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03-21 安寧のひと時


 パシテーが花を散らしながら行ってしまってから沈んだ雰囲気のフェアル村。

 村長タキビは先日アリエルにもらった鹿から剥いだ皮を黙々となめしている。考え事をしながら作業をしていると、村の老人が岩山の神殿の方を眺めて、わずかに森の空気が変わったことを知らせた。


「いま何か光らんかったかえ?」

 村長タキビは振り返って立ち上がり、目を細めて岩山を仰いだ。


 村人たちはみんな、アスラ神殿から北の地に向かったという男女のことを心配している。もしあり得るならば、精霊さまの気まぐれで生きて帰ってくれたらと。


「ふう、私も彼らの帰還を望んでいるのだな」


 アスラ神殿はフェアルの村ができる前からここにあった。爺さんたちの時代には、神々の道と言われ、神々にしか通れない道があると言われていた。


 神々の道は、万年に届くかという遥かな古代、神によって作られたという。

 年寄の中にはエルフの女神ゾフィーが作ったという者もいる。だが、ゾフィーという神が本当に居たのかどうかも分からない、存在すら怪しい神なのだし、誰が作ったのかなんてきっと永遠に分からないのだろう。だから神々の道は気が遠くなるほどの昔からそこに存在していたと言い伝えられている。


 この村に言い伝えられている話の範疇では、爺さんの爺さんが生きた時代、つまり1000年前、フォーマルハウトさまが魔導結晶を使ってどこかに転移したのを最後に、以来誰もアレを使ってこの村に訪れた者などいなかったから、さすがにもう壊れたと思っていたのだが。


 このフェアルの村では、いつの間にか客人の来訪を知らせるチャイムがわりに、女性の黄色い悲鳴が聞かれることになったようだ。


「ギャアアアアァァァァァ! ムシ! ムシキライなのよーっ!」

 食用虫コロニーの方で黒い煙のような触手が立ち上がって、恐らくまた虫が肉に交換されるであろう合図の悲鳴と、鳥たちが驚いて飛び立つ羽音が響いた。



「ははっ、毎度毎度、かしましい人たちだ。だが、帰りを待っていた身としては喜ばしいが……、まったく、トミーとマツ! お前ら走って行ってエメラルドキャタピラーの被害を調べて報告しろ」


 岩山に続く道に皆が集まって来た。村の新しい住民のセキとレダも走ってくる。

 何を隠そう、フェアルの村の人たちはみんなアリエルたちを心配していたのだ。


「こんなにも人を心配させたのだから。しっかり土産話でも聞かせてもらわないとな」



----


「村長さん、ただいまなの。心配かけてごめんなさい」

「あちゃあ、すみません。50ほどやっちゃいました。おい、ちゃんと謝れよ。弁償するのは俺なんだから」

「うーっ、悪かったのよ。柔らかいのと足が多いのは苦手なの」

「すみません、今回はうちのアホが手加減せず暴れたんで、鹿x5とガルグx5ぐらいで良いでしょうか。申し訳ない」


「いやいや、構わんよ。タレスさんが素晴らしいやじりを打ってくれるからね、ここ数日で前より鹿や猿を簡単に狩れるようになって、皆が飢えなくて済むようになったんだ」



「む、あいやまたれよ……こちらのお嬢さんは……おおっ、もしかして精霊さまをお連れになりましたか! ようこそフェアルの村へお越しくださいました。精霊さま」

 村長さんといつも一緒に居ることが多い爺ちゃんが てくてくの正体に気が付いた。

 アリエルには普通のエルフと、憑依されたエルフの違いなんて全然分からないのに。エルフにしか見えない何かがあるのだろうか。そういえばアムルタを旅してた時パシテーも一発でエルフ混ざりということがバレた。なにか見分けるポイントがあるんだきっと。


「マスターの従者になった精霊の てくてくなのよ。よしなに」


「兄ちゃん帰って来たー。おそいー」

「あーレダ。遅くなったけど帰ってきたよ。どう、フェアルは気に入った?」

「うん、ここ好き。空気も水も美味しいし、みんな親切だし、それにね、テルもセリムもタリサも、みんな傷がなくて綺麗だし、それにね! 外に出て遊んでもいいんだってー」


 レダは何よりもコソコソ隠れるでなく、みんなと外で遊べることを喜んでいる。

 この村に受け入れてもらえたことが何よりも喜ばしい。


「そうか。みんなと仲良くするんだぞ」


 てくてくを連れて帰ったことで、フェアルの長老も村長も、アリエルたちに何があったかを察してくれたようなので、特に詳しい話を聞かれるという事もなかった。


 アリエルたちが明日まで滞在する許可をもらってカマクラに引っ込んで、ただ疲れた体を休めていると夜になってから村人たちが『精霊さまに』たくさんの食べ物をお供えに来てくれた。


 いまてくてくの見た目は16歳ぐらいだ。ちょっと女っぽく斜めに崩した女の子座りで参列の人々を迎えた。村人たちは片手に松明を、もう片方の手にお供え物を。子どもがいる人は子どもをつれてきて、てくてくに頭を撫でてもらってる。精霊に頭を撫でてもらうと病気に負けない元気な子に育つのだとか。


 見ての通り、エルフ族には精霊信仰が残っている。

 神ではない精霊を信仰する異教徒などは人族と同じ女神の子として認められない。つまりエルフは人ではない。それを家畜にするのはまったく問題ないという傲慢な考え方。これが奴隷制度の根っこであり、神聖典教会しんせいてんきょうかいの推進する魔族排斥運動の目指すところだ。


 ならば改宗すればいいなどという簡単な問題ではない。

 人族が崇める神は女神ジュノーであり、その美しい姿は人の姿である。

 獣人のように爪も牙も伸びてはいないし、エルフのように耳が尖ってるわけでもない。


 女神は人族の姿をもってこの世界に顕現したと言われている。女神の子すなわち人族なのだ。


 シェダール王国の神聖典教会やアシュガルド帝国の神聖女神教団など強大な勢力を誇っているこれらの教団は、女神の子である人族こそがこの世界を支配する最上位種であるという教義を立て、エルフや獣人たちが女神ジュノーを崇めることすら禁じている。


 人魔共存は難しい。

 祖父で領主のアルビオリックスは、正室でトリトンの母、リシテアお婆ちゃんと共に順調に年をとっていて、いま50過ぎ。側室でエルフ族のオフィーリアさんはトリトンが生まれた時はすでに爺さんの側室だったのに、いまだ20代半ばの見た目をしている。200年近くも若さと美しさを保つという遅老長寿こそがエルフ族女性が好まれる最大の理由だ。


 その上、約束に対する概念が人族とはまったく違うことから貞操観念がしっかりしていることも人族の男性に好まれる理由になっている。


 しかし問題を根深くさせているのは『遅老長寿』だ。

 遅老長寿、それこそがエルフ族が差別される最大の理由なのだ。


 たとえば差別がなくなってエルフ族と人族が平等になるだけでも、人族の女は差別されるのと同等の苦しみを味わう。結婚してから30年そこそこ生きただけでピークを過ぎ、老化して子を産めなくなる人族の女よりも、200年の長きにわたってピークを維持し、ひとたび結婚の誓いをたてたら歳をとって死ぬまで愛し続けてもらえるのだからエルフ女に愛情が傾くのは仕方のないことかもしれない。


 更にはそのエルフ女性のほうも、肩幅が狭く、ヒョロっとして背が高いだけの同族エルフ男性よりも、筋骨隆々で逆三角形の肉体を持つ人族男性を好む傾向があるのだから、今のこの時点で既に、人族とエルフ族、両種族とも『種』の存亡に関わる危機的な状況に陥っている。


 アリエルは外見14歳のガキだが、中身は立派な中年オヤジで、ちゃんとこの問題を考えてはいるけれど、なかなか難しい問題なので答えが出せないでいる。


 表立って他国の奴隷制度に反対しないから戦うこともしないし、弱いものを救ったりもしない。ただ目の前にある胸糞悪い現実にだけはNO!を突き付けてやる。それだけだ。


「マスター、なに考え事してるのよ。食べきれないんだから手伝うのよ」

「セキとレダにも手伝ってもらわないと、こりゃ無理だよ」


 村の男どもがリュートを引っ張り出してきて音楽を奏で始めると、キャンプファイヤーを囲んで、なにやらダンスパーティになってしまった。パシテーは村の男どもに大人気だし、アリエルはなぜか村のガキどもが束でくっ付いてきて離れないという謎の人気ぶりに困惑している。

 そもそもエルフ族の子どもは人族をみると警戒して自ら近付いてくることはない。ここに来たときもそうだったはずだ。


「ははっ、精霊王は子どもたちの憧れなのだ。いつの世でも」

 村長に言われて気が付いた。なるほど自分もとうとう精霊使い、または精霊王なんて呼ばれる資格を得たらしい。

「俺は精霊王だなんて思ってませんよ。てくてくは友達です。倒したとか使役してるとか、そんなことではないんですよ。俺は勝てなかったし、てくてくは俺にくっついて山を下りて来ただけです」


「謙遜召されるな。プライドが高くて気難しい精霊さま自らが従者と言ったのだから、あなたは紛れもなく精霊を従える資格を持った王なのです」


 王か……。

 アリエルは王になったと言われて少し表情が曇った。

 記憶の隙間から何か、鼻に抜けるような、懐かしい匂いを感じる……、そんな言葉だった。


「マスター、千年ぶりの村……アタシこの空気スキなのよ」

「俺も好きだな。本当に心が癒される」


 宴もたけなわ

 皆が火を囲んで踊っているところ。ようやく満月が天頂に昇りつめたらしい。遥か天空から優しい光を放っていて、アリエルは静かに月光浴を楽しんでいた。


「アリエルさん、何をしてるの? 踊らないの?」

「ああ、セキさん。今は月を見てるんだ、ほら見て、月はこんなにも優しく、この村の人たちを見守ってくれてる」

「へえ……、アリエルさんて詩的なんですね」


「そんなことはないさ。タレスさんがキミたちのお母さんを探しているように、俺もね、女の人を探して旅をしてるんだ。名前はミツキ。俺の国の言葉で、今夜みたいな美しい月っていう意味なんだよ。ほら、暗い夜でも、道を照らしてくれるだろ」


「ふうん。やっぱアリエルさんは詩人よね。普通は夜よりも昼の方が好きっていう人多いし、月よりもお日さまに祈りを捧げるわ」


「そうかな。じゃあ俺は変わり者なんだよ。きっと。ははは」


 セキといい感じに月の話をしていたら、ちょっとふくれっ面のレダがきて手を掴まれた。

「兄ちゃん、踊ろ!」

 レダに手を引かれ、強引にキャンプファイヤーの前に引きずられていくと、踊ろうなどという。

 まさかこんなにも小さな女の子に踊りを誘われるなんて思ってなかったから、踊りの練習をしていない。まるで、これっぽっちもだ。


 踊ったことなんて前世も含めてまったくない。もちろん踊りたいと思ったことも同じだけ、ない。

 きっと女にモテるような顔立ちをしてたり、社交性の高い性格だったならステップの一つでも覚えていたのかもしれないが、まったく踊れない。


「おっ、俺、踊れないってば」

「私も踊れないけどいいの」


 ただ向かい合って、両手で、手と手を取り合って、グルグル回っているだけのふたり。

 とても踊りだなんて言えないけれど、レダがキャキャと感極まったように歓び笑っているので、周りに居る人たちの眼差しもとても優しい。


「あ、そうだレダ。地面を滑ってみようか」

「あっ、肩車してー」

「ダメだよ、レダは俺と踊るんだ。いいかいほら、兄ちゃんの手を取って、そう、マナを流すよ。ほら……、浮いた。このまま……」


「わあ……すごい」


 アリエルがマナを流して、レダにアシストすることで[スケイト]を起動させた。

 キャンプファイヤーの周りをお互いに手と手を取り合ってくるくる回りながら、アイススケートのように滑って回る。回ってるだけで楽しくなってくるのが不思議だが、アリエルが大人気なく大喜びしていることに、パシテーは少しだけホッとした。


 ゆるーい時間が流れていく。

 てくてくの姿が20歳になってしばらくすると井桁に組んだキャンプファイヤーの火が消え、各々がみんな自分たちの帰る家へ帰っていった。


 アリエルはそこそこ出っ張ってきたてくてくの胸を見て言った。


「もうそんな時間か」

「失礼なのよ! アタシの胸は時計じゃないのよ」


「えーっ、視線わかるの?」

「女なら胸を見られてるときは100パー分かるのよ。もしかして女を甘く見てるのかしら?」


 てくてくは、深夜0時が20歳の大人バージョン。

 昼の12時が8歳の女児バージョンへと、刻々と見た目が変化する。これは死体に憑依したとき闇魔法の弊害が出て後遺症が残ったんだと てくてくは言うけど、そんなアホな後遺症、聞いたことがない。

 12時間で12年分を大きくなったり小さくなったりするわけだ。まだてくてくとの付き合いは浅いのだけれど、てくてくを見ただけでだいたい今何時なのか分かるようになってしまった。


 いや、正確にはてくてくの『胸』なのだが。


 いまは20歳ぐらいなので、だいたい深夜の0時ごろ。まさかてくてくに時計なんていう便利機能が搭載されているとは考えてもみなかったのだが、時計を小型化する技術のないこの世界では貴重だ。


 そういえば子どもの頃、『属性なんかないんだ説』を高らかに提唱していたっけ。

 でも今は『魔法なんでもあり説』を推してる。


 『属性なんかないんだ説』で、このてくてくを説明できる気がしない。


 自分の再生能力とタッチヒール含めた回復系の魔法ぜんぶが訳わからず説明できないし、属性精霊と、あと闇魔法なんてサッパリ。[ネスト]なんての、これも魔法生物に限定した異次元ドアなんだろうし。作り方よりも、魔法生物に限定する方法を知りたい。

 てか魔法生物ってなんだ? 前提からしてワケが分からん。


 カマクラの中、寝支度を整えながら明日以降どうしようかと考えている。なにしろ異世界に転移する手掛かりを失ってしまったのだから。また情報収集からスタートだ。


「なあ、てくてく、あの神殿の転移魔法陣は北・西・南だけが使えて、東と中央が使えなかったよな。中央ってどこに繋がってるの?」


「知らないのよ。だってあの魔法陣は魔導結晶を消費するからネ。ちょっと移動するのにいちいち魔法陣使ってたらお金がいくらあっても足りないのよ。アタシの知らない間に魔導結晶が安くなりでもしたのかしら」


 てくてくの言葉を聞いて、パシテーが驚いたような声を上げた。

 いまの今まで気が付かなかったらしい。

「えっ? え? ええ――――っ! 兄さま、ごめんなさい。兄さまの指輪についてた魔導結晶が無くなってるの……。どうしよう……」


「ああ、いいよ。それは師匠にもらったもんだ。それのおかげでパシテーも魔法陣使えたんだろ? じゃあ、明日は魔導結晶を補充しに街のほうまで行こうか。で、高いのこれ?」


「うん、すっごく高いの。兄さまごめんなさい、まさか消えてなくなるとは思わなかったの」


「いいよそんなの、どうせ知っててもお前は来ただろうしな。だけどなパシテー、もし俺がそこに居なかったらもう戻れないってことまで考えてなかったほうが問題だ」


「えーっとマスター、お布団がひとつしかないのよ?」

「ああ、てくてく、おいで。一緒に寝るんだよ」

「えーっ、マジなのよ? どしよ、アタシはいいけど、この子が目を覚ましたら絶対に激高してアタシ殴られるのよ。卵が孵ったら困るけど[ネスト]で寝るとするのよさ」


 てくてくの言う『この子』というのは、てくてくの以前のマスター、いまは死体になっててくてくに憑依されているアリエルのことだ。テックが身体を乗っ取って男と寝てることがバレたらマジギレされると、そういう意味だ。名残惜しいけれどそれは仕方がない。



~~~ ☆彡 ~~~


 フェアルの朝は鳥のさえずる声が騒音に聞こえるほど騒がしい。

 パシテーはいつものように少し寝過ごしてから身だしなみセットで出立の準備を整えていて、アリエルはパシテーが準備できるまで、いつものように剣を振ってる。てくてくはというと、まだウトウトしているようだ。闇の精霊は夜行性だから朝は苦手なんだとか。朝ごはんも要らないらしい。


 朝食はワンパターン化してるけどパンとベーコン。食べ終わっても起きてこないので、てくてくを[ネスト]で寝かせたまま出発することにする。



「村長さん、長い間ありがとうございます。お世話になりました」

「いや、礼を言うのは我々の方です。パシテーさんもどうか息災で。また近くに来たときはぜひ寄ってください」


「ああ、そうだな、またセキとレダの姉妹の顔でも見に来ますよ」

 朝早いというのにタレスさん家族含めて10人以上が村の東側まで見送りに来てくれた。エルフはプライドが高くて気難しいというのが定説で、人族を村に入れて歓迎するなんてあまり考えられないのだけれど、アリエルは歓迎された。だいたいどこに行っても揉め事のほうがついてくる体質なのに、たまにはこんなことがあってもいいなと、そう思った。


「兄さま、ネーベルまでの距離はどれぐらいなの?」

「ざっと千キロだけど、途中で地図に載ってないような集落とか見つけたら立ち寄って道を間違えてないか確認しながらゆっくり行こう」


 アリエルたちは広大なフェイスロンドの平原を、一路ネーベル方面へ向かって旅立った。


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