回避を試みるフェーベ。だがしかしなぜか足下が砂地になっていて、一瞬動きが遅れた。キャリバンの戦闘を注意深く見ていたフェーベ。足下が砂地に変わるという事までは分からなかったが、足下に何か細工されていることは予見できていた。だが、高速で一直線に襲ってこられると、分かっていても避けることができない。それが砂のイヤらしいところだ。単純すぎる罠だからこそ、仕掛けやすいのだ。


 バランスを失った刹那、アリエルの振るう刀の切っ先はフェーベの左肩から入った。そのやいばはフェーベの胸を深く裂きながら右脇腹に抜け血煙を上げる。それは左上段の構えから繰り出される、渾身の一の太刀だった。アリエルは確かに致命傷を与えたことを確認すると、もうお前には興味がないとでも言いたげに踵を返し、狙いをベルゲルミルに変更した。


 勇者パーティで高速戦闘中に正確無比な遠隔攻撃を命中させるという高度な戦術を得意としていた高潔のベビーフェイス、弓師フェーベの人生は、ここにゆっくりと幕をおろす。



「フェーベェェェ!!」


 戦場に似つかわしくない、悲痛な叫びが木霊した。

 キャリバンはフェーベが倒されると、その名を叫んだ。しかし名を呼ばれたフェーベの耳に、その声はもう届かなかった。

 キャリバンは一瞬振り返り、すがるような目で背後を守っているはずのカリストをチラと見る。ダメだ、カリストも戦闘不能うごけない。いや、もし健在であったとしてもフェーベの受けた傷は高位治癒魔法の長ったらしい詠唱が間に合うとも思えない即死級の致命傷だった。


 悲痛な勇者の咆哮。何年も一緒に苦楽を共にしてきた友の死。

 昨夜一緒に酒を呑んだ時は、故郷に残してきた片思いの女の子の話をしていた。パーティでは一番若く、酒場の女にからかわれただけで赤面するような、そんなうぶな奴だった。



―― ドバン!


 勇者は戦場で初めて友を失ったことで一瞬の狼狽を見せた。

 アリエルはその隙を見逃さず、左腕を失い、剣も叩き折られ、満足に防御することも叶わないベルゲルミルの正面から[爆裂]を仕掛け、なすすべもなく戦闘不能におとしいれた。

 背後から起爆したり、起動式に割り込ませるなどの小細工はもう必要ないと判断した。


 十分に必殺の間合いで起爆した[爆裂]だったが、アリエルの想像をベルゲルミルの耐久力が僅かに上回り、まるで綱渡りのような確率でギリギリ生を拾ったのは幸運だったのだろう。


 最初に神官たちとカリストを倒し、パーティの回復と治癒を奪うと、次にアリエルはフェーベとベルゲルミルを倒し、勇者パーティの多角的戦闘力を奪った。


 何やら大きめの魔法を準備してる魔導師ディオネもアリエルがすでに起動式をすり替えられて、あとは起動するのを待つだけだ。


 今までパシテーを抱いて獣人たちの守りを担っていたてくてくが動く。意識を取り戻したパシテーをサオに預け、闇の精霊は怒りの封印を解いた。


 異端者と魔人の女を磔刑に処するため二架の十字架を立て、倒れたベルゲルミルのすぐ後方に待機していた神殿騎士たちは負傷者の救助もそぞろに混乱している。


 ただ瘴気が服を着ただけの何か悪いものが近づいてくるのだ、ただただ絶望を振り撒きながら近づいてくる闇の権化を前にして逃れることもできない。


 そして、闇は小さな声で語りかけた。


「アタシの大切な人を十字架そんなもので奪おうというのか……。パシテーが命を懸けて守ろうとした大切な人を、十字架そんなものに架けようとするのか」


 神殿騎士たちは、近付いてくる闇の精霊に対して盾を構えた。しかし闇の触手は騎士たちの背後、自分たちの影から飛び出して、足もとから襲った。

 哀れな神殿騎士たち、てくてくの怒りを買い、エナジードレインを乗せた瘴気に飲まれて次々と絶命していった。それもう目を覚ますことのない、永遠の眠りだった。


 自らの影から出て襲う真っ暗な触手に襲われる神殿騎士たち。女神に祈る者、泣きわめくもの、正気を保っていられない者、まさに阿鼻叫喚だった。だがそれもすぐに終わる。悲鳴は小さくなって、しばらくで声を上げるものは居なくなってしまうのだから。


 そして長大な起動式の入力を終えた魔導師ディオネが戦場を分断して立て直すための魔法を起動する。


「キャリバン! いったん引いて立て直そう! ファイア・ウォォオオオオォォルゥゥゥ!!」



―― ボフッ!


 魔導師ディオネが起動式に割り込まれたトラップを起動した。強固な魔導障壁を展開していたのと、火耐性のついたローブを着込んでいたおかげで見た目はひどく派手に炎上してはいるが、倒れるほどのダメージを負ったわけじゃない。


「え? なに? いつの間に攻撃……を受けたの?……」

 ディオネは自身の身がなぜ焼かれているのか分析する時間すらも与えてはもらえなかった。



―― バン!


 最後の仲間が炎上するのをただ見ているだけしかできないキャリバンの前で、ディオネに対するダメ押しの[爆裂]。ディオネは自分が倒されたことにすら気が付かないまま、横っ飛びに吹き飛ばされてしまった。


 誰が予想できたろう?


 戦闘開始から60秒を待たずして勇者軍は壊滅。立っている者はキャリバンただ一人なのだ。


 だが、これでもアリエル達の勝ちは見えない。最強の男、勇者キャリバンがまだ無傷で残っているのだから。

 極限の不利をひっくり返す力が勇者にはある。



「なんでお前そんなにゴキゲンなんだよ」

「え? だって負ける気がしないからね」

 ロザリンドはアリエルに見えるよう刀に彫られた銘を指さして微笑んでいた。『美月』と彫られた銘を、ほらほら、見て見てと言わんばかりに見せつけながら。

 アリエルは、ばつが悪そうな顔をして視線を逸らすしかない……。


「なあ勇者、お仲間は全滅みたいだが、まだやるのか? そろそろ帰りたいのだけど?」

「もはや語るまい。全霊をかけてお前を討つ」

 あわよくば引いてくれれば有難いと思って言ってみたが、想像していたよりも二回りほど強い言葉を返された。


「そこのハゲと後ろの二人はまだ生きてるんだぞ? いまなら生きて帰れる。一緒に帰ろうとは思わないのか?」


……。


 だめだ、本当に何も語らず、最後まで殺し合いを続ける気だこいつ。

 仲間が3人生きていて、いまなら一緒に帰れるのに、何が悲しゅうて戦いを続けるんだ?


 そっちが引いてくれないなら、こっちも意地を張るしかない。



 キャリバンから溢れんばかりの怒気が発せられた。数分前までのキャリバンと同一人物とは思えないほど、落ち着きが失われ、その焦りは何かに追われるようですらあった。


 もう背後に護るべき者はいない、立っている者はキャリバンたった一人だ。さっきまでとは状況が変わってしまっている。アリエルとロザリンドを同時に相手するのなら、今はロザリンドの動きを先に止めたほうが勝利する目が見えてくるだろうことは明らかなのに、ここでもキャリバンは、その怒りから誤った選択をしてしまう。戦術的思考よりも感情がまさったのだ。


 腰を落とし、中段に構えた聖剣グラムをアリエルに向けて力の限り踏み込んだ。


 敗色濃厚。目の前で次々と仲間を倒されてしまっては冷静でいられるわけがない。

 これまで仲間を失ったことも、負けたこともないのだから。浮足立って何度も同じ手を食う。キャリバンはまた足下が砂に変わったことに気付かなかった。


 しかし振り上げた剣を強引とも思える姿勢でアリエルに向けて振り下ろす。力の限り。


 だが踏み込む足が砂に取られ、アリエルに剣が届かない。


 態勢を大きく崩したキャリバン。上段に構えたアリエル渾身の一撃が勇者の頭部を襲う。

 かろうじて剣を割り込ませはしたが、その切っ先はミスリルの兜に届いた。


 ズシーンとものすごい手応えが腕に返ってくる。さすがは神器といったところか。完璧なタイミングで入ったはずの致命の一撃ですら、かすり傷を負わせるにとどまった。


 いや、神器が誇る絶対防御を抜いて、勇者にかすり傷を負わせたのだ。

 神聖典教会しんせいてんきょうかいの神器は攻撃を無効化するようなものじゃあない。


 ミスリルの兜の下、額から血が流れて右目に流れ込むキャリバン。

 ぐぐぐ……と歯軋りをしながらアリエルを睨みつける。



「なんだ、やっぱり防御力が高いだけの、ただの鎧じゃないか」

 アリエルは唇に薄ら笑いを浮かべながら軽口を叩いた。


 そして畳みかけるように波状攻撃は続く。

 勇者の影から闇の瘴気が発生し触手のように勇者に巻き付いた。てくてくの援護だ。


 鎧に備わる魔法防御効果で瘴気の触手はすぐさま分解されようとするが、一瞬動きを止めるだけなら十分だった。


 アリエルは下がり、入れ替わりにロザリンドが縮地で斬り込む。

 上段から溜めに溜めた渾身の一撃を放った。


 今度は足もとが砂地になっているのを読んでいたキャリバン。しかし瘴気のせいで一歩遅れ、ロザリンドの強力な一撃を聖剣グラムで受けるしかなかった。



―― ッキィン!!


 聖剣グラムは根元から切断された。折れたのではなく切断されたのだ。

 グラムを破壊してなお勢い衰えない剣撃。ロザリンドはそのまま刀を振り抜く。

 その一撃は千年の間、魔族の生命と血液を吸い続けた聖剣グラムを真っ二つにしただけでは止まらず、その刀の軌道にあるものすべてを斬り裂いた。


 完全防御と言われた勇者の鎧は右の小手を割られ、掴んでいた剣の柄から脱力し『するり』と滑るように落ちた。


―― ドサッ……


 戦争を終わらせることを期待され、平和な未来を託されたキャリバンの右腕、人々の期待を一身に背負い、勝鬨を上げ続けることを嘱望された太い右腕は、力を失い、この北の大地に落ちた。


 残身から追撃の姿勢に入るロザリンド。次の一撃に呼吸を溜める。

 右腕を失ったキャリバンはバックステップ! 瞬時に10メートルほど下がり、残った左の手で魔法の起動式を書き、詠唱を始めた。


 キャリバンは治癒魔法も使う!


 アリエルは待っていた。

 神器の鎧が破壊されるのを。


 そしてキャリバンが魔法を詠唱するのを。



 きたっ「逆火あっ! キャリバンっ! お前の負けだぁぁぁ!」


 アリエルにしては珍しく気合の入った叫びだったが、その実、キャリバンのマナ放出に合わせて、神器の鎧が破壊された部分から、敵の体内に向けて自分のマナを送り込むだけだった。


 そう、誰のマナとも混ざり、侵食するという異質なマナを。

 さっき砦の中ではロザリンドの傷を治癒するのにも使われた、ただマナを流し込むという、それだけのことを、この土壇場で見せた。これがアリエルの切り札だった。


 両手を突き出し、キャリバンの身体に大量のマナを送り込むアリエル。


 キャリバンがいま入力していた起動式の文様もんようが炎に浮かび上がり、鎧の隙間から炎が噴き出しはじめた。キャリバンの毛穴の一つ一つからも激しい炎が噴き出すと、とどまることなく炎は大きくなり、高温を放つ。


 アリエルはキャリバンの身体の中に侵食した自分のマナに火をつけた。たったそれだけのことだ。

 つまるところ、生活魔法の『トーチ』と同じだ。マナに点火するだけ。ただ、キャリバンのマナと溶けて混ざり、体内で燃焼するという、ちょっとの違いだ。


 だがその効果は絶大だった。アリエルが送り込んだマナと、本来自分の生み出したマナとが混ざって炎上し始めた。神器の内側から、肉体の内部から。


 キャリバンは全身から炎を吹き上げると、その炎の勢いは止まるところを知らず、延焼の限りを尽くした。


「ロザリンド! 下がるのよ! 障壁の内側へ! 早く!」

「うおおおおおぉぉぉ! 燃え尽きろぉぉ!」


 自分の持てる総てのマナを送り込んでキャリバンの体内のマナを燃やし尽くす。

 止まらない燃焼、どんどん上がっていく火力。



 そして鎧の中、連鎖的に爆発が起こった。



―― ドガン!


  ――ドン!


   ――ドオオオオン!



―― ドッゴ――ン!!


  ―― メラメラメラメラ……。


 まるでガソリンタンクに引火して誘爆から大爆発したような、高密度の炎を上げて炎上すると、常人には耐えられない高温が肌を焼く。


 ごうごうと吹き上がる炎の中、キャリバンのマナと命が燃えてゆく。

 炎が小さくなって消えていくのといっしょに、やがて命も消えていった。


 自らのマナをありったけ放出したアリエルは強烈な眠気に襲われながらも、キャリバンだけは倒さねばならないので、出涸らしになってしまったマナをスッカラカンになるまで放出し続けた。


 アリエルでも例外なく、マナが欠乏すると意識に混濁が起きる。

「俺は……、守れたのか……」


 アリエルは勝利を確信し、張り詰めていた糸がプツリと切れた。


 景色が暗転し、立ってはいられない。マナ欠乏で気を失って倒れようとしたところを、ロザリンドに抱きかかえられ、腕の中に落ちた。


 ロザリンドは、勇者キャリバンの壮絶な最期を見届けた。


 気を失ったアリエルを抱いたまま、あれほどの強者が灰になって行くのを、しっかりと目に焼き付けた。


 勇者キャリバンは真っ白な灰になって、肌をなでる、このノーデンリヒトの涼風にすら耐えられずに、ボロボロと崩れていった。


 そして爆炎でできた上昇気流に舞って、空気に混ざり、季節風に乗って、これから何十年、何百年かけて世界中を回るのだろう。



 パシテーは薄らいだ意識で朦朧としながらサオとてくてくにに支えられ、一部始終を見ていた。


 自分の力ではきっと命を捨てても救えなかった兄を救った力。

 勇者をも圧倒する力をもったロザリンドを。

 まるで何年も背中を任せて一緒に戦ってきたように息の合ったコンビネーションを。


 この紅眼の魔人こそアリエルがこの世界に来たとき分かたれた半身なのだと理解した。



 勇者パーティと、50人の神殿騎士たちは北の地で大敗を喫した。


 勇者の名声を不動のものとしていた聖剣グラムは破壊され、勇者キャリバンもここに倒れた。

 勇者パーティ5人のうち戦闘不能になった3人が生存していたが、気を失って倒れていたおかげでかろうじて命を拾っただけにすぎない。


 世界最強の軍を打ち破ったのはまだ年端もゆかぬ、どちらもまだ16歳という男女。時間にしてわずか3分たらずの戦闘だった。


 ロザリンドはアリエルをその腕にしっかりと抱いたまま風に舞うキャリバンを見上げ、一つの時代が終わったのを感じていた。



 灰が降る。


 勇者キャリバンの残滓ざんしが、舞い上がって、降り積もる。


 音もなく、灰が降る。



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[一言] めっちゃ良い所なんだけどこの先自分の精神が耐えられるか微妙...きついっすわ
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