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04-03 パシテーの葛藤




 くるくると回転しながら、剣と腕が分かれる。

 先に剣が地面に突き刺さり、後を追うようにガントレットごと腕が、ドサッ……と音を立てて転がった。


 怒号と悲鳴の交錯する戦場で、一瞬音が消え、スローモーションのように感じた。


 黒いフードを被った男が一陣の風を纏い、この鉄火場に乱入したのだ。

 フードを目深に被っているせいか表情は窺い知れないが、全身から醸し出されるのは怒りの感情。


 神殿騎士たちは完全に不意を突かれた格好となった。



―― ズババッ!


 更にもう一歩踏み込んで返す刀のひと振りで近くに居た神殿騎士2人に深手を負わせると、[ファイアボール]を3連射、女将軍を担ぎ上げようとしていた3人が炎上し、神殿騎士たちは女将軍から手を放し、慌てて勇者たちの背後に下がった。


 突然の乱入者を見て、勇者軍の魔導師ディオネが叫んだ。

「いまの魔法、詠唱してないわ!」


 背後で神官たちが慌ただしく動き、怪我をしたものに治癒の魔法を唱えている。


 戦場に空白ができると、アリエルは黒衣で顔を隠したまま何発もの[ファイアボール]を撃ち出して十字架を炎上させた。


 この場でこの十字架を燃やすことに意味はない。けっして有利になるようなこともない。

 アリエルは人をはりつけにしようとする十字架がこの場に立っていることが許せなかった。ただそれだけだった。


 勇者たちは無詠唱で放たれた魔法に若干の警戒心を見せて、遠巻きに下がった。



 一方、トリトンたちノーデンリヒト守備隊の陣ではパシテーが一歩も動けずに立ち尽くしていた。

 ロザリンド・ルビス・アルデールと名乗る女将軍、アリエルが16年間求め、探し続けてきた想い人であろう。こんな最悪なタイミングで、兄弟子が命を懸けてしまうような状況で、現れるなんて。



 ……。


 殺されてしまえばいいの……。




「え、うそ……」


 ハッとした。

 呼吸するのを忘れてしまった。パシテーはこの時初めて自分の醜い嫉妬に気付いた。

 最愛の兄が生涯をかけて探し求める女性ひとが見つかったのに、喜ぶことをせず。ただその女性ひとの死を望む己の醜さに絶句した。


 パシテーは、しっかり掴んでいたアリエルの腕を放してしまった。

 もう戻れない、生きて帰れるかどうか分からない、いや、どう贔屓目に見ても生きる目のない死地へと最愛の兄を送り出してしまった。


 パシテーは動けなかった。

 己の心の醜さを知って、ただ涙だけが流れた。

 目の前の戦いに飛び込んでいった兄の姿がよく見えなくなってもパシテーは一歩も動けなかった。



「パシテーさん、あなただけはここを動かないで」

 小刻みに震えながら立ち尽くすパシテーにトリトンができることは、そんな言葉をかけてやることが精いっぱいだった。



----


 一方、ここは奇襲を受けた勇者とドーラ軍の戦場。

 まさか横から割り込んでくるような者がいるだなんて考えていなかった勇者が慌てて剣を向けた先には、真っ黒なローブ姿で身長ほどもある長刀を上段に構え、倒れた女将軍を守るように立ちはだかる男の姿があった。


 勇者パーティはアリエルを遠巻きに囲むような動きを見せ始める。

 突然の乱入者の戦闘力を分析するまで逃がさない構えだ。


 アリエルが見せた無詠唱魔導のおかげで、神殿騎士たちは迂闊に間合いを詰めることが出来なくなった。睨み合いが続く。


 ドーラの将軍ロザリンド・ルビス・アルデールは朦朧とする意識の中、遥か記憶の彼方で幼馴染の弱っちい嵯峨野深月さがのみつきが自分を守るため大型犬に立ち向かった記憶と重ねて幻を見ていた。


 この世界では見たことがない日本刀、それもかなりの長物を上段に構えて勇者を威嚇するこの男を、幼馴染と重ねていたのだ。


 しかしだ、この戦場で左腕を落とされたベルゲルミルだけは怒りが収まらない様子で、悪態を吐いていたが、勇者は落ち着いた声で黒衣の乱入者に話しかけた。


「どこかで会ったかな? いきなり不意打ちとは卑怯じゃないか? せめてそのフードを取って顔を見せたらどうだ? それとも、殺してから顔を拝むとするかな? 無詠唱の魔導師さん」


 勇者キャリバンの問いに対し、アリエルが声を発するよりも早く、てくてくが影から飛び出すと、ネストからは闇の瘴気が溢れだし、あたり一面を飲み込み始めた。


 勇者はベルゲルミルに肩を貸して間合いの外に逃れ、神殿騎士たちは襲いかかる触手のような影から逃げるように後方に下がって陣形を立て直そうとしている。


 獣人たちで生きているのはざっと5人ぐらい。ほぼ全滅状態だ。

 戦闘が始まって10分も経ってないのにドーラ軍の大半は倒された。残った者たちもみんな消耗しているが……。


 アリエルは咄嗟に撤退を指示した。


「おい、おまえら、とりあえず砦に退却しろ」

 熊獣人ベアーグが持ち前の怪力を生かし、手で砦の扉を開いて負傷した者たちを退却させる。アリエルは時間稼ぎがてら置き土産の[ファイアボール]5連射を置いて勇者軍の動きを封じた。てくてくの闇魔法は昼間だと殺傷能力が減衰してしまってお世辞にも強力とは言えないが、足止めぐらいになら十分使える。


 [ファイアボール]は神殿騎士の盾に防がれ炎上したが、勇者キャリバンは防御姿勢も取らず、ただ棒立ちで魔法攻撃を受けた。いや防御姿勢など取る必要がなかったのだ。勇者の装備する防具には神聖典教会の誇る対魔法防御が幾重にも施されていて、魔法攻撃に対して強い耐性を持っている。


 アリエルが放った[ファイアボール]が、まるで水を張ったバケツに放り込まれた花火のように、シュッと小さな音を立てて消火してしまったのも、そういった理由からだった。



 最後に入ったてくてくが砦の門を閉めると、かんぬきが掛けられた。


……しばらく籠城することになりそうだけど、勇者軍は負傷者を治癒魔法で癒すため少しの時間を割くだろうし、こちらも立て直すだけの時間は得られるはずだ。



----


 こちら砦の外、王国騎士団の守備隊では、トリトンがいつものように頭を抱えていた。

 まさかの展開に開いた口が塞がらない上に、止めどない偏頭痛に悩まされる。


「あ……あぁ、あのバカ息子は、なんということを……」


 あの女将軍がバカ息子アリエルと同じ流派の剣を使うのだろうことは分かった。8歳にして砦の守備隊と立合って全員を抜き、10歳で撤退戦に参加し、200名の魔族軍を一人で壊滅させた天才の強さの秘密は、もしかするとそこにあるのかもしれない。


 だが、アリエルはノーデンリヒトの生まれで、魔族の振るう剣を学ぶような接点はなかったはずだし、家庭教師のグレアノット氏は純魔導師で、剣を教えることなんかできなかったはずだ。

 考えれば考えるほど分からないことばかりだ。


 いや、それでも、勇者パーティの火事場に単身飛び込み、剣を振るって大暴れするなんて、天才の所業とは思えない。ただのアホだ。


 紅眼の魔人族、スカーレットの女将軍を苦もなく圧倒して見せたこの勇者の一軍こそ、紛れもなく人類最高の戦力だ。勇者にはこのまま海を渡ってドーラに居る魔王を倒してもらえば、ノーデンリヒトはしばらく安泰という筋書きのはずだったのだが……、しかし飛び込んでしまったものは仕方がない。



「なあガラテア、アリエルを助け出す方法、なにか名案はあるか?」

「いや、無理だな。腕を落とされた戦士もそれなりの地位にいるんだろうしなあ、神殿騎士も何人か死にかけてるからな。たぶんもう遅い」


「勇者一行がドーラに渡り、アリエルが磔刑にかけられてマローニに運ばれるところの道中で盗賊のフリして襲うか? ホーステン峠あたりなら有利に戦えるかもしれない」


「それなら何とかなりそうだが……、神殿騎士の数によってはこちらも被害甚大だな。おおっと、お嬢ちゃんはダメだぞ、指名手配犯になっちまう」


 トリトンとガラテアは最悪、十字架に架けられたアリエルを運ぶ道中で救出する作戦を練っていた。

 どちらにせよもう、やるかやられるかというギリギリの線を踏み越えてしまったのだ。



 パシテーは葛藤する。

 アリエルとの美しい思い出、楽しかった記憶。アルバムのページがめくれるように、脳裏に浮かんでは消える。


 醜い嫉妬がすべてを壊してしまった。


 パシテーはひとり立ち尽くす。


「兄さま、もう異世界を探さなくていいの? 兄さまはもう、思い人に会えたの? ……ねえ兄さま、私は? …… どうすればいいの?」

 


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