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03-01 あれから4年

アリエルが14歳になりました。

20170813 改訂



 あの日、二人がマローニの中等部を飛び出して旅に出てからちょうど4年。アリエルは14歳になった。

 身長もいい感じに伸び、いまはパシテーを見下ろせる168センチぐらいある。14歳で168センチというとかなり大きな部類に入ると思うのだけれどいかがだろう? 以前のように、170にギリ足りなくて、身長を聞かれたときに『170ぐらいかな?』なんて答えることは、たぶんもうすぐなくなる……。


 パシテーは20歳になったというのに、あれから成長したようには見えない。見た感じただ髪が伸びただけ。いつか師匠から聞かされた、マナに対する理解度によって自身を若く最良の状態に保てるという話、パシテーの姿は師匠の話が本当だったということを如実に証明している。


 前世で日本に住んでいた頃から『女の子の全盛期は14歳論』などという、30歳を過ぎた女性に言ったらヒステリーを起こしてしまいそうな論説を支持していたので、それを裏付ける結果になって嬉しい。

 てか、たぶんパシテーは先祖のどこかでエルフの血が混ざってるのだろう。いつまでも美しい妹であり続けてくれるのはとても嬉しいけれど、もしエルフが混ざっているとしたら寿命ではぜんぜん追いつけそうもない。この先パシテーが年を取らず、自分だけが老け込んでいくのかと考えると、ちょっと寂しい気がする。


 さて、見た目は14歳のうら若き乙女、パシテーは6本の短剣と高位の土魔法を無詠唱で操り、最近は15メートルぐらいの高さを高速で飛べるようになっている。

 ブルネットの魔女と呼ばれた天才は着実に4年分の成長を遂げたようだ。


 そしてアリエルはというとやはり土魔法が苦手らしく、5メートルより上空を飛ぶことはできないあたり、4年前とあんまり変わってない。スピードと安定性を確保しようとしたら、飛ばずに[スケイト]で滑ったほうがよっぽどいいというのも以前と同じ。


 ノーデンリヒトの死神と呼ばれていたのは過去の話。相も変わらずダメ兄貴ぶりを発揮していて、戦闘も[爆裂]にどっぷり依存している。致し方なく、[爆裂]や[ファイアボール]の威力と連射性能をアップさせる方向で鍛錬していたのだけれど、戦闘のとき頼りにしている火の魔法もイマイチ適性がないらしくなかなか上達しない。


 ああ見えて魔導の教員だったパシテーにいろいろ見てもらいながら試行錯誤を行った末にたどり着いた答えが、得意分野は『水』で、あと『風』もそこそこ得意だというからもう残念なことこの上ない。戦うのには火と土の魔法があればだいたい事足りるというのにその二つの属性が得意ではないのだ。


 さらば『爆炎』さらば『剣豪』、そしてようこそ『風水のアリエル』なんか怪しげな黄色い財布を持った占い師のようになってしまった感が出ている。


 よくよく考えてみれば使える魔法はほとんど[カプセル]が基準になっていることに気が付いた。

 風魔法が普通に使えことはこの辺に片鱗があったのだろう。[カプセル]の熟練度を上げる方向で鍛錬しはじめて1年。やってることは同じでも、その実、魔法の内容的には著しく進化してるし、威力もそれなりに向上している。


 具体的には風魔法の[カプセル]を強化することで[爆裂]の展開から爆発までにかかる時間を短縮できたのと、より強く圧縮することが出来るようになったことから、同じマナ量で[爆裂]を起動したとき、以前と比べて爆発の威力そのものが大幅に増したことも、まことに地味ではあるけども、大きな進歩のひとつと加えておきたい。


 せっかく水と風が得意なんだからと試行錯誤を繰り返し、アリエルはひとつキャンプ用のオリジナル魔法を開発した。


 火を使わずに水を沸騰させたり、蒸発させたり、凍らせたりする魔法なのだけど、オリジナル魔法ということで命名権を行使し、大層な名前を思いついて命名した。


 名付けて[相転移]


 端的に言ってしまうと、熱エネルギーの移動する方向を固定化する魔法だ。

 コップの中に水があるとする。温めてお湯にするためには空気中の熱エネルギーをどんどんコップの水に移動する。相転移で熱エネルギーの移動する方向が固定化されていると水は冷めることがないので、どんどん温度が上がって行く一方となり、やがて沸点に達する。


 実はこの魔法、水を沸騰させるとしてもマナから変換した熱エネルギーを少しも使わない。単に熱エネルギーそのものを強制的に任意の方向へ向けて移動させているだけだ。水を沸騰させるときは周りにある空気の気温を水の沸点に達するまで移動させる。このとき熱を奪われた空気の温度は逆に下がる。この魔法は物質を直接温めたり、直接冷やしたりなんてことせず、もともと空気中にある熱エネルギーを移動させてるだけなので、とても少ないマナで使うことが出来るという、世が世なら省エネ大賞を受賞してしまいそうな魔法だ。


 しょーもないと侮ることなかれ、水を凍らせるときは空気の温度が上がる。この魔法はカップに淹れたお茶の温度を適温に保つこともできるし、もう一つの得意分野、風の魔法と組み合わせることにより、狭い空間、つまりカマクラのエアコンがわりにも使える。今のところ暖房のほうはファイアボールを暖炉に放り込んだ方が放射熱の加減もあって効率的なのでそうしてるけど、相転移で暖房すると一酸化炭素中毒といった悲しい事故に遭うことがないのがメリットだ。今後はまた更なる改良に期待している。


 『相転移』のおかげで二人の旅はとても快適なものになったけれど、妹弟子パシテーの派手で見映えのする魔法とは対照的な、この縁の下の力持ち的な魔法に、近頃は『俺ってマジ地味だわ……』と自嘲気味に笑うことが多くなった。


 ノーデンリヒトに暮らしていると真夏でも冷房が欲しくなったことなんてないのだけれど、今いるこの地は、ノーデンリヒトから遥か南西の穀倉地帯。王都から西に徒歩50日ほどという、マローニから軽く1200キロ、ノーデンリヒトからはゆうに1500キロかそれ以上離れたところにあるフェイスロンド領の中央に位置する緑豊かなネーベルの街。さすがにここまでくると気候も違えば、食べ物や習慣も違うので、同じ王国にありながら異国情緒を満喫できる。辺境の小さな村に行くと、方言のせいで言葉すら通じないこともままある。特にエルフのお年寄りの使う言葉は分かりづらい。


 ここで冒険者稼業に精を出しつつ、更にずっと西にあるエルダー大森林の情報収集をしていたところ、ノーデンリヒトの魔族に対して教会から神殿騎士たち、対魔族戦闘のスペシャリスト集団が軍を率いて出兵したいう情報を聞いた。


 教会の本部(総本山)は、ここフェイスロンドからだと王国の中心地である王都プロテウスから遥か東側を治めるのアルトロンド領、エールドレイクという街にあって、そこからこのネーベルまで軽く70日かかる距離がある。だいたいそのような情報は商人の荷馬車輸送と一緒に伝わってくるのだけど、一直線ノンストップで伝わるわけがなく、あちこち寄り道しているはずなので、情報の伝わる速度としては徒歩と同等か、もしくは徒歩のほうが早いぐらいと考えるのがこの世界の常識だ。ということは遅くとも70日前には出兵したと考えるべきなので、対魔族戦闘のスペシャリストたち、もしかすると今の時点でもうノーデンリヒトに着いてエーギルたちと戦闘しているのかもしれないということになる。


 気になる。いろいろと気になり過ぎる。ノーデンリヒト人なのに気にならないわけがない。

 せっかくエルダー大森林に突入する準備をしているのに、ちょっと家に忘れ物をしたような感覚で帰りたいというのは気が引けるのだけれど、何週間かという単位で予定が引き延ばされることを前置きしたうえで、パシテーに相談してみた。


「なあ、ちょっとノーデンリヒトに行かない? ちょっとウズウズしちゃってさ。気になるんだよ」


 別にエーギルがどうなったのかを知りたいとか、教会の対魔族戦闘のスペシャリスト集団がどんな戦い方をしたかなんてことを知りたかったわけじゃない。ただ漠然と、父さんやガラテアさんたち、ひいては俺の今後がどうなるのかってことにも関係してくる重大なことなので、その結果だけでも見ておきたかったという、ただそれだけの事なんだけど。


 パシテーは別にどこへでも行くつもりなのでいつものマイペースで微笑んだ。

 エルダー大森林の攻略はまた今度にするとして、二人はとりあえずマローニへと戻ることになった。


「長旅になるからちょっと準備と、ビアンカたちにお土産買っていこうか」

 ここからマローニまで戻るのに一旦王都に出てから北上するルートだと1500キロ……いや、もっとあるか。


 平地換算、休みなしで軽く10時間だけど、途中で山地や森があって、避けて通らないといけないし、ジェミナル河の渡し船を利用しようと思うと、やっぱりセカの港を経由したほうが便数もあって悪くない。少し遠回りのルートを1泊するつもりで余裕のスケジュールを組んでみた。今夜は休んで明日の朝早くに出立の予定だ。


 朝の弱いパシテーを起こすのが難しいけど、そんなことは今に始まったことじゃない。パシテーの寝坊も含めて予定なんだから。もちろん、いつも出立が遅れてしまうから、安全速度をオーバーしてブッ飛ばす羽目になり、無理やり帳尻を合わせることが常態化してるのだけど。


 そのうちマジで事故ってしまいそうだけど、今のところ無事故なんだから大丈夫だろう。


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