18-16 リンダ―・イヴォンデ(4)カリストの話(2)
詳しく聞いたところ、カリストは少しずつリンダーの事を思い出していた。
リンダ―は女性で、カリストより7期ほど遅れて召喚されてきたのだという。
カリストがこの世界に来たのは88年前、帝国の勇者召喚の儀は4年に1度だから、28年遅れである。
つまりリンダ―は60年前、勇者召喚でこの世界にやってきた。召喚当時25歳ぐらいだったそうだから、いまは85歳。が帝国軍と折り合いが悪く、戦闘や魔法についても軍の期待に応えられるほどの実力ではなかったそうだから、マナの理解度による年齢の遅延効果はほとんどないと思われる。
リンダ―とカリストの接点であるが、これが神聖女神教団のツテというか、交換留学生のような扱いでアルトロンド領エールドレイクの魔導学院に留学するとき、一緒にアルトロンド送りにされたメンバーだという。
カリストはこの留学でアリエルの師グレアノットと出会っている。
「ってことは、グレアノット師匠も知ってるんですか?」
「いや、たぶん知らんな。よくて顔見知りといったところじゃろうな。おそらく接触はない。いま帝国軍と折り合いが悪かったといったろう? リンダ―は跳ねっ返りでな。古い日本の言葉で "ヤンキー" と呼ばれるような奴だったんじゃ」
「いえ、古くないです。今でもヤンキーと言います。ちなみにうちの身内ではロザリンドとサナトスが極めてヤンキーに近いので親近感はあります……。でも……、25でヤンキーってヤバくないですか?」
「ヤバいやつじゃった。リンダ―はとにかく帝国軍に対して反抗的じゃったよ。わしらに対しては普通に接してたんじゃがの。最初に付く側女も断ったせいで、リンダ―はこっちの言葉すら満足に話せなかった。わしらは留学という体でアルトロンドに送られたんじゃが、リンダ―はほとんど学院に顔をださなかったのぉ。国費で留学させてもらって、どこほっつき歩いておったのか?……と当然思うじゃろ?」
「はい、もちろんです」
「神聖典教会じゃよ。いや、当時のアルトロンドはまだ魔族排斥も、奴隷制度もなかったからの、エールドレイクの魔導学院には普通にエルフの学生がおって、その腕前はご存じの通りじゃな、成績上位の魔導学生はほとんどがエルフじゃったし、エールドレイクの街で普通に生活しておったからな。わしもノーデンリヒトに来て、エルフが普通に通りを歩いておるのを見て、当時のアルトロンドを思い出したほどじゃよ」
ここまで話してカリストは話を止め、アリエルの顔色を窺うような表情をしてみせた。
「で……、リンダ―が何か?」
「んー、それがまあ、何というか、えらい人を暗殺するのに手を貸したんじゃないかと疑ってる」
カリストは別段驚きもしないで、用意していた言葉で問うた。
「ほう、どんな手口かのう?」
対するアリエルも食い気味に、
「毒殺」
と応えた。まるでお互いどういった言葉が出てくるのか予め知っているかのように。
しかしカリストはここでそう来るとは思わなかったかのように一瞬考え込んだあと……、
素直に疑問を投げかけることにした。
「毒殺? はて、リンダ―が?」
カリストは眉をしかめて首をかしげるような仕草を続けている。
なにか納得できないのだ。
「えっと、何か?」
アリエルはどういう意味なのか?と、説明を求めた。
カリストは考え込むように記憶を辿り、遠い昔を思い出しながら、ゆっくり話し始めた。
さっきのスピード感はどこへやら……。
「あのなあ、リンダ―は女だてらに工学系の技術者じゃった。仕事はたしか機械の設計に携わっていたはず。あれから60年も経つからのぉ、当時と変わってないとは思ってないが、リンダ―なら銃を作って帝国軍にカチ込んだと言われたほうがしっくりくる。だから毒というイメージではないな」
「工学系の技術者? いや、こっちの情報では薬師だと聞いたんだけど。だから毒殺の容疑をかけられてるんだ」
「薬師? それもイメージとはかなりかけ離れておるな。ところで毒とは? 何の毒じゃ?」
「砒素です」
「砒素か……」
カリストの顔が一気に険しくなった。なにか思い当たるようなことがあるという表情だ。
こんどはアリエルが訝った表情でカリストを見ている。
無言ではあったが、この表情は "話してください" という意味だ。
「うーむ、どういえばいいかのぉ、あのなあ、うーむ……、リンダーより、2期か3期ぐらい前にこっちに来た召喚者で藤木という男が居たんじゃが……えっと……洗礼名は思い出せんな、まあその藤木は留学ではなく、技術交流でわしらと一緒にアルトロンドにきておったんじゃよ」
「技術交流?」
「ああ、そうじゃ。藤木の日本での職業は薬剤師でな、しかも漢方とか自然の植物を使わない薬品のほう専門だったから、まあ……苦労しておったよ。この世界ではすでに治癒魔法があるからの、そもそもこの世界のヒト族はマナを持っていて無意識下で細菌などの繁殖を抑制しておるから、雑菌に対する抵抗力もわれわれ日本人と比べ物にならないほど強い。薬剤師なんて専門知識があっても、この世界では需要がなかったんじゃ」
藤木は薬剤師だったという。これが偶然の一致だなんて思えない……。
「薬剤師ね……、技術交流ですか? それってリンダ―と藤木の技術交流じゃん」
「うむ、なるほど、そうも言えるかの。当時、藤木はリンダーに遠心分離機と蒸留器を発注しておったから、リンダ―と藤木が協力して試行錯誤すれば、薬品を作るため、何らかの機材は作れるじゃろ。しかし何かすごい薬を作ったという話は聞こえてこなかったよ。あと、リンダ―の性格は竹を割ったような性格での、完全に正面突破型だからの。……性格的にもリンダ―が暗殺なんぞに手を貸しているとは思えんのだ。こりゃ完全にわしの推測じゃが、リンダ―よりも藤木のほうが可能性があると思う。……じゃがの……」
カリストはここでも、もったいつけるように話を途中で止め、アリエルがくいついてるのを確認したあと吐き出すように続きを語った。
「……死んだと聞いたよ。藤木は死んだ。もちろん遺体を確認したわけじゃないが」
「ああ、それは残念です。ちなみにそう思うのはなぜ? あと、藤木が死んだのはいつ、どこで? 死因は分かってますか?」
「藤木はこの時でもうすでに、この世界に来てから10年ぐらい経っておったのに、剣も魔法も一般兵には負けないものの、帝国が欲する実力には及ばなかったんじゃな。薬剤師というのもスヴェアベルムでは必要ではなかった。だからまあ、わしらと一緒にアルトロンドへ左遷されたようなもんじゃ」
「え? カリストさんも左遷されたの?」
「そうじゃよ。中位の治癒魔法を覚えるまで10年、そこで伸びしろが尽きたと思うてわしもやる気をなくしての。グレアノットに出会わんかったらわしも腐っておったじゃろうな。帝国は基本的に必要な人材を外には出さないんじゃ。もちろん勇者も……」
「あ、俺も勇者だったので、すいません、これはお互いに痛い腹を探り合うような自虐ネタですよね……俺なんか露骨に殺されるとこだったし」
「ほほほ、確かに。お互い様じゃの。藤木が死んだのはいつだったか、わしが3年の留学期間を終えて帝国に戻ってすぐかの、覚えておらん……ただ、藤木の訃報を聞いたのは帝国に戻ってからじゃから、情報は月単位で遅れる。正確には覚えてないが、たぶん、いまから57年ぐらいまえの話じゃな。すまん、年単位で自信がないのぉ……で、死んだ場所はの、これも人づてに聞いた話なんじゃが、エールドレイクとしか聞いておらん。死因はマナアレルギーと聞いたよ、前のアーヴァインと同じ、まあ不治の病じゃ……。そしてリンダ―は帝国へは戻ってこなかった」
マナアレルギー。日本からこっちにきた者はこの世界の魔気がたっぷり含まれた空気を胸いっぱいに吸い込んで、肺から体内に取り込んだとき、肉体は思い出したようにマナを出す。
これまで忘れてた、当たり前のことを、いま突然思い出すかのように、肉体に急激な変化をもたらす。
突然肉体をかけめぐる謎の具現化したエネルギーに肉体が拒絶反応を起こすことがある。結局前世のタイセーもマナアレルギーで命を落とした。これは帝国の医者も治癒師も、教会でさえどうすることもできなかったし、ひとたび発症してしまえば、てくてくの力をもってしても延命措置を施すので精一杯だった。
マナアレルギーが本当なら死んだというのも本当なんだろう。
まあ、それはそれ。見ず知らずの藤木のことは横に置いといて、
「戻らなかったって? トレードか何かで新聖典教会に残ったの?」
「いーや、失踪したんじゃ」
「失踪? 攫われたの? それとも自分の意志で逃げたのか」
「うーーむ、そこな。それは正直わからん。何しろリンダ―は帝国にとって必要じゃないどころか、邪魔な存在になりかけておったからの、厄介払いされたという可能性も捨てきれないのじゃが……」
「特に何かやらかしたことある?」
「うーん、やらかしたという訳じゃないんだがの、まあだいたいその認識でおうとる。リンダ―は帝国のやりかたに強く反発しておった。行動を制限されて自由がないと不満を言うだけなら良かったんじゃが、帝国の体制批判までやらかしての。おぬしの知るキャリバンもそうじゃったが、キャリバンは仲間想いで、帝国のやり方に反対はするが、それ以上に仲間や、この世界に暮らす人たちのことを考えておった。おぬしらとは行き違いがあって不幸な結果になったがの。リンダ―はキャリバンとも違う、自分は誰とも戦いたくないし誰も殺したくない、当然こんなトコで死にたくなんかない。だから剣も魔法もやらない……といって修練すら拒否しておった。意地でも帝国の言いなりにはならなかったんじゃよ。だからリンダ―が誰ぞ彼ぞを暗殺するのに手を貸すなんてこと、考えにくいかの」
「さっき、側女を断ったって言ってたけど、理由分かる?」
「おぬしの考えている通りじゃよ。リンダ―は奴隷制度という制度そのものを激しく嫌悪しておった。エールドレイクの魔導学院で自分たちヒト族よりも優秀なエルフの学生たちと接して、帝国よりもこっちのほうがいいとこぼしたほどにの。つまり、少なくともわしの知るリンダ―は、当時から誰よりもノーデンリヒトに近い考え方をしていたはずなんじゃよ。もちろん、もう何十年も前の話じゃから、いまも同じ考え方をしておるとは限らん。それでも、戦いたくない、人を殺したくない、自分も死にたくないというリンダ―が、誰かを暗殺するのに手を貸すなんてこと、わしには考えられん」
アリエルはカリストの話を聞いて、すこしホッとした顔で頷いた。
リンダ―は奴隷制度には明確に反対している。
そんなリンダ―が奴隷制度廃止論者であるパシテーのお父さんと知りながら、暗殺するのに砒素を作るのか?という疑惑を否定し、ちょっと安心できるぐらいには悪くない状況証拠が揃った。
パシテーにとってイヴォンデ姉妹はマローニ中等部で、短い期間の教員生活の中、数少ない教え子で、そんな二人と敵対するのは、不幸すぎて見ていられない。
「そっか、なら敵にはならなさそうかな」
「まあの、リンダ―の精神はわしらに近いと信じとるよ」
「ありがとうカリストさん、お邪魔しました。また顔を出します」
「うむ、たまにはディオネのトコにも顔だしてやってくれ。あやつも寂しそうにしておるでの」
ディオネが寂しそうにしているのには、少し心当たりがある。
あまり交流はないけど、兄妹弟子なのだし、そう言われると気になる。
「わかりました、こんどディオネも一緒になにか食べに行きましょう」
「ほう! アリエルどのに食事に誘われるなど、あの日、ドラゴンの肉をご馳走になった日以来じゃの」
「ありましたね! カリストさんのお弟子さんもどうぞ」
カリストは弟子と言われて肯定も否定もしなかった。言われてちょっとドキッとした表情をみせただけで、その話題に触れずに流したのだと思った。カリストの分厚い氷壁が解け始めているとするならば、弟子志願のアリシアにとってこれは朗報だろう。
カリストに礼を言い、アリエルは診療室を出た。
わりと大きな声で話していたせいか、話声は外まで聞こえていたようで、アリシアはかしこまったような表情でぺこりとお辞儀をしてみせた。
若く優秀な治癒魔法を使える人材なんて、どこの国でも欲しいに決まってる。
アリシアだけじゃなく、ここに出待ちしている学生たちの何人か、実力を認められたらいいな……とか、柄にもなく考えていた。
シンプルで銅像も立ってない校門から通りに出ようとしたあたりでアリエルは突然、何の脈絡もなく話し始めた。
気配察知しても、あたりには誰もいない。だから声を出して話し始めた。
「パシテー、聞いた通りだから、あまり気に病むなよ」
話しかけた相手はパシテーだった。
幻影で姿を消していたという訳ではない。パシテーが考案した音声通話魔法のテストを兼ねて、カリストとの会話をパシテーに聞かせていたというわけだ。
一方通行の音声通話だからパシテーの反応は分からない。
だけど何も分からないでいたさっきまでと比べたら、少しは落ち着くだろう。
それだけ言うと、アリエルは魔導学院を後にした。




