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03-13 大精霊テック その1

20170818 改訂



 知らなかったとはいえドラゴンの巣に土足で踏み込むということは、死をもって償うべき重大事案だ。

 洞窟を飛び出して炎から逃れたアリエルを追って出てきた氷龍ミッドガルド。

 

 まだ周囲をゆっくりと薙ぎ払うようなブレスが続いていて、近付こうにも近付けない。雪原を溶かすだけでは飽き足らず、奇麗さっぱり蒸発させたうえ、露出した岩盤ですら赤熱して所々融解するほどの炎が、たった一息でこんなに長く吐き続けることができるなんて。


 明確な殺意を向けてくるこのドラゴンは、招かれざる訪問者を焼き殺すため執拗なブレス攻撃を続けている。いくら精霊が人嫌いで、訪問者を試すつもりだとしても、本気で殺しに来ることもないだろうに。


 試す気ならば試してもらおうじゃないかという気になってきた。このまま呼び掛けていても話は1ミリも前に行かないのだから。



「ちょっと火を吐けるぐらいで俺を殺せると思うな!」



―― ドッバーン!


 ブレスを吐く口の中を狙って[爆裂]を転移させて起爆。


「どうだ!」


 いや、なにか防御の魔法とあれは? 分厚いバリアみたいなのがキラキラと視認できた。あれは? もしかして障壁か。それとも防御魔法か。



―― ドッドバーン!


 上部は手厚い障壁に護られている。ならば腹の下はどうだと[爆裂]を2つ転移させて起爆すると、あれだけ長くエンドレスに続いていたブレスが止まり、一瞬、喘ぐような仕草を見せた。少しでもダメージが通ったと見ていいようだ。


 次の手をどうするかと考えていたところに氷龍がクルッと背を向けたので、一瞬の虚を突かれた。

 長い尻尾を鞭のようにしならせて振る、たったそれだけの攻撃なのだが、その尻尾の先端が薙ぐ速度が尋常ではなく、尻尾を振る、たったそれだけの攻撃が見えなかった。躱せたのは偶然、攻撃を躱した後にそれが攻撃だったと認識できた。そして躱したはずの尾が起こした真空かまいたちに襲われ、頬が裂けた。


 顔の半分を持って行かれた気がした。


 サァッ……と音を立てて血の気が引いていくのが分かった。


 十分かと思っていた間合い30メートルがドラゴンの手の内だった。



「あいつ尻尾の先まで30メートル以上ある」


 出し惜しみなどしていると簡単に命を刈り取られてしまう。

 歯がカチカチと音を鳴らし、膝も震えて思ったように動かない。威圧されている? いや、威圧もあるだろう……認めたくないが、これは恐怖だ。


 おっそろしい。こんなバケモンが本当にいるなんて思わなかった。

 この化け物と比べたら、あのエーギルが熊本出身のゆるキャラにしか見えない。



 だがしかし、アリエルはこのドラゴンと対峙していて、奥歯がガチガチと震えるほどに恐怖しているというのに、逃げようなどとはこれっぽっちも考えなかった。

 何だろうこの気持ちは、強敵と相まみえる喜び? なんだかワクワクする気持ちが勝って、この場を離れたくないと思った。ドラゴンと戦うと決めてから集中力が増している。魔法の威力も精度も上がってるように感じる。


 こうなったら総力戦だ。ありったけをぶつけてやる。

 [ストレージ]に収納してある[爆裂]をありったけ引っ張り出して、片っ端から起爆してやる!


 [爆裂]x5腹の下に

 [爆裂]x8腹の下に

 [爆裂]x4頭に

 [爆裂]x8腹の下に

 [爆裂]x4頭に



―― ドドドドガッ!


 ―― ドドドド……ォォォゥ



    ―― ドドドドガガッ!


       ―― ドドドバ――ン!




…… グァギャアァァァァー!



 [爆裂]が生み出す衝撃波の波状攻撃に、さすがのドラゴンも相当なダメージを受けたようで、倒れようとするところ、追撃にはついこの前打ったばかりの愛刀『美月』を抜き身のまま取り出して首を狙った。



―― ガッガッ………


  ―― ガガガッ!



 二撃、三撃と連続攻撃。首、頭から胸まで急所を重点的に狙うがすべて弾かれた。

 作ったばかりの剣、初の実戦投入がドラゴンなんて最悪の試し斬り相手だ。森丘のなんたらクックとは格が違いすぎる。



 …… !?


 ドラゴンが息を吸い込んだ。ブレスが来る!



「くっ!」


 緊急回避的にバックダッシュを重ねブレス圏外に出る。[スケイト]があってよかった。これは避ける躱すではなく、逃げるための機動だ。ブレスを吐き出す前に、こいつの前から逃げてしまえばいい。


 ドラゴンの攻撃の間合い、ブレスの間合いから逃れるのを、まるで追いかけるように、ものすごい量と密度の炎を吐き出すドラゴン。だがそのブレスは、この小さな敵に対して何か狙っている訳ではなく、ただアリエルの接近を嫌っての行動だった。


 [スケイト]での高速戦闘に対応できず、アリエルの動きを捉えられない重量級のモンスターは、ただ一撃でも攻撃を当てれば勝てるはずが、そのたった一撃が当たらない。


 これまで何千年も生きてきて、こんな経験は初めてだった。攻撃しても躱され、次の瞬間には防御魔法や鱗皮の防御力で防御できない内臓や脳を狙いすましたように[爆裂]が確実なダメージを与えるのだ。


 図らずもアリエルの戦闘スタイルが、ドラゴンに対する戦闘を有利に導いた。


 更に、[スケイト]で自由に動き回れるだけの広さの平坦地であったことと、このドラゴンがこの洞窟の入り口を守らねばならない絶対の理由があったことで、飛行し上空からのブレス攻撃という常勝の戦略を選べなかったことに加えて更に、もともと消耗して弱っていたという最悪の条件が重なったため、アリエルとの戦闘でいちいち後れを取ってしまうのだ。



「氷龍なんていうもんだから吹雪とか氷結ブレスとか吐くと思ってたんだけどな、なんだよ、白いだけの、ただのドラゴンじゃねえか」


 などと悪態をつくだけの余裕が出てきた。アリエルがノッてきた証拠だ。こうなるともう止まらない。

 ただミッドガルドの攻撃パターンが読めてきただけなのだが。読めるとなると攻撃にも余裕が生まれてくる。


 [爆裂]じゃあ、なかなかとどめにはならない。やはり剣でぶった斬ったほうが早そうだ。


 握った剣は美月みつき愛刀美月あいとうみつき。剣の持つポテンシャルはきっとこのドラゴンの防御力を斬り開いて、肉と血管を断てるはずだ。だけどそれを振るう者に実力が伴っていないんだ。


 この刀は以前から使っていた長剣と比べると切れ味は良くなっているのは確実なのだけれど、この刃長140センチの野太刀は振り回すだけだと龍鱗のガードを抜くことはできない。刃物を刃物として使えないなんてみっともない。天才少年剣士なんてやっぱり引退だな、などと自嘲気味に嗤う余裕があった。


 落ち着いて集中し、刃を可能な限り垂直に立て、踏み込んで切っ先を差し込む技術がないと強敵には通用しないことは分かっていたはずなのに。


 こういう時、頼りになる魔法は……、[爆裂]しかない。


 他にはないのだ。


 [爆裂]しかないのだから[爆裂]にすがるしかない。


 そう思って今まで鍛錬してきた。



 1発でダメなら2発。

 2発でダメなら10発。

 10発でダメなら10000発を投入してでも莫大な体力を全部削り切ってやる!


 どうせ自分には[爆裂これ]しかないのだから。



―― ドッゴォ!


  ―― ドッガガッドオオォォン!!


 氷龍ミッドガルドがブレスを吐いる間、高速機動で避けながら、[ストレージ]に用意してない大きめサイズの[爆裂]を作ってそれをミッドガルドの胸にへばりつけて起爆させる。


 この距離でその規模の[爆裂]を起爆すると術者であるアリエルも無事じゃあすまない。衝撃波に襲われてフッ飛ばされる。右肩、腰、右ひざと体のあちこちにダメージを受けた。


 呼吸は、できる。腕も、右腕と肩が痛いけど、あがる、回せる。

 足も、フッ飛ばされたときに膝を擦りむいたようで、ズボンが破れてしまったけど、大丈夫。動く、[スケイト]で滑るのに不具合はない。だけど耳は……たぶん数分は役に立たない。


 近かったのか、それとも[爆裂]が大きすぎたのか、またはその両方か。

 自爆でダメージを食らったけれど、さすがの氷龍も内臓にダメージを受けたようで、ブレスが止まった。今の攻防だけを見ると痛み分けといったところか。


「ブレスの弱点は、吐いてる間は前が見えないことだ」


 胸に大きな衝撃波を食らって息を吐ききってしまった氷龍ミッドガルド。

 己の吐いた轟炎が晴れると目前で上段に構えて静かに呼吸を整えるアリエルと目が合う。ミッドガルドの不幸はこれまで対等に戦えた相手が居なかったことだ。今まで本気で戦ったことがなかったので、当然、自分の実力も限界も知らない。初めて出会った好敵手の力量を推し量ることも、不利な状況で戦う愚も知らなかったのだ。


 アリエルは最速の踏み込み、最速の剣で氷龍ミッドガルドの首を斬り裂き、致命傷にあたる動脈を切断した。あれほどに堅い鱗皮の防御もひとたび抜かれてしまえばあっけないものだ。


 ミッドガルドは大量の血液を撒き散らしながらまだブレスを吐こうというのか息を吸い込もうとしたが、それは吐血に変わり、ここに勝敗が決した。


 ほどなくして崩れ落るミッドガルド。

 その青空のように澄んだ瞳は、眼光が失われても己を倒した好敵手を見据えている。


 アリエルは戦意を失い、死に逝くミッドガルドに歩み寄り、そして問うた。



「精霊テックよ、これで合格かな? 俺の望みはあなたと話をすることだ」


「外が騒がしいからと出てきてみれば、アホがいるのよ」


 考えても居なかった方向からいきなり女の子に声を掛けられ、ビクッとして身構えてしまった。

 声の主は、洞窟の奥へ続く通路から出てきた妖精っぽい女児だった。あれは人でもエルフでも獣人でもない。パッと見ただけで種族が推し量れない。気配ではたしかにマナの放出を感じるけれど、人の気配じゃない。大きい小さいとかじゃなく、明らかに異質なのだ。いきなり気が付かないうちに、これほどまで接近を許してしまったことに驚いたアリエルだったが、それがどうやら自分の探している精霊だったらしい。


「へ? もしかしてこのドラゴンに化けてませんでした?」

「騒がしいから文句を言いにきただけなのよ。アホの相手はしたくないの」


 なあんだ、ミッドガルドってば普通のドラゴンだったわけだ。


 ……。


 ……。


 ……っ!!



「マジ?ちょ、龍の血、血が流れてしまう。これすっごく高く売れるのに」


 龍の血。それは猛毒とも不老長寿の妙薬ともいわれ錬金術師に重用されてきた、無暗やたらと高価なブルジョワなアイテムだ。龍と戦闘してこれを持って帰らない理由はないのだが……、大量に流出する血液を受ける樽も持ってない……。


 こぼれた分は仕方がないので、倒した氷龍は[ストレージ]に仕舞って持って帰ることにした。

 竜の鱗や、鱗皮、角や爪、牙やら翼膜やら、ドラゴンは全ての部位がむちゃくちゃ高く売れるらしい。

 実際にどれだけの値段になるのかは知らないけど、相当な額になるはずだ。


 たったいま倒したばかりの、まだ温かいドラゴンを[ストレージ]に収納すると、くるっと回れ右でテックに向き直った。


「さて精霊テック、ちょっと俺と話をしよう」


「なんなの? アナタ、もしかしてアタシとミッドガルドを間違えたのかしら? はあ、信じらんない失礼なアホなのよ。でも、驚いたわ。アナタ人族ね? そんな若い身空でよくぞ龍族を倒せたわ。この洞窟にあのトカゲが住み着いたせいでアタシ安眠できなくて困ってたのよ」


 氷の洞窟の奥にある薄暗い部屋を守るように立ち塞がる少女は、身長1メートルぐらいか。薄翠色の肌と、緑色が暗くなって、光を反射しないエメラルドのような髪をポニーテールに縛っていて、くるぶしまであるマキシ丈のワンピースを着た妖精のようだ。


 子供のころ、ベッドでビアンカが読んでくれた絵本に出てくる精霊と出で立ちは似ているが、この精霊に似た少女からうっすらと放たれる闇の瘴気がその正体を『よくわからないもの』にしている。


 薄翠色の少女は、これ以上奥に行くなとでも言いたげにアリエルを制止した。

 暗さに慣れてきた目を凝らして奥を見ると、狭い通路の先にはクリスタルのような薄ぼんやり光る照明装置? の傍ら、若い女性? が氷漬けになって、氷柱の中に閉じ込められている? いや、気配をまるで感じないのだから、あれは遺体なのだろう。


「アタシに何の用?」

「ここに精霊テックが居ると聞いたんだが、お前がそうなんだろ?」


 薄翠色の少女は、はぁっと大きくため息をついて、とても面倒そうに言った。


「そう、アタシはテック。アタシを使役したいなら力を見せることなのよ」

「面倒クサそうだなおい、俺はお前を使役しようなんて考えてないよ。ただ聞きたいことがあるだけなんだ」


「例外はないのよ。アタシは何も答えないし、何も教えないのよ。聞きたいことがあるならアタシに勝って従者にしてから聞けばいい。アタシ、アナタなんてキライなの。今すぐ立ち去るがいいのよ」


「戦おうなんて考えてないってば。でも、その奥にいる女性の事は気になるな」

「それもアタシのマスターなれば知れるコト。用がないならここを出て振り返らずとっとと帰るのよ。そしてもう二度とここに足を踏み入れないの。アタシは誰とも会いたくないし、誰とも話したくないのよ」


「んー、お前な、さっきから見てるとさ、どんな契約があるか知らないけど、その氷漬けになった女の子を護ってるよな? 俺がやる気になって、お前負けたら従者になるんだろ? その女の子どうすんだよ?」


「フン! 甘く見ないほうがいいのよ。アナタなんてどうせアタシに負けて死ぬわ。精霊アタシを使役しようなんて欲深者には死の運命しかないの。それに、この子は……、ただの亡骸。かつてエルフの女の子だったモノ。ここで千年の間、ずーっと見てても、この子はもう息をしない。もうアタシの名を呼ぶこともないのよ」


 テックが女性の遺体に視線を移すと、招かれざる客に対するその挑戦的、挑発的な眼光は消え失せ、一転してその表情は寂しさに支配されてしまった。


 女性がもう動かないと話すその言葉は愛しさに溢れていたが、その実、諦めと孤独が満ちていた。



「なんだよ、お前も寂しいのか」

 たった10年そこらボッチだっただけでひん曲がってしまうような弱い心しか持っていないアリエルには、きっと一生かかっても分からない孤独なのだろう。


「分かった、お前を殴り倒して、ここから連れ出してやる。そしてお前は自由になれ。……よし俺は決めたぞ。テック、お前と戦おう」


「未熟者のくせにアホなのよ。でもその意気やよし。なればアナタの後悔を紡ごう」


 そういうと、テックの身体から黒い何かが暴河の濁流のように噴出し、洞窟の空間全てを巻き込み、アリエルは闇に包まれた。


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