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18-14 リンダ―・イヴォンデ(2)

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 アリエルは非公式ではあるが、ノーデンリヒト側に立つ者としてリンダ―・イヴォンデを指名手配し、逮捕及び生殺与奪の権を託された。アリエルとしてはジュライなんて機関、ホムステッド・カリウル・ゲラーが行った悪行の証拠としてぶっ潰し、政治的に利用してやるのが丁度いいと思っている。


 サナトスとビルギットが結婚したらシェダール王国との和平は急速に進むだろうし、そうなるとノーデンリヒトとプロテウスは親戚の間柄になる。現時点ではノーデンリヒト側の情報でしかないが、アリエルが手を出さなくとも、ジュライを壊滅させる過程でおそらくリンダ―・イヴォンデは二人の王子を暗殺した嫌疑が掛けられ、全世界で指名手配されることになるだろう。


 当然だがノーデンリヒトとしても、リンダ―・イヴォンデはアリエルの婚約者であるパシテーの父親に対する暗殺未遂に加担していることから、アリエルがその身柄を確保するため追跡を引き止めることはないが、要するに今のところノーデンリヒトはそこまで手が回らなくて、まずは王国との戦争を終わらせることに力を注ぐから、アリエルはプロテウスとの和平を妨げるようなことさえしなければどうぞご自由に! ってことだ。


 まあこれも当然なのだが、二人の王子を暗殺した(疑いの深い)トーマス・トリスタンこそがビルギットの王位継承の妨げになるのは明らかだった。手っ取り早くトーマス・トリスタンを誘拐して行方不明にしたとしても、トリスタン派の元老院議員たちはビルギットの王位も、サナトスとの婚姻も認めないだろう。


 もたもたしてる間にアシュガルド帝国に攻め込まれてしまうと何もかも失うことになる。

 つまるところ、アシュガルド帝国に攻め込む隙を与えず、プロテウスと和平を成立させるためにはトーマス・トリスタンを失脚させ、トリスタン派と目される議員たちがビルギット派に寝返ってくれると、いろいろ好都合だ。そしてそのカギとなるリンダ―・イヴォンデはアリエルにとってもノーデンリヒトにとっても重要な人物である。



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 会議がお開きになったのは朝四時ごろだった。アリエルが会議場を出て二階の自室に戻ると珍しくパシテーがまだ起きていた。


 仲間内では、いつもパシテーが一番先に寝て、いちばん遅くまで寝ている、いわゆるロングスリーパーなのだが、そんなパシテーが珍しく徹夜で魔法灯の灯るテーブルに地図を広げてアリエルの帰りを待っていた。


「パシテー? こんな時間まで起きてるなんて珍しいな」


 アリエルはパシテーにゆっくり歩み寄り、テーブルに広げられた地図に目をやった。

 それは見慣れない地図だった。それがどこの地図なのかすぐには分からなかったが、テーブルをぐるっと回ってパシテーの横に立ち、地図の北を上にみてようやく理解することができた。


「アルトロンド南西部? ウォンドルレート方面か」


 毒にやられて体調を崩したパシテーのお父さんがウォンドルレートへ向かうというのは聞いていたが……。そんなのゾフィーの転移魔法でパチンと飛ばしてもらえば身体の負担にもならないし、ぜったいそうしたほうがいいに決まってる。まあ、先にゾフィーが目的地に行って座標を覚える必要はあるが、その手間を考えても転移魔法を使ったほうが安全かつ早いはずなのに。


「……ん。メラクに付けたカプセルを追跡してたの。ナルゲンの街を出たあと一旦ガルエイア方面に向かったあと、直接南下していまこんな時間にダブロード峠なの。このまま真っ直ぐ南下するとウォンドルレートね、今も移動してる、たぶん馬に乗ってるの」


「ダブロード峠? こんな時間に?」


 南に位置するアルトロンドでも今の季節ならまだ真っ暗なはず。深夜から夜半にかけて、真っ暗な峠を越えるなんて、いくらあのお転婆メラクでも危険だと思うのだが……。


 アリエルが眉をひそめているとパシテーは地図に指で指し示しながら説明を始めた。


「メラクたちと会ったのはここ、ナルゲンの街」


 ナルゲン、アリエルには覚えがあった。

「あー、あそこね……むか――し、確か露店でゾフィーのお面を買ったトコか……」


「そうなの。メラクいまは移動して、ここ、ダブロード峠に入ってるの」


 ダブロード峠を南下すると、ウォンドルレートの街があって、そこから先は南方諸国との国境、西側のアセット高原を越えるとダリル領になる。およそ小さな村はあるけど、だいたいが広大な穀倉地帯だ。


「てかパシテーすごいな、GPSかよ! 普通さ、こんだけ離れて地図のどこに居るかなんて分らんでしょ? ゾフィーでもそこまでは無理だろ」


 3000キロぐらい離れてんじゃね?って距離感なのに凄い……。

 

「ナルゲンの街にも、お父さんの別宅にもガルエイアの街にも座標を管理するためのカプセルひとつずつ設置していたのが役に立っているの」


「もしかしてダリルマンディとかも?」


「うん、転生してこっちに来てから立ち寄った場所にはぜんぶカプセル置いてるの。でも現在地が地図と重ねられるようになったのは最近のことなの」


 そうだった。パシテーの才能を見抜いてブルネットの魔女と呼んだのは魔導学院だった。

 アリエルと行動を共にして悪名ばかり売れてしまったが、もともとはと言えば天才に与えられた二つ名だった。


 パシテーは座標管理の魔法カプセルを街、つまり地図上にいくつも設置することで、各ポイントとの相対距離をリアルタイムで検出することができるようにした。つまり正確な地図があればパシテーのGPS技術と組み合わせることで、自分がいま居る現在地も正確に分かるし、パシテーが管理する座標カプセルの位置も地図上でいまどこにいるか分かる。


 つまりこれはパシテーにカプセルを付けられたことに気が付かなければ、どんなに気配を消そうが、足跡を消そうが、パシテーの追跡からは逃れられないということだ。


「ちょ、制限とかないのか?」


「うーん、ネストに入られたぐらいなら探知不能になるだけだからいいけど、ストレージに入れられたらマナが根こそぎ持っていかれるの。だから兄さまに付けるなら覚悟が必なの」


 そういってパシテーは小さな小さなカプセルを指先にくっつけてアリエルの鼻先に出して見せた。


 アリエルはそれを見て少し違和感があったので二度見してじっくりと"それ"を凝視する。


 カプセルの魔法はマナで作ったシャボン玉のような薄い膜に風の属性を乗せたものだ。

 アリエルが使う爆破魔法『爆裂』のエネルギーを包む外殻の役目も担っている。付加された特性として術者の検索に対していまどこにあるのか? という位置情報を返すので、たとえば他人に付けると常時どこに居るのか感覚的に分かるし、更に言えばストレージに入れる物品にはカプセルを付ける、もしくはカプセルに内蔵しておかなければ紛失してしまって、もう二度と取り出せなくなってしまうことから、アリエルが使う魔法の根幹に位置する最重要魔法の一つだ。


 パシテーは今に至るも魔導への探求を緩めていない。

 それはこの風魔法『カプセル』を見ただけで違和感としてアリエルに伝わった。


「なんだろ? 薄いのかな? これ付けられても簡単には分からないぞ?」


 風魔法『カプセル』はマナで作ったシャボン玉のようなものだと言った。

 パシテーの指先に付着しているこの泡粒ほど小さなカプセルのマナ膜の薄さにアリエルは驚いた。

 マナ膜が薄くなれば、それを付けられてマナの感覚や気配のような違和感でバレる危険性が低くなるんだ。


 そしてパシテーは更にニヤニヤしながら自慢げに話した。


「へへへ、実はね兄さま、カプセルの膜を薄くしたら小さな振動が伝わってくることに気が付いたの」


「えっ?」


「正確には伝わってくる振動を、こっちで同じくカプセルに投射するの」


 遠隔地にあるカプセルから送られてくる振動をこちら側で用意したカプセルに投射する?


 カプセルが震える振動が音となって聞こえてくるということか。


「もしかして糸電話みたいなもんか?」


「同じような仕組みなの」


 これはいい。アリエルたちは日本からこの世界にスマホを持ち込んでいて、ストレージの中に簡易的なソーラーパネルやポータブル電源も持っているから電力の心配もないが、そもそもからして携帯電話の基地局がないスヴェアベルムでスマホなんてカメラ機能ぐらいいしか使えない。


 パシテーのこの遠隔通話魔法が完成したら、もしかすると遠隔通話可能かもしれない。

 そうなるともうこの世界で最新の光モールス信号なんて一気に時代遅れの技術になる。


 アリエルは慌てて自分の指を立て、その爪の先に小さな風魔法カプセルを作って、それをパシテーの作ったカプセルと並べて比べてみた。


「もっと薄くなの」


 パシテーのダメ出しに何度も薄く薄くカプセルを作ってみたが、薄くしたら壊れやすく、いつもの厚さで作ったカプセルの表面を削るようにどんどん薄くしてゆくと、それこそシャボン玉が弾けるようにパチンと消えてしまうのだ。パシテーはアリエルが失敗するのを見て納得したように頷いた。なるほど、パシテーも同じ道を通ったらしい。


 アリエルが見よう見まねで作ったカプセルではパシテーの作ったものには遠く及ばず、一朝一夕で出来るようなものではないことを知った。


「簡単にはできないな」


「うん。兄さまが一発で出来たら落ち込んでしまうところなの。これは多量のマナを必要としない、ただ繊細なマナ操作なの。てくてくが言うには風魔法に適性があるなら、そう難しいものではないらしいの。だから練習すれば誰でもできるようになると思う!」


 それは魔導学院で学生が何年もかけてマスターするタイプの魔法鍛錬だ。パシテーが言う『練習すれば誰でも』というのは、魔導師が何年もかけて研鑽を重ねてようやくたどり着くことができる魔法であり、論文を書けば博士号が取れるレベルの魔法の活用法でもあり、教授レベルの者が専攻してよさそうなテーマでもある。当然そういうのはアリエルの最も苦手とする分野とみた。恐らくジュノーは使えるようになるだろうが、ゾフィーもロザリンドもサオもきっとダメだろう。


「まだ開発途中なの。カプセルの膜を薄く作ることができたら詳細に座標を検知して地図上に示すよりも音声通信のほうが簡単だと思うの。これが出来るようになったら相互通話できるの!」


 こんな朝方まで起きててハイになってるのだろうか、いつもとは違って興奮気味に話すパシテーの姿を見てパシテーも魔導を追究する魔導師だということを思い出した。


「なるほどな、さすがパシテーだ。ってことは完成の見込みがあるんだな」


 アリエルとしては、監視対象に悟られず、風魔法カプセルを知らない間にをくっつけるという用途を想定していたのだけど、パシテーはもっと実用的に携帯電話のような遠隔通話可能な魔法を考えていた。しかも多くの人が使えるような魔法だ。これが実用化されたらスマホの無料通話アプリと監視アプリを同居させたような複合魔法が出来上がることになる。


「んー、そうなの。てくてくに手伝ってもらって、やっと実用のめどが立ったの。あとはジュノーにお願いして起動式を作ってもらったら発表できるの」


 そりゃあまあジュノーは人が便利な魔法を使うことには強力的だけど、パシテーが完成できず てくてくに手伝ってもらわなきゃできないような魔法、起動式を公開しても誰も使えないのではないか?


「考えなしに発表したらダメだぞ、たぶんこの魔法はグリモアに次ぐ軍事機密になるからね、帝国に奪われたら困るのはノーデンリヒトなんだから」


「う……それじゃあ てくてくにお願いしてカプセルを検知する魔法を考えてもらって、それとセットならいいの」


 えっ?


 カプセルって検知できるのか……、やろうと思ったことはないが、なるほど、自分以外の者がカプセルを使えるようになるってことは、知らず知らずのうちにカプセルを付けられることも考えなきゃいけないってことだ。


「カプセルを見つけても付けた本人は分からないよな、術者を見つける手段ってある?」


「こっちにはストレージ使えるひとが4人もいるの。見つけたらストレージに入れてやれば、次の瞬間には気を失うの。すぐに出しても12時間は動けないし、初めてされたときは訳わからないから接続を解除するなんて発想もないから、ずーっと気を失ったままになるかもしれないの」


 簡単に言うとパシテーは魔法を発表しても使い方について口出しをすることはできないと言ってる。

 悪意を持って向けられた魔法には相応の反撃をするのは当然だとも。


 こくこくと小さく頷いたアリエルにパシテーは付け加える。


「この音声通信魔法まだ未完成でノイズがひどいの。でもメラクとアトリアの会話で、ふたりはお婆ちゃんに会うため大急ぎでウォンドルレートに向かってることは分かったの」


「え? パシテーの顔を見て焦って逃げるように去って行ったって聞いたけど、お婆ちゃんって……もしかしてこっちの動きを先読みしてるのか?」


 パシテーの頭から "?"マークがポーンと出た。和平会議に出ていたアリエルの話に、ここで地図とにらめっこしていたパシテーがついて来られるわけがない。


 パシテーはリンダ―・イヴォンデの話を聞いてないのだ。


「こちらの動きを先読み? それ何の話?」


「いや、イヴォンデ姉妹さ。真紗希まさきがパクってきたジュライの複数の書類に "リンダ―・イヴォンデ"と名前があったんだ」


「……? イヴォンデ? メラクとアトリアの関係者なの?」


「さあ、俺があいつらの身内だと思ったのはファミリーネームのイヴォンデと、あと、これはトラサルディ叔父さんとダイネーゼ氏の証言なんだけど、どうやらキッツい訛りがある婆さんなんだってさ。まるで大阪のおばちゃんがカタカナ英語しゃべってるような……」


「もしかして兄さま私と同じこと考えてるの?」


「そうかもしれないな、じゃあパシテーの考えを聞かせてくれ」


「だってこの世界は南方のアムルタでも、北のドーラに住む魔族でもちょっと悪戦値が違う方言ぐらいの感覚なのに、あの二人の言葉はおかしいぐらい訛っていたの。前世では不審感までもたなかったけど、大阪に生まれて、大阪で育ってみて、絶対におかしいと思ったの。イヴォンデ姉妹は関西人の血筋なの。もしかすると異世界転移について、何か知ってるかもしれないと思ったの」


「パシテーはやっぱり日本に帰りたいのか?」


「日本に残してきた両親も心配だし、こっちの両親とも会わせてあげたいの。それにディオネもカリストさんも、みんな日本とスヴェアを行き来出来たらいいと思うの」


 いや、日本のあるアルカディアは時間が巻き戻る仕様になってるから、あっちとこっちの世界でいろいろ困ったことになりそうな気がするのだが……。


「兄さまはどう考えているの?」


 パシテーは話の流れのまま、アリエルに問うた。

 アリエルはちょっと答えづらそうにしながらも、話をすることにした。


「うーん。何から話せばいいかな。えーっと、ジュライの書類にリンダ―・イヴォンデの名前があったことまで話したよね」


 パシテーは無言で頷いたあと、確信に繋がる問いを投げかけた。


「なんの書類に名前があったの?」


「パシテーのお父さんが飲まされてた遅効毒の発注書と、そのカネの受け渡しで領収書切ってた。んでその毒を作ってたのがリンダ―・イヴォンデっていう婆さん。で、その婆さん、どうやらあの二人の身内らしいことまで分かったんだよね。でもパシテーの顔見て逃げたってトコに引っかかってる」


「ちょっとそこ詳しく話してほしいの」


 パシテーの声のトーンが変わり、めっちゃ食いついてきた。

 目つきも険しい。いつも緩くてめったに怒らないパシテーが露骨に苛立ちをみせた。


 メラクとアトリアの名前はジュライの名簿にはなかった。だけどジュライの暗殺リストを知ってた可能性がある。しかもリンダ―・イヴォンデの作ったヒ素がパシテーのお父さんに使われることまで知っていたのかもしれない。もしそうだとすると、話を聞かざるを得ないのだが……。


「えっと、ちょっと話はややこしくなるけど……」


 アリエルはリンダ―・イヴォンデが勇者召喚でこの世界に攫われてきた日本人である可能性が高いこと、教会の審問機関ジュライの名簿に名前が載っていること、薬剤の知識に明るく、この世界での高精製ヒ素 "ゼロセブン" を精製する技術を持っていて、ジュライはそれを使ってシェダール王国の後継者である王子二人の暗殺に関与したという疑いが濃いこと、そしてパシテーのお父さんも同じ手口で暗殺されようとしていたことも、包み隠さず伝えた。


「もちろん、リンダ―・イヴォンデは何も知らずに利用されただけ……という可能性もあるけどな。知ってて関与した可能性も、いまのところどっちとも言えないよ、半々ぐらいかな」


「知っててやったのなら許さないの」


「どうする? 朝から行くかい?」


「うん、イヴォンデ姉妹を捕まえてから寝るの」


「イヴォンデ姉妹じゃなくってさなあ、リンダ―・イヴォンデを捕まえに行くんだが?」


 パシテーがここまで怒りを露にするなんて珍しいな。だいたい静かに沸々と怒る人なんだが。

 やっぱり父親が暗殺されようとしていたことに怒りを感じない訳がないのだ。


「んじゃパシテーの両親も行こうか。どうせウォンドルレート行くんだろ? 声かけてきて。俺はゾフィー起こしてコーヒーでも淹れとくよ」


「ん。わかったの。わたし砂糖みっつなの」



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