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18-10 ルーの決断(3)アンチマジック

 シャルナクがバツ悪そうにこめかみをひきつらせながら汗顔で塩人形オートマトンから手を離したのを見てから逢坂ルーは話を続けた。


「じゃあ私からの要求は二つ。ひとつめはさっき言った通り、あなたたちはここの屋敷に住み込んで、ベルフェ……ああそうね、アリエルといったほうがいい?」


「そうだね、アリエルくんはわたしの可愛い甥っ子でね、誇り高きベルセリウス家の男なんだ。できればアリエル・ベルセリウスと、そう呼んでいただきたいものだ」


「はい、ではあなたもここのベルセリウス家に住み込んで、イシターさんはシャルナクさんだけじゃなく、アリエルの家族を全員守り切ること。今日は護衛としてまるっきり役に立ちませんでしたけど、あなたの障壁魔法があれば、んーー、そうね、まあ……油断さえしなければギリギリ合格点です。もう油断しちゃダメですからね。あなたが力を発揮して警護するならその間だけは別に急いで転移魔法陣ポータルを引っ越さなくてもいいと思うけど……。でも引っ越しは前向きに検討してね」


 シャルナクは警備上の盲点を突かれ、頷くことしかできなかった。ここは逢坂ルーの言った通り、警備を根本的に見直す必要があるだろう。


「ぐうの音も出ないな。分かった、検討しよう」


「じゃあふたつめ。今日ここであったことは誰にも言わないこと。起きた出来事も、これからする話の内容もすべて、なかったことにしていただきます。もちろん、アリエルにも、その家族にも秘密にしていただきます」


 シャルナクはすこし怪訝そうな顔をしてみせた。

 アリエルの耳に入らなければいいのか? それとも今日ここで起きた出来事を知られたくないのか?


 だがしかしこの要求の真意を聞いたところで、帰ってくる答えには期待できない。


「ふたつの条件、シャルナク・ベルセリウスがしかと了承した。ついては妻を離してやってもらえないかね?」


 背後から羽交い絞めにしていた塩人形オートマトンの腕から力がスルッと抜けたのを察知し、エリノメは硬く結晶化した腕を乱暴に振りほどくと同時に振り返り、塩人形オートマトンの足をゲシゲシと踏みつけるように蹴っていた。


 そんなエリノメの姿を見ながら微笑む逢坂ルーは、路地の立ち上がった壁に手を触れた。


 するとそこからパッと人が現れ、ドサッと音を立てて倒れた。

 厳密にいうと現れたのではなく、気を失った男を壁に擬態させていたのを解除しただけだ。


 そしていま倒れた男は衛兵の制服を着ていた。


 いまエリノメが足をゲシゲシと蹴っている塩人形オートマトンが音もなく姿をかえ、革製の真新しい旅装の男にかわったあと、まるでスライドショーのように真っ白な帝国軍の騎士服へと早着替えをしてみせた。


 これはセカで見た塩人形オートマトンだった。

 その男の顔はシャルナクにも見覚えがあった。確かノーデンリヒト砦の攻防戦に出ていて、鉄壁の守りを誇るサオを攻略した相当な手練れだったはずだが。


 シャルナクもあの時の戦闘は報告書でじっくり読んだ。

 白い騎士服を身に纏う勇者は綿密かつ高度な作戦遂行能力をもった統率力の高い戦闘集団で、たった1日の戦闘でノーデンリヒト砦の戦力の穴を突いてくる作戦立案能力も評価していたのに、いまは生気すら感じない人形に成り下がっている。


 仕組まれたのか? いや、違う。

 ここで出会ったことは偶然なのだろう。


 周到に準備されたようには思えない。アドリブでこれだけのことをされたのだろう。逢坂美瑠香おうさかみるかという女の空恐ろしい実力の一端を見せつけられたシャルナクは、塩人形オートマトンを蹴るエリノメの腕を掴んで蹴るのをやめさせた。


 この白い騎士服を着た勇者の男が生きているとしたら失礼だし、死んでいるのだとしても、死者を蹴り続けるというのもいかがなものかと感じたからだ。


 シャルナクの静止を受け入れ、ようやく話ができそうな雰囲気になったことで、逢坂ルーは、新しい塩人形オートマトンの傍らに立ち、シャルナクたちが知りたいだろう話をすることにした。


「この男はケルン・ホートランドという名でボトランジュに長年暮らしていた帝国の永住スパイでした。さっき言った通り、本名はディファイ・アグロフ。今回はこっちの騎士勇者イカロスがノーデンリヒトに潜入するとき手引きする手筈でした。別に今日あなたを襲う命令が下されていたわけじゃないのですが、最終的な指令は要人暗殺です」


 シャルナクは開いた口が塞がらないほど驚いた。

 敵国じゃなくても隣国に永住スパイを送り込むことは国家戦略上当然だが、こんな身近にいて最終的に暗殺の命を受けていたとは考えていなかった。しかも護衛という役職を得るほど信頼を得ることに成功しているとは。


 ケルン・ホートランドは父親もボトランジュの衛兵隊長だった、こういったスパイを避けるため縁故採用がまかり通っているのだが、逆に血縁を信用することに付け込まれた結果となったわけだ。


 これは失態だった。何を隠そう、シャルナク本人の大失態だ。

 ボトランジュも衛兵の採用方式について考え直す時期が来たという事だ。


 しかしこの白い騎士服を着た塩人形オートマトンは騎士勇者として戦った、手ごわい男だ。

 確かに腑に落ちないことがある。なぜこの男なのだろう?


「この騎士服の男はすでにノーデンリヒトでは有名人だ。こんな顔バレした者を潜入させる理由は何なのだ?」


「そうなんですよ。しかも潜入の目的というのが勇者サガノ、つまりアリエル・ベルセリウスを懐柔することなんです。いったん敵になってしまったけれど、そこをなんとかもういちど力を貸してもらえないかと頼みに来たわけですよ、その為には敵対していた本人が出向いて直接顔を合わせるのがいいと考えたのかもしれませんね」


「アリエルくんを懐柔? 帝国側に付かせるため? はははは、そんなことが可能なのかね? いったいどう話を持って行けばアリエルくんの心を動かすことが出来るのか」


 逢坂ルーはさっき二つ目の要求として、これからする話の内容もオフレコにする要求をしていた。

 その話の内容が語られる。


「私と話したことをなかったことにしてくれといった理由がそれです。実は近く、皇帝の弟エンデュミオンが近く帝国内でクーデターを起こします。その方法はイカロスにも知らされていないので不明ですが、皇女ロレーヌも一枚噛んでいますね。アリエルはエンデュミオンに詳しい話を聞くことになりました。無条件というわけにはいかないでしょうけれどね。まあ、アリエルはエンデュミオンのことを良く思ってないですし、エンデュミオンのほうもクーデター成功した後はアリエルを殺してしまえばいい! ぐらいにしか考えてないおバカさんなので、まだひと悶着もふた悶着もあると思いますけど、アリエル自身も敵の敵は味方と考える子なので、エンデュミオンの誘いに乗ったフリをする可能性が高いです」


 話を聞いたエリノメの表情が曇ったのを逢坂ルーは見逃さなかった。


 そして俯こうとするエリノメの顔を下から覗き込むようにして問う。


「不安そうですね、エリノメ・ベルセリウス……。いいえ、ここではアンリ・アシュガルドと言ったほうがいいですか? 、もうどっち付かずの中途半端はやめて、どちらにつくのか、ハッキリ決めたらどう? もちろんあっち側に付くなら容赦しませんが」


 アンリ・アシュガルドとは何世代も前のエリノメの名だった。

 当時、ユーノー大陸の東側一帯を制していたソスピタ王国が分裂崩壊し、有力者が小国を乱立させ、盗賊も跋扈するなか、時代の激流に翻弄されるばかりだった民を率いて再び国家統一を成し遂げたのがシャーロック・アシュガルドだった。


 アシュガルド帝国建国の英雄、シャーロック・アシュガルドの正体は神話戦争を戦い、十二柱の神々として第九位に座していたクロノスだった。つまり、この世界に今も語り継がれる神話戦争の英雄譚は、アシュガルド帝国を建国した英雄の物語だった。


 エリノメ・ベルセリウスは何度目か過去の人生で、シャーロック・アシュガルドの妻として、ともにアシュガルド帝国建国の英雄となった。


 エリノメは息子であり過去の恋人であり、元夫でもあるプロスペローが帝国についたのは、自分がシャルナク側についたせいだと責任を感じていた。何千年も前の話だが、確かにアンリ・アシュガルドとして、アシュガルド帝国を建国するのに力を尽くしたこともあった。いま何度も転生を繰り返して、帝国とは敵対する陣営にいるが、それでも表立って自分たちが作り上げたアシュガルド帝国と戦いたくはなかったのだ。


 しかし、戦う力があるのに戦わない。その理由は、攻めてくる敵が過去の自分が興した国だから……。そんなの戦わない理由にならないことは分かっている。戦わずして身内が殺されるのをただ指をくわえて見ているだけなら、それは静観ではない。敵対と同義だ。


 それでも身体が弱い、うつる病気だなどとうそをいって、人前に出ることを避けた。

 戦いにも出ないで隠遁生活を続けた。ひっそりとマローニに隠れるように住んでいた頃、王国軍、アルトロンド軍、そしてアシュガルド帝国までが参戦したことにより、セカは陥落した。


 現世の夫、シャルナクの兄弟も3人が亡くなった。セカ防衛戦では大勢のボトランジュ人が死んでしまった。アシュガルド帝国の手によってボトランジュの若い女たちは攫われ、エルフたちは売られていった。


 エリノメが逃げずに最初から戦っていたら、結果は変わっただろうか。

 プロスペローが母である自分の傍にいることを拒否しはじめ、心のよりどころを帝国に求め始めたことも知っていた。


 世界のパワーバランスを崩す大発明、グリモア詠唱法を帝国に持ち出したこともエリノメは知っていた。しかし何も咎めることはなかった。プロスペローの考えあってのことだと信じたのだ。


 前世までは夫として愛し、現世では息子として愛した男と敵対するなんて、考えたくもなかった。


 そんなエリノメに逢坂ルーは畳みかける。


「迷ってる時間はありませんよ? どっちつかずはいけません」


 逢坂ルーはすべてを知ったうえで、どっちつかずはいけないと言ってるのだろう。

 エリノメはいま自分の優柔不断さを責められ、ついカッとなった。


「自分のことを棚に上げて偉そうなことをいう、あなたはどうなの?」


 アマルテア人であり、滅ぼされたデナリィ族であるルーは、すべてが終わってからアマルテア殲滅戦の功労者ヘクターを殺した。その理由はわざわざ語らなくとも察することが出来るはずだ。


 逢坂ルーはこれまで人を食ったような態度だったが、エリノメに図星を突かれたようで、先ほどまでの饒舌さと笑顔が消えた。


 そして聞こえるか聞こえないか、消え入るような小さな声で答えた。


「私の背負ってるものに棚上げできるような軽いものなんてない……」


 和かな口調だったが、語るその声のトーンは低く、少し不機嫌そうでもあった。

 しかしすぐに顔を上げ、また笑顔を作ってみせた。


「じゃあお願いね、転移魔法陣ポータルが空いたなら私はもう行きます、それでは……」


 そういってシャルナクたちとすれ違いざま、エリノメはひとつ問うた。


「あなたは敵なの? それとも味方として力をアテにしてもいいの?」


 逢坂ルーは立ち止まり、エリノメの方を振り返ることなく、


「過去には敵だったこともありましたよね。でも今は生徒たちを引き受けてもらってる手前、あなたたちと敵対することはありません。アテになるかは分かりませんが、私が無事に戻ってこられたときにでもその話をしましょうか」


 そういって、逢坂ルー塩人形オートマトン2体を伴い、転移魔法陣ポータルに消えていった。命令されなくても2体の塩人形オートマトンはもう何年もコンビを組んでいるかのように、見事に足並みを揃えてついてゆく。


 シャルナクは気を失って倒れている衛兵に駆け寄り、息をしていることを確認すると一人残った護衛の兵士に、衛兵と治癒師を呼んでくるよう命じたが、兵士は返事をせず、ただ茫然と立ち尽くしている。

 不審に思ったシャルナクが「おい!」と肩を掴むとその場に崩れるように倒れた。どうやら気を失っていたようだ。


 帝国軍がクーデターを起こすという話をするとき、関係のない護衛には話を聞かせなかったということだ。

 シャルナクは内心すこしホッとした。


 エリノメの方はというと塩人形を視線で追い、転移魔法陣ポータルに消えるまでを確認した。


 ここの転移魔法陣ポータルはゾフィーが起動式で発動するよう改良している。

 もともと魔法と魔法陣では消費するエネルギーも違えば、発動するプロセスもずいぶんと違う。


 逢坂ルー塩人形オートマトンにアンチマジックを付与したと言った。さっきエリノメが後ろから羽交い絞めにされたとき、あれだけ強固に張っていたバフ魔法がすべて瞬時に消去された。自分の身にまとっていた強化魔法も防御魔法も、まるで肌から蒸発するように消失してしまったので、それは実感として理解している。


 しかしいまその塩人形オートマトン2体が何の迷いもなく転移魔法陣ポータルに乗ってどこかへ転移したのを見て強い違和感を覚えた。


 2体の塩人形オートマトン逢坂ルーの施したアンチマジックを解除してから転移魔法陣ポータルに乗ったとも考えられるが、たったいま塩人形にされたばかりの護衛兵が何のレクチャーも受けず、そこまでできたことがとにかく不審だった。


 アンチマジックは転移魔法陣ポータルの力を中和することができないのかもしれない。


「エリノメ?」


 シャルナクは逢坂ルー塩人形オートマトンが消えた転移魔法陣ポータルのほうをじっと見ながら呆然としているエリノメを労い、肩を抱き寄せた。


「私の力でお前を守ってやれなくて、本当にすまないと思っている。男として恥ずかしいな」


 シャルナクの言葉を聞いて、エリノメはハッと我に返り、驚いた顔をした。

 なぜならシャルナクはエリノメの事を守っているつもりでいたのだ。これからもそのつもりなのだろう。


 エリノメの正体が十二柱の神々の序列七位、守護の女神イシターであるということも当然ながら知っていて尚、自分は夫であり男であるから、妻を守るのは当然だと考えている。


 逃げてと言ったのに逃げなかったシャルナクに言いたいことはたくさんあったが、男として恥ずかしいなどと言いながらも胸を張る姿に半ば呆れてしまった。


 この男にはもう何を言っても無駄なんじゃないかと、エリノメの心の中は諦めの心境だった。


 シャルナクはベルセリウス家を警備している衛兵を呼びつけて、倒された衛兵を預け適当にウソを交えながら事情を説明して警備の空白を補うよう要望するとトリトンの待つ屋敷へ。そこで警備の重要性を説き、しばらくは自分たちもノーデンリヒトを拠点に活動したいと申し出た。


 後日談ではあるが、エリノメの警備が屋敷全体に及ぶこととなり、ニュクスとインドラという十二柱の神々の中でも特に好戦的な者の襲撃を見事に撃退するのであった。


 今のところ警備には問題はない。

 問題はと言えば、帝国で近くクーデターがあるということをシャルナクが知ったということか。


 ルーが何を狙ってシャルナクに話したのかは分からない。

 いや、話の流れからクーデター情報なんて話す必要はなかったのではないか?


 ではなぜここでそんな重要な情報を話す必要があったのだろうか?


 すぐに思い当たった理由はひとつ。

 そんな情報を聞いたシャルナクが、ただじっと指をくわえて見てるだけなんて考えられないと、そういうことなのだろう。ルーにとって、シャルナクがどう動くかということも、きっと計算ずくなのだろう。


 シャルナクはルーとの約束通り計画の内容は誰にも話すことなく、自分ひとりで何かする気になったらしく、エリノメにすら秘密にして準備に取り掛かった。もちろんエリノメにバレずにそんなことできるはずもなく、知らぬはシャルナクだけ。何かコソコソやってることはむしろエリノメだけでなく、一緒の屋敷に暮らすトリトンや、トラサルディにも不審がられることとなった。


 シャルナクはひとまず、トリトンに理由は聞かないでくれと言いながらアルカディアから集団転移してきたという勇者候補たちに会う許可をもらい、水面下で情報収集をしながら、同級生と連絡を取る方法を確保するため、全力を尽くすこととなった。そのためにはノーデンリヒト側から帝国のほうに入り込んで連絡をとる必要があったため、その役割には烏丸大成アーヴァインが立候補することになった。


 アーヴァインは前世のおっさんアーヴァインだった頃にもシャルナクと親交があったので、シャルナクとしては信頼のおける相手だったし、アーヴァインはエマやカンナたちからシャルナク代表からめちゃくちゃ世話になったという話を聞いていたので、その頼みを断るなどという選択肢は最初からなかった。


 しかしだ、まあ、何と言うか、シャルナクは日常的にウソをついたことがなかったせいか、一緒に暮らす家族たちには何か秘密にしていることがあることがありありと、手に取るように分かるのであった。

 タイセーのほうも同じく、慣性の鋭いカンナだけじゃなく、韮崎アッシュ浅井ルシーダにも何か企んでることが筒抜けとなっていた。


 ちなみにカンナには浮気していると思われている。


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