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01-05 ソンフィールド・グレアノット

0706 2017 改訂

2021 0718 手直し

2024 0206 手直し


 

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 アリエルがノーデンリヒトという土地に7年間住んで、生活してた結果を前世の記憶に照らし合わせてみたところ、どうやらここは日本の北海道よりも更に北に位置するような高緯度の土地であろうことが分かった。


 アリエルは子どもであるし、スマホもゲーム機もテレビもない世界ではとにかく何もすることがないので、夜になったらすぐ眠るという生活を続けていたのだが、夜中トイレに起きた時、深夜だというのに空がまだ暗くなってないことに気が付いた。


 白夜だ。

 日本では白夜は見られないが、スウェーデン、ノルウェーやアラスカなどでは太陽は沈んでも空が暗くならない夜になる。これは惑星が太陽の周りを回る公転の垂線に対して、地球の場合だと23.4度傾いているからこそ起きる現象で、地球の場合だと直角の90度から23.4度を引いた、66.6度、これを世界地図の緯度に代入してやると、緯度66.6度から北にある土地では、一年のうち太陽が沈まない季節があるということになる。


 更にアリエルはこっそり屋敷を抜け出して集落の外に出たとき、高くそびえる針葉樹の森が広がっているのを見た。樹木の植生しょくせいには北限がある。平地だと緯度60度から70度ぐらいが森林を作る高木こうぼくの限界緯度になっている。この情報に白夜の見られる地域という情報を付け加えると、かなり狭い地域に絞ることができる。


 ずばり、緯度60度から70度ぐらいまで、とはいえ南北に1000キロ以上の開きはあるが。


 いまのところアリエルの前世、嵯峨野深月さがのみつきの記憶がチート知識として役に立つまでは活躍していないが、7歳の行動範囲も限られた子どもが、観察するだけでだいたい今いる場所の情報が分かった。なかなかのチートじゃないかと自画自賛していいのかもしれない。


 住む人の人種や建築物の様式を見るにここは中世から近世ヨーロッパのようだと思っていたところに、白夜が見られて、森林限界に達していない。ロシアなら北極海に面した北側の地域、欧州側だとしたらアイスランド、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの南部あたりじゃないかと考えた。


 魔法とか時代背景とか魔族とか獣人とか、その辺のところを加えて考えると異世界に転生してしまったのだろうこともなんとなく理解していたが、ここがどこであれ日本に帰ろうというのに、まず自分のいる場所が分からなければお話にならないのだから、現在地の情報は無駄ではない。



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 アリエルが毎朝、毎夕、剣を振り始めて2か月は経ったろうか……。


 朝食を食べ終えて、腹ごなしがてらに庭に出て剣を振っていると、門の前に馬車が着いた。

 御者が門のチャイムを鳴らし、来客があることを告げる。


 屋敷だけはそこそこ広くて、使用人のポーシャとクレシダが暇を見て庭を作ってくれているので、この北の地でも花に包まれた花壇が自慢だ。


 トリトンの留守中に来客とは珍しいが、すぐポーシャが対応して屋敷に招き入れた。御者に手を借りて馬車から降りてきたのは、粗末なローブにかなり後退した生え際をもち、天を衝く頭皮を隠そうともしない白髪と長い白鬚を無精に伸ばした年寄りだった。杖をついてはいるが、足取りはしっかりしていて、腰も曲がっておらず、背筋を伸ばしてシャキシャキ歩いて屋敷に入っていく。


 ノーデンリヒト開拓が始まったのは、アリエルが生まれた年だから、まだ7年目だ。

 この土地に働けないような老人はいない。


 アリエルはその時、トリトンに会いに来た役人だろうかと思った。なんにせよ爺さんには全く興味がない。


 アリエルが県の素振りに精を出して、ひとしきり汗をかき始めた頃、クレシダが呼びに来た。


 話を聞くと遠くの街から家庭教師の先生が来てくれたのだとか。ああ、そういえば2か月ほど前トリトンが家庭教師の先生をつけてくれると言ってたのを思い出した。


 その時ちょっとクレシダに聞いたのだが、ちょっと大きな最寄りの街まで、ここから旅慣れた人の足で歩いて25日。慣れないと30日かかり、二頭立ての馬車なら15から20日ぐらいの距離があるらしいと聞いた。



 ……っ!


 ちょっと待って欲しい。


 実際に歩いてみるとわかるのだが、1日15キロから20キロも歩くとする。

 でも数日も歩くと疲れて足が痛むようになってくるが、この世界には身体強化魔法というものがあるので、うまく使えば大丈夫なのかもしれない。


 休憩をはさんで休み休み、25日かかると仮定すると結構な長旅なので翌日に疲れを残さないよう、足を故障させてしまわないよう細心の注意を払いながら、それでも1日20から25キロぐらいしか進めないだろう。


 しかもこの速度を出せるのは平坦な歩きやすい道を旅慣れた人限定。山道や峠道、河川の渡渉なんてのもあるだろうから1日30キロは無理。単純計算なので実際に歩ける距離はもっと短くなる。

 天候にも左右されるし、1日、2日ならこのペースで歩けても、毎日ペースを守れるかという体の疲れも考慮に入れてないけど、それでもあえて1日25キロ歩くと仮定して計算してみる。


 10日歩いて250キロ、25日かかるってことは軽く625キロ。

 直線距離だとは考えないけど、最短ルートを歩いて25日かかるということだろうから、、、


 現在アリエルが住むこの場所から、最寄りの街まで、東京~大阪ぐらいの距離はあるってことだ。


 屋敷は小規模な50軒ぐらいの質素な村というか集落のはずれにあって、開拓民はだいたい農民で、猟師が少しと、鍛冶屋が1軒、あと砦付きの兵士が休日に訪れる酒場と数軒の商店がある程度だ。


 ノーデンリヒトって、ひっそりとした静かな土地だと思っていたのだけれど、実はとんでもなくスケールの大きな僻地にある集落のようだ。北海道なんてメじゃないほどのだだっ広さだ。


 アリエルはその広さを想像しただけで頭がクラクラしてくるのを感じた。


 隣町まで行くのに新幹線が欲しいと思ったのは生まれて初めての経験だ。この圧倒的な距離感は、それほどまでに衝撃的な事実だった。


 クレシダに手渡された手ぬぐいで汗を拭いて、シャツをズボンの中にいれて、ボタンも襟のところまでしっかり閉めて、髪を整えたらクレシダのオッケーサインがでた。ばっちり決まったらしい。


 屋敷に入ると居間に行くよう促された。

 ドアをノックして行儀よく入ると、さっき馬車から降りた老人とビアンカがソファーに腰かけて挨拶をしているところだった。ポーシャの淹れてくれたお茶の香りが居間の空気を『とてもいいもの』にしてくれてる。和みの香りだ。


 クレシダの話によるとこの老人は屋敷に住み込んで1年間みっちり魔法と一般教養の勉強を教えてくれるのだとか。この世界の常識すらよくわかっていないアリエルにしてみれば渡りに船だ、なにしろここノーデンリヒトはド田舎もド田舎、学校もない辺境の開拓地にあって、ようやく必要な知識を得るチャンスに巡り合えたのだ。


 トリトンからは現在の剣の戦闘は己の肉体を強化する魔法をどれだけ使えるかで優劣が決まるので、剣の修業は魔法の勉強と並行して行うのが主流になっていると聞いた。


 強化魔法の効果は先日、トリトンにちょっとだけやって見せてもらってハッキリと思い知らされたところだ。目で追えないほどじゃないにせよ、とにかく速い。あのスピードに体重を乗せて斬りかかって来られると考えただけでぞっとする。強化魔法なしには戦えないという話にも納得だ。


 剣術そのものは強化魔法がモノになったらトリトンが見てくれるらしいが……。

 あのクソ親父、7歳の息子に本気で打ち込んで来そうな、そんな大人気おとなげない目をしていたっけ……。


 今日屋敷についた先生はいかにも魔法使いです! といった風貌の、パッと見、120歳ぐらい? に見える皺枯しわがれた爺さんだった。1年も教えることができるのか? 来週にも老衰でお迎えが来ないか心配してしまうほどなのに。


 だがしかし……、だがしかし!


 わが父親ながら7年も一緒に暮らせば、トリトンが巨乳好みだといことぐらい分かる。

 心のどこかで、程よく脂の乗って色気がムンムンと溢れ出るような巨乳の美人家庭教師を選んでくるんじゃなかろうかと期待していたのをアッサリと裏切られてしまった。


 《トリトンの野郎、男の風上にも置けないぜ》

 小声で愚痴を吐き捨てた。

 そんなアリエルに対し、無理に笑顔を作るでなく、どちらかというと冷たい視線を送りながら家庭教師の先生は自己紹介を始めた。


「初めまして、アリエルくん。わしが今日から1年間、魔法と一般教養を教える事になったソンフィールド・グレアノットじゃ。長いからソン先生と呼んでくれたらええからの」


 グレアノット先生というらしい。

 この強化魔法全盛の時代に純魔法使いの家庭教師など人気がないことを前置きしたうえで、子供がいきなり荒野に放り出されたとしても、過酷な環境で生き抜く生存技術サバイバルを教えるよう頼まれたのだと胸を張った。


 教わる教科は、植物の知識と、動物の知識から食料の調達や危険回避の知識。加えて地形と気候の知識が中心となる。魔法は強化魔法と、生存技術に繋がるような、例えば火を起こす魔法、簡易住居を作ることができる土の魔法、そして生きていくための水を得るための水魔法と、様々な補助に使える風の魔法などを教えてくれるという。


 アリエルにとって、まさに望むところ。


 寒い雪山に放り出されても火の魔法があれば暖をとることが可能だし、水の魔法を覚えていれば飲料水に困ることはない。土の魔法に熟練すれば魔法で投石してウサギなどを狩るのも難しくないと聞くとさすがにワクワクしてくる。この世界に生まれて初めてやる気120%出しちゃいそうだ。


 トリトンが教室を用意してくれているので、屋敷の端っこの使われていない部屋に移動した。

 客間なのに寝具は片づけられ、理科室にあるような大き目の机と椅子、あ、黒板だ。チョークもある。一般教養も習うので、この世界のことをいろいろ教えてもらおう。


「さて、何から始めようかの。質問があるなら先にどうぞ」


 質問は箇条書きにしたらキリがないほどいっぱいある。いい機会なのでまずは、一番知りたい情報を聞くことにした。


「はい、では質問。この世界でない、別の世界、つまり異世界に行く方法って、ありますか?」


「……なんと。初手しょてから難しい質問じゃのぅ……。別の世界というと、神話に出てくる『四つの世界』の事かの?」


 神話にある『四つの世界』とは、四つの世界を十二柱の神々が支配しているという内容のおとぎ話で、この世界は四つの階層構造になっているというものだ。


第一層 神々の地 ニライカナイ、あるいはニルヴァーナ

第二層 約束の地 アルカディア

第三層 歓びの地 スヴェアベルム

第四層 禁断の地 ザナドゥ


 いまアリエルたちのいる世界は『スヴェアベルム』と言う。これは神話による太古の名称で、現在の自分たちの世界を指すような言葉はない。強いて言うならここはノーデンリヒトだし、シェダール王国でもあるし、ユーノー大陸でもあって、全てを指す言葉は、単純に『世界』というのだそうだ。この世界の事をスヴェアベルムというのは、単に四つの世界があるのだから、ただ『世界』と言ったのでは、どの世界なのか分からないから、地名のように使われるものだという。


 また神話の時代には異世界に渡る神々の道『転移魔法陣』があったという説があるが、先生も実際にそれを見たことがないので、それがどういったものなのかまでは分からないそうだ。


「どうした? いぶかっておるようじゃが、何か分からんことがあるのかえ?」


「いえ、異世界なんて話が普通に通用するのがちょっと。『そんなものはない』と言われるとばかり思ってました」


 少しあきれ顔のアリエルに、グレアノットは表情も変えずその理由を答えた。


「いやそれがの、50年ほど前になるかの、わしがアルトロンドの魔導学院で土魔法の研究をしていた頃の話なんじゃが……、ともに競って魔導を探求した魔導師の中に、異世界から転移してきたという男がおったのじゃ。ま、詳しいことは何も話してくれんかったからなんも分からんことに違いはないがの」


 驚愕の事実だった。

 いまグレアノット先生は確かに『異世界から転移』してきた者がいるといった。

 真相は会ってみるまで分からないが、そんな者がいるという事はアリエルの眼前にパッと光る明かりのようだった、それだけでモチベーションあがりまくりなのだが。


 アリエルがこの世界に来てから7年。あの、美月と歩いた最後の夜、あれは18歳になる2週間ぐらい前だったはず……。


 ざっと見積もって、ぱっと見7歳でもアリエルの中身は前世と現世を足して25歳。

 今この瞬間に帰れたとしても美月は25歳ぐらいになってる計算だ。


 ポーシャは、ちょっと大きな街まで行くのに徒歩で25日、領都までは1か月以上かかるって言ってた。王都まではそこからさらに10日の距離があるらしい。こんな交通インフラも整備されていないような世界に来てしまって絶望してたけれど、都会に行きさえすれば何らかの手がかりが得られるのかもしれない。異世界から転移してくるような人が居るとするならば、帰る方法も必ずあるはずだ。


 先生の言う転移魔法陣とやらが近くにあればいいのだけれど、これほど広い世界を徒歩で探索しなくちゃならないとしたら、10年単位の時間は必要だろう。


 運よく10年後に帰れたとしても美月は35歳……。

 ちょっと想像できない。立派な中年女性である。


 もしうまく帰れたとしても美月には当然彼氏とか、いや結婚してると考える方が自然なのだろう。

 子どもなんか居たりしたらどうしようか…などと、あまり想像したくないことを考えると心がザワザワして気分が悪くなる。


 アリエルはイヤな妄想を引きはがすため、頭をぶんぶんと振って美月みつきとの年齢差というものを頭から追い出した。


 焦りを感じるのは仕方のないことかもしれないが、こんな小さな7歳の身体でいったいどうすればいいというのか。この世界に生を受けてまだ7年だというのに、もう時間に追われるとは思いもしなかった。でものんびり構えちゃいられない。時間が足りないんだ。


 希望と絶望を同時に受け取ったような奇妙な気分に茫然自失していると、先生が指揮棒のようなものでコンコンと黒板を指した。


「ほい、集中じゃ。異世界の話はここまででええかの? では授業を始めるぞい。まずは座学からじゃ。アリエルくんは、そうじゃな、魔力、マナについてどれぐらい知っておるのじゃ?」


 アリエルはグレアノットの問いに黙ってただ首を振って見せた。まったく知らないし、全然分からんのだから仕方がない。そもそも、どこを押せばマナなんてもんが出てくるのかも分からないというアリエルに、グレアノットは初歩の初歩から丁寧に教えることになった。


 魔力というのはおよそその人の身体に埋蔵されているマナ総量の事を言い、各人によってその大きさはまちまち。すぐにマナを切らしたりする人もいれば、膨大なマナを駆使して大きな魔法を連発するような者までいる。これはキッチンの鍋にスープが入っていると考えたら分かりやすい。魔力とはその鍋の大きさや、鍋の中に入ってるスープの量だったりもする。


 そしてマナというのは鍋に入ってるスープそのものを指す。魔力は人によってまちまち。味が違ったり濃さが違ったりするので、同じマナでも効果が違うのだとか。


 そのマナを使って火をつけたり、風を起こしたり、水を呼び出したり、土を操ったりする力、それらを纏めて魔法というのだそうだ。


 ただしマナは消費されるので、魔法を使いすぎたりしてマナ切れになると気を失って倒れてしまう。

 しかしマナが底をついてくると集中できなくなってくるので、起動式を書いて魔法を詠唱するどころじゃなくなるから、むしろ気を失うところまでいくのは稀なのだとか。


 そして魔法を使ったことで減ってしまったマナは少しずつ自然に回復する。回復速度も回復量も人によってまちまち。魔導師たちの研究では、頭を休めたら回復するのが早いということまで分かっているらしい。


 要は疲れたらぐっすり眠って起きたらスッキリ! ってことだ。



「どうじゃ? ここまでは分かったかの?」


 先生は幼子おさなごにでも分かるよう最も分かりやすく説明してくれたつもりなんだろうけれど……。なまじ異世界(日本)で18年近く暮らしていたアリエルには、前世の常識があだとなって少し理解しづらい。そもそもマナとは? 具体的に何だ? 液体なのか気体なのかも分からない。得体のしれないものという意味では『気』とか『波動』とかと変わらん。うさんくさいことこの上ない。


「……よくわかりません」

「うむ、よろしい。いまは分からなくてもいいかの。とりあえず魔法使ってみるのがよかろう。自分で使ってみれば、感覚として学ぶことが多いからの。一番簡単なやつをやってみればええ。生活魔法のうちの火の魔法じゃな。使用人が使うアレじゃ」


「はい、わかりました。教えてください」


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