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04-05 決意


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 ロザリンドの腫れた顔を愛おしそうに撫でるアリエルのタッチヒールが効果を現し、ロザリンドは顔のキズも回復した。


 [ストレージ]から手拭いを出して[セノーテ]で水を含ませ、顔の汚れを落としてる。


「ん。綺麗になったな。どうだ? 痛くないか?」

 ロザリンドは無言でアリエルの目をじっと見ていて、さっきまでと同様に視線は逸らさないのだけれど、心なしか視線から怒気が消えて、まるで観察するような眼差しになっている。


「次は腹だ……。すまんな、素肌に触れるぞ」

 ところでおっぱいに痛いところはありませんか? と聞こうとしたが、やめといた。なにしろたった今ロザリンドはたった今、刀を受け取ったのだから、おっぱいなんて触ったら試し斬りにされて、刀の錆にされてしまう。


 さっきまでキッと睨んで視線を外さなかったのに、逆にこっちがじっと見つめてるやると、少し視線を逸らすようになった。さっき振られたのは仕方がないとして、アリエルにしてみればそんなことよりも『お前は敵だ』と言われたことの方が、心にズーンと堪えた。確かにそれはもう、避けられない過去があって、もうどうすることもできない現実なんだろうけど。


「ふう、あらかた治療は終わった。もう痛いところない? 動けるか?」


 ロザリンドを地面に座らせて立ち上がり、[ストレージ]に次の戦闘の仕込みをしながら、少し大きな声を張り上げた。


「じゃあ作戦を説明する。おい、お前らも聞いとけ」


 一応、敵じゃないってことが分かってもらえたのか、ここにいる全員の視線が集まった。

「俺は勇者を食い止めてお前らの逃げる時間を稼ぐ。ロザリンドお前はその刀で自分を守って、仲間を守れ。そして帰りを待ってくれている人の所へ何としても帰って、幸せにしてもらえ。もう戦場には出てくんなよ」


「勇者を? お前が? 無理だやめておけ。3分も持たず殺されるのがオチだ」

「俺って信用ないんだな」


 そのとき、砦の上から勇者軍の様子を窺っていたてくてくが降りてきて急を告げる。

「マスター 外の奴ら動いたよ。もう時間ないよ」


 動いた? なら残された時間はあと数分といったところか。


「ああ、てくてく、すまんな、俺、勇者と戦う流れになっちまった」


「はいー? アホですか? マスター瞬殺されるよ? ホントなのよ? 3人がかりでも万に一つも勝ち目ないよ? アタシもパシテーも死んじゃうよ? アレは魔導師がどうにかできるものじゃないの。アタシたちじゃ分が悪すぎて話にならないのよ」


 勇者のあのキンピカ鎧に掛けられたエンチャントが魔導師に対して分が悪いものであることは、さっき見た。だが時間を稼ぐぐらいのことはできるつもりだ。


「俺ってホント信用ないのな。でもまあ、大丈夫だよてくてく。聞いてくれ。お前はロザリンドたちを護衛してドーラまで送り届けること。……、頼まれてくれ。な。そのあと戻ってきておくれ。俺の居場所は感じるのだろう?」

「ううっ、マスター、アタシを捨てる気なのね? 泣いてしまうよ。涙ボロボロだよ」


「大丈夫だよ、俺は死なないし、お前を捨てたりしない」

 そう言って頭を抱いたてくてくの耳元、小声でひとつお願いをした。

(ロザリンドを頼む。あいつは美月なんだ。命を助けてやってほしい)


 てくてくは信じられないような話を聞いたが、疑うこともなく何か決意したのだろう、目がすわった。


 アリエルは気を取り直し、胸を張って声を張り上げた。


「もっかい言うぞ、勇者だけは俺が絶対に何とかして時間を稼ぐ。絶対にだ。他のやつが追い付いてもお前なら勝てるはずだが、時間を無駄にしないよう、逃げるの優先でな」

 


「ま、まて、一緒に逃げれば……」

「お前のその紅い眼はフシ穴か。あの勇者がそんなに甘い男に見えるのか? 引き付けておく必要があるんだよ」

 これ以上食い下がることを許さない強い言葉でロザリンドの提案を断った。

 だけど何とも言えない焦燥感を感じているロザリンド、そう簡単にこの場を離れそうにない。

 時間がない、こんな所で1秒無駄にするごとに生きて帰れる可能性がどんどんなくなってゆくのに。


「大丈夫。俺には勇者に一泡吹かせる秘策があるんだ。それにな、一緒には行けないよ。思い出したのさ。……俺はデカい女が嫌いなんだ。俺が死ぬとき手を握っててくれてありがとうな。幸せになれよ」


 アリエルは最後にとてもいい笑顔を見せてロザリンドたちに別れを告げたあと、不慣れな土の魔法を無詠唱で起動し、重苦しい音を立てて門を開き、振り返らずに砦を出て勇者の前に立った。


「やあ、やっぱりキミだと思ったよ。アリエル・ベルセリウスだね。キミだけ出てきたってことは、時間を稼いでる間にあの魔人は逃げるって作戦なのかな? そう簡単にはいかせないよ。すぐにけりをつけて追撃をかけるさ」


「ちげえよ、お前らごとき俺ひとりで十分ってことさ」


「アリエルぅ?、ああ、なんだよ、お前男だったのか。あの人相書きじゃ女にしか見えなかったぜ? 十字架にかける時の事想像して興奮してたのによぉ。期待させやがってよぉ……」


「あ? お前、誰だっけ? バルゲルハゲだっけ? ハゲゴルゾルだっけ? どっちでもいいや、もう腕生えてんのな。お前トカゲか何かか? よかったじゃーん」


「あ? 上等じゃねえか、殺してやるよ!」


「お前には無理だ。マルハゲゴリ」



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 一方こちらは王国騎士団、守備隊の陣地。砦前の戦場に動きがあった。

 勇者たちとアリエルの戦闘が始まったのを見て飛び込んでいきそうになったパシテーを、すぐさまトリトンが制止した。


「パシテーさん、動かないように」

 パシテーは焦りを隠しきれない。

 何を言ってるのか。今まさに自分の息子が危機に陥ってるっていうのに。


 すぐさま戦闘は始まった。


 前衛3人の手慣れたコンビネーションに翻弄されながら、致命傷は避けつつも徐々に追い込まれていくアリエル。


 だがしかし、あの人類最強戦力を相手にしながら、いまだ本気を出していない。得意の[爆裂]の一つも見せてない。たぶん、今ごろあの女は砦の反対側から脱出している。あの女が安全圏まで逃げたら、アリエルは脱兎の如くこの戦場から離脱するだろう。形勢が崩れてアリエルが追いつめられるか、アリエルが逃げきれないときだけ飛び込めばいいだけ。


 パシテーに残された選択肢は多くない。おのずと覚悟は決まる。



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 こちらは砦の中。アリエルが砦を出て門が閉まると、てくてくはアリエルの言いつけを守り、ロザリンドに反対側の門から出るよう指示した。もちろん傷ついた5人のドーラ軍たちもみんな一緒にだ。


 だがしかし、ロザリンドは心に突き刺さった言葉がいくつもあって、この場から退却することができないでいる。この砦の中であった短いやり取りの中で噛み合わなかった会話の理由。


 ロザリンドには迷いがあった。すぐに逃げ出すなんてできなかった。

 まさかとは思う。信じられなことが起こったのかもしれない。


 あのアリエルという殺戮者は、もしかすると……、いや、いまは確信がある。

 治癒魔法を受けている間、どういう訳かあの男から懐かしい……深月の匂い? が鼻を掠めたような気がした。あれは何だったのか? 直感?


 日本に住んでいた頃、靴ひもがほどけて、一瞬よそ見をしていたせいで、助けることができなかった。自分が小さかったせいで伸ばした手が届かなかった……あの夜の後悔。


 この世界に転生してから16年間、悔やまなかった日はない。

 今の自分なら届いていたのかもしれない、彼の背中。


 ロザリンドはてくてくに掴みかかって訴える。

「逃げろって……そんな、あの人にもう一度、確かめたいことがあるのに、なのに逃げろって……」


 部下たちの顔を見て問うた。でも獣人たちはその問いに対する答えを持たない。アリエルと勇者が戦闘を始めたら飛び出す計画なのだ、部下たちはロザリンドの指示を待ってる。


「精霊どの、アリエルという男は……」

「いま戦闘始まったよ。早く逃げるの!」


「精霊さま! あのひとは!!」

「ええ、そうなのよミツキ。アナタのよく知ってるひと。マスターの古い記憶はアナタとの綺麗な思い出でいっぱい。アタシはアナタの命を助けてくれと頼まれたのよ。マスターの覚悟を無駄にしないで。はやく」



「……ギリッ」


 ロザリンドは歯噛みの音を響かせた。

 女が弱ってる時だけ優しい言葉をかけて、心を惑わせる。いつか経験したあいつの手口。


「あのバカ、弱いくせに! 弱っちいくせに!! ……私が泣いてるときだけ助けてくれるんだ」


 あの死神が……まさかあの深月みつきだなんて、イメージが違い過ぎて現実感がない。


 頭の中が混乱する。

 今まで悔やんできたこと、後悔してきたこと。

 毎日を後悔しながら生きることの苦しさはイヤというほど知ってるはずなのに。



「どうしよう、私……、嘘ついちゃった」


 ベアーグの青年はロザリンドの幼馴染で戦友。幼い頃から一緒に育った。

 ロザリンドが異世界から転生してきたことも知ってるし、前世の幼馴染、嵯峨野深月さがのみつきの話を何度も聞かされてきた。その心に生じた迷いを察して余る。


「くくく……、ロザリィ、お前チョロすぎんだろ? こんな場面で出会うなんてな。お前らホントにどうにかしてるぜ。笑っちまう」


 ロザリンドはベアーグの青年に図星を刺され、恥ずかしさに身体が震えるのを感じた。


「くそ、この私が……チョロい?……だと」

 仲間の獣人たちに問うてみたが、みんな顔を背けて答えようとしない。

 ベアーグの青年が肩を震わせて必死に笑いをこらえているのを見て、かぁっと顔を赤らめるロザリンド。

 身体からはオーラのように金色のマナが溢れ出し、長い黒髪はふわりと波打つ。放出されるそのオーラに気付いたのはサオだけだったかもしれない。


「精霊さま、せっかくの助力ですが、私はこの場に残ります。仲間を逃がしてください、お願いします」

 貰い受けたばかりの刀、鯉口からカチンと鍔を鳴らした。まるで覚悟が決まった合図のように。


「あのバカ……超ハラ立つ! 泣いて謝るまでブン殴ってやらないと気が済まない」

「あ、それいいのよ。アタシも乗ったわ」


「お前たちだけでも逃げろ。私は死神に付く」

 こんなにも明白に、テレ隠しの八つ当たりを演出してでも、あの男のもとへ行きたいという。

 ロザリンドの女の子らしい姿を見たことがなかった獣人たちは思った。


 こんな将軍様となら一緒に戦って死ぬのも悪くないと。


「いえぼくたちも一緒に出ますよ。門の外には戦友の亡骸がまだ残されているんで。放っては帰れません」


 皆の覚悟は決まった。

 てくてくが閂を外して砦の門を開ける。


 ロザリンドを先頭に、てくてく、そして生き残った5人の獣人が砦の外に出ると、アリエルはすでに満身創痍で、片膝をつき刀を杖にしないと倒れてしまいそうなほどのダメージを負っていて、門が開いたのに気付くとあんぐり顎が外れたかのように、開いた口がふさがらなかった。


「な……、お前? どじっこ属性か? こっちは俺の担当な。お前はあっちだ。さあ、行った行った」

「アリエル・ベルセリウスなあ、お前、ほんと口ほどにもないな、今にも負けそうじゃないか。秘策があるんだろ? 早く出せ。ほら、早く」


「秘策? ああ、気にするな。あれはウソだ」


「やっぱりな、お前はロクでもないウソつきの卑怯者だ」

 ロザリンドは唇に薄笑みを浮かべながらアリエルに卑怯者と言い放った。


 ロザリンドはまたここでひとつ、過去を思い出していた。いつ以来だろう、この男に卑怯者と言ったのは。……あの日以来だ。


「あ、アホか……、お前、帰らなくていいのかよ? ここにいたら死ぬぞ? 間違いなく。婚約者が悲しむぞ? 今からでも逃げろ。時間は稼いでみせるから」

「婚約者? ああ、気にするな。あれはウソだ。私はオッサンにしかモテないんだよ」


 ……ウソだと……そんな酷いウソを……。


 だがしかし、


「自分で言ってて悲しくないか? おい」

「ああ、ちょっと傷ついたよ。おまえのせいだアリエル」


「ちょ、おい勇者、提案がある。今からこのバカをぶん殴ってドーラに叩き返すから、ちょっと待ってくれ。な」


 勇者は余裕の表情を崩さず、得意満面の笑みを浮かべながら答えた。

「お断りする。残念ながらベルセリウスおまえも、将軍アルデールも、磔刑にかけてマローニの教会まで連行するよう指示がでているからな、逃がすわけにはいかない。むしろ好都合だよ」


「ほらみろ、お前、俺のこの覚悟をどうしてくれんだよ。台無しにしやがって」


「うるさいなー、お前、さっき私に結婚してくれって言ったのは? あれもウソなのか?」

「あれに嘘はない。俺の精いっぱいだ」


「じゃあ私を幸せにしてくれるんだろ?」


「あのな、俺はお前が……」

 どうあってもこの場を離れてほしいアリエルと、アリエルと離れたくないロザリンドの掛け合いは少しだけズレていたけれど、ロザリンドの言葉で、心は一つになる。


「大丈夫だよ深月みつき、16年前のこと覚えてるよ。二人一緒なら大丈夫。もし負けて死んでも、絶対また会えるからね」


 その言葉はアリエルの心を大きく揺さぶり、魂にひとつ大きな杭を打ち込むほどの覚悟を決めさせた。

「くっそ! 負けられなくなったじゃないか」

「負けるつもりはないからね」


 二人は軽く準備体操のように関節を温めて体の動きを確かめ、呼吸を落ち着ける。いつものルーティーンを同時に組み立てた。


 まるで申し合わせたようなユニゾンで……、


 ふたり、ゆっくりと上段に構えた。



「あのさ俺、あんまりお前の勝つとこ見た記憶ないんだけど? 大丈夫か?」


「くっ……、後で殴るからね」


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