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03-10 遥かフェアルの村へ (改訂)


 我ながら安全確認せずによくもまあ転移魔法陣に乗っかったもんだと思うけど……、成功したのでよしとしよう。結果オーライという言葉はとても清々しく胸に響く、とても素敵な言葉だからだ。


 転移魔法陣をセットされた石板の上に、たくさん覆いかぶさっている植物を、パシテーの魔法で簡単に除去すると。アリエルは少し集中して遠くの気配を探ってみた。


 どうやらこの岩山の麓に村があるようだ。


「なあ、この先に村がある。行ってみよう」


 放置された岩山の登山道を降りて、うっそうと茂るジャングルにつけられた獣道を歩き、人の気配が近くなり、集落の入り口っぽい柵が見えたところで何かが動いた。


―― ドサッ……ドサドサドサッ!


 気配なんて感じなかったのに!

 目の前になにか緑色の物体が落ちてきた。


「ヒイイイィッ!! ヒャアアアアァァァァ!!」


 初めて聞いたパシテーの悲鳴。足元には1メートルはあろうかという超巨大イモ虫が落下してウネウネしている。



―― ドサリ! ドサドサドサ!


 次々に落ちてくるイモ虫たちに後頭部の毛が逆立った。

 何しろアリエルは前世の日本人だった嵯峨野深月さがのみつき時代から芋虫、毛虫という柔らかい虫が大嫌い。パシテーが見ていなければ、その悲鳴は自分が上げていたぐらいだ。


 パシテーが6本の短剣を操り、目の前のイモ虫たちを切り刻んで駆逐してゆく。

 こういうことろがパシテーの強いところだ。アリエルには絶対に無理。


 なにしろ虫が嫌いだから、虫に驚いたからといって、そいつを潰してしまったらもっと気持ちの悪いものを見ることになるんだから。そりゃあ自制心も働くってもんだ。たとえニートでも自制心は働く。


―― ぐちょっ、べちょっ! ぐちょびちょ!


「ヒェェェェェェ!」


  ちなみにいま鮮やかなエメラルドグリーンの体液を浴びたのはアリエルだった。

  なんだか変なにおいするし……。気持ち悪いし。なんだか生温かいし……。


 パシテーの悲鳴を聞きつけたのか、人の気配が慌ただしく動き、真っ先に飛び出してきたのは弓を持って構えた男たちだった。期待していなかったが、やはり人族ではない。なで肩で首が長く、ひょろっとした高身長で、緑の髪とその耳に最大の特徴がある……。エルフだ。


 男たちはアリエルに向かって弓を引き絞って威嚇する。


「すみません、敵対の意志はありません。パシテー、剣を収めて」

「嫌なの、全部綺麗にふき取ってからじゃないとシースに付くの」


 手を挙げて降参のポーズを決め、戦う意思のないことを宣言しておく。まあ、魔法を無詠唱で使える二人にとって、手を上げるという降参のポーズは全然意味がないのだけれど。


 あたりには15人ほど集まってきた。目で見ようとしても見えにくいという隠密の技術を使っているようだが気配を消す技術を使っていないのでよくわかる。


 遅れてきた男が露骨に剣を抜いて威嚇しながら、一歩前に出てきて言った。


「……? ヒト族がこんなところで何をしている!」


「俺たちはこの上にある転移魔法陣を使ってエドの村から来ました。ここまで降りてきたところでイモ虫がいっぱい落ちてきて、すみません、連れが取り乱してしまいました」


「転移魔法陣だと? そんなもの何千年もの間、誰も使っておらんはずだ。当然壊れているものと思っておったが、まあいい。ところでその虫たちは村で飼育している大切な食料なのだが、よくもまあ大量に殺してくれたもんだ。その件でも簡単に許されるとは思わんほうがいい。おとなしく村までついてくるか? それともここで死ぬか? どっちか選ばせてやる」


「おいおい物騒だな、この虫があんたらの食べ物だって言うなら謝罪させてもらうよ。俺が一人だったらおとなしく村についていって謝るが、今は見ての通り女連れだ。悪いが俺にはおとなしく他人のいう事を聞くなんて選択肢はない。15人そこらで囲んで弓を射たところで俺たちをどうにかできるなんて考えないほうがいい」


「フン、人族は奪うばかりだと思っていたが、女を守ろうと考える奴もおるのか」


 『ぬっ』と出てきた森エルフたち。藪や樹上などにいて見えにくいよう、迷彩柄の服を着ている。

 なるほど、迷彩服かよ……、そういえば日本で流行ったっけ。


「俺たちと一戦やらかそうってのか? このガキ」

「黙ってろ、この少年は女の安全が確保されなければ死ぬまで戦うと言ってるんだ」

「ははは、ヒト族にそんな骨のある奴がいたとはな」


「いま数えてみたところ、死なせてしまった虫は25。悪かった。こちらは鹿5頭と交換で弁償したいのだが、いかがか。検討してほしい」


 行きがけの駄賃で見かけたという理由で狩ったディーアをストレージから出して、パッパッパと5頭、目の前に並べて、手を挙げたまま後ろに下がった。弁償したいという意思を形にして見せた。



「鹿だと……肉か?……肉なのか」

「いまのは魔法か? ヒト族の町ではそんな魔法があるのか?」


 15人のうちの5人が木から飛び降りてきて、ディーアに群がり検分を始めた。


「どうやって持ってきたのかは知らんが、どうせ魔法なんだろう。転移してきたというのもあながち嘘ではないようだ。みんな、異議がなければこれで手打ちにしようとおもうが、どうだみんな」


 ディーアの肉に釣られ、隠れていた者たち全員が現れ、異議のないことを宣言した。

 嬉しそうに鹿を担いで森に消えて行ったのを確認すると、最初に話しかけてきた一人が神妙な顔をして近づいてきた。


「私はフェアル村の村長タキビと言う者だが、ひとつお願いがある。すまぬが、そちらの女性が持っている、そのナイフを譲ってはいただけんだろうか」


 パシテーが念入りに体液をふき取って掃除している短剣を指して譲ってくれという。

 村長たってのお願いがあって、それがこの短剣を譲ってくれなんて、普通じゃあ考えられない。たぶん何か深い事情があるのだろう。


「いやこれは見ての通り、戦闘用の投げナイフで、持ち主に合わせて製作されているから譲ることはできないんだ。でも包丁やハンティングナイフならいくつか持ってるけれど、それでいいなら」


「おお、それは助かる。すまなかった、そういうことなら客人として迎えよう。どうぞ、村はこっちだ」


 村に案内される道すがら聞いたのだが、ここはエルダー大森林の南側の入り口に位置するフェアル村で、岩山にある神殿は精霊アスラを祀る神殿なんだそうだ。


 村から神殿までの間に食用虫を飼っている木々(コロニー)があり、そこにアリエルたち二人が踏み込んで、悲鳴を上げながら大切な虫を殺しまくったから、怒られたと。そういうわけだ。


 この件に関しては一方的にこちらが悪い。


 村はアリエルが気配を読んだ通り、虫のコロニーと隣接していて、夢に思い描いていたような森の住民とは違い、ツリーハウスで樹上生活をしているわけでもなく、ただ森の一部を刈り込んで集落を作れるような広場をつくり、そこに土木建築魔法で家を建てて暮らしている。


 その数ざっと80軒ぐらい。いまのノーデンリヒトがこれぐらいの規模だ。それだけ家があるなら300人近い村民がいるはずなんだけど、村には商店らしき建物が見つからない。

 もしかすると王国の通貨も通用しないのか。


 村に入って最初に驚いたことは、この村、エルフの村だということ。

 ヒト族の居ない、エルフだけの村だ。


 珍しく肉が大量に手に入ったということで、さっそく解体が始まっているのだけど、それが皮をはがすのにも苦労している、もう研ぎ過ぎて禿びてしまった小さなナイフと包丁での作業だ。

 小学生が鉛筆削りの練習に使うような、そんな小さな刃物で、少しずつ少しずつ、確実に。

 鹿の皮も貴重品なのだろう、その丁寧な作業から窺える。だけど道具がそれじゃあ、いい腕を持っていても作業がはかどらない。それじゃあダメだと[ストレージ]からハンティングナイフ2本と包丁5本を出して手渡した。


「な、7本も! こんな立派なハンティングナイフを……、しかも新品ではないか。しかしこんなにいただいても、我々は代金を払えない」


「いや、これは俺が打ったものだから、代金をもらおうとは思わない。差し上げます」


「なんと、もしや鉄を打てるので?」

「はい、腕はまだまだですが、鍛造もしています」


「おおっ、鍛治職人でしたか。……これは何かの縁。ならばもうひとつお願いがあります」


 村長さんの話を要約すると、この村では20年前に鍛冶職人が急死してから鉄を撃つ職人が居ないんだとか。

 刃物は大切に研いで研いで使ってきたけれど、ただ鉄のやじりが作れない。

 いまは石のやじりを使ってるらしいが、矢の直進性や刺さりが悪く、鹿やガルグなど大型の獣はほとんど狩ることができないから、たまに罠にかかるうさぎや、キノボリヘビが貴重なタンパク源らしい。


 鍋も穴が開いてたり取っ手が取れたりしているけれど、修理もできない。村の男が見よう見まねでやってはみたけれど、鉄製品を壊すばかりで役に立たない。

 刃物を打ち直せばナマクラになるし、鏃にしたら矢がまっすぐ飛ばないので、すぐに矢を失くしてしまう。そんなことを続けていると村にある鉄はどんどん減っていくばかりだと言って村長は嘆いていた。


 片道35日も歩けば人族の小さな村があるけれど、まず人族に通用する通貨を持っていないのと、道中に出る盗賊から身を守れず、戻ってこられなかった人も少なくはないのだそうだ。


「兄さま」

 パシテーは何か言いたそうにしているが、何を言いたいかは手に取るようにわかる。


「ああ、わかってるよ」


「提案があるんだけど、ちょっと聞いてくれないかな」

「提案? はい、まずはお話を伺うだけならば」

「3人、エルフの親子3人、ちょっと困った事情があって移住先を探してる。この村に移住するってのはダメだろうか」


「同族で困っている家族がいるなら受け入れてやりたいが、この村も飢えつつあるので、ちょっと難しいと思う」


「その移住者が鍛冶職人でも難しいだろうか?」


「それは誠か。私の一存では答えられん。村の者を招集して迅速に回答を出したい。少し待っていただきたい」


 20分ほどで招集された村会議。ここでやっと名を名乗ることになった。


「アリエル・ベルセリウス。遥か北にあるノーデンリヒト人で旅をしています。今回皆さんに集まってもらったのは、エルフの親子3人を受け入れていただきたいからです。その家族は遥か南東のアムルタ王国の外れ、エドという寂れた集落に住んでいます。母親は2年前、奴隷狩りにさらわれて行方不明、娘二人は自分の顔に刃物で傷を付け、商品としての価値をなくすことで何とか無事に暮らしているという状況だったのですが、そんな娘たちにも奴隷狩りたちの魔の手が伸びてきました。父親は娘たちと一緒に逃げることを望んでいます。偶然にもこの父親は働き者の鍛冶職人で腕のいい狩人でもあります。いかがでしょうか、その親子を温かく迎え入れてやってはいただけませんか」


 しくしくと鼻をすする音が聞こえる。アリエルの話を聞いた女性たちは悲しみ、涙を流すものも少なくない。ここはまだエルフたちにとって平和な土地なのだろう、自分たちがいま正に奴隷狩りなどという脅威に直面しているのなら、泣いて哀れんだりなんてことはしない。


 何しろこの村にいる女性たちは、全員、たった一人の例外なく、目鼻立ちのはっきりした、美形としか形容しようのない、美しい姿をしている。年寄りであっても、さぞ昔は美しかっただろうなということが容易に想像できるほどだ。この村は間違いなく安全だ、レダたちを連れてきてもきっと大丈夫だ。


「それこそ願ったり叶ったり。お互いの利害関係が完全に一致する。ぜひその者を連れてきてはいただけんだろうか。村の外れの空き家を自由に使ってくれ。そのような理由でつけられた顔の疵を笑うような者はこの村にはおらん! 安心して来てほしい。フェアルの村は歓迎する」


「ありがとうございます。では、さっそく転移魔法陣を使って迎えに行きます」


 アリエルたちは急遽、またエドの村に戻ることになった。



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