03-23 迷走の果てに
2018/11/26 書き直し
さて……と。
アリエルはいま、パシテーにどう言い訳すればいいのかと思案している。
実はもうとっくにグランネルジュに着いてるはずなのだが、道しるべも見当たらないという憂き目に遭っている。昨日からずっと、これほど見晴らしのいい大平原で道に迷って(最初から道がない)現在絶賛遭難中なのである。
昨日はプチ遭難。
いまは絶賛遭難中という、それぐらいの差はある。
ただひたすら東に行けば必ず知った道に出るはずなので、朝日の上がってきた方向に進めばいい……という、いかにも迷うべくして迷った男が、遭難の末、導き出した結論がそれだった。
もし転移魔法陣が使えなくなってもフェイスロンド側から徒歩でフェアルの村に行けるようにと、この大平原にある樹木とか岩などという目印を白地図に書き込む作業をしたことが災いしたようだ。
昨日から少し迷走してしまったので現在位置も分からないまま、目印を探しつつただひたすらに東へ向かっている。
名誉のために言って(言い訳して)おきたいのだが、最初のスタート地点であるフェアルの村が地図に載っていない上に、村長のタキビさんに地図を見せてフェアルの位置を聞いてみてだいたいこの辺りじゃないかな? と地図に描いた円の直径が500キロもあったのだから迷うなというほうが無理だ。
なのでこの世界の、とても信用ならない精度ガバガバなコンパスを見ながら真東に進路をとっている。
ネーベルよりも東に来てると思うから、そろそろグランネルジュが見えてきてもいいと思うのだけれど、朝からまた500キロは進んだんじゃないか? ってあたりで、やっと小さな集落を発見した。
ホッと胸をなでおろすと同時に、なんだかどっと疲れたような感覚に陥った。
まったく、帆船で風に任せて太平洋に出た冒険家や船乗りたちを尊敬せずにはいられない。絶海の孤島を発見したような喜びとはこんなもんだろう。きっと。
パシテーと二人、集落の南側から入って情報収集をすることにした。
あわよくば何か食料品の買い出しができればありがたい。
ざっと見た感じでは家の数は30軒ぐらい。とても小さな集落だ。
建築様式はだいたいすべてが土魔法建築で、家々の玄関先にはジャーキーが干されていたり、なめし革を伸ばしていたりと、王国の片田舎の集落では普通すぎる風景だ。
30軒ぐらいの集落だと商店が成り立たないので、だいたい酒場すらあるかどうか微妙なラインだ。
だけど……、集落の規模とは不釣り合いな建物がいくつか密集している。
念のため気配を精査してみると、この30軒ぐらいの集落で人の気配は約80程度だった。
白い壁の続く、あの不釣り合いに大きな建物が密集しいてるあたりにその半分以上、およそ50もの気配が集まっている。
こんな小さな集落だ、アリエルたちのような異邦人が堂々と入っていくと、まずは挨拶がわりに冷たい視線を浴びることとなる。敵対心のこもったよそ者を見る目だ。
だけどこんなことは決して珍しい事じゃない。こんな小規模な集落だと衛兵が常駐していない、へたすると盗賊団に襲われただけで壊滅的な被害を受けるかもしれないし、こんな辺鄙な集落にどんな用があるのか女連れでウロウロしてるのも、不審に思われるはずだ。
こんな大平原を旅をするのに、若い女を連れて歩くことがどれほど危険な事かを知らない者はいないだろう。普通ならまず最初に、およそ盗賊団の偵察だと疑ってしまうだろうな。
今日のファーストエンカウントは集落の中ほどの少し広くなったところで雑談してたっぽい労働者風の二人組のうち、白い帽子をかぶった方の髭オヤジだ。
旅人も立ち寄らないような小さな集落ほど視線攻撃は厳しいのだけれど、ニラミつけてくれたほうが話しかける最初のきっかけになるのでありがたい。目もくれず通り過ぎようとする人に声をかけるほうがそりゃあ難易度が高く感じるものだ。
アリエルたちから視線を逸らさない髭オヤジに近づいていくと、向こうから声をかけてきた。
雑談していたらしいもう一人の若者は早足でどこかに行ってしまった
「見ない顔だな……」
「あ、こんにちわ」
髭のおっさんは、アリエルよりもパシテーの身なりが気になるようで舐めるように観察しながら値踏みする。
「旅行者……でもないか、こんな辺鄙なトコにある酒蔵に何の用だ?」
集落の規模に不釣り合いな建物は醸造所だったらしい。
さっきこのオヤジと話してた若者が駆け込んだ白い壁の続く建物がその酒蔵だ。
「あ、狩人兼冒険者です。狩りをしながらお金を稼いでます。ネーベルかグランネルジュに向かってたんですが、ちょっと迷っちゃって」
アリエルが髭のオヤジと話していると、建物の方、人の気配が慌ただしくなった。
そして目の前のオッサンはアリエルが冒険者だと言った途端に気配が緊張と敵意に変わり、抑え切れずに流れ出した。
しかし気配とは逆に顔からは訝しむ表情が消え、逆にニコニコし始めたのだ。
あからさまな作り笑いが不審な事このうえない。
あらかじめ誰かが用意していたフラッシュモブじゃないとすれば、集落に入った瞬間に敵対されてしまったと考えるべきだ。
その証拠に醸造所のほうでは30以上の気配がトガってきた。
一戦やらかす気だ。
気配を読み、この集落にいる者たちの動きをリアルタイムに探知する。10人ぐらいは……、奥の建物に固まって……、隠れたようだ。
異様な気配を察してか、パシテーが一歩引いた。
これはまずい状況だ。パシテーも臨戦態勢になった。今にも短剣が飛び出してきそうなほどピリピリしはじめたところだ。このまま問答無用で成り行きに任せると人死にが出るかもしれない。
「あー、まてまて。俺たちは道に迷った冒険者だ。この集落に用はない。あっちでヤル気マンマンの集団には悪いが、道を聞いたらすぐに立ち去りたい」
「…… ……」
まるで人形のような作り笑いを浮かべたまま髭のオッサンは黙り込んでいる。
気配の動きが慌ただしい。
「んー? なんだか時間を稼いでるようだけど、嫌な空気だね。ただ道を聞こうとしただけで命がけとか信じらんねえよ、なあオッサン、道を聞いたら俺たちは出ていく。それでもダメか?」
オヤジのニコニコとしたあからさまな作り笑いはスッと消え、アリエルたちを見る目は、まるでドブに吹き溜まった汚物でも見ているかのような冷やかなものに変わった。
「フン……、お前たちはダリルからエルフ狩りにきた冒険者じゃないのか? ここからだと、領境を超えてダリルに下った方がいくらも早い。峠を越えて8キロほど南に行けば町がある。お前たちはダリルから来たんじゃないのか?……、グランネルジュなんぞ行ったことがないから知らんな。北東に200キロほど行けばプロテウスだ。北東に行けば村も町があるから、グランネルジュに行きたいならそっちで聞いてくれ。さあ、帰ってくれんか。わしらはヨソ者を歓迎せん」
「ありがとうオッサン、でも遅かったようだ。ほかの住民たちは俺たちを歓迎してくれるらしい」
強化魔法のかかった足で土煙を上げながら男どもが出てきた。少し遅れて、数人の女たちも集団に混ざる。
その数37
装備は主にハンティングナイフや包丁。まともな剣を装備してる奴は少ない。
弓を構えてるのは3人。中にはエルフの男まで混ざってる。
「パシテー、下がって。こいつらは盗賊の類じゃない。奥に10人ほど隠れたのはたぶん女子供だろう」
「はよう出ていけ。ここはお前ら冒険者の来るようなところじゃない」
「ああ、そのようだ。俺たちはこのまま退散するとするよ。パシテー、ずらかるぞ!」
「え? 何? 何なの?」
アリエルたちが踵を返しスケイトを起動してこの場から離れると、背後から気勢が上がり、投石が雨あられと降り注ぐ。
「帰れ!」
「この人でなし!」
「死ね!」
「もう二度とくんな!」
強化魔法をかけた腕で思いっきり石を投げられると、当たったら大怪我してしまう。
アリエルたちは集落から追い出され、ほうほうの体で逃げ出した形になった。奴らが追ってこないことを確認して、ぐるっと500メートルほど北に迂回したところで少し休憩することにした。
「あーもう、ひっでえなあ。パシテー、当たらなかったか?」
「大丈夫。兄さま? 今のは何が?」
「ああ、襲ってきた集団にはエルフの男が2人居たからな。酒蔵に隠れてた10人ぐらいの集団はたぶんエルフの女か子ども。そしてここから南にちょっと行けばダリルらしいから、冒険者が越境してきてエルフを攫ってるって事だろ? たぶん」
「石投げられたの」
「ああ……、そうだな。……矢を射られるよりも精神的に堪えるな」
「うん……」
さっきの老人、アリエルたちを見て『ダリルのエルフ狩り』と言った。
ここはフェイスロンドだから、いくら自由が信条の冒険者であっても、フェイスロンド法が適用される。だけどダリルではもう殆ど自由なエルフは居なくなったのだろう、だからダリルのエルフ狩りがフェイスロンド側に越境して攫っていくんだ。なのにフェイスロンド領軍は、小さな集落に兵士を駐留させてない。
フェイスロンドの領主は高名なフェイドオール・フェイスロンダールだ。この状況を知らないわけがない。知っていながら対処できない理由があるはずだが……。
「まあ、俺達には関係のないことだな」
酷い目に遭ったが収穫もあった。
東に向かっていた方角が実は、東南東だったことが判明。やっぱりこの世界のコンパスはアテにならない。雪山などでこれだけの誤差がでると十分に致死レベルだ。
北東200キロで王都プロテウスに着くなら王都に行った方が手っ取り早い。
魔導結晶を買うのが目的なんだから。
「今日は何か疲れたからキャンプにするかい?」
「うん、でも、ここからもっと離れたいの」
「そうだな。そうしよう」
アリエルもこの場から離れることに賛同した。
何もしてないのに石を投げられて追い出されれたのは初めての経験だったが、村人たちが総出でエルフたちを守ってる姿を見るのは、悪い気がしなかった。
ちょっと精神的に疲れたせいか、それ以後は言葉少なに[スケイト]を飛ばしてプロテウスへ向かう。
いくつかの集落を過ぎて、少し大きめの町へ。王都プロテウスまであと100キロ程度というところ、ここはメレーフェルドの町。手持ちの地図にも載ってるし、王都まではしっかりと馬車道が繋がっているからもう道に迷うこともない。
今日はここで宿をとって休むことにする。安宿だけどてくてくが居るので家族用部屋を取ったのだけど、当のてくてくはベッドいらないのだそうだ。
ネストの中がいいらしい。
「同居人が小さいからまだまだ快適なのよ」
夜になると目がキンキンに冴えてくる てくてくの話し相手も満足にできず、この日はグッスリと眠った。
明日は王都プロテウスだ。
いつだったか神殿騎士たちとイザコザを起こして以来、避けていたが魔導結晶を扱うような店は大きな街にしかない。ついでに王立魔導学院の図書館にも寄って情報収集できればと考えている。
転移魔法陣を見つけることが出来たのも、結局は書物に書かれていた情報からなのだから。




