03-05 ジュリエッタ・センジュ
2021/1101 ちょっと修正
「パシテー、負傷者と女の人を守って」
「うん、わかったの。兄さま気を付けて」
こちらが指示をするのにちょっとよそ見した隙を狙って矢が連射されてくる。
弓でこれほどまでの連射をしてくるなど、狩人の仕業じゃない。
こっちを狙ったとしても、放たれた矢はすべて[ストレージ]に入るので、狙いをパシテーに絞ったようだが、石のように固まった土がモリモリとせり上がり、負傷した王国騎士と連れの女の前を強固に防いだ。もう大丈夫。ひとたびパシテーが防御姿勢に入るともう矢では傷つけるのは不可能だ。必要とあらばパシテーはこの場にトーチカでも要塞でも作ってしまう。敵の武器が矢だけならば、土木建築魔法で壁を作ればそれで十分だ。
そして敵がパシテーを狙って矢を連発したことで、だいたいの位置が分かった上に、パシテーを狙った矢の行方を探るためだろう、身を乗り出した姿がチラとだけ見えた。
見つけた!
森の暗い部分、木の中段当たりの枝に潜んで弓を引いてる。迂闊に顔を出したことにより、その正体も分かった。エルフの指名手配犯、タキだ。
タキは急速に接近するアリエルに見つかったことが分かると木から降りて、木が密集している狙撃スポットから姿を現した。
アリエルを倒すのに弓では不十分だと判断したのだろう、大地に足を付けて、得意の土魔法を存分に使える位置に出てきた。
「なあ、あんたタキだろ。賞金がかかってる。何があったか知らんが殺しすぎだ」
「若いな……、まだ子どもか」
「ちょっと待った! その獲物は私たちが先に見つけたのよ。あんたら横取りする気?」
襲われていたと思っていた女が声を上げた。薄暗がりなのでハッキリしないが、金髪で身長はアリエルとあまり大差なし。アリエルの身長は168センチだから人族の女性にしては大柄だけど、装備している服が身体のラインぴっちり出るタイプなのでスタイルがいいことだけはわかる。女連れのカップルかと思っていたが、片や王国騎士、片や冒険者という賞金稼ぎだったか。
「ええー? あんたら負けるよ? この賞金首、弓の狙いは正確だし。足を射られた騎士のひと、そうあんただよ。殺さないように足を狙って落馬させられたの気付いてる? それに森から狙撃されて、どこに潜んでるかハッキリ分からなかったんだろ? 出てきた今なら勝てるなんて思わないほうがいいよ? 弓じゃ俺を殺せないって分かったから近接で戦うために丘の上に立ってるんだから」
「ジュリエッタ、ここは譲ろう。俺たちだけじゃ勝ち目はなかった」
「何よヘタレ! じゃあ1番は譲るわ。あんたらが負けたら次は私の番だからね」
ジュリエッタと呼ばれた女は剣を鞘に収めると足に矢を受けて動けない騎士服を纏った若い男のもとに駆け寄り、少し心配そうに傷の具合を確認している。賞金首の優先権をどっちにするか話が決まってから男の受けた傷の心配するってことは、この女、相当場慣れしてるし……、どうやらカップルでもなさそうだ。
だけどこの女、口わるいなあ………、仮にも王国騎士をヘタレ扱いかよ。
なんてことを考えながらタキの立つ丘に向かってゆっくりと歩いて近付く。勢いあまって死なせてしまわないよう木剣を持って。
「さて待たせたな賞金首。20人殺したんだって?」
「4人居て相手はガキ1人。しかも木剣かよ。舐め過ぎてないか?」
と言い終わらないうちにタキは強化魔法のたっぷり乗った踏み込みで急に右に回り込むような機動をみせた。エルフの弓師だと思ってたから、まさかそんな速い動きで回り込んでくるなんて思わなかった。それは剣士が斬り込んでくるときの常とう手段だ。接近戦で来るなら足もとを砂に変えてやればよかった。
相当なスピードで右に回り込もうとするタキは、失速することなく正確に狙って2本の矢を同時につがえ、2連射でアリエルを狙った。しかし必殺のタイミングで放たれた矢はアリエルに届くことなく、フッと何事もなかったかのように消えてしまった。
アリエルはタキの攻撃を落ち着いて捌くことができる。スピードじゃ狼の獣人より劣ってるし、直線的に飛んでくるような矢なんて、パシテーがあの手この手で苦心して繰り出してくる短剣の攻撃と比べたら、キャッチボールで受けやすいように相手の胸にめがけて投げるボールと同じで、見える矢なんてアリエルに届く前にキャッチされてしまう。
しかしタキも矢が消される事を見越して高速機動戦闘中に何か魔法を唱えようと起動式を書く、アリエルはこの薄暗がりの中、高速で移動するタキの指の動きですら見逃さず、その起動式を書き換え、正確に小さな[ファイアボール]を割り込ませた。狙いはタキの顔面。てか高速移動しながら起動式魔導でファイアボールを撃ってこようなんて相当な手練れだったが、アリエルの敵ではなかった。
起動式をすり替えられたことに気が付かないタキは、アリエルが動いた瞬間に合わせて[ファイアボール]を起動、と同時にトラップが起動し、目の前で炸裂する[ファイアボール]を顔面に被弾。大きめの隙を作ったタキは背後に回ったアリエルの木剣でぶっ叩かれ、15メートルほど派手に転がって倒れた。
倒れたままもう逃げることもできないくせに、なおアリエルに弓と殺意を向け続けるタキ目がけ上空から視認できない速度で6本の短剣が襲う。右目、左目、首に2本、右胸、左胸の前でピタリと寸止めで静止、6本の短剣はいつでも殺せると言わんばかりに力強くユラリと揺れて威嚇を強めた。
息をのむタキが上空を見上げると、満月をバックに黒装束をはためかせながら、どこか縁起が悪いとしか言いようのない魔女が睨みを利かせていた。
タキはゴクリと生唾を飲み込んで、小さく舌打ちをしたあと観念して弓を投げた。
「な? 防御を軽視して肉体強化するようなやつはだいたい転がすだけで立てなくなるんだよな。おい、降参したなら強化魔法も解除しろよ」
「ダメ。兄さま甘いの。まだ弓を射ようとしてたの」
パシテーは魔法でタキを引きずって、さっき立てた防御用の石壁に打ち付けた。
強化魔法、防御魔法を解除している必要があるが、パシテーほどの使い手ならば土の魔法で引き寄せたり、壁にぶつけたりなどということが可能になる。
「つぁ………、ぐはっ」
「さてと、残念ながらお前じゃ俺を殺せないし、逃げることもできない」
決め台詞を言ったところで、この男のボロ服が破れた右肩に、刺青? いや違う、焼き印が押されているのが見えた。火傷の痕が生々しく残っている。この火傷の痕はまだ新しい。
「ぐっ、殺せ、奴隷にはなりたくない」
「奴隷? それは烙印か?」
まさか? ボトランジュの周辺でそのような言葉を聞くとは思わなかった。
エルフの男は右肩に生々しく残る火傷の跡を恥と思ったのか、隠しながら答えた。
「カルメローで待っていたのは奴隷狩りだった。あの夜、俺は力で押さえ付けられ焼き印を押されたんだ。……俺は逃げるために抵抗しただけだ」
「ちょっとまって、その焼き印、よく見せて」
さっきの口の悪い女がまたしゃしゃりでて、隠そうとしている焼き印をまじまじと見ると、知った印だったのか、信じられないという表情で立ち尽くしている。
「奴隷? 東の帝国では普通だって聞いたが、このあたりじゃ奴隷制度なんかないんじゃなかったのか?」
「10年ほど前に隣のアルトロンド領で奴隷制が承認されたわ。南のダリル領もよ。あなたこの国の人じゃないわね?」
「すまんな勉強不足なだけだ。学校もまともに出てなくてね。で、ボトランジュでも奴隷狩りをしてるってか?」
「それはないわ。ボトランジュで奴隷狩りは重罪。首が飛ぶわ」
「その焼き印は? 知ってそうな顔してたが?」
「そこまで教えてやる義理はないと思うけど」
「で、この賞金首はどうする?」
「私が預かろうと思う。この人は被害者なのよ。追われる謂れはない。あなたが突き出しても、私とそこのネレイドが証人になるから、こいつの言い分が本当だと証明されたら残念だけど賞金は出ないわね」
「おいおい、信用できるのか? さっきまで狩る気マンマンだったじゃねえか」
「私は、ジュリエッタ・センジュ。家は王都でちょっと名の知れた商家だし、こっちのネレイドは王国騎士。このままセカに行けば衛兵が私たちの身元を証明してくれるから、二人の出自だけでも信用に足ると思うけど?」
「ネレイド・コンシュタットと言います。見ての通り王国騎士だよ。ジュリエッタはいつもこんななんだ。気を悪くしないでやっておくれ」
「センジュ家?……、センジュ家って言ったか? 王都プロテウスの?」
「ええ、センジュ家よ。ちょっとは物知ってるじゃん。で、キミも名乗ったらどう?」
「え、ちょっとまって。パシテー、この人見て……」
やべえ、似てるわ。てかそっくりさんだ。どうしよう……。
「兄さまに似てるの」
「なにコソコソ言ってんのよ、こっちは名乗ってるのにそっちは名乗らないの?、どこの田舎モンよ? 人の顔がどうしたって? 親の顔をみてみたいわ。まったくブサイクなガキ」
「えーっと……、アリエル・ベルセリウス……、です」
「はあ? 声が小さくて聞こえなかった。もう一度言ってくれる?」
「アリエル・ベルセリウスです……」
「なにっ?……、アリエル? ベルセリウスううう?……、ベルセリウス家の人?」
「アリエルって……、あなた、もしかして、ビアンカ姉さんの……?」
「はい、ビアンカは俺の母です。……おばさん」
ジュリエッタの脳裏には狂犬と呼ばれた当時のビアンカの姿が浮かんでいるのだろう……。
「えーっと、あなたの親の顔は……、はぁっ、ヤバいわ、イヤってほど知ってる。私がそう言ったって言わないでね。姉さんに殺されるわ。あと、おばさんもなし。次おばさんって呼んだら殺すからね。……ネレイド、どうしよう、私の甥っ子だわこの子。私に似てるでしょ? ほら、よくみたらすっごく可愛い」
「まさかこんなとこでジュリエッタの身内と会うなんて……。しかもあのビアンカさんの息子さんか。よろしくね。えっと、アリエルくん、聞いてる? 大丈夫? 口からエクトプラズム出てるよ……。ところでジュリエッタ、この矢、抜いてくれない?……痛いんだよね」
「パシテー、挨拶して。この人、母さんの妹さん」
パシテーはアリエルの横にふわりと着地し、マイクロミニスカートのプリーツをちょいとつまんで挨拶をした。
「パシテーといいます。グレアノット師に師事した縁で高弟アリエルに預けられて以来、兄と呼ばせていただいてます。ビアンカさんにもお世話になっている身です」
「えーっ、こちらの空飛ぶ魔導師の方がパシテー先生なの? 熱血教師ポリデウケスの恋人の?」
ガーン!…………という効果音が聞こえた。……ような気がした。
ショックを受けたパシテーの表情が苦悶に歪む。
「え? それは聞き捨てならないの。事実無根なの。絶対イヤなの。兄さま、なんで?」
「え? 違うの? レディプール劇場で上演された『100ゴールドの誘拐魔』よ。私も甥っ子が出る話だと聞いて見に行ったわ。熱血教師ポリデウケスとクールな美人魔法教師パシテーのとろけるような甘いロマンスと、攫われてしまったクラスメイトの少女を助けようとする天才少年剣士アリエルとその親友で冒険者のユミルを加えた4人の学園ストーリーよ? すっごい面白かったわ。王都でも大反響だし、いままたセカで追加公演やってるし」
「ジュリエッタさん、俺もその脚本家とは少し話をしましたけれど、事実はそんなドラマチックな話じゃなかったですよ。でも、ポリデウケス先生が熱血教師なのは事実ですし、その後、さらわれたナンシーとユミルが結婚したという話を聞きましたから、あながちロマンスがまったくないような話でもなかったんですけどね」
「でも私とポリデウケスは何もないの」
「パシテー、もう手遅れだ。俺も天才少年剣士なんて言われるともうセカには来れないよ。こっぱずかしい」
「なんで? あのビアンカ姉さんとトリトン義兄さんの息子でしょ? 天才少年剣士と言われても少しも驚かないわよ。ノーデンリヒト戦争で魔族200人殺したとか、50人の盗賊団を1人で壊滅させたって聞いた時にはさすがに眉唾物だと思ったけどさ」
「ところでこの矢マジで抜いてくれない?、本当に痛いんだけど」
「あ、忘れてたの」
パシテーが魔法を使って、慎重に刺さった角度のまま押し出すように矢を抜いてやった。
ネレイドは涙目になりながらグッとこらえて懐から塗り薬を出して応急処置を始めた。しかし、矢が刺さったような深い傷に軟膏を塗って治るものなのか……ちょっと興味がある。
「ありがとう、本物のパシテー先生に矢を抜いてもらったって自慢するよ」
「うん、でもそのとき、ポリデウケス先生とは何もなかったって付け加えるのを忘れないでほしいの」
「パシテー往生際わるすぎるだろ」
「いやなの。確かにポリデウケスはいい先生だけど、鳥肌が立つの。ぞわぞわするの。生理的に受け付けないの」
「俺はパシテーにそこまで言われるポリデウケス先生が不憫でならないよ。っと、ネレイドさん包帯はこれでいいかな」
「あ、ありがとう。恩に着るよホント。でもなるほどね。事実はそうなんだ。ああ、そういえばアリエルくん、マローニから王国騎士団に入隊した新人がさ、ノーデンリヒト戦争での噂、あれはたぶん本当だって言ってた。模擬戦で兵士志望の26人が、アリエルくん1人相手に1分足らずで全滅させられたって嘆いてたよ。俺は十分に天才少年剣士と呼ばれるに相応しいと思うけどな」
ああー、これはイオとのいざこざがあって実技大会で暴れた時の話か……。
「ネレイドさん、俺、魔導士なんです。自分を剣士だと思ったことはありませんよ」
そういって謙遜するアリエルの言葉を遮るように、背後から低い声が響いた。
「南門の戦いで戦死したのは130人だ。そして俺も含めた70人の命はかろうじて助かった。ハッ、お前があの時の死神だったか。成長したな、まったく……、目に焼き付いて離れないってのに分からなかった。あのベストラ隊長を一騎打ちで倒したんだ。天才剣士で何が悪い? 負けた俺らとしては胸を張ってほしいと思うぜ。……それと、さっきは子ども扱いして悪かった」
タキが絞り出した発言を聞いて、ネレイドは少し面倒そうに頭を掻きながら尋問口調で尋ねた。
「お前、軍人だったのか? ドーラの魔族軍がこんなとこまで来てひとを大勢殺したとなると話はややこしくなるんだが?」
タキは地べたに胡坐をかいて座り、石壁にもたれたまま、左足の裾をまくって足を見せた。その左足は、膝から下、スネあたりから木製の義足が付いていて、コンコンと叩いて、音を鳴らし、それが自前の足でないことを知らしめた。
「もう4年がたつか。そこの天才少年剣士と戦ったとき足を吹き飛ばされて負傷除隊してから軍には関わってない。ドーラからエルダー経由でシェダールに入り、土木工事の魔法技術者として生計を立てていたんだ。ここには出稼ぎで来た。フェイスロンドには家族もいるし、ノーデンリヒトの戦いは俺にとってもう終わった戦いだ。また死神に手を出して生きてることに今は感謝してるさ」
「足……その、悪かったな。俺も必死だったんだ」
「おっと、よしてくれ。俺はあの戦いから生きて帰れたことを誇りに思ってるんだ。それがただの幸運だったとしてもな」
「そうか、そう言ってくれると助かる。お前の身柄はジュリエッタさんが預かることになった。もし戦時のことを咎められたら、俺の捕虜ということにして、お前の身柄は俺が預かることにする。それでいいね?」
「ご自由に。だが、奴隷商人に引き渡すぐらいなら殺してくれ」
「悪いようにはしないわ。セカの教会に高位の回復魔法を使える神官が居たはずだからその焼印も消してもらえるよう手続きしてみるけど、教会が奴隷制度を推進してるんだから、こっちは確約できないからね」
「えーっと、今夜は簡易牢作るから、そこに入っててもらう。今夜は遅くなったからね、今からセカに戻ると深夜になるから今夜はここでキャンプだ。衛兵たちに預けたくないがための緊急措置だから我慢してくれ。あと、分かってると思うけど俺はお前がどこにいるか分かる。逃がすわけがないと思うけど、もし逃げても必ず見つけ出して、もう面倒だから首だけ持って賞金に変える。いいな」
「ああ、奴隷にされる以外ならなんでもいい」
アリエルはカマクラを二棟。パシテーはタキの牢屋を簡単に作った。
ジュリエッタさんたちはパンしとジャーキーしか持ってなかったので、ディーアのミートボールシチューを出してあげた。檻の中のタキは驚いていたが、腹が減っていたのだろう、えらい勢いでがっついたあと、目線をそらしながら感謝すると言ったあとは、パシテーが無詠唱で簡単に作った石の檻牢の出来栄えを細部まで確認しながら感嘆の声をあげ、時折パシテーを呼びつけては、ここの細工がどうだの、あっちの金具はどうしただのと質問攻めにしてた。
最悪死刑なるかもしれないというのに、職人の技術に対する追及は留まるところを知らないらしい。
しかし……、あの戦闘の生き残りがこんな形で関わってくるのか。
一発の[爆裂]の魔法……、砦の兵たちを助けるために放ったつもりだった。
攻撃を向けられた側の人も、人生が大きく変わってしまう。




