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03-22 ハイペリオン



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 えーっと、ここはフェアルの村を出て5時間ぐらい移動したはず……。

 ネーベルの町に向かう途中なんだけど、街や村が見えたらそこに立ち寄って休憩しようかと決めて、ずーっとひたすら休みなしに時速150キロぐらいで移動してるのだけど……。


 一度も休んでない。

 つまり、村も町も集落も、何もないというわけだ。

 見渡す限りの大平原だ。だいたいジェミナル河流域には集落過ぎたらまたすぐに集落が見えるぐらいの頻度で人が住んでいるのだけれど、ここは本当に何もない。ただひたすら大自然が広がっているだけなのだ。まさかノーデンリヒトなみの過疎地だとは思ってもみなかった。


 地図によるともうとっくにサラマという村を通り過ぎていて、次の村も見えてなきゃいけないのだけど、村や集落なんてものは一つも見当たらないし、街道と思しき道も、馬車の通った轍すら見つからない。


 現在地、不明。


 ちょっと道に迷った感じで大平原のど真ん中に居ながら途方に暮れつつあるので、パシテーを呼び止め、風圧に疲れた身体を休めながら地図とコンパスを引っ張り出して、今後の進路について相談しているところだ。


「なあ、距離的には500~750キロは来てるはずなのだけど、その間に集落という集落がひとつも見つかってない。えーっと、現状を確認するとだな……すまん。プチ遭難だ。今日はもう休もうか。ゆっくりしよう」


「ん。かまわないの。行き当たりばったりはいつものことなの」


 見晴らしのいい丘の上を今日のキャンプ地と決め、パシテーが整地を始める。

 こういう平面を水平に整地するという地味に難しい作業を下準備として行うかどうかで簡易建築物といえどもその出来栄えが大きく違ってくる。水平・水準器レベルを作って販売したらムチャクチャ儲かりそうなんだけど。


「今夜は休んで明日はもうちょっと北か、それか東方面に修正しようか。まずは街道に出たい」

「分かったの。今日はもう移動しないのね?」

「ああ、明日にしよう」


「おっ風呂♪ おっ風呂♪」

 パシテーが浮かれてお風呂の建設中、アリエルが今日の寝床と、役割分担して作っていると、突然ネストからてくてくが飛び出してきた。


「マスター! ヤバいのよ! 卵が孵りそうなのよ」

 140センチもないてくてくが、直径70センチほどもある卵を抱いて……。


「お、落とすなよ。……ちょ、なに?」

 てくてくは手近に居たアリエルに卵を預けると、パシテーと一緒に、あっちの方に逃げてしまった。



「こえええ、ちょ、ええっ、マジで! どうしよう……あわわ」


 卵にはもうヒビが入っていて、中で何か重量物が動くのが分かる。グラグラ揺れて……。

 い、今出てくるのか? ドラゴンが? ヤバくないか?


「ちょ、パシテー、てくてく、なんでそんなに離れるんだよ? インプリンティングって知らない? 卵から生まれて初めて見たものを親と思うんだ」


「兄さま、それ鳥の話なの」

「孵った瞬間にドラゴン怒り鉄拳とか、ドラゴン怒りのブレスとかイヤなのよ」



―― パキパキパキ……。


 軽い音を立てて広がるヒビ。

 ヒビ割れから、黒い煙のようなマナが……空気より重い、ドライアイスの冷気のように噴き出しては地面を舐めるように広がっていく。


「あれって、てくてくの?……、なあ、ドラゴンって瘴気もってるのか?」

「龍族は4属性ぜんぶ持ちだけど、光と闇はもってないはずなのよ」


「見てみろって、これ瘴気じゃないのか? てくてくのマナにそっくりなんだけど」

「アタシ知らない」


「もっとこっちに来て見てみろって、なんでそんなに離れるんだよ」



―― パリッ!パキパキパキ……。


 卵の上半分が割れて、中から大量の瘴気が溢れ出した。真っ黒な煙のような瘴気の中から赤い目が光ってこちらを凝視している。


 ちょっと離れたいのだけど、卵を抱っこしてる以上そういう訳にもいかず、何と言うか、近いよこれ。


 うっわ……マジ怖えぇ。


 でもここで逃げたりしたら、パシテーもてくてくも、もう二度とペット飼っちゃいけないって言うに決まってる。あんだけ大見栄切ったんだし。



「はーい初めまして赤ちゃん。こっちおいで。ガルグ食べるか? ディーアか? それともマナがいいかな?」


 棒読みだった。

 卵の割れた部分から湧き水のように止めどなく溢れ出す瘴気の中を泳ぐように"何か"が飛び出すと、ニョロニョロっとアリエルの腕から肩へと移動し、巻き付くようにべったりくっついてきた。


 瘴気は薄くこぼれる程度なのだけれど、瘴気の黒さとは対照的に、鱗はキラキラ光ってて、なぜか目が赤い。たしかミッドガルドの眼は青かったのだけれど。たぶん脱皮を繰り返して大きくなるのだろう、最初からもうほぼ親と同じ形をしている。美しい銀色の透明感ある翼と4本の足。角と歯がまだ生えてなくて、爪もまだまだ柔らかいし尖ってもいない。


 長い首と尻尾を含めて、全長で1メートルとかそれぐらい。手乗りドラゴンというわけにはいかないが、肩になら十分乗せられるぐらいの大きさだった。


「ドラゴンは親にくっついて育つのよ。どうかしら? 今の状態でマナしんどいなら最初から捨てたほうがいいのよ。仔龍が成長期になると親ドラゴンでもマナを食い尽くされるからネ」


「大丈夫。まったく問題ない。肩乗りドラゴンだ。パシテー、大丈夫だから。こっちへ」


 どうせ成龍おとなになったらラスボス級の殺気を放つくせに、生まれたてドラゴンは大きな目をくりくりさせててとても愛嬌があって可愛い。



 思ったよりもずっと可愛い姿で生まれてきたので、トカゲ嫌いなパシテーも、この子が大きくなったらどうなるのか嫌というほど知ってるはずの てくてくですらデレデレになってしまった。トラやライオンでも子供の頃は可愛いからなあ。女はコロッと騙されるんだ。


「さてと、名前どうする? 俺的にはヨルムンガンドが強そうでいいと思うのだけど」

「綺麗な翼なの……この子、遥かな高み。……、孤高。……誰も行けない領域。大空を支配する翼……」


 パシテーは飼うことに反対だとか言いながら、ドラゴンの名前を考えている。

 ヨルムンガンドでもいいと思ったのだけど、パシテーはおろか てくてくにもダメ出しくらったので、パシテーの考える名前を聞いてみることにした。それで気に入らなければ猛烈にダメ出し返しをしてやって、次はファフニールを提案するつもりだ。ファフニールならきっと誰も反対しないだろう。



「兄さま、ハイぺリオンがいいの」


「てくてくは?」

「ハイぺリオン、なんかステキなのよ。でも育て切れるかしら?」


 ハイペリオンと呼ばれたドラゴンは、その名前で呼ばれて呼応したかのように、アリエルの肩からパシテーの腕に飛び移った。どうやらその名前が気に入ったらしい。


「じゃあ、お前は今日からハイぺリオンだ」


「エサ大変そうだから積極的に狩りをしてストックしとかないと」

「マスター、ドラゴンは成長期が大変なのよ。親龍でさえマナを吸われすぎて弱体化するほどの大食いになるの。与えるマナが足りないと飢えて人やエルフを襲うのよ」


「わかった。気を付ける。ハイぺリオンは人なんか絶対に襲わないよなー。いい子なんだから。俺は飼うぞ。こいつを肩に乗せて育てる」


「あ、それは無理なのよ。すぐに大きくなって、マスターが肩に乗れるぐらいになるわ。20年ぐらいで成龍になるのよ。何度も言うようだけど、くれぐれも成長期は飢えさせないように気を付けることなの。一度でも人を食べたらもうこの子は人類の敵とみなされるのよ」


「分かった。どんな悪党でも食わせるようなことはしない。ねー、そんなの食べたらお腹こわすからねー。ガルグやディーアを食べようねー」


「兄さま、悪党を食べさせようと思ってたの?」

「ダメだよ、お腹壊すじゃん」

 一通りじゃれて遊んだあと、ハイぺリオンがウトウトし始めたので[ネスト]に帰した。なんだかパシテーが熱心に遊んでたのには驚いた。トカゲ嫌いだと言ってた割にはメロメロに目尻を下げて可愛がってたし、あれほど飼うのを反対していたてくてくも一緒のネストに入ってまんざらではなさそう。


 パシテーもてくてくも女だ。子猫を飼いたいって言っても絶対反対するくせに、顔を見せて、つぶらな瞳に見られて、抱っこさせてやれば必ず折れてくれる。これはペット屋の売り子が子猫や子犬を買ってくれそうな客に抱かせることで買わせるという手口と同じものだ。


 アリエルはハイペリオンと名付けられたドラゴンをペットにして飼うことになった。

 旅の道連れにまたメンバーが増えた。

 まだ子どもだからあんまり外に出せないけれど将来有望なのは間違いない。さすがにこの子を日本に連れて帰ったら大変なことになるんだろうけど、アリエルのマナが足りているうちは大丈夫だろう。





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