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03-24 サムウェイの失敗


 安宿をチェックアウトすると、朝イチでメレーフェルドの冒険者ギルドで依頼ボードを物色し、王都便の速達依頼を受けて、旅の道すがらマッハで依頼を達成したところ。[ストレージ]と[スケイト]があれば簡単に依頼達成できるのに、これがBランクで報酬がなかなかにウマい。王都周辺では割と多い依頼なので、実を言うと小包の速達だけを生業として食べていけるほどメジャーな依頼だ。

 いま報酬の金貨1枚を受け取って、小高い丘を見上げる。ここは王都の西側、サムウェイ地区だ。


 サムウェイは少し小高い丘がある起伏の多い地区で、平坦な土地ではないのに、人も商店も多い。


 バカと煙は高いところにのぼりたがるという言葉通り、小高い丘の一番上にそびえ立つのが神聖典教会の王都大教会。ここの人たちはみんな、こんな坂道や階段をせっせと上り下りして礼拝するのだ。

 こんなこと口に出して言うと、きっとパシテーが悪気もなく、狙ったわけでもなく『兄さまも塔の上とか好きなの』なんて間髪入れず、大阪人のキレのある突っ込みのように挟んでくるのは分かってるから、あえて口に出さないぐらいが丁度いい。


 あえて口に出さなかったというのに、パシテーは口に出した。


「兄さま、トライトニアの塔とどっちが高いのかな?」

「おまえメンタリストかよ? あっちの方が高いよ、あっちの方がよっぽどバカだよ」


「なんでバカなの?」

「いやごめん、気にしないで……こっちの話」

「兄さま変なの……」



 王都大教会のある丘の麓にある巨大な建造物こそ、神聖典教会が誇る神殿騎士団のサムウェイ本部がある。ちなみに総本部は教会の総本山のあるアルトロンド領にあるけれど、王都大教会にあるサムウェイのほうが人数規模も大きいらしい。で、神殿騎士団のサムウェイ本部というのは、つまるところ、あのエーギルたちを簡単に倒してしまった勇者パーティの本拠地ということだ。


 参道には隙間なく商店が並んでいてどの店も繁盛している。

 冒険者ギルドなんて裏道の、なんだか薄暗い路地に入ったところにひっそりあるので衛兵に聞かないとどこにあるか分からないぐらいだ。


 通りは大教会を訪れた礼拝の信者さんたちでごった返してて、この人たちは朝の礼拝を済ませて帰るところなのだろう。


 こんな人混みの大通りを一つ右に折れ、神殿騎士団本部と衛兵事務所にほど近いところ、いくつか宝石店が軒を連ねている。警察署の近くに銀行があるのと同じ理由なんだろう。盗賊のたぐいは近づけない立地だ。


 パシテーと二人、大仰なショーウィンドーにきらびやかな宝石が陳列される立派な店構えの宝石店のドアをくぐると、すぐさま、待ってましたとばかりに上品そうな正装の店員さんが声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。……、んー、お美しい、婚約指輪でございますか?」

「いや、それはまたの機会に。今日はこの指輪に魔導結晶をあしらってほしくて」


 魔導結晶が消失した指輪を店員に見せると、店員は慣れた手つきで白手袋をはめて受け取った。


「おお、これは王立魔導アカデミーの褒賞リング……、少々お待ちください」


 店員に指輪を返されて、少しすると分厚い書物を抱えて出てきた。

「申し訳ございません。いま一度拝見させていただけないでしょうか?」


 指輪を手渡すと、刻印されたシリアルナンバーを見ながら、パラパラとページをめくり、何かを探している様子だったが、すぐに目的の項にたどり着いたらしい。


「お客様、この指輪は80年前、王立魔導アカデミーより、ソンフィールド・グレアノット教授に贈られたものでございますね。誠に失礼ではございますが、魔導結晶は王国が管理しておりまして、ご本人様以外の持ち込みでございますと、所持の理由と、そして持ち込まれた方の身元がはっきりしないとお譲りすることができないことになっておりまして……。失礼ですが……」


「アリエル・ベルセリウスだ。グレアノット師の高弟にあたるが何か問題があるのかな?」

 身分証明書としてAランクの冒険者登録カードをカウンターに出す。


「ベ、ベルセリウス家! や、これはとんだ失礼を。すぐに照合させていただきますので、今しばらくお待ちを。」


 ベルセリウス家というと、いきなりVIP待遇に変わったらしく、アリエルたちは宝石店の奥に通され、とても豪奢な椅子に腰けてお茶をいただいているところだ。このティーカップとソーサーのセットひとつで一週間はメシ食えるんじゃないか? って勘ぐってしまうほど高そうなものを出されると、口をつけることすらぎこちなくなってしまう。ほんと落ち着かない。肩が凝るこの居心地の悪さ……。


「こんな椅子に座ったら尻が腫れてしまいそうだよ」

「兄さまは貴族なの、堂々としないとなの」

 パシテーがびしっと背筋を伸ばして先生モードになってる。ベルセリウスの名前で通された部屋なのだから粗相をするわけにはいかない……とでも言いたいのだろう。


 領地が戦地で、取ったり取られたりしてる没落寸前の貧乏領主でも、ベルセリウスの名で魔導結晶が手に入るならそれでいい。


 すぐにと言った割には30分待たされ、ようやくギルド登録証が間違いなく本物であるということと、アリエル・ベルセリウスという人物はボトランジュ領を治めるベルセリウス家に所縁ゆかりある者であることが確認された。本来ならまだグレアノット師匠のほうの確認が必要らしいのだが、ベルセリウス家の威光が大きかったせいか、アリエルの身元確認のみで魔導結晶を売ってもらえることになった。


 グレアノット師匠はマローニに在住だ。一般人の足だと確認に行って帰ってくるだけで数か月かかってしまうじゃないか。


 父さん、俺、生まれて初めて貴族の家に生まれてよかったと思ったよ。


 店頭には出せない魔導結晶、この店に在庫してある魔導結晶は5つ。これまた大袈裟な宝箱のようなジュエリーボックスに入っていた。


 テーブルに出された魔導結晶の中に、指輪についていたのと似たようなサイズの魔導結晶があった。


「これぐらいのものが付いてたな。これで値段は?」

「はい、これで金貨50枚になります」



 ……フッ……。


 パシテーが貧血を起こして倒れそうになってる。


「ん、じゃあこれをこの指輪にあしらってほしい」

「かしこまりました。では、指輪のほうはお預かりしまして、そうですね、夕刻には」


 お金を支払って宝石店を出るパシテーの足取りは泥沼を歩いているかのように重かった。

「ん? どうした?」

「兄さま……ご、50ゴールドもしたの。マローニに立派な家が2軒建つの」


「あははは、所持金が足りてよかったよ。でもスッカラカンになったからまた狩猟と鍛冶を頑張らないとな」

「うー、ごめんなさい。ごめんなさい」


「謝んなくていいよ。いざって時のためにお金貯めて持ってたんだからさ、いざって時に使って無くなるのは当たり前だろ」

「でも高すぎるの」


「パシテー、いざって時は惜しまずに使うんだよ。お金なんて惜しくもなんともないんだから」

「兄さま、ちょっとは金銭感覚を……」


「魔導結晶はパシテーが転移魔法陣を使うのに必要な代価だ。フェアルの村からドーラ大陸まで渡ろうと思ったら、パシテーのスピードがどんなに早くても海峡を渡らなきゃいけないから困難な旅になる。そこを一瞬で瞬間移動できる。そういう、お金に代えられない時間の話をしてるんだ」


「うー、分かってるの」


 アリエルにしてみれば時間をお金と引き換えになんか絶対にしたくないのだけど、でも、パシテーがくよくよするのも分かる。50ゴールドといえば日本円に換算すると500万円ぐらいの価値になる(アリエル調べ)のだから。たった一度の瞬間移動に500万円もかかったと考えるか、誰でも瞬間移動する手段があると考えるかだ。

 そしてアリエルは後者のほうにより価値があると考えている。


「どうせ夕方にはまた来なくちゃいけないのだからこの辺で食事にしよう」

 アリエルたちは宝石店をいったん出て、ずらっと並んだレストランや食堂の中から、ちょっとイイ感じのレストランに入った。


 昼食時ということで、そこそこ混雑している。

 メニューを見ておすすめ料理を見ると、ディーアの焼肉定食というのがあったので、それを注文しようと思ったのに、パシテーが……。


「私はトーストでいいの」

「はいそこ! 一番安いのを選んだね!」


「だって、出費が……」

「ダメです、バツとして一番高いのを注文します。おばちゃん、トーストキャンセル。このコーベモウの厚切りステーキを2人前」


「兄さま……それ高いの」


……。


……。


 半ば強制的に真昼間まっぴるまから霜降りステーキなどという重量級を食ってしまったもんだから、肉が胃壁に壁ドンして女口説きまくってるぐらい激しく胃もたれしている。


「私ももうダメなの……」


 うまかった。


 たしかに極上の味だった。


 だがいかんせん、その量が多すぎた。


「なんで一人前600gもあるんだよ! 脂っこいし、脂っこいし!」

「明日の朝、顔洗ったらきっと顔が水をはじくの……」


「パシテー、残していいから」

「ダメなの、このお肉高いの……」


「じゃあ俺の分も……頼む」

「…………!!!! 兄さま、そんなの絶対無理なの。もうお肉なんて見たくもないの」


 食った……食ってしまった。


「……、……、……」


 パシテーがジェスチャークイズを出題しているけど、タコ踊りにしか見えない。

 でもたぶんあれは『口を開けたら吐いてしまうの兄さま』だ。


 じゃあ俺も答えてやらないとな。


「……、……、……、……」

『あー俺もダメ。ちょっと休憩しよう』


 

 ちょっと郊外に出て木の下でゴロリと横になってる。

 この世界には胃薬というものがない。民間療法だとイモリの尾を焦がしたものを飲まされるのでゴメンこうむりたい。

 この後はひたすら食道を駆け上がってくる脂っこい胃酸に悩まされるのだ。


 だけどよかった。

 パシテーの口を封じたおかげで小言を聞かずに済んだ。


 結果オーライと言っておこう。



----


「そろそろ動けるか? パシテー。」

「ん。でも……胃が痛いの。たべすぎたの」


 そろそろ日が西に傾きかけて来た頃だ、アリエルがちょっと小高い丘の上に座って王都プロテウスを眺めていた。近くに見えるお城のようなのは神聖典教会しんせいてんきょうかいプロテウス大教会で、そのずーっと向こう、ちょっと青く霞んで見えるから8キロか10キロぐらい離れてるところに見えるのが、プロテウス城だ。あそこにはこの国で一番偉い男、国王がいる。


 意外と近くにいるんだなと、この時はなんとなくそう思った。


「マスター! おはようなのよ。……ここは?」

 ネストからてくてくが出てきた。12~13歳、第二次性徴まえの胸。

 ってことは4時か5時だ。


「てくてく、おとなしくしてろよ? ここは王都プロテウスのサムウェイってトコ。いまから宝石店」

「わー、すっごい街なのよ。アタシ初めてなのよー」


 てくてくは都会が初めてなのだろう、大喜びではしゃいでる。考えてみたらそうだ、精霊王アリエルの童話でも、北の雪深いエルフの村が舞台だったし、それからの1000年はくっそ寒い雪山の洞窟で暮らしてた。都会なんて来たのは初めての経験なんだ。


「たまには観光気分もいいか? なあ?」

「うん」


 夜にも礼拝ミサがあるのかな? この時間帯に大教会へ上がる人の多さ。

 アリエルとパシテーはてくてくの手を引いて、迷子にならないように通りを歩く。所狭しと露店が出ていて、どの店もだいたい繁盛している。教会があるおかげで街の人の生活が潤っている典型的なモデル都市だ。まあ、ここにいる てくてく本人が教会の敵、異教徒どもが崇めるひと柱の精霊なのだから大教会に行くことはできないのだけど。


「マスター、あれがお城なのネ? おっきいのよー!」

「あれは大教会だよ、お城はあっち、ほら遠くにうっすら見えてるだろ。そしてここが宝石店だ」

「マスター、エメラルドがあるのよ! 奇麗な緑色の輝きなのよ! マスター、こっち、こっちにもほらー」


 アリエルは約束の刻限に、頼んでおいた指輪を引き取りに来た。パシテーとてくてくを外で待たせておいて、すぐに出てくるつもりだった。


「パシテー、ちょっとてくてくを頼むな。手を離さないようにな」

「うん。わかったの」


 少し重めの扉をくぐって店内に進み入ると昼にいた店員が応対してくれた。

「ベルセリウスさま、いらっしゃいませ。お待たせしました、商品のほう出来上がっております。どうぞ、こちらに」



----


 一方、こちら店の外、商店街と、隙間隙間に屋台がひしめく人混みの中、てくてくの手を引くパシテー。てくてくは興奮冷めやらぬといった表情で、見たこともないものに感動している。


 そんな仲のいい姉妹のような二人の姿が、参道の端っこで立哨りっしょうする神殿騎士の目に留まった。



「おい、あれを見ろ……」

 てくてくを指さして訝しむ神殿騎士3人組。

 パリッとした騎士服を完璧に着こなし、みな帯剣している。


「……、大教会へ続く神聖な参道に、まさか亜人がおるのか?」



―― ピリリリリ!


 笛の音が響き渡り、参道を行く人々の流れが止まった。

 どやどやと駆け寄ってくる神殿騎士たち。


「まてまてまて、そこな亜人を連れた娘……、この神聖な地を穢すとは……」


「小隊長どの、あの娘も混ざっておるように見えますが……」

 パシテーの姿を見た神殿騎士のひとりが、その出自を一目見ただけで看破してしまった。

 それまでボトランジュでは気にする者が居なかったせいか見過ごされてきた僅かな特徴が、奴隷商が流布した『エルフ混ざりを見分けるポイント』によって、奴隷制が敷かれているアルトロンド、ダリルなどでは、パシテーのような、耳に特徴の出ていないクォーターエルフですら判別されてしまうようになっていたのだ。



―― スラッ……


 神殿騎士たちは2人の、この年端もゆかぬ娘たちに向かって剣を抜いた。


「亜人の分際で女神ジュノーの聖地を汚した罪、見過ごすことは出来ない」



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