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03-04 エルフの賞金首

2021/1101 ちょっとだけ加筆



 マローニからアリエルとパシテーのスピードで南に移動すると3時間ほどで港町ノルドセカにつく。

 単純計算では時速100キロ程度。街道を移動するのに事故を起こさないよう、抑えたスピードでそれぐらいだ。


 ノルドセカは領都セカの対岸に位置し、漁業と渡し船で賑わうジェミナル河北岸では最も栄えている港町だ。人口こそマローニと比べて五割増し程度だが、港の施設が広く取られているせいか、街の大きさは三倍ぐらいに見える。もとより商業の発展はマローニの比ではない。


 ジェミナル河は王国東部アルトロンド領から北部のボトランジュ領を通り、国土を南北に分断して西のフェイスロンド領に流れる、総延長6000キロの大河であり、緯度からするとかなり北に位置するシェダール王国の安定した経済を農耕と商船の航行で支える、王国豊穣の要とも言うべき母なる大河。流域には地図にも載っていないような小さな漁村や農村、集落が数えきれないほど点在している。


 ノルドセカの街に入ろうとしたら、いつもは顔も見せない衛兵が顔見分かおけんぶんをするという。衛兵はかなり不機嫌で、アリエルたちに対しても丁寧とは言えない言葉遣いだ。


 アリエルたちはフードを取って顔を確認された上に、身分証の提示を求められた。


 Aランク冒険者登録カードを見せると衛兵はひどく驚き、いましがたぞんざいな態度で接した非礼を詫びてくれた。こんな若者がAランク冒険者だってことに驚いたのか、それともベルセリウス姓だったので、急に態度を変えたのかは分からないけれど。なんだろう? いつものサボり放題サボってる衛兵の雰囲気じゃない。何か大変な事でもあったのだろうか。

 

 ノルドセカの冒険者ギルドに集まる依頼は田舎町のマローニとあまり変わらない。

 海賊討伐や水蛇ナークの討伐あたりが物珍しく感じるだけだ。

 

 そんな中、Aランクの依頼で『緊急指名手配』の人相書きが目を引いた。ここから遥か東、河を遡上した先にある、ジェミナル河の第二水源、ポルクス湖からもほど近い、ギリギリボトランジュ領だというカルメローの村民20余名を殺害して逃走中の男、名をタキと言い、土木工事魔法に精通する労働者。こいつが20ゴールドという高額な賞金首で、特徴としてエルフ族だという。


 緊急指名手配はカウンターで依頼を受ける必要はなく、ただそいつを生きたまま指定の場所に連行するか、ちゃんと身元が分かる範囲の死体を運んでくるかで依頼達成となるが、生死を問わず的な依頼は少なく、だいたいが生きたまま連行して初めて報奨金を満額受け取れることが多い。

 所謂賞金首という奴であるから、とりあえず人相や特徴をよく読んでおくことにした。


 なるほど、さっきの衛兵の動きが慌ただしかった理由が分かった。


 エルフ族はマローニでもたまに見かけるので珍しいわけじゃない。ついこの前まで冒険の拠点にしていたフェイスロンドの中央部にあるネーベルの街では市街でも住民の約30%がエルフ族だったから、個人的には『移民』のように理解している。


 なぜならドーラやエルダー大森林は生きていくのに向いていない厳しい土地なので、土木工事魔法など人族にはなかなか適応者の居ない魔法を使える者や、弓が得意で狩猟のできる者など、人族と暮らしていくため、相互に助け合える技術を持つ者が亜人差別を受けながらも『かろうじて』共存できているに過ぎないように見えたからだ。


 もちろんエルフ族を亜人といって蔑む者はどこにでもいる。そういうのはだいたい、エルフ族の進出によって職を失ったり、または労働で得られる賃金が安く叩かれるようになったりなど、実害を被った者たちなのだけど。


 だがエルフ族は大都会に出てきても、エルフ族独自に集団になったりしてコロニーを作ったり、人族の暮らす市街地の中に『リトルエルフシティ』のようなエルフ村を作ったりせず、人族の中に溶け込んで、一緒に社会を形成するという社交性を持っているので、エルフ族が来たことで生活レベルが低下したもの以外は、おおむね好意的に捉えている。


 少なくともボトランジュでのエルフの立ち位置は『良き隣人』というところだろう。


 これは王国全土に言えることではなく、王国の北側を占めるここボトランジュ領と遥か東にエルダー大森林と隣接するフェイスロンド領に限ったことで、教会の影響力が強い王都プロテウスとその直轄地域や、神聖典教会の総本山があるアルトロンド領では獣人・エルフ族など魔族の排斥が進んでいる。


 だいたいこういう事件は、亜人差別に我慢できなくなった者が一族の誇りをかけて戦った結果だということが多い。少し前、エルダー行きを計画してフェイスロンド領都グランネルジュやネーベルの街に滞在していた時にも、確かにあった。


 こういう、人の尊厳に関わる根が深そうな事件には関わりたくはなかったのだけれど、20人を殺して逃走中となると、このタキというエルフ族の男、相当腕が立つのだろうし、事件を起こした場所がセカの東側という。


 つまりは、エルフ族の集落が多数あるエルダー大森林や、南方諸国やドーラ大陸に逃げるためには、数多あまたの人族の集落、市街を通る必要があるので、無視を決め込むってのも人情がなさすぎるわけだ。まさかこの男、予想を裏切ってマローニでひと暴れするなんてこともないだろうが。


 地図を見る限り、事件のあったカルメロー村からエルダー方面に逃げ帰るとしたら、河をそのまま船で下るか、陸路でセカの南側を西に向かって横切るか。それ以外の選択肢はないように思える。


 セカまでの渡船の船着き場から乗船すると、そのジェミナル河を下る船に対する検問と積み荷の検査がすさまじく厳しい。たくさんの船が検査待ちの状態で港に停泊していて一般の船員を含む乗客などは上陸も制限されているのでかなり不満が高まっている状態だ。


 西にしか逃げる道はないからといって、河の流れに乗ってそのままプカプカと気楽な船旅を決め込むとは考えにくい。指名手配情報によると『土木工事魔法に精通』とあったし。


 幸いとても身近に土魔法の専門家が居るので聞いてみることにする。

「なあパシテー、お前なら逃げるのに船で水上を行くかい?」

「絶対イヤなの」


 だよねー。水深にもよるけど船上だと土魔法なんて、ほとんど役に立たないのだから、土木工事魔法に精通しているような奴が逃亡するとして、航路を使うとは考えられないんだ。


 渡船を降りたら領都セカ。セカとノルドセカ、どちらの港町も栄えているが、ベルセリウス本家があるセカは大都会といった印象で街の規模そのものが違う。

 港から町の出口まで真っすぐに道が引かれていて、その距離なんと5キロ。

セカだけで約30万といわれ、市街地周辺にたくさんある外郭市街を含めて纏めると50万人が暮らす大都会なのである。そして人口は毎年ガンガン増えてるらしい。10年後には王都プロテウスを抜く勢いなのだと言う。


 セカは魚介類が豊富なので魚料理を食べておきたいところなんだけど、ここは我慢してスルーすることにした。魚料理を食べるぐらいのちょっとした時間で、アムルタ王国に行く道中にある『俺だったらここに隠れるぜ』的なスポットなどを軽く捜索してみようというだけの話なのだけれど。居なければ早々に諦めて南下するつもりだ。


 後ろ髪を引く魚料理も食わず、とっととセカを出て、王都に繋がる街道を20キロほど南下すると、直径にして500メートル規模の小さな森が散見する丘陵地帯に足を踏み入れた。


 タキという男、エルフなのだから魔族排斥の進んでいる王都プロテウスを素通りできるとは考えていないだろう。だからといって、セカはいま事件を受けて衛兵たちが大増員で警戒に当たっている。セカも通れない。船なんか絶対乗らないと断言するとして、消去法でいくとセカと王都プロテウスの間にあるこの丘陵地帯がエルフにとって最も潜みやすい。


 ここの森に隠れて気配を殺して潜み、人目のない夜だけ移動するとしても3~4日あればエルフの人権がちゃんと確保されているフェイスロンド領に辿り着く。ここを少し警戒しながら移動して、もしエルフの賞金首と出会わなければそれでいいし、出会ったら20ゴールドという大金が手に入る。冒険者としては、いま魚料理なんて食ってる場合じゃないのだ。


 人気のない夜の街道に出ると、アリエルは気配察知スキルの範囲を広げた。


 気配察知スキルは人の多い市街地で使うと情報処理が煩雑で頭痛がするほど疲れるので、街では切っていることが多いけれど、人気のない郊外に出ると負担も少なく、奇襲も防げるためアリエルは積極的に気配察知を使う。


 二人が丘陵地帯に入ってから少し南にいった先の街道に狩人のような気配を感じた。その獲物は鹿やウサギなどではなく、2人組の人で、どうやら馬に乗ってるらしい。これはさっそく当たりを引いたかもしれない。


 こんな月夜だというのに馬に乗って街道を行くような人はそう多くない。

 旅人がこの薄暗がりに馬で移動だなんて裕福で金持ってるのを自慢しながら、盗賊に襲ってくれと言ってるようなもんだから、旅人だとは考えにくい。早馬を飛ばす斥候なら、こんなにのんびりと、ぽっくりぽっくり物見遊山みたいな速度で歩いちゃいない。こいつは狩人だ。しかも賞金稼ぎ。同じ予想を立てて、この辺にアタリをつけたライバルだ。


 今いる場所から距離にして500メートルといったところか。ちょっと顔だけでも見に行かないといけない。万が一のことを考えると、こいつらのうちどちらかが指名手配犯なのかもしれないのだから。


「パシテー、南に気配。ちょっと様子だけでも見に行こう」


 そういって気配を消してスケイトで無音移動に移った。てかパシテーは普通に空を飛んで移動できるのがホント羨ましい。いまパシテーは15メートルの高さを飛んでるから、森を一直線に突っ切って行ける。こっちはこの暗さで街道から外れたらもうダメ。岩とかに躓いて転ぶのがオチだから、移動速度そのものを大幅に下げる必要があるから、結果的には回り道をしても街道を飛ばして行く方が速いんだ。


 パシテーは6本の短剣を自身の周囲に展開済みで高度15メートルを飛行しながら接敵を図り、アリエルの方はといえば、いつもの[スケイト]でスイスイと目標に向かって一直線だ。馬に乗ってると思しき2人組の気配は立ち止まっている。

 キャンプしてるわけじゃないとすれば、何かあったと考えるほうが自然だ。


 対象まで100メートルの距離になったところで、森の中から微弱だが、明確な殺気がこちらに向けられた。気配を消して潜んでいる奴がいた。


 そしてたった今、こっちに向かって奇襲攻撃を仕掛けてきたということだ。


「パシテー! 森から遠隔攻撃!」


 飛来する矢が2本、パシテーに向けて放たれたので、カプセルに捕えて[ストレージ]に奪う。

 野郎、パシテーを狙いやがった!


 敵の先制攻撃は極めて正確にパシテーを狙ったものだ。

 一瞬現れて消えた殺気に気付かなかったらパシテーが大けがしてたと思うと沸々と殺意が沸いてくる。


 さっきの気配、馬に乗ってた2人組が襲われたところだったか。少し近づくと街道の脇で若い男と女が、馬から降りて身を伏せている。いくらこの辺に盗賊の類は少ないとはいっても、セカの街から街道を20キロも南の、助けを呼んだところで誰の耳にも届かないような原野を、女連れで移動なんて尋常な話ではない。というか頭のネジを締め忘れたおバカさんが盗賊さんにぜひ襲ってくださいと言ってるようなものだ。


 パシテーを連れて明かりもつけずに闇に乗じて移動するほうも大概だとは思うけど。



 追い抜きざまに襲われてる人たちをチラ見すると、男のほうは騎士団制服を着ているのでおそらくは王国騎士。で、その男はというと足に矢を受けて落馬。女のほうは突然の襲撃から身を守るためだろう、馬を降りて身を潜めている。


 ……ってか女の方が戦い慣れてないか?


 ライバルの冒険者じゃなくてよかった。こんなトコで取り合いになってもめるような事は避けたいし。


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