表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/566

03-02 公開処刑

泥酔して寝ボケて書いたのか? と、信じられないほど文章がひどかったので書き直しました。

随時書き直しを進めています。

2021/1101 ちょっと加筆



 昼下がり、アリエルたちはセカにいた。

 ボトランジュの領都セカは大都会で人通りも多いので、パシテーが飛んでいると目立つ。

 仕方なくトボトボと歩いて移動すると半日かかる広さなので、アリエルたちは乗り合いの馬車に乗って、ようやく港に着いた。


 渡し船を待つ間、軽く食事を済ませる。セカに来ると魚料理がうまい。今日はティラピアのムニエルだった。向こう岸がかすむほど遠いジェミナル河を渡す船は定員が30名程度の中型船で、いつもだいたいガラガラに空いている。ノルドセカから北に行くとマローニがあるが、北ボトランジュではセカの外殻都市とされるノルドセカを除けば人口4~5万のマローニが最大の街であり、ほかは小規模な街や村が点在しているにすぎない。北に渡る船が定期便としてあるだけでもありがたいと考えるべきだろう。渡し料金はひとり8シルバーなので、絶対に採算は取れていないと思われる。


 そんな市町村運営のコミュニティバスのような渡し船に乗せてもらって、久しぶりのボトランジュ中北部の土を踏んだ。ノルドセカの街の門を北に出ると視界の全てがなだらかに波打つ独特の丘陵地帯になっていて、ここから300キロぐらい北へ北へと進路をとると麦の畑と農家の集落がポツポツと目立ちはじめ、街道の幅が馬車のすれ違えるぐらい広くなり、やがて遠くのほうに街が見えてくる。


 中等部を中退し、飛び出した日から帰ってない。たった4年でも懐かしく感じる、マローニの街だ。


 街の出入りを監視する衛兵のおっちゃんは衛兵の詰め所にいて、居眠りまではしていないものの、アリエルたち二人が街に入ろうとしているのに目も合わせようとしない。衛兵がのんびりできるのは平和な証なのだから、誰もそれを咎めようとしないのだ。


 マローニの街に入ると通りを北に向かって、最初の大きな十字路を右に折れてベルセリウス別邸へと向かう。まずはビアンカに戻った挨拶をしたほうがいいのだけど、冒険者稼業ってはやつが板についてくると、新しい街にきたらまず、取りも直さずギルドに行って依頼ボードを見るということが習慣付くんだ。


 白地に翼を広げた鷹のデザイン、冒険者ギルドの旗が翻る建物の前に立ち、4年前と何ら変わってないウェスタンドアを押して中に入ると、正面がギルドカウンター。左に依頼を張り出してあるボード、右側にはとうを編んだ衝立ついたてがしてあって、その向こうはギルド酒場になっている。


 チラッと覗き込むと懐かしい顔があった。中等部で同じクラスだったメラクとアトリアだ。


「おおー、メラクー、アトリアー元気かー。いい女になったねー」と、まずはハイタッチで挨拶をした。

「あっ、アリエルやん。長いこと見ぃひんと思ったら何ぃ? キャラ変わったん? 正直なことはええことやで。あー、パシテー先生やん、変わらんなー。いつまでも可愛かえらしわぁ」


 4年ぶりの再会だが、ここは情報収集も忘れない。ベルセリウス別邸より先に冒険者ギルドへ立ち寄ったのは、教会と神殿騎士たちのことを聞いておきたかったからというのもあるから。


「実は教会が勇者を出したと聞いて!」

「ああ神殿騎士な。えーっといつ? 先々月やっけ? もっと前やっけ? 戦争に行くゆうて勇者パーティがマローニに立ち寄って、えらい騒ぎになったんやけどな、昨日、早馬が教会に駆け込んだわ。情報やと明日明後日にも凱旋する言うてたで。なんかでっかい熊捕まえたらしいし、たぶん近いうちに刑場で何かイベントある思うよ。うちらそんな悪趣味なもんに興味ないから行かへんけどな」


 メラクは『でっかい熊』といった。アリエルにはまず頭に浮かんだ獣人がいた。

 エーギル・クライゾル、ベアーグ族の族長だ。


 頑丈を絵に描いて額に入れたかのような強靭な肉体と、アリエルを子ども扱いにした剣技をもつ敵軍の将、まあ、アリエルは子どもだったのだが。


 あのエーギルを殺さず生け捕りだと?。

 勇者ってのはエーギルを超えるバケモンかよ……。

 

 アリエルの脳裏に砦の撤退戦がフラッシュバックする。

 薄暗く狭い砦中での戦闘、外にいたウェルフたちを圧倒したことで、ちょっといい気になっていた鼻っ柱を叩き折られた。アリエルは[爆裂]をはじめ、すべてを出し切っても疵一つ付けることができなかった、あのエーギルがそう簡単に捕まるなんて考えられない。


 そりゃあ今の自分なら、エーギルを戦ってもひけはとらないと自負している。

 当然だ。いちど負けて何も対策しないなんてことはない。エーギルと対峙しても戦えるよう、ありとあらゆる戦闘を想定し、対エーギル戦をシミュレートしてきた、戦っても勝てるよう剣も魔法も鍛錬を重ね、腕を上げてきたつもりだ。


 勇者だか何だか知らないけど、あのエーギルを殺すではなく、捕まえるだなんて相当力量が上回ってなければできないことだ。


「勇者ってそんなに強いの? 俺10歳の時、その熊にコテンパンに負けたんだけど……」

「強いかどうかは知らんけど、えらい男前やったわ。うちの好みとちゃうけどな……」


 ああ、そいつは敵だ。きっと敵になるに違いない……と思った。いや、特に理由などなく直感で。

 別に男前でモテるのが気にくわないとか、そういう意味じゃなくて、まだ会った事のないやつでも、話を聞いただけで『あ、そいつは合わないかも……』って思うことなんていくらでもあって、虫の知らせというか、虫が好かないというか。


「アリエルは何? 勇者のことが気になるん? 」

「いや別に、勇者の事なんかより、でっかい熊のほうが気になるんだよ」


「まあ、明日か明後日には連れてくるんちゃうかな。うちらはよう知らんねん」

 エーギルの情報なんて知らなくて当たり前だし、一般の冒険者ガールなんだから、熊野郎のことなんて知りたくもないし、興味もなくて当たり前だ。とりあえず、勇者たちが戻ってくる前にマローニに着くことができた。明日か明後日には勇者なんてやつの顔を拝めるだろう。


 ギルド酒場で情報収集を済ませたアリエルたちはメラクたちに手を振り、今度こそベルセリウス別邸に向かった。4年ぶりだ、ビアンカはいくつになったのだろうか。



 チャイムを鳴らして帰宅すると、ベルセリウス家の放蕩息子が突然帰ってきたものだから、えらく驚かれた。居間に行くとビアンカが居て、何か赤い表紙の本を読んでいるようだった。ちょっとくたびれた感じはするけれど、とてもアラサーには見えない、20台前半といっても通用するほどの若さだった。


「母さん、ただいま。ご無沙汰してます」

「ご無沙汰しています」

 パシテーと二人ただいまの挨拶を済ませた。何年ぶりだろうか。ビアンカの胸に飛び込むのは。

 ……おっぱいに顔を埋めようとしたけど、ビアンカの身長を抜いて高くなっていたので、普通の抱擁になってしまった。


 残念。

 とてもとても残念なので抱擁したまま抱き上げ、ぐるぐるぐるぐると回ってやることにした。


 ビアンカは驚かせたことと、予告もなく帰ってきたことで化粧するする暇もなかったことが不満らしく、ちょっとむくれては居たけれど、いつものビアンカで安心した。実の息子に会うために化粧までしてくれようという、その気持ちがマザコン魂を揺さぶるのだ。


「エル、4年ぶりですね。手紙ぐらいよこしなさいな。エルは大きくなったけど、パシテーさんは変わらないのね」


 ビアンカにも積もる話はあったのだろうけれど、実際に話してみるとたいして積もっておらず、この4年間、マローニではな――――んの事件もなく、変わりなかったそうな。


 プロスは王都の高等部へ行って王国の役人になるらしいという話を聞いた。

 ヤンキーが役人とは、世も末である。


 そして父さんの方はとへば、まったく、ただの一度もマローニに顔を出すなんてこともなければ、ビアンカをノーデンリヒトに呼び戻されることもない。ただ形式的に"お元気ですか"から始まって"それではお体に気を付けて"で締めくくる手紙のやり取りが、年に2度ほどあるだけという、完全別居状態が続いているという。


 4年間、文通だけの遠距離恋愛を続けているようなものだ。


 かわったこと……を強いて言うならば、4年前にどこぞの放蕩息子が中等部を中退して、家出同然で旅に出てしまったことと、何か月か前、勇者の軍が通過する際に立ち寄った程度だという。


 なるほど、それはちょっと機嫌をとっておかなければならない。


 というわけで、ビアンカにはネーベルで買った緑色の磁器の花瓶を。ポーシャとクレシダには自分が打った新作の包丁をプレゼントしたんだけど、この包丁のグリップ部分がネーベル特産のマホガニーウッドだということを説明するとかなり大層に喜んでくれた。


 もちろん以前打ったものより刃物として完成度は上がっている。今は硬さよりも、刃の入りや、食い込みなど、純粋に包丁として切れ味を追求した上に、女性でも簡単に研げる刃物に仕上がっているので、活用していただきたい。


 ところで、だ。

 実は2年ほど前だっけか、王都プロテウスで神殿騎士どもと、ちょっとしたいざこざ、いや、ぜんぜん大したことなくて、規模からいうと酒場のケンカぐらいの騒ぎを起こしてしまったことがある。


 死んだ者はいなかったし、仲間を呼ばれる前にさっさと[スケイト]で逃れ、そのままダリル領経由でフェイスロンドに向かったので、ホント忘れてたんだけど、どうやら教会の査問機関さもんきかんとやらがこの家に来て、アリエル・ベルセリウスは居るか!とずいぶんお怒りの様子だったらしい。ふむ、この件を『4年間で変わったことがあった』ことに入れなかったことは、たいしたことがなかったということだろう。


 だけどそれ以来、教会の動向と情報は常にポーシャの耳に入る仕組みになっているのだとか。

 ボトランジュの北部じゃ教会の影響力はかなり低いのか、外部に情報を売るものが教会内部にいるということだろう、王都プロテウスのように教会の勢力の強いところでは考えられないことだ。


 そのポーシャによると今日ギルドでメラクたちが言ってた通り、明日か明後日にはノーデンリヒトに遠征に出ていた神殿騎士団が凱旋してくるそうなので、それを待って久しぶりのマローニを満喫することにした。


 その夜はビアンカに土産話をするのに話が盛り上がって、まあその話ってのが、さっき話に出た、教会の査問機関が自分を探しに来た原因、神殿騎士たちと乱闘になった話なんだから、土産話っていうよりも、心配をかけてしまった件の説明をしただけ。


 ただのケンカだから剣を抜いたり[爆裂]でボカーンなんてことはしてない。ただ20人ばかりブン殴ってやっただけだ。……強化魔法をたっぷり乗せて。


 教会の影響の強い王都プロテウスでは、なぜか教会関係者にパシテーが絡まれてしまって、結果的にブン殴って解決するようなことになる。飛んだら目立つから飛ばないように気を付けていたのだけど、もしかするとパシテーってば、そういう揉め事を呼び寄せる体質『揉め事体質』なのかもしれない。


 ビアンカはまるで少女のようにアリエルの話に聞き入った。

 特に王国の西側に広大な領地を持つフェイスロンド領に行ってたというと、その興味は尽きないようだった。アリエルは時間のたつのをわすれてしまうほど、異国情緒あふれるグランネルジュから、ネーベルの街あたりの話をしてやった。



----


 ふかふかのベッドのせいで寝過ごしたか、アリエルたちが目を覚ましたのはもう昼前だった。

 夜遅くまで雑談で盛り上がったのと、あと長旅の疲れもあってか、ポーシャに呼ばれても結局のところ朝食には間に合わず、昼前まで寝てしまった。4年の間に怠惰な生活が身についてしまったようだ。


 用意してくれた昼食をとってから、また冒険者ギルドにでも顔を出そうと思い、屋敷を出ると通りの東側から何やら大名行列のような隊形で街に入ってくる気配を感じた。


 人数が多い。隊商のキャラバンではなさそうだ。

 ギルドの前まで行って行列が通過するのを待っていると、しばらくして杖先に鈴が3つ付いた騒がしい杖を突きながらいちいち大げさにジャランジャランと鳴らす5人組を先頭に、凱旋の行列がマローニの街を賑わせた。その数、神殿騎士と神官併せて80人ぐらい。


 行列は東の門から凱旋してきたので、門外にある難民キャンプで不便な暮らしを強いられているノーデンリヒトの避難民たちは歓喜して凱旋について歩く。自分たちの土地を取り戻してもらえたのだ、歓喜の声をあげながら凱旋の列に加わってた。


 中央通りに出て、先頭の集団は北の教会へ。チラと見えたが、終始笑顔を絶やさず、爽やかに手を振って、沿道に集まった人たちの声援に応えながら歩いてるのが勇者なのかな? むちゃくちゃモテそうなやつだ。


 凱旋してきた行列の中ほど、十字架を護衛する20人程度の騎士たちは中央の通りを南に折れ、磔刑にかけた獣人を刑場に連行する馬車がアリエルの目の前を通り過ぎた。


 その姿、その3メートル近くもある巨体を十字架にはりつけるために、何十本もの釘で十字架に打ち付けられている熊獣人ベアーグの姿があった。


 エーギル・クライゾルだ。


 皮膚を貫き、血肉に突き刺して500キロはあるであろう巨体を十字架にはりつけているのだから、荷車が小石を踏んで、がくんと揺れるたびに、あれほど凶悪だった顔が苦痛に歪む。


 磔刑とは正視できないほど酷い。


 アリエルは刑場に向かう行列に紛れ「エーギル!!」と名を叫ぶと、エーギルは力なくもいまだ衰えぬ眼光でギロリとこちらを一瞥すした……。


 だが何も言葉をかわすことはない。物好きな野郎どもが神殿騎士どもについて、何十人も刑場について走る。見たこともない巨大な獣人を捕らえてきたのだ。血の海になるような戦場を知らないマローニの住民たち、なぜか喜びながら刑場へと向かう、その顔には笑みがこぼれていた。どうやら今日これから公開処刑があるらしい。


「パシテーは家で待ってて。公開処刑とか嫌いだろ?」

「嫌い。でも一緒にいくの」

 はっきり言ってパシテーには見てほしくないのだけれど、3年間、風呂とトイレ以外はだいたい、ずっとべったりだった、この場だけ離れていろといっても聞くわけがない。年齢的には6つも年上の妹なのだから。



「パシテーは目深にフード被って、出来るだけ見ないようにな」

「あの人でしょ? 兄さまを殴ったの」


「そうだよ。俺は殴られたけど砦のみんなを見逃してくれた人だからね。ある意味じゃ恩人なんだ。しかし勇者ってのはあのエーギルを生かしたまま十字架に架けれるような化け物なんだな、上には上がいるよ」


 刑場の中央まで進むと馬車から馬が外され、エーギルの十字架だけが残った。


 あれほどの強さを誇ったエーギル・クライゾルがこのザマか……。

 殴られたアゴは痛みを覚えてはいなかったが、ため息が漏れるのと同時に、説明できない思いが拳を強く握らせた。


 魂の奥底から沸きあがってくるやりきれなさがアリエルの心を揺さぶる。



 エーギルの十字架の前に立った神官が何やら罪状を読み上げている。

 教会の連中はこの十字架に架けた熊獣人(ベアーグを殺すのにも自分たちの正義を申し立てる能書きが必要らしい。


 罪状の読み上げが終わると、神殿騎士どもが儀式めいた陣形をとりつつ槍を構え、そしてエーギルの腹や胸を狙って、構えた槍を突き刺した。


 ノーデンリヒトの避難民たちも、マローニの人たちも、みな拳を突き上げて歓喜する。

 神聖典教会しんせいてんきょうかいが勇者と神殿騎士を派遣して、悪を成敗したのだ。


 エーギルの表情が苦悶に歪む、だけど頑として声だけは上げず、精神力で激痛を飲み込んだ。

 なんという精神力だろうか。アリエルにできることは、パシテーのフードを引っ張って、惨たらしい刑の執行を見せないようにするだけだ。


 神殿騎士どもの振るう槍は内臓に達し、咳き込んだエーギルは血を吐いた。このまま終わるかと思われた死刑執行だったが、そう簡単には終わらなかった。


 神官たちがエーギルに治癒魔法を唱えて、いま槍を突き立てられた傷を癒したのだ。

 歌のようにも聞こえる儀式めいた言葉を繰り返す神殿騎士たちは、十字架を囲んで回転する陣形から、更に槍を突き刺した。


 ……なんどもなんども繰り返される刑の執行。

 神殿騎士たち5人が槍を突き立てたあと、タイミングを合わせて神官が治癒魔法を使うのでエーギルは体を貫く激痛に苦しみ続ける。こんな人道的に反する行為を何度も何度も繰り返し続けているのだ。


 エーギルは敵だが、武人だった。

 この死は武人に相応しいとは到底思えない。


「どけ!!」


 アリエルは我慢できなくなり、人ごみをかき分け、執行官たちの制止を振り切ってエーギルの十字架に飛びつき、十字架の左側に取りついた。


「エーギル! あんた、こんな死に方をしちゃいけない! あんたがそんな死に方をしたら獣人たちは絶対に戦うことをやめないだろ! アンタのその姿が憎しみを生んでるじゃないか。これじゃあ戦争なんて絶対に終わらない。アンタ間違ってるよ!」


 エーギルは必死に諭すアリエルの顔をじっと見ながら、もはや力なくかすれた声でゆっくり呟くように語りかけた。


「ああ、無様を見せてすまなかった。恥さらしついでで悪いが、ひとつ頼まれてくれないか。お前には貸しがあるだろ。なあ。俺のケツのポケットに入ってる指輪を、ベアーグの村に届けてほしい。なあに、戦争が終わって平和になったら……でいいからよ」


 死刑は儀式だ。悪を打ち滅ぼした祭礼だ。人々を苦しめる獣人の長を捕らえ、それを磔刑にかけて公開処刑し、教会の善なる力を誇示するのは、神聖典教会しんせいてんきょうかいの大切な布教活動でもある。それに乱入したのだから神殿騎士どもが黙っているわけがない。


「おいガキ! 降りんか!」

「引きずり下ろせ!」


 慌ただしく刑の執行に割り込んだ少年を捕える為、雑踏警備にあたっていた衛兵たちまでアリエルを十字架から引き剥がそうとして、足を引っ張り、引きずり降ろそうとした。


 アリエルは衛兵たちの手を逃れるよう背後に移動するとエーギルのズボンからポケットを探り、中にあった指輪を神殿騎士たちに見られないよう[ストレージ]に収納したところで、衛兵や神殿騎士たち3人の男に捕まって引きずりおろされた。


 刑の執行を邪魔する子どもを排除し、滞りなく刑の執行は継続され、またエーギルの身体に5本ほどの槍が突き立てられ、神官が回復魔法唱えるという、いつ終わるかもしれないループに戻った。


「やめろ!! お前らそれでもヒトか!」

 アリエルは治癒魔法を唱えていた神官たちに飛びかかり、ぶん殴ったり蹴飛ばしたりの大立ち回りを繰り広げ、止めようとする衛兵たちも加わって乱闘になったが、どさくさに紛れてなんとか治癒魔法を担当していた神官3人を倒すことに成功した。


 パシテーはアリエルが剣を抜くか攻撃性の魔法を行使するまではと冷静に見守っていた。いつでも戦闘開始できるようにと身構えながら。


 その後アリエルは自業自得と言うべきか、鎧を装備した神殿騎士5人に踏んだり蹴ったりにされてボコられた。魔法を使えば、あるいは剣を抜けば、この場にいる神殿騎士や衛兵たちを皆殺しにもできたろう。だけどこの死刑執行は、それこそ雑多に、どこにでもある戦争のひとつの結果に過ぎない。


 自分たちの力が及ばず、敗走したものを勇者や神殿騎士たちの力を借りて一つの戦いに区切りをつけたに過ぎない。狂ったガキがひとり乱入して取り押さえられただけの話だ。


 アリエルがボコられているところを高い位置から眺めながら、身動きもとれないくせに、エーギルは「すまんな小僧、恩に着る」と言って、少しだけニヤリと笑った。


 槍に刺し貫かれ、治癒魔法が飛ばず、エーギルの胸や腹から大量の血が流れ出す。

 エーギルは失血により絶命するまでこの狂宴を楽しむ人々を睨みつけていた。


 アリエルは領兵に捕らえられ、そのまま屯所に連行されそうになったが、持ち前の逃げ足の早さで追手を逃れマローニ郊外の街道から外れた丘陵地帯まで逃げた。


 先にパシテーがここで待っていた、ここは非常時の待ち合わせ場所だった。


 二人の間に流れる沈黙、こわばった空気。風にそよぐ草の上で大の字に寝転び、いつもより急いで流れてゆく雲をずっと眺めている。身体を起こしてパシテーを見ると、パシテーにしては珍しく目をそらして、ずっと下を向いていた。


 殴られた傷なんか再生者(リジェネ―ター)であるアリエルとっては、ちょっとした汚れのようなものだ。すぐに癒えてしまって、もう傷なんか残ってないけれど、魂には深く刻み込まれた刀傷のようなものが残った。


 パシテーが横にいて、絶対に泣いちゃいけないのに、心が嗚咽おえつを呼び起こす。

 大声で泣き喚いてしまいそうになりながらも、ぐっと堪えて声をかみ殺し、むせび泣くように、ひとしずくだけ頬を伝って涙が滑り落ちた。


 パシテーは何も言わず、アリエルの横顔を、その小さな肩に抱き寄せた。


 この世界に転生して、我慢できずに涙を流したのは二度目だ。

 一度目は目指す場所が光年の彼方にあると知った時、隔絶された気の遠くなるほど遠くにいる自分を憐れんで、とめどなく涙が流れた。

 二度目は偉大な戦士の死に、やりきれない思いから。まるで餞別のようなひとしずくをこぼした。


 泣いたのを見られてしまった照れくささで少しの間パシテーの顔を見れなかったけれど、風の気持ちよさに加えて、いい匂いのするパシテーのうなじに甘えていたら、なんだか精神的に疲れたせいか、急に睡魔に襲われウトウトし始めた。次いでとばかりに、そのまま強引に膝枕のポジションに移行することにした。


 パシテーは膝枕をしたまま、アリエルが目を覚ますまで、ずっとそのままでいた。

 

 アリエルが目を覚ました時には、もうあたりは真っ暗になっていて、空には幾億の星が煌いていた。

 星明りの中、その細い指で愛しげに俺の髪を梳く血のつながらない妹。その手つきと触れる指先からは、まだ幼かったころ、ビアンカがしきりに髪を指で梳いていたそれと同じ優しさを感じた。

髪を撫でられるのは、なんだかとても気持ちがいいことを、今更ながら思い出した。


 自分たちの姿を客観的に見ると、神殿騎士にドツキ倒されて泣いてる兄を暗くなっても慰める妹という、なんとも情けない状況だということに気付いた。照れくさいったらありゃしない。


「ハラ減ったなあ……」

「うん、おなか空いたの」


 夜ご飯は白パンと、温かいままストレージに収納していたシチュー。

 暖かい食べ物を胃に流し込み、今夜はこの満天の星空を見上げて手を合わせた。


「お祈り? 兄さまが?」

 信じられないという表情で半歩引いて見せたパシテー。アリエルは"そこまでのことか?"と訝る。


「んー、祈りとは少し違う。でも、惜しい人を亡くしてしまったんだ、俺みたいに神も仏も信じない奴が手を合わせてやっても、きっと悪くはないんだよ」


 偉大な戦士エーギル・クライゾルは今日、故郷のドーラを遠く離れ、マローニで磔刑にかけられて死んだ。


 ノーデンリヒトからずっと磔にされたまま何日も何日もかけて運ばれてきたのだろう。痛みと苦しみの中、死と隣り合わせの絶望の中、エーギルは自分を囲む人たちを嘲笑しながら死んでいった。なぜこのような非道がまかり通るのか。ヒトはなぜあれほどの非道を見せられて歓喜の声を上げられるのか。


 アリエルの魂は揺さぶられる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ