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18-03 レダの憂鬱(2)金髪のクソ女

 王女として肩を怒らせて夫婦の居室から飛び出してきたレダだったが、実はこの先どうするのか? まったく何も考えてなかったせいで、扉の前で腕組みをして立ち止まった。


 さてどうしたものか。


 サナトスは政略結婚だと言っていたが、政略結婚なんてのは親が決めた望まぬ相手との結婚だと考えていた。政治的、経済的なことを優先させるのは一般の恋愛結婚でもよくあることだから。


 シェダール王国の王女とやらはサナトスに面と向かって結婚を申し込んだのだ。サナトスが欲してやまない和平という釣り餌をぶらさげてきたその真意が知りたい。


 あと、シェダール王国王女の顔を見てみたいとも思っていた。


「生意気そうなヤツだったらイビり倒してやろうかな」



 レダは拳を握り締め、ニヤニヤしながら客間のある棟へと向かった。

 廊下の角を曲がると警備兵が二人、ドアの前に立っていた。



 レダが王女暗殺を目論む暗殺者だったらこの時点で王女の居場所が分かる……。

 だけどおかしい。シェダール王国の王女であり和平を話し合う特使であり、サナトスに縁談をもってきたような本人を通常の警備で、しかも屋敷の一番端っこの部屋だ。もし襲撃するとして最も好条件の角部屋に最重要VIPを置く理由もない。ということは、警備兵はフェイクで、王女はこの部屋に居ないということだ。


 腕組みをして首をかしげるレダ。ドアの両脇に張り付いてる警備兵を睨みつけると、警備兵の目が泳いだ。


「私を通すなって命令された?」


「すみません、勘弁してください……」


 ベルセリウス家の屋敷には最重要警備区域がある。

 トリトンさん家族やシャルナクさん夫婦もその区画で生活しているのだけど……。


「ねえアスラ、私の力でエリノメを突破できると思う?」


 アスラはレダの髪をかき分け、肩にちょこんと座れるサイズで現れた。

 そして開口一番、


「万が一にも無理なのサ。あのコああ見えて相当強いよ? この前、すっごい雷使いが襲撃してきたけどさ、エリノメが出て簡単に倒してたからネ」


 その正体はアリエルを暗殺するため蘇ったニュクスとインドラだったのだが、


「うーん、腐っても元十二柱の神々の六位なのよね」


 その時、レダの背後、おそらく手を伸ばせば届く距離……。


 背筋が凍りつき、後頭部の毛が逆立つほどの殺気が放たれ、レダは咄嗟に前へ向かって飛び込み、前転ローリングで間合いを広げて防御姿勢をとった。


 しかしレダの眼前、薄暗い廊下には誰もいない。



 ―― バン!!


 ドアが破られたような音がした……が、それはいまさっきまでレダがいた部屋のほうから。


 次の瞬間、縮地のスピードで廊下を移動してきたサナトスが姿を現した。

 異様な殺気を感じたのはレダだけじゃなかった。


「レダ!! 何があった!!」


「ダメ!! サナトスは子どもたちから離れないで!!」


 ノーデンリヒト砦で騎士勇者たちと戦闘になったときもそうだ。

 サナトスはレダの危機を感じ取ると、周囲が見えなくなる。


 腕を振ってサナトスに戻れと合図するレダの背後、耳に息がかかるぐらいの近距離から、



「腐ってるですって?……」



 ……っ!



(ひっ……)



 後ろを振り返ることが出来ず固まったまま目を見開いていて、レダの背後を取られていてサナトスも身動きが取れなくなった……。


 背の低いレダよりも更に低いブロンドが背中から顔を出した。

 

「そうね、確かに腐ってる。でも一つ間違い、ジュノーが三位で私は七位でしたから。でもね、そんな昔のこと、もう誰も知らなくていい」


 ゆっくりと抑揚のない語り口調で話すのはエリノメ・ベルセリウス……。


 神話の時代に女神イシターとしてアシュタロス(現アリエル)と死闘を繰り広げたという……。


 レダもサナトスと結婚してベルセリウス家に家族として迎え入れられてからもう今年で5年目になるのだが、エリノメが病気だと偽り自室に篭り切りだったせいで、実は顔を合わせれば挨拶するぐらいで、まともに話をしたことがない。


「……冗談よ」


 微笑みながら冗談よなんて言うエリノメの目は笑ってなくて、そのことに気付くとレダの背筋に冷たい汗が噴き出した。


 エリノメの戦闘力の片鱗を見せつけられて、レダは急に緊張感が解け廊下にぺたんと座り込んでしまった。


「ふああ……死ぬかと思いました……」


「この薄暗がりで視覚に頼れない状況なのですから、目をあてにしちゃダメ。私のような下手くそでも、いまのように容易たやすく背後を取ることができますから」


 エリノメはそう言ってレダに背を向けて階段に向かった。階下の自室に戻るのだろう。


 レダは座り込んでしまった膝に気合を込め直して立ち上がり、小走りでエリノメに追いつく。


 どうせ下に行くつもりだった。


 エリノメがこうやってピリピリしているということは、下にいつもより重要な人物が居ると確信した。


 もともと小柄なレダよりも更に小さなエリノメの後について階段を降りると、エリノメは踊り場で振り返りレダに尋ねた。


「下に用?」


「ゲストの王女サマと話さなきゃいけないことになりまして……」


 ポリポリと指で頭を掻きながら、業務的に話すレダを横目で一瞥し、エリノメは何も答える事なく階下へ向かった。



----


 レダがエリノメのあとについて階下に降りると、エリノメは会議室の前で足め、肩越しに振り返って視線で合図を行った。王女はここよ……と言わんばかりに。



 レダは勘違いしていた。


 サナトスが不機嫌な顔で戻ってきてからすでに3時間は経っている。会議なんてとっくに終わったと思っていたのだが、サナトスが不貞腐れる間もずっと会議は続いていたのだ。

 


 扉の前に立って目を閉じ、いちど深く深呼吸をする。


 覚悟を決めて扉の前に立ったはずなのに心が揺れている。グラグラと音を立てて。


 サナトスに求婚した女がどんな顔をしているのか見たいという欲望と、会いたくもない、顔も見たくない、できることならば縁談の話が決まらず、何事もなかったかのように持ち帰ってほしい。


 吸い込んだ息を吐いてドアをノックする。


「えっ?……」


 ノックの手ごたえはあるのに音がしない……。


 頭の中にアスラの声が響く!


(何か障壁があるわさ、たぶん風の魔法なのよさ、いくつも多重に張り巡らされてるね、土の防護障壁も凄い強度だわ……。ワタシはこんな中に入りたくないのだけど)


(え――っ、マジでえ! こりゃガチだわ)


 こんなにも強力な障壁が張られてることにアスラが気付かないなんて……。


「ああ、ごめんなさいね。消音の障壁、いま解除しておきましたから」


 消音の障壁、聞いたことがない。

 いまドアをノックして、確かに木質の板を叩いた手応えは返ってきたのに、まるで音がしなかった。


 こちらからの音も通さないし、室内の音声も扉の外に伝わらない。おまけに実際ノックして音が聞こえないことに違和感を感じるまで、アスラにも障壁の存在を気付かせないなんて。


 会議室を警護する魔法としてはこれ以上のものはない。


 レダは肩越しに横目でこっちを見ているエリノメと目が合った。


 実力を計られている?


 こちらの力を値踏みされてしまったのは仕方ない。その涼しい目からは『まだまだね』と否定されているようにすら感じた。ちょっと恥ずかしい。試すのなら先に言ってよ……と思ったのだけど、それも今更だ。


 さっき上で背後を取られたこともあって、完全に白旗状態だった。


 レダは小さく両手を挙げて、それこそ『お手上げ』だと見せた。


 エリノメはレダから視線を切り、もうレダに興味を失ったかのように扉から離れてゆく。

 よく手入れされたシルキーブロンドの小さな背中をなんとなくぼーっとしながら見送る。


 小さくため息が出た。


 そういえばジュノーが言ってたことを思い出した。


 エリノメは性格の悪いクソ女だけど、実力は本物だって。


 その言葉の意味をちょっぴりだけ理解できた瞬間だった。


「私はまだまだ本物じゃないのよね……」


(よし!)


 レダは両手で顔面をバチンと張って気合を入れなおし、改めてノックした。


 この扉の向こう側に、王女がいる……。



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