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03-25 女神の敵

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 宝石商のガラス張りのいかにも高そうな重い扉の向こう側、まさかパシテーと てくてくが騒ぎを起こしているとはつゆ知らず、アリエルは豪奢な椅子のあるVIPルームに通され、ゆっくりとお茶を嗜んでいるところだった。


「それではベルセリウスさま、またのご来店を心よりお待ちしております。今後も御贔屓に」

「ん、また消失させてしまったらお願いするよ。それでは」


「いえ、お見送りをさせていただきます」


 アリエルはここでようやく異変に気付いた。宝石店奥のVIPルームで頼んでおいた指輪を受け取り、店内に戻ると、なんだか外が騒がしい。


 祭でも始まったのか? 山車の曳行かな? 呼子ふえの音がけたたましく響いてる。


「おや? 何でしょうか。捕り物でしょうか? 神殿騎士が呼子ふえを吹いていますね」

「この王都も物騒になったなあ」


「いえ、いつもは静かなものなのですが……」

 などと雑談をしながら店のドアを開けてもらって外に出ると、パシテーとてくてくが神殿騎士たちに囲まれてて、えーっと、1、2、3、4、5、6、7、騎士服を着た男が7人も倒れていた。


 ちょっとまて、気配が微弱だ。死んでないか? いや、今のところはみんな生きてる……だけど。


 開いた口の塞がらないアリエルは倒れている騎士たちの気配を読んで、その微弱さに焦りを隠せない。

 放っておいたら死ぬぞ。


「マスター、こいつらいきなり剣を抜いて襲ってきたのよ」

「そうなの、なぜ襲われたかわからないの」


「そうだそうだ! 神殿騎士は横暴だ」

「早く衛兵を呼べ、神殿騎士が女の子に剣を抜いたんだ」

「私は見てたわ、その子たちは何もしてない。神殿騎士が一方的に絡んだのよ」


 大きな騒ぎになってしまったようだが、ナンパされそうになってひっぱたいたわけでもなさそうだ。


「おいおいまてまて! この二人は俺の連れだ、何があったのか説明していただきたい!」

「マスターと言ったな? お前がこの亜人どもの所有者か?」


「所有?? おい、この二人は物じゃないぞ。俺の家族だ」

「騎士どのお待ちください、こちらのお方はベルセリウス家の……」


「なんだと?、ボトランジュのベルセリウス家か、亜人共存を謳う異端者が聖地を穢しに来たと、そういうことか。よかろう、騎士に狼藉ろうぜきを働いたつけを払わせてやる」


 父さん……、俺はベルセリウスと名乗ったことをさっそく後悔しているよ……。


「おいおい、ここは天下の往来だぜ? 王都プロテウスでは、エルフも獣人も差別してよいという法はないのだがな」

「ここに差別などあるものか、そこな亜人どもは7人の神殿騎士に暴行を働いた現行犯である」


 公衆の面前で、こんな可愛い女の子に部下を7人も倒されてしまったもんだから引くに引けなくなって、恥の上塗りをしようとしてる。ぱっと見、勇者パーティに居るようなクレイジーな戦闘力をもってそうな奴はいないけど、まずは話し合いで……どうせ解決できないんだろうけど。


「見てた人はお前らが一方的に剣を抜いて絡んだって言ってるぜ?」

「そのような世迷言は、異端審問にて弁明すればよかろう。行くぞ!、一列横隊いちれつおうたい! ベルセリウスを名乗るガキも捕らえよ」


「こんなかわいい女の子二人にいいようにやられておいて、どの口がそんな偉そうなことを?」

 アリエルの挑発にギリッと奥歯を噛み締めながら、抜剣した腕を前に出し、横一列の隊列を組んで12人の騎士が歩調を合わせて行進してくる。



―― ボボボボッ!


 アリエルが[ファイアボール]を連射して足元を狙い、神殿騎士たちの前進を止めると、周囲の影という影から闇が溢れ出し、てくてくの周囲で渦を巻き始めた。


「マスターに闘争を挑むのならアタシが相手になるのよ」


「ま、魔物だ!!」

「魔物の襲撃だ! 礼拝堂を守れ!」


 てくてくも戦闘に巻き込まれていることを失念していた。なるほど、7人が簡単に倒されるわけだ。

 アリエルは大声で周囲にいる人たちを巻き込まないよう、避難を呼びかけた。

「通行人の皆さん、避難を! 戦闘が始まる。店員さんも急いで避難を」

「は、はい。ベルセリウスさまもどうかご無事で」


「パシテーとてくてくは手を出しちゃダメ。いいね。俺が交渉して可能な限り争い事は避けるから」

 アリエルは両手を挙げて一歩、二歩と前に進み出ると、神殿騎士の小隊長? が、12人の進行を制止した。まずは話を聞いてくれそうだ。


 しかし、思わぬところから何もかもを台無しにするような言葉がかかった。

「兄さま、無詠唱の魔法を見せたらもう手を挙げる意味はないの」



 ……。


 ……。


 ……。


「お、おのれ騙したな! 卑怯者め!」



 パシテー……、兄さんはお前の正直なところが大好きだ。誇りに思うよ。うん。

 だがしかし!

「俺たちは断じて捕まってやる気はない。それでも掛かってくるなら闘争たたかいだ! 命を掛けるかい? 神殿騎士ども!」


「「「ウォォォーーーッ!!」」」


 問答無用で斬りかかってくる神殿騎士たち……。いま『ベルセリウスも捕えよ』って言われたばかりだってのに、真剣を構え、強化魔法を施したうえで思いっきり踏み込んできてる。こいつらは捕まえようなんて考えはサラサラない。取り押さえようとしたら抵抗されたので戦闘になって、勢い余って殺しちゃいましたって、報告書にそう書けば許されるんだろうなあ。力いっぱい殺気を込めて剣を振るってる。



―― ドバン!ババン!


「おいそこ、女を襲うなよ! この痴漢野郎ども。俺を狙ってこい!」

 まずはパシテーとてくてくを狙った5人をフッ飛ばしてやった。一列横隊なんて捕り物には絶対向いてない隊列、むしろ殺す気まんまんの陣形だ。



 周囲の騎士たちは耳を押さえ、砂塵で視界も確保できないというのに、なお辛うじて立っている。

 何が起こったのか分からないのだろう。何かが炸裂して、耳をやられたことだけは理解しているか……。


 アリエルが風の魔法を使うと、参道に一陣の風が巻き起こり、フワッと音を立てて砂埃は急激に晴れてゆく。

 視界が利かなくとも気配を頼りに[爆裂]を使えばより安全に勝てるものを、あえてそうはしなかった。これは目撃者に見てもらうためだ。


 視界が晴れると、神殿騎士たちはたったいま吹き飛ばされた5人を見て戦慄した。

「ガレイヤ! おいガレイヤ!」


 倒れて動かななくなった同僚の名を必死で呼ぶ騎士の声がこだまする。だがそいつはもう呼びかけに応えることはない。

「包囲を解くな! 救護の神官を早く呼べ」


「気を付けェェェッ!…………ここは戦場である。魔の者を聖なる礼拝堂に一歩も近づけるな。神殿騎士の誇りにかけて、眼前の敵を打ち滅ぼせ!」


「「「おう! おう! おう!」」」


 神殿騎士の本部がある建物からワラワラと出てくる。呼子ふえの音が辺りにけたたましく鳴り響き、そして無慈悲な爆発音が木霊した。



―― ドバーン!


  ―― バン! バーン!



 神殿騎士の小隊長は言った。ここは戦場であると。

 しかし実際には一方的な殺戮があっただけだった。


 また風が吹く。ふわっと不自然な方向に。一迅の風が巻き起こり、砂埃を吹き飛ばす。


 眼下には神殿騎士たちおよそ80名が倒れていて弱々しくうめき声を上げているが、鼓膜をやられた者たちの耳には届かない。立っている者たちも満身創痍で、アリエルに剣を向けて闘争の構えをとるものは一人もいない。


 包囲する騎士に相対あいたいする一人の魔導師は一歩も動くことなく、髪の毛の1本たりとも失わず、肩を汚す砂埃ですら自ら起こした風で吹き飛ばしてしまった。


 遠巻きに戦闘を見ていた見物人も耳をやられて無音の世界にいた。この闘争、アリエルの完全勝利は疑いの余地すらないが、もはや勝敗などという次元の話ではない。


「まだやる気なら相手になるよ。でもちょっと飽きたので帰りたいのだが? そっち、道を開けてくれたら助かる」


 騎士たちは、恐らく聞こえなかっただろう、しかしアリエルが動いたことで慌てて道を開けた。

 奇しくも言われた通り、ざっと道を開けたのだ。



「さあ、もう帰ろう」


 二人の少女はアリエルの手を取る。

 右手にパシテー、左手にはてくてく。まさに両手に花を実践して、宝石店を後にした。


 去り際、てくてくが振り返って、投げキッスというとてもチャーミングな挑発をしてみせたが、神殿騎士たちは誰一人としてその挑発に乗ることができなかったことを200人以上もの見物人が目撃し、人死ひとじにのあった現場を検分にきた衛兵たちに証言した。


 死者  25名 すべて神殿騎士。

 重傷者 37名 神殿騎士33名 神官4名

 軽症者 76名 神殿騎士、神官、および見物人。



 これは事後の話になるが……。


 神殿騎士たちはアリエル・ベルセリウスを重大犯罪人として王国を挙げて指名手配せよと衛兵に詰め寄ったが、200人以上もの見物人が揃って神殿騎士に責任があると証言したのと、宝石店の店員の証言により、容疑者の身元がアリエル・ベルセリウスに間違いないと確認された。


 衛兵が調べてみるとボトランジュ領主アルビオレックス以下略ベルセリウスの孫であり、何千年もの歴史を誇る王国騎士団史上最悪とまで言われたトリトン・ベルセリウスの息子であったことが判明し、やはりベルセリウス家の者をそう簡単に犯罪人に仕立て上げることはできなかったのだろう、衛兵はアリエル・ベルセリウスを不問とする決定を下した。


 王立衛兵団の決定を不服とした神殿騎士団、及び神聖典教会は、アリエル・ベルセリウスを不在のまま審問に掛け、異端者と認定した。ここらへんの動きは驚くほどに速かった。


 更にはアルトロンド領の法を適用するらしく、女神ジュノーの神託を得た神兵たる神殿騎士たち25名を殺害した罪により被告人不在のまま磔刑に処す旨の死刑判決が言い渡された。


 つまりアリエル・ベルセリウスは不在裁判により死刑が確定してしまったという事だ。


 王国全土にコミュニティとネットワークを持つ神聖典教会の力をもってしてもアリエル・ベルセリウスの行方はようとして知れず、サムウェイの衝突から1年後、アリエル・ベルセリウスには金貨200枚という多額の懸賞金がかけられた。


 同時にひっそりと、冒険者ギルドに魔物の討伐依頼として、てくてく討伐が貼られたが200ゴールドの賞金首アリエル・ベルセリウスに随伴している闇の魔物だというのに、その討伐の依頼達成報酬額がわずか2ゴールドだなんて、アホらしくてやってられないのである。


 蛇足になるが、いろいろと不運が続くアリエルにも一つだけ幸運? なことがあった。

 神聖典教会が200ゴールドをはたいて探すアリエル・ベルセリウスの手配書の人相書きを描いたのが、何を隠そう王都で一番人気のボーイズラブ系春画家だったおかげで、アリエルは一躍、王国全土の腐った女性たちのアイドルとなった。


 人相書きが貼られてもすぐに剥がされ、ファンの女子の部屋のポスター代わりになってしまうことから、手配書そのものがあまり衆目に晒されることもなかったのである。


 また、ボトランジュでは領内にアリエルの手配書を貼ること自体が禁じられたので、ポスターを見るためには教会に行かねばならず、一部の濃い女子たちの間では、教会を聖地として巡礼する一コマも見られ、その聖地巡礼の意味を誤解して大歓迎する教会も相次いだという。



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