04-02 勇者の実力
81話
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―― ガッ!
―― キィィンンン!
戦闘は不意に始まった。先に動いたのはドーラの女将軍だった。
一瞬フッと消えたあと、打ち込む。いや、気が付いたらもう打ち込んでいた?
あれが『縮地』というやつか。初めて見た……、いや、正直いって見えなかった。しかし、あれを簡単に受け止める勇者も勇者だ。
勇者の攻略法がまるで見つからない。
そう、勇者のもつ聖剣グラムは、女将軍の、上段からの一撃を受け止めた。
アリエルは前世、日本に居たころ結局、美月からどんなに誘われても、どんなに勧められても剣道をやらなかったから技術の話になるとよくわからないのだけど、美月の上段からの一撃、あれは初撃で勝負を決めることしか考えていなかった。
一の太刀に全てを賭けるって、美月は言ってた。
いまのアリエルのように、一の太刀がダメなら二の太刀、三の太刀だなんて、そんな悠長なことを考えるような女じゃなかったはず。何度も美月の試合を応援に行ったけど、初撃、一の太刀で通用しなければだいたい負けてたし、だいたい通用しなかった。
心がざわめく。あまり良くない傾向だ。
戦場は更に動く。一の太刀を軽く受け止められた女将軍は、3手、アリエルの目ではギリギリ見えるぐらいの神速の斬撃で勇者を責め立てるが、一歩も動かずそのすべてを受けきる勇者。あれほど疾い攻撃をしっかり見て、見た目からしてクソ重いであろう両手持ちの大剣の攻撃を、ぐらりともせず、しっかり受け止めている。
いったいどんなチートをすればあの質量の幅広剣を、あれほどの速度で打ち込まれて一歩も退かずに受けきれるのだろうか。それがあのキンピカ鎧の加護なのだろうか。
いや、違う。
物理攻撃を無効にする女神の加護なんて物が本当にあるのなら剣で受ける必要もないはずだ。
やっぱり物理攻撃無効なんてのは教会の怪しげな宣伝広告に過ぎないのだろう。
一方、アルデール将軍の剛剣を受け切ってみせた勇者キャリバンは挑発まじりに鼻を鳴らす。
「フン……。なんだ、こんなものか」
勇者は期待外れとでも言いたげな表情でそういうと、眦をキッ!と吊り上げ殺気を放つ。
あからさまな殺気を受け、訝しみつつも女将軍は一歩引いた間合いで勇者の攻撃に備えた。
勇者のターン。
一撃を放つべく、大きく剣を振りかぶり、縮地ほどではないが恐ろしい速度で踏み込み、聖剣グラムが女将軍に襲い掛かった。
―― ガキン!
勇者の一撃は速くそして重い。だが、それを受けた女将軍は為すすべもなく、がくんと膝を折った。
女将軍が崩れた? いや、こちらからは死角になってよく見えないが、脚に矢が命中している。
弓師だ! 勇者パーティの弓師が見えない角度からの精密射撃で脚を狙って機動を奪った。
やられた! うまい!
重い一撃を防御する際、実力のある剣士は無意識に防御魔法を一か所に集中させる。勇者の攻撃を防御しようとすると、必ず足もとの防御が疎かになるんだ。
勇者が一瞬のスキを作り、弓師が狙いすましたコンビネーション。あの勇者パーティの若い弓師がとんでもない食わせモノだった。
……太ももに2本、脹脛に1本か。離れたところから見てるだけのアリエルですら勇者に気を取られていたから、いつの間に3射もしたのか分からなかった。食らった女将軍にしてみると、こんなに明るい真昼間だというのに、闇に紛れて命中したかのような錯覚すら覚えるだろう。
おかしい、治癒魔法が飛ばない。魔族の軍には治癒師が居ないのか?
女将軍の不利と見たウェルフの戦士が、背後から勇者に襲い掛かる。援護攻撃か。そのスキに女将軍が一歩下がり体制を立て直すつもりだったのだろう。
だがしかし、一斉に血液を噴き上げ、倒れていくウェルフたち。聖剣グラムはひと振りで獣人5人の命を刈り取った。
勇者キャリバンの振るう聖剣グラムの前で、魔族が援護など許されることはない。
悉くが肉体を切り開かれ、己が血液の海に沈む。
切れ味というようなものではない、ただ振っただけに見えた聖剣グラムはまるで空気を切り裂くようにウェルフたちの肉体を両断せしめた。
勇者キャリバンは機動を失った女将軍に対してもう一撃ゆっくりと、その手に持つ聖剣グラムを振りかぶり、頭部を狙って重い一撃を振り下ろす。
―― キィィィン!
女将軍の持つ幅広の長剣が音叉のような響きを上げながら根元から折れ飛ぶ。
折れた剣は回転しながらアリエルのほど近くまで飛来し、まるで墓標のように地面に突き立った。
勇者の狙いは剣。
相手が辛うじてガードしたその剣を叩き折ることで、その心も折って、立ち上がろうとする意志そのものを刈り取らんが為。
攻撃力と、その戦う意志の両方を根こそぎ奪い、圧倒的な力量差で絶望を演出する。
完璧なシナリオだった。
続けざまに勇者の前蹴りが女将軍の腹に入り、前に出ていた戦士ベルゲルミルの足もとまで転がった。
「ゲハハ、どうした姉ちゃん、やっぱり俺に可愛がってもらいたいのか?」
ベルゲルミルは金属製の小手越しに、その鉄拳で女将軍を殴る、殴る、殴る。先のとがったグリーヴで巧妙に蹴る、体重を乗せて頭を踏みつけ、硬い地面に打ち付けた。
パッと見はもうただのチンピラの暴力だが、あのゲスな戦士でも勇者軍の筋肉担当だけあって、脳筋が力任せに暴力を振るっているのではない。
脳を揺らしたり腹を蹴ったり、防御魔法で守れない身体の内部を効果的に痛めつけているのだ。物理的な暴力は防御魔法のガードを抜けて重く内臓に突き刺さる。
これほど執拗に抵抗力を奪う攻撃を、10発、20発と受け続けると、
さすがの女将軍も意識が朦朧となり……、ぐったりしはじめた。
「そら、泣けよ。おら、いい声で泣かないと俺は満足しないんだぜ将軍様よお」
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「兄さま……」
不安に駆られながらただ見ていたパシテーは掴んだアリエルのその腕が、はち切れんばかりに硬直しているのに気が付いた。
もう、限界なのだ。
この手を離せば、きっと飛び込んで行く。パシテーはそう思った。
それは無意識なんだろう、アリエルはグイグイと前に前にと、半歩ずつ戦場に近づいている。
たとえ相手が世界最強の勇者で、勝ち目なんてなくても、きっと飛び込んでいく。
だけどアリエルは飛び込めなかった。約束があったから。兄さまの行くところ、どこでも連れて行ってくれるって、約束したのだから。
飛び込んでしまうと、きっと自分も戦闘に巻き込んでしまうから、だから飛び込んでいけないのだ。
アリエルという人は、そういう男だ。
パシテーの目にも戦場ではもう大勢は決していた。
勇者キャリバンは聖剣グラムを肩に担いで戦闘態勢を解いている。
ベルゲルミルは魔人の角を折って戦利品にしようと考えたのか執拗に頭部を狙って殴り続けていたが、角が硬くなかなか折れないので半ば諦めたようだ。
「ちっ、かてぇな。まあいいか」
勇者はもう女将軍のことはベルゲルミルに任せて、弓師と魔導師に指示し、獣人たちの殲滅戦に移っている。
狙いすまされた矢が急所をえぐり、練り上げられた魔法が炸裂し、そして神速で振るわれる聖剣グラムの波状攻撃に、次々と命を散らしていく獣人たち。磔にするのは女将軍だけ、他は皆殺しにする勢いだ。
勇者軍の蹂躙が始まったころ、十字架の準備ができた神殿騎士の一団が女将軍を磔にするため、わらわらと前に出てきた。
紅い瞳は光を失い、ぐったりと十字架に担ぎ上げられようとしていた……。
その時だった。
―― ズバッ!
一閃
殴り、奪い、暴力で蹂躙した、ベルゲルミルの左腕が宙を舞った。
~備忘録~ 年齢
アリエルは4月生まれ。
ポリデウケスはアリエル中身と同じ年
プロスペロー と星組の同級生 20
コーディリア19
セキ 16 レダ 7 ビアンカ30 トリトン36
アリエル、ロザリンド16 中身34 パシテー22 サオ 13 今は夏ごろ←




