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03-15 大精霊テック その3 【注:R15】★

主人公が精神的に追い込まれます。そこそこキツい表現があるのでご注意ください。

その場合、03-18 大精霊テック その6 にお進みください。



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 気が付くとアリエルは腕組みをしたまま、またぞろあのくそ暑い炎天下に立っていた。


「ここはどこだ?」


 草の匂いが強い。


 セイタカアワダチソウが茂ってて、自分よりもずっと背が高くて、あれ? セイタカアワダチソウってこんなに背が高かったっけ?


 首からたすき掛けに虫かごをぶら下げていて、中にはカマキリやショウリョウバッタが入ってる……ということは、捕虫網なしの素手で虫を捕って遊んでいるようだ。一つの虫かごに入れる虫の組み合わせとしては最悪なんだけど……。


 足もとを見てみると、幼児期に人気のあった戦隊ヒーローがプリントされた汚い靴を、靴下も履かず、直に履いてるのに少し驚いた。


 そういえばガキの頃ってこんなだっけか。

 何しろ、履いてる靴に見覚えがあった。いろいろと思い出の詰まった靴なんだ。

 美月に「子供っぽい靴」ってバカにされたことを覚えてる。この靴は、いまはもういない、おばあちゃんにねだって買ってもらた靴だから、小さくなり履けなくなって、捨てられた時のことも、いまだに覚えてる。


 かぶってる帽子を脱いで確認してみたら、オヤジがどこかで見つけてきた昔のプロ野球チーム、南海ホークスの帽子だったし、辺りを見渡してみると、ようやく思い出した。この場所にも覚えがある、ここは、海浜公園が出来る前の空き地、南海ホークスの帽子とこの靴からみて小学2年生ごろ。


 そしてセイタカアワダチソウの生い茂る広大な草むらに入ってカマキリを捕ってるってことは、もう夏休みも終わった9月ごろか。


 テックの攻撃でどうせまた美月のところに連れていかれるのかな? と、ちょっとだけ期待してたってのに、まさかこんな埃っぽい赤土の上に放り出されるとは思わなかった。


 テックのやつ、こんな薄れた記憶を……、この記憶の本人ですら覚えてるか覚えてないか微妙なところをよくもまあ引っ張り出してくるものだ。この記憶をチョイスしたその理由を問い詰めてやりたい。


 こんな所に居ても仕方がないし、今の自分はカマキリなんか捕っても、ひとつも嬉しくない。それがオオカマキリじゃなくて、あまり見ないハラビロカマキリだとしてもだ。


 草むらを出て家のほうに行くか、それとも海岸のほうに向かうべきかと考えていたら、向こうのほうからなにか話し声がする。聞き覚えのある声に警戒して身をかがめ、草の影から覗いてみると、特徴的なボーダーシャツを着たデカい奴を先頭に3人がこっちに向かって歩いてきた。


 いつも俺をイジメてた2コ年上の、あれはガンツだ。

 岩津いわづだからガンツ。ゲンコツでガツーンと殴ってくるからガンツ。

 いろんな意味でガンツというクソ野郎、それがガンツ。


 ガンツとあと、オマケの取り巻き2人がこっちに歩いてくる。


 ガンツには嫌われているらしく、見つかったらほぼ間違いなく殴られる。大人や美月がいるとおとなしいもんだが、誰も見ていないところでだけ殴りに来るという、その嫌らしさも大嫌いなところだ。


 イチャモン付けて絡んでこられるならまだマシ。こいつはまず手が出てくるから苦手なんだ。体も大きいし、逆らってもまるで勝ち目はない。


 セイタカアワダチソウの草むらの中に身を沈めて、ガンツたちが立ち去るまで息を潜めてやりすごす。

 気づかれてない、気づかれてない……。目の前を通り過ぎるガンツたちを息を止めて見送る。


 深月みつきが隠れていることに気付かず通り過ぎていくガンツ。


 ホッとした。

 だいたいガンツのバカ野郎は、イジメっ子なんていうカテゴリから外れて狂ってるとしか思えない。見つからないうちにとっととこの場から逃げてしまいたくなった。さっきまでは海岸に出て、久しぶりにテトラポッドにでも座ろうかと思っていたけれど、そんなまったりとした気分はガンツの登場により、どこかに吹っ飛んでしまった。今はただ家に帰りたい。


 恐る恐る、草むらを出ようとしたその時だ。



―― ボクッ!


 尻に大きな衝撃があり、前に吹き飛ばされてゴロゴロと転がってしまった。

 まったく、気配察知に頼り切っていた自分が情けない。不意打ちを受けたけれど、さすが中身はおっさんだ。回転レシーブよろしく、完璧な受け身でダメージを最小限にとどめたけれど、体中砂埃まみれになってしまった。


 振り返っていま自分が飛び出した草むらを見ると、思った通りガンツと2人の取り巻きが居て、ニヤニヤとせせら笑っている。せっかく息を殺して茂みに潜んでいたというのに、背後に回られたことに気付かず、どうやらケツを蹴っ飛ばされたらしい。



「おお、いいもん見つけたよ。サガノボールだ。サッカーしようぜ。サッカー」

 そうか、お前たちの感覚では、嵯峨野深月さがのみつきはボールか。人間扱いされてないと思っちゃいたが、動物ですらなかった。


 囲まれてしまってその後は3人のガキ大将どもから蹴られてるのか踏まれてるのか分からないほどの酷い仕打ちを受けた。本当に踏んだり蹴ったりという言葉の意味がストレートに理解できるほど酷い目にあわされている。首から下げてた虫かごはビニールの紐を引きちぎられて、どこかに投げ捨てられた。


 ガンツはこのまま成長して、高校に入ってもラグビー部のエースだった。

 身体が大きいから、強いから、自分のしていることがどんなことなのかも分からないアホに育った。


 圧倒的な力を持つ者から不条理で執拗な暴力をうけるということが、いったいどういうことなのか、まるで想像できないのだろう。こいつには、身体が小さくて、弱い者の気持ちなんて、一生かかっても理解できない。


 嵯峨野深月さがのみつきは殴られるまま、蹴られるまま、されるがままなのだけど、さすがに中身は本物の戦争を経験している30過ぎのオッサンなのだから、泣き喚くでもなく冷静に攻撃を受けて、捌けるものは捌く。派手に踏んだり蹴ったりされながらも、カメのようにガードを固めて受けるダメージを最小限にとどめている。


「何やってんだコラァ!」

 深月みつきがガンツに虐められていると、だいたい50%ぐらいの確率で現れてくれるヒーローの声が響いた。



―― バン! バンバン!


 ガンツの取り巻きのひとり、瀬戸口のボケが、角材で容赦なく殴られていて、カメのようにうずくまってしまった。いままでの深月みつきがそんな目に遭わされていた。カメにされていい気味だ。


 ガンツは一発肩を打たれただけで一目散に逃げ出し、いじめっ子のボスが逃げたことで他の2人もダッシュで逃走してしまった。この年代は女子の方が成長が早いから、女のほうが強いんだ。


 ボコボコにしばかれてるところを助けてくれたのは、もちろん子どもの頃の美月だった。どこで拾ったのだろう、小太刀ほどのサイズの角材を持っていて、トントンと肩を叩くように担いでいる。


 まるで一仕事終えたガテン系のおっさんみたいに不敵な態度。その背中まで届く長い髪が懐かしい、こんな出会いもあるんだ。


「やあ、久しぶり。子どもの頃の美月みつき。俺のヒーロー。いつも助けてくれてありがとうな」


「何言ってんのよ? 頭でも打った?……深月みつきも剣道習いに来なさいよ。そしたらあんな奴らに絶対負けないのに」


「俺はケンカとか争い事には向いてないんだよ」

「ケンカとか争い事を避けるために強くなるって話よ。あいつら仲間を呼んで来たら面倒だし、もう帰ろ」


 美月は今人を殴ったばかりの角材を投げ捨てて、車の通ったわだちに水たまりが残る、ガタガタに荒れた道を歩き始めた。小石を蹴ったり、また別の棒を見つけて拾い上げてみたり。まったく落ち着いて歩くこともしないなんて、美月らしいというかなんというか。もう思い出せないような細やかなところまで再生して俺に見せるテックの術の完成度に驚きを隠せないでいた。


 美月の着ている服ひとつとってみてもそうだ。チェックの肩ひものついたスカートに、小さな赤いリボンのついたソックスを合わせていて、なにやらラメの入ったプリントが施された薄ピンクのTシャツ。


 この映像が自分の記憶から紡ぎ出されているとしたら、こんな細やかなことまで覚えてるんだと、本当に感心してしまう。何しろ、この風景も世界も、まるで日本そのものなんだ。


 子どもの頃の景色だから、まだまだ真新しく、コンクリート打ちっぱなしの壁は、まだヒビ割れも見られない。これじゃあ夢を見せられているなんて思わない。日本に戻ったようにしか、時間が巻き戻ったようにしか思えないんだ。


 セイタカアワダチソウを根元から千切って振り回し、花粉を撒き散らしながら歩く美月の、その後ろをついていく。……いや、もったいない。並んで歩こう。美月の横顔を見ながら。


「何よ? 気持ち悪いわね」


 美月、この長い髪、いつ切ったんだっけ? 覚えてないなあ。

 この長い髪の美月が好きだったんだ。長いサラサラの髪が風になびく、デカくて、強い美月が。



 海浜公園から家まで徒歩で数分。美月の家に戻ると、玄関の傘立てから竹刀を引っ張り出してきて庭で素振りを始めた。


「ふーん、まだ上段じゃなかったっけ?」

「上段なんてやったことないよ。下段の構えはカッコいいからやってみたいけどね」


 と、美月のまだ幼く雑な素振りを眺めていたら、外の方からチラっと視線を感じた。

 ん? なんだ? いま家の前をガンツたちが横切らなかったか? なぜだろう? 美月は竹刀を持ってる危険な状態だ。こんな鬼に金棒状態の美月がいるってのに、ガンツのほうから寄ってくるわけがない。


 訝って道路の方を気にする深月は目で追うことでガンツたちを見つけた。


 やっぱりガンツだった。角の家のトコに。こっちを窺いながら隠れてるのが見える。

 深月がガンツたちの動向を怪しんでちょっと様子を見に行こうと思った矢先だった。



 突然! 白い大きな影が飛び込んできた。



―― ガウッガウガウッ!


  ―― ガウガウ! ガガガウガァァァァ!


 ハスキー犬のゴルバチョフだ!


 そういえば子どもの頃、斜め向かいの小岩井こいわいさんトコで飼ってたハスキー犬が襲ってきたことがあった。いま事実関係がハッキリした。あれはガンツたちの仕業だったのか! 本当にどうしようもない奴らだ。


 シベリアンハスキーの成犬は、小学生の美月の数倍はあると錯覚させるほどの迫力で襲ってきた。

 不意を受けた美月は吠えたてられて竹刀を落とし、ぺたんと座り込んで動けずにいた。あれほど勝気な美月の目が恐怖を湛えて狼狽しているじゃないか。今にも泣きだしそうなほどに一瞬で追い詰められてしまった。叫び声も上げることができないほどに。


 この大型犬を庭から追い出さないと……。目の前に落ちている竹刀を拾って振り回せばいい。

 よく覚えてはいないけど、確かすぐ飼い主が走ってきて助けてもらえたはずだ。



―― ガウァァガウッ!


―― キャア!


 くっ!……まさか!


 ゴルバチョフがその鋭い牙で美月にかみついた。


 最初は腕を噛まれ、抵抗するも空しく、肩や顔やにかみついて、頭をしゃくるように振り回し、牙は皮膚に食い込み、肉を裂いた。


 顔や耳、首あたりからの出血が見える。なんだってんだ!



「おい、このクソ犬! まてコラ、咬んでんじゃねえ!」


 深月みつきは竹刀を拾って振り回しても、ドツキ回しても大型犬は怯まずに美月を襲い続けた。


 あたりはおびただしい量の血が飛び散り、美月はもう抵抗する力も失ってしまった。


 俺がいくら竹刀で叩いても、蹴っても、このクソ犬、咬むのをやめないんだ。



「やめろ! やめてくれ! 美月が美月が……」


 美月がぐったりとして動かなくなったと見るや、この大型犬は次の狙いをこっちに定めて襲ってきた。



―― ウゥゥ……。


   ―― ガウガウッ!


 自分より大きな犬に、頭の上から、その鋭い牙で襲い掛かられ、皮膚を……肉を……、少しずつ失っていく感触が手に取るように分かった。


 咬み付かれたままブンブンとしゃくり上げる動作で振られると、たやすく皮膚を食い破られ、身体の奥深くまで牙が届いた。それを咬み千切ろうとまた振り回されると、首筋から熱い、ぬるっとした液体が大量に流れ出したのが分かった。


 腕の感覚もほとんどなくなり、竹刀も手から離れてしまった。今このバカ犬はガウガウと吠え立てながら勝利した興奮を隠そうともせず、左肩から首あたりを執拗に攻撃している。



「美月……ごめんよ……」


 助けてやれなくて。


 だってもう感覚がないんだ。


 美月に手を伸ばすけれど、届かない……、あと何センチか、手が届かない。


 ぐちゃぐちゃに咬み散らかされ、もう動かなくなった美月の姿を見ながら、虚ろに虚空を見つめる、大きな瞳を見つめんがら、手を伸ばすけれど、届かず。


 やがて指先から感覚が失われ、そして冷たくなってゆく。


 意識は薄れ……、遠ざかる。



 美月を守れなかった。



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