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04-06 弱者

85話

 アリエルは上段に構えたものの、気を取り直して、勇者の攻略をどうしたものかと考えているところだが、この勇者が装備しているキンピカ鎧が噂通りのものだったなら、相当厳しい戦いになるだろう。


 さっき[ファイアボール]が霧散して消えてしまったことからも魔法の防御は相当なもんだった。あと、物理防御のほうもあのレベルだとしたら、戦車でもださないと無理。正直いってお手上げだ。

 

 最初に言ったっ通り、ロザリンドが逃げてくれてたら逃げ出す手が無いわけでもなかったのだが、それも今更か。どっちにせよトリトンやガラテアさんたち砦の守備隊には多大な迷惑をかけてしまうことが確定したわけだ。


 敵側の神殿騎士たちが気勢を上げ始めた。勇者たちのほうも気合が入ってきたらしい。

 弓師も準備ができたか? 後ろの神官と魔導師はただ立ってるだけで、予め起動式を置いて準備しているようにも見えないのだけど……。


 アリエルとドーラ軍の残党が組んだところで、勇者たちにしてみれば余裕ぶっこいてても勝てるほど弱そうに見えるらしい。


 だが、油断してもらえるのはありがたい。好都合だ。


 柄を握る手が汗ばむ。

 緊張して歯の噛み合わせがおかしい。

 殺気? 怒気? 威圧? そのどれとも違う、ぴん……と張り詰めるこの感じ。


 ぐっと緊張感が高まった頃、すぐそばで見ているはずの気配がザワッと音を立てて変わった。



 誰も予想していなかった。

 考えもしなかった、トリトンたちがいる王国騎士団の陣から大量のマナが洪水のように流れ出し、よくないものが戦場に向かってくる。


 アリエルは目を疑った。

 なんだかよくわからない魔物のような気配を出しているが、あれはパシテーだ。


 それはふわっと羽のように軽く飛翔し、約15メートルの高さを、肉眼でも視認できる、おびただしい量のマナを撒き散らしながら、この、の悪い命のやり取りをする鉄火場に乱入してきた。


 ロザリンドが纏った金色のマナと見た目は似ているが、明らかに異質なそれは徐々に濃くなっていき、太陽の光すら遮る煙のように漆黒に染まり始める。


 あれほど可憐で美しいパシテーは、その気配をロザリンドや勇者キャリバンをしても生唾を飲み込まずにはいられないような恐ろしい魔物へと変貌させた。マナは重く澱み、地に落ちて流れる瘴気へと変わる。


 全身から瘴気を撒き散らしながら、そのなにかよくない魔物は、ロザリンドとアリエルを勇者から庇える位置に『ふわり』と降り立ち、斜めに振り返りざま、この世の終わりのような眼差しでロザリンドを一瞥すると、


「……この、ク……兄さまを危険にさらすなんて許せない……」と小さな声で吐き捨てた。

 ロザリンドに伝わった。パシテーからの強い言葉。


 炎のような怒りが含まれた強い語気とは裏腹に、寂し気な感情が強く伝わる。

 この暗く色づいたマナはざわめき、泣きわめくパシテーの孤独のように見えた。


「兄さま、皆を連れて逃げてください。ここは私が引き受けます」


 パシテーの懐から7本の短剣が飛び出すのと同時に、砦の端々が破壊され、その超重量の廃材が浮かびあがる。直立していられないほどの地震が起こり、地面のあちこちからトゲの形の岩が突き出してきた。


「ダメなのよ! マナを暴走させてる。パシテーが死んでくよぉ」


 マナを暴走? それはいけない。アリエルはようやく事の重大さに気が付いた。

「パシテー、抑えて、抑えて下がるんだ」


「兄さま、早く逃げて、私は大丈夫。いい作戦があるの」

 パシテーの下手くそな作り笑顔と、寂し気な瞳。涙には血液が混ざり始めた。

 瘴気に変わりつつあるマナが身体を破壊し始めている。


 アリエルはとても苦し気な表情で2度、3度と首を振り、黙ってパシテーの背後から[爆裂]を転移させせた。



―― ズバン!


 そのよくないものは瘴気を花びらに変え、さながら春一番に見舞われた桜吹雪のように大げさに散らしながら意識を手放し、スローモーションのように、ゆっくりと崩れていった。


 砦の破片、超重量の岩塊も轟音を立てて落ち、砂煙がもうもうと上がる中、倒れゆく愛妹いもうとの身体を強引に魔法で引き寄せ、抱き受けるアリエル。


 ロザリンドには言葉に詰まったパシテーが何を言おうとしたのか……、聞こえていた。

 クソ女って言おうとした。あんなに寂しそうな表情で。


 ロザリンドは知っていた。

 マナを暴走させたら生命まで放出し尽くしてしまうことを。


 待っているのは確実な死だというのに、この子はその選択をして飛び込んできたのだ。

 アリエルと同じ、何もないであろう作戦をもって。



「なあ勇者、身内が粗相をしてしまったようだ。ちょっとまってくれな。てくてく、たのむ、パシテーを助けてやってくれ」


「うん、大丈夫。命に別状はないけど、障害が残るかもしれないのよ」

 アリエルからパシテーを託されたてくてくは前線から後ろに下がり、そこで守りを担当することになった。


「マスター、パシテーを叱っちゃダメなのよ。この子、優しい子なのよ」

「俺は怒ってるよ。パシテーにも、ロザリンドにも。そこのハゲにも、キンピカにも」


 アリエルは言葉にならない苛立ちを感じていた。

 自分が弱いことを、みんな知っているのだ。


 自分が勇者と戦っても勝てないことが分かってる。


 弱いから安心して逃げることができない。

 弱い自分を助けるために飛び込んでくるんだ。


 ロザリンドが逃げなかったこと。

 パシテーが命を投げ出して飛び込んできたこと。



 くそったれ!

 アリエルは弱い自分が許せない。

 弱いせいで、大切な女性ひとに命をかけさせてしまった。



 目の前で薄ら笑いを浮かべながらも戦闘の構えを解かない勇者キャリバンとベルゲルミルを睨みつけた。


 こいつらの薄ら笑いが鼻につく。

 自分たちは正義を執行してると喧伝しながら、血塗られた道しか歩けない偽善にむかっ腹が立つ。

 ロザリンドを十字架になんて架けさせるものか。


 アリエルが日本人だったころ……子どものころからやられる専門だった。

 ケンカなんてしたことがない。


 いつも女の子の、小さな背中に隠れて、守られて育った。


 今日もこれだ。



「弱くてごめんな」


 ちらっとロザリンドを見ると目が合う。少し微笑んで応えてくれたように感じた。



「倒すぞ。勇者キャリバン」


 激高するでもなく、叫ぶでもなく、眼前の敵に対して語り掛けるように放たれた言葉。

 叫ばなくてもいい、相手に殺意をぶつける必要なんかない。


 ただ、鉄の意志で心に据えた決意を伝えたらそれで十分だ。



「ゲハハ……。倒すってよ、キャリバンお前を」

「フン」


 アリエルとロザリンドが刀を上段に構えなおした刹那、戦場を殺気が支配した。

 先に動いたのは勇者パーティだった。


 勇者が聖剣グラムを振りかぶり地面を蹴って一気に間合いを詰める。

 右から矢が3連射で飛んでくる。さっきロザリンドが機動力を奪われたコンビネーションだ。

 なぜこの局面で勇者は殺気を放ったのだろうと不審に思っていたが、やはりそうだった。あの殺気こそが、弓師の攻撃を促すコンビネーションのサインだった。


 狙いすまされた3本の矢はロザリンドに届く事なくアリエルのストレージに収まった。射手には矢が消えたようにしか見えなかっただろう。


「その手はさっき見たからな」



―― キィィィン!


 勇者の振るう聖剣グラムを刀で受けたロザリンド。先ほどは愛用の幅広の剣を簡単にへし折られた重い斬撃を軽く受け止めたばかりか、刃こぼれもしない。


 いやむしろ刃こぼれをしたのは聖剣グラムのほう。



 その刀の出来栄えにロザリンドは嬉しそうに微笑んだ。


「うん、いい刀だ」



―― ドバン!


   ―― バババン!



 アリエルは後方の神官20が固まってる地点に、十分な数の[爆裂]を[転移]させて一気に起爆した。

 こいつらは勇者パーティに体力スタミナを常時送り続け、常に全力を出しても疲れることなく長時間戦い続けられるようにサポートする小隊だ。


 アリエルは戦闘開始直後に勇者パーティの継戦能力を奪った。


 いつの間にか背後を狙われたことに気付いたキャリバン。

 魔法攻撃の予備動作も着弾点も分からなかったことが焦りを生む。


「無詠唱とはこれほど厄介だったか」


 キャリバンもアリエルほどじゃないにせよ、気配を読むことができる。マローニの街で会ったとき、パシテーが値踏みしていた気配を察知したのもそう、いま背後でサポートしていた20の神官が皆倒されてしまった事も分かった。


 倒されてしまった神官の仇という訳ではないが、弱い者から先に狙われたことで、少し落ち着きを失ってしまったようだ。一瞬、頭に血がのぼってターゲットをアリエルに変更したが、ロザリンドが余所見よそみを許さない。ここで3手の連撃を神速で繰り出した。



―― ガッキキン!


  ―― キィィンンンン……!


 キャリバンはロザリンドの狙いすました斬撃をかろうじて剣で受けることができたが、その剣撃の鋭さに、ぐらりと態勢を崩してしまう。いったい何が起こったのだろう? この女将軍の持つ剣は、先ほどのような重みを感じられない、細い針金のような剣。だが切っ先のスピードは大幅に増していて、十分な姿勢を作る前に攻撃が届くが故に不十分な防御となり、結果、崩されてしまった。


 このロザリンドが、たかが剣を持ち替えただけで、まさかこれほど手ごわくなるなんて思いもしなかった。


 キャリバンはロザリンドを脅威と見た。


 勇者パーティはキャリバンだけじゃない。次の瞬間、ロザリンドの左側、視界の端からベルゲルミルが襲い、体制が崩れたキャリバンを援護するため、剣を振りかぶって襲い掛かる。


 読まれていたわけではなかった。ただ、ロザリンドが攻撃を終えて次の攻撃に移るまでの『間』に剣の間合いに入ったものだから、落ち着いてベルゲルミルの踏み込みに合わせて長刀を薙いだだけ。不用意でもなんでもなく、次の返す刀でまたキャリバンを狙えるように計算し尽くされた攻撃だった。


 ただベルゲルミルの接近を嫌っての牽制といった意味合いが強い攻撃だったが、その剣撃の速さがベルゲルミルの技量を上回る。


 ベルゲルミルはロザリンドの払いを読んでいた。だから腕をクロスさせ『三箇所避け』の動作でガード。この強固なガードで動きが止まったところに、キャリバンが斬り込むはずのコンビネーションだった。



―― キン!


 そう、ただ薙いだだけ、ひとつ払っただけの一撃でベルゲルミルの剣はへし折れ、左腕の肘から先が宙を舞った。


「ぐあっ、またかよっ」


 ロザリンド・ルビス・アルデールの振るう長刀は、愛刀美月。ウーツ鋼にミスリル鋼を合わせてサンドするという特殊な工法で打たれたもの。


 ミスリルの剣はマナの伝導率が高いので、稀に製作者の思念が剣に残留することがある。

 残留思念の残った剣は振るう者に、怒りや憎しみ、悲しみなど、打ち手の強い感情が伝播することがあり、使い手には少なくない影響を与えることがあるのだ。妖刀などはその最たる例と言えよう。


 この刀を打った刀匠はアリエル。

 エドの村の工房で、パシテーと二人、何日もかけて、心の恋人だった常盤美月ときわみつきを思いながら槌を振るい、打ちあげた。


 この刀も振るう者に打ち手の気持ちが、優しさが伝わってくる。振るえば振るうほど、優しい力が溢れてくるように感じる。心なしか刀身が温かみを帯びているようにすら感じるほどに。


 ロザリンドは喜びを隠し切れずにいた。この命のやり取りをする鉄火場で、あろうことか表情もゆるみ、微笑み交じりで刀を振るっている。

 こんな気持ちになったのは初めてのことだ。


 砦の中でこの刀を渡されたとき、アリエルは無銘だと言った。

 でもさっき、いつものルーティーンを組み立てたときに見た。確かに銘が彫られていたのだ。


 そう、この刀の銘は『美月』

 この世界には読める者がいないであろう日本語で『美月』と彫られてあった。


 この世界で、アリエルは自分の相棒に美月と名付けていたのだ。

 嬉しくないわけがない。目の前に強敵がいなければ、涙が流れるほど嬉しいとさえ感じている。


「最っ高の刀じゃん! ほんと、よくも名無しだなんて言ったわね……」



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