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03-03 残念な人たち

2021/1101 ちょっと加筆




 乱入者はあったものの、ドーラ魔族軍の将校、エーギル・クライゾルの公開処刑は滞りなく神聖典教会しんせいてんきょうかいの手によって執り行われ、マローニに身を寄せていたノーデンリヒトからの難民たちはひとまず、ホッと胸をなでおろしているところだった。

 複雑な心境をうまく説明できないアリエルは「マローニに戻ったのならグレアノット師匠に挨拶しておかないとあとでどれだけ小言を言われるか分からないの」というパシテーに連れられ、魔導学院に顔を出す傍ら、図書館で調べ物をしているところだ。



「見つけた!、これだ」


 実は院生の一人が、南方にある小国、アムルタ王国に転移魔法陣ありという古い文献を見た記憶があると教えてくれたことが発端になり、アリエルとパシテーは、揃って書庫に籠り、がっつりと書物の捜索をしている。もう何時間も。


 当の本人のうろ覚えに加え、本のタイトルも背表紙の色もほとんど覚えていなかったことから捜索は難航する。当初の目的は適当に流してとっとと済ませて、最初に情報をくれた院生さんも引っ張り込んで6時間格闘の末、やっと見つけたのがタイトル『豊海の探索』という書物だった。


 その書物は魔導書でもなければ、魔法陣のことを記した解説書でもなく、南方諸国の地政学的な解説がされてある、いわば北国のボトランジュ人に、南方諸国の風習などを紹介する旅行記のような書物であった。そこには院生の記憶通り、南の小国アムルタ王国にあるエドという小さな村から山に入ると、転移魔法陣が敷設された神殿があると記されている。もちろん、そこから転移魔法陣に乗って転移したとして、どこに出るかなどといった話までは出てこない。ただエドの村の神殿守りの者が転移魔法陣だと言うだけで、その真偽のほどは分からないと言う。


 800年前に書かれた本らしいので、記述の通り村や神殿があるかは分からないのだけれど、アムルタ王国は現在も実在する王国だし、隣接する我がシェダール王国とは親戚の関係で、友好国でもある。


 ただこのアムルタ王国の首都まで歩法計算で92日、単純に旅慣れていない者の移動距離を1日30キロと換算すると2760キロもの距離になる。[スケイト]で行くと急がずとも4日ぐらいで行ける距離だけど、念入りな準備と食料や消耗品の確保をしておきたい。


 次に目指す場所が決まったので、別邸に戻りがてら冒険者ギルドの依頼ボードを見て『ついでにやれる領都セカや王都まで荷物運搬の仕事』がないかをチェックしに寄ったら受付にカーリが居た。懐かしい。


「あ、アリエル?ええーっ、見違えたね。カッコよくなっ、パシテー先生変わんないー」

 まったく……『カッコよくなったね』と最後まで言った後でパシテーを見つけてほしいところだ。


「カーリも綺麗になったな。まだ嫁の貰い手は見つからないのか?」

「何よあんたまでそんなこと言うの? 私に結婚の話はタブーだってこと分からせてやるわ。行き遅れだなんて言ったら★※▲○!!」


「ええええっ、なんで怒ってんのさ!」

 ……なんだなんだ? 18~19で行き遅れなんて言われるのか? えらい剣幕で怒られた。何かあったのだろう、若さこそが正義か? もしかしてカーリのやつ結婚に失敗したのか?


 でも、カーリによると、ユミルがナンシーと結婚したらしい。これは朗報だ。

 そのあとまたカーリが不機嫌になって往生したのだけれど、ユミルとナンシーが結婚した話を振ってきたのは他でもないカーリだというのに、突然ユミルが幸せになのが妬ましくなったようだ。


 ホント女って難しい。でも、なんかいい話でホッとした。パシテーもユミルとナンシーが無事に結婚したと聞いて、少し安心したようだ。


 他は特に面白い話もない。イオが王国騎士団に入っただとか、プロスペローが王都の役人になるだとか、ハティがAランク冒険者になっただとか、みんなだいたい3年前に決めていた道をまっすぐに歩いていることを再確認したに過ぎなかった。


 それはそれで偉いことなんだろう。アリエルは前世、嵯峨野深月さがのみつきを含めて、出来なかった事なのだから。


 いくら穴が空くほど見つめてもギルドの依頼ボードに都合のいい目的地に運搬依頼がなかったので「またな」と挨拶してギルドを出ると、通りを南側から20人ぐらい取り巻きを連れて、こっちに向かって歩いてくる美丈夫が目に留まった。


 暗めの金髪にブルーの瞳。身長は185センチ程度、がっちりした筋肉質で姿勢もよくて、シャキッとしているのが印象的だった。その瞳は人々を正しい道へと導く神の使途としての使命を帯び、キラキラと輝いている。俗な言い方をすれば田舎街にロケにきた映画スターと、その取り巻きのスタッフといった感じだ。


 彼こそが昨日、チラと見た凱旋の主役、あのエーギルを生きたまま十字架にはりつけにして、こんなところまで連れてくることができた戦闘力の持ち主、神聖典教会しんせいてんきょうかいの秘密兵器、人類最高の戦力と噂に名高い、勇者キャリバンその人だった。


 ご丁寧に通りのど真ん中を歩いて、周囲の視線を独り占めしながら街ゆく人たちの注目を集める。おかげさまでこんな場末の冒険者ギルドからジロジロ見ていても視線すら合わせてこないので助かるのだけれど。


 さて、この男、どれほどの力を持っているのか。人類最高の戦力とはいかほどのものなのか。あの太い右腕から放たれる攻撃はどんな威力があるのか。興味は尽きない。


 と、前を通り過ぎようとしたとき、パシテーの抑え切れない敵意に気付いたのか、紅顔の美丈夫が『やれやれ』とでも言いたげに近づいてきた。


「お嬢さん、私は敵ではないよ。ここには魔族を追放して戦争を終わらせるために来たんだ。往来の真ん中で敵意を向けるのは勘弁してほしいな」


 ぺこり。左手を胸に当てて許しを請うように……、だけどそんな挑戦的は眼光で、唇を歪めながら言われても、とても真摯にお詫びしているようには見えない。


「可愛いお嬢ちゃん、さてはキャリバンに騙されて捨てられたクチなんだろ? 寂しいなら今夜は俺のトコに来いよ。キャリバンよりも優しくしてやるからよ。ゲハハハ」


 なんとも下品な物言いは勇者よりも一回りほど大きな体躯で、半分禿げ上がった頭が悪目立ちしている黒髪の半端ハゲ、あいつが勇者の右腕と言われる、戦士ウォーリアーベルゲルミルで間違いないだろう。


「ああっ、妹が失礼しました。パシテー、良かったな勇者さまに声をかけていただいたし、な、そろそろ帰ろうか」

 アリエルは軽く頭を下げてパシテーを諭した。


 そう、パシテーは魔法の天才だけど、気配を消したり、敵意を見抜かれないようにするなどということがいまいち上手じゃない。しかし今のは敵意としては微弱な敵意。いうなれば嫌悪感と言った方に近かったはず。


 そんな小さな敵意にすら気付いて声までかけてくる勇者の超感覚に驚きを隠せず、一瞬狼狽えてしまったところだ。


「気を付けないとダメだぞ」

 パシテーはアリエルの顔を見たあと、勇者の後ろ姿に一瞥の視線を送りながら、びっくりするようなことを口走った。


「ごめんなさい。でもあの人、兄さまの敵になるの」


 ハッとした。


 見透かされたような気がした。……たしか、パシテーは神聖典教会が嫌いだ。理由は聞いても教えてくれないけれど、蛇蝎のように嫌ってるのは確かだ。その教会権力の旗頭ともいうべき勇者に対して敵愾心てきがいしんを持ってしまうのも、ある意味仕方がないのかもしれない。


「鎧を着てない今なら殺せると思ったの」

「甘いな。あいつも常時強化と防御を展開してるからそう簡単にはいかないね」


「ほら、兄さまもどう倒すか考えていたの」

 確かに考えていた。………、ぐうの音もでない。この調子で風呂に入るときも、ベッドで眠るときも強化と防御を展開しているのだろうか? だとすると暗殺者でも勇者を殺すことはできないだろう。


「兄さま? どうしたの?」

「いや、あいつは女と寝る時も強化魔法を使ってんのかな? と思ってさ」

「もう! いやらしいことばかり考えてるの」


 とはいえ、さっきパシテーは『鎧を着てない今なら殺せると思った』って言ってた。


 自身は『避けられる戦いは極力避けよ』というトリトンの教えを頑なに守っているのだけれど、パシテーはアリエルに対して敵意を向けるような奴に対しては本当に容赦がない。たとえ避けらる争い事であっても、これっぽっちも容赦しない。盗賊に出会ったときはまだいいけれど、酒場で絡まれるなんて日常茶飯事で、なにしろ相手がつかに手をかけただけで短剣が飛んで行って刃傷沙汰になることがあるくらいだ。


 日本にいて離れ離れになってしまった美月みつきといいパシテーといい、なぜ女というのはこうも頭に血が上りやすいのか、膝を突き合わせてじっくりと話を聞かせてほしい。


 ああ、そういえばビアンカも剣を持つと相当気が短いってトリトンが言ってたし、女って怖いなあ……、と最近特に思う。ビアンカだよ? まともに叱られたこともないような、ゆるーく、まったりとしたホンワカ女子の代表格だと思ってたのに……キレたら大変なことになるらしい。トリトンだけじゃなくて、ガラテアさんにもしっかり聞いたから間違いなさそうだ。


 パシテーが迂闊に飛んだりして、それを勇者とその取り巻きたちに見られでもしたらコトなので、パシテーの手を引いて、振り返らずにベルセリウス別邸に戻った。神殿騎士たちとは何度か事を構えたけど、勇者はダメだ。ありゃ底が知れない。明日にははるか南のアムルタ王国に向けてまた旅に出る予定なのだから、あんな奴にはもう構わないほうがいいだろう。



----


 またマローニ最後の夜になるので、ビアンカと一緒にご飯を食べることにした。

 ビアンカとポーシャは、勇者がノーデンリヒトを解放してくれたので、そのうちまたトライトニアに帰ることになるかもしれないと、まるでいい事でもあったかのように話している。みんながノーデンリヒトに戻れるのは、たぶんマローニの南東にある難民キャンプで作ってる畑の収穫が終わってからになるだろうけど、なんだか手放しで喜ぶことが出来ないでいる。


 エーギルを殺しドーラ軍を退けることに成功してノーデンリヒトを取り戻せたとしても、きっとそれは今だけだ。まだまだ続く戦争で、チェスの駒を一つ取ったに過ぎない。今も剣と魔法の鍛錬を続けて自らを強化し続けているのも、エーギルの野郎をぶっ殺してやりたかったからなんだけど、それでも、うまく説明できないけれど、エーギルは死なせちゃいけなかったんだと思う。


 ビアンカたちにしてみればエーギルは悪い獣人のボスで、勇者は正義そのものだ。

 エーギルやコレーたち獣人も、トリトンやガラテアさんたち騎士団も、どちらの陣営も戦争したくて戦ってるわけじゃないことを知ってるからこんなにも複雑な気持ちになってしまって、家族が喜んでいるのに、いっしょに笑ってはいられない。


 マローニの人々は昨日から祝賀ムードだし、戦時に援軍の一人も送らなかったくせに、神殿騎士どもが来て魔族を退けたことがこんなにも嬉しいらしい。


 この世界のヒトの感覚には違和感がある。やっぱりこの世界の人間と同じ感性で喜んだり楽しんだりはできないようだ。


 作り笑いばかり上手くなっていく自分が嫌になる……なんて自嘲気味に笑っていると、その笑いだけはどういうわけか、自然に笑えていることに気が付いた。


 その夜は明日からの長旅に備えてぐっすり眠るとして、アリエルはパシテーが眠ってるベッドに滑り込んだ。


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