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17-64 和平会議(1)ジュライの暗躍

 シャルナクは椅子を引き、深く静かに腰掛けた。


「了解しました。ボトランジュもビルギット・レミアルド王女殿下を外交官と認めます」


 と、納得するほかない。


 トリトンが進行し、議題が示された。


「すでにダリル領が落ちているということでこちらの作戦が後手に回っている。次の手を打つ準備をしている段階でダリルが落ちてしまった。軍の動きと政治が歩調を合わせないといけないのに、軍の動きが早すぎる。このままだと春を待たずしてアルトロンドは破産してしまう。こちらの打てる有効な手は?」


 エンドアが手を挙げ、会議は現状確認から粛々と進んでゆく。


「我が身を再びアルトロンドへ戻してもらわねばなりませんが、ダリルからの難民が押し寄せてきても暴動など起きないよう、私がウォンドルレートへ向かい、食料を拠出します。これが私にできるせい一杯のことです」


 エンドアの言葉を聞いたダイネーゼは胸に手を当て、小さな声ではあったが、丁寧に礼を言った。

 トリトンは「では、ダイネーゼどの」と促すのを待ってから言葉を続ける。


 今日はビルギットが和平の話をしたいといった。ダリル陥落はもう済んだことだし取り急ぎやらなければならないこともないからビルギットの話が今日のメインになるのだろう。


「はい、王国軍は現在グランネルジュとダリルマンディを攻め落としたドーラとノーデンリヒト連合軍が王都へ流入してくるのを抑えるため、グランネルジュ側に8万、ダリルとの領境にも10万。加えて王都北側、つまりセカ方面からの侵攻に備えるため現在そちらにも8万が睨みを利かせていますから、プロテウス市はすでに26万の兵士を展開しているのです。そこで、私も神兵の増員という情報を得ておりましたが、そちらに居られますカストル・ディル議員から、神兵は30万に増員されたと情報がありました。タイミング的に考えて、もはや一刻の猶予もないかと」


 ビルギットの膝の上に置かれた手にぐっと力が入り、やれやれ困ったな、といった表情でトラサルディがその軽そうな口を開く。


「んー、ところで神兵が30万規模というのは確かなのかね?」


 露骨に訝るトラサルディの問いにはカストルが答えた。


「はい、正確にはサルバトーレ高原に10万の神兵が陣を構えています。これらはボトランジュからの侵攻に備えるということになっていますが、ドーラとノーデンリヒトの連合軍がグランネルジュを陥落させたことから、神聖典教会を通し、隣国の神聖女神教団に対し、神兵の増援を要請しました。現在20万の増援がバラライカからアルトロンドに入り、今も続々集結中です」


「ちょっと待ってくれないか。グランネルジュ陥落からまだ17日しか経っておらんのだがね?」


「はい、私たちアルトロンドは教会の情報機関と親密な関係にありますので、グランネルジュが陥落したその日の夜に情報が入りました。アルトロンド評議会議員には翌朝早くに集まるよう招集がかけられ、神兵の増援を決めたのです」


 トリトン、シャルナク、トラサルディたち3人は交互に顔を見合わせていた。

 教会の情報機関とは? グランネルジュが陥落したのを誰がアルトロンドに知らせたのか? グランネルジュからアルトロンドの領都エールドレイクまでは直線距離でも軽く400キロはある。すぐに鳩を飛ばしたとしてもまる1日では辿り着けない距離だ。


 しかもグランネルジュが陥落したのは夜だった。その日の夜のうちにエールドレイクまで?


 アマチュア無線でも使わなければ辻褄が合わない。

 アリエルが話に割って入る。


「ダリルのグランネルジュ守備隊が降伏したのは夜だよ? その夜のうちにアルトロンドへ情報が流れたってこと? それって何月の何日?」


 アプロードは上着の内ポケットから手帳を取り出し、スケジュールの頁を開いて確認すると、そのページを指でトントンと音をたてながら数える。


「はい、収穫月の52日なのですが、えっと、ノーデンリヒトのこよみでは……」


「すまん、太陽暦でたのむ」


「太陽暦? というと、帝国歴ですね、えっと、大丈夫です。帝国歴ですと……11月21日です」


 カストルが示したのは旧暦であり、アルトロンドから南のダリル、南方諸国で採用されている標準的な暦だが、太陽暦はアリエルがグレアノットについて師事したときに習った暦の計算法で、実はこの世界では比較的新しいとされている。ボトランジュの学校、初等部、中等部、魔導学院も太陽暦を支持しているし、ぶっちゃけアルカディアと同じなのが都合いいのだが……、11月21日ということで、アリエルも言葉を失った。


 グランネルジュ陥落は太陽暦で11月21日夜の事だ。それから情報が直線距離で400キロはあるアルトロンドまで情報が届けられ、数時間以内に評議会議員に招集連絡が伝わったということ。


 これは恐ろしく手際が良いなんて話じゃない。

 アリエルは16年前のアルトロンド侵攻で帝国軍が光モールス信号で通信していたの知っている。


 だがしかし、光モールス信号の場合、平地に立つ一般的な家屋の屋根で信号の送受信を行った場合、およそ7、8キロ離れると惑星の丸みの向こう側に行ってしまい、通信は不可能になる。


 仮に限界距離を10キロだと仮定してもだ、最短の直線距離でグランネルジュから400キロの距離を光モールスで情報リレーするとしたら、単純計算で40カ所も経由してることになる。いや、グランネルジュからプロテウス市街、アルトロンド方面へ向かうとしたらしっかりした国道が整備されているから道沿いに高い建物があれば光モールスでの送信も可能か……。


「情報の早さに驚いてるよ。ところでその情報は誰が?」


「はい、教会です。教会のネットワークで通信しているらしいのですが、詳細はわかりません」


 教会のネットワークで通信というワードで理解した。もうこの世界で光モールス信号による通信は教会がネットワークづくりの一翼を担っているということだ。


「なるほど、光モールス信号だね。これはすでに極秘の通信技術じゃないからね、ノーデンリヒトも採用するべきだよ。教会は高いとこ好きだからなあ、丘の上とか、小山のてっぺんとか、目立つところに教会建てるクセがあるから光モールス信号には特に有効だね。教会の尖塔や鐘楼に見張り所を追加してやれば晴れの夜間なら軽く20キロは通信できるから、中継基地20か所として途中の事務処理含めて2時間もあればエールドレイクまで情報は伝わる。今後は教会の情報網も頭に入れておかないと足もと掬われかねないよ」


「しかしなあアリエル、仮に即日で情報が伝わったとしてもだよ? 翌朝から緊急の議会で決めて教会に援軍を要請してからそれを受諾させ、アシュガルド帝国側で義勇兵を募集したら、なんと20万もの応募があって、そんな莫大な補給物資も追加で用意したうえで、ゆうに徒歩20日はかかる距離を移動してだよ? いまもうアルトロンド入りしておるというワケなんだろう? ちょおっと対応が早すぎやしないかね?」


「当然、あらかじめ準備されていた、と考えるべきだね。もちろんアルトロンド議会に提出されるのもそうだし、決議されることも決まってたんじゃね?」


「そうであろうなあ、後手に回る羽目になってしまって極めて都合がよろしくないんだが……、アリエルの言った通りになりつつある、ということか」


 トラサルディが話し終わったか、終わらなかったか。

 さっきから黙って聞いていたら、王都元老院に知らされてない危険な情報が盛りだくさんすぎて、息も出来なくなった。ビルギットは瞼を抑え、頭痛にクラクラしながらも聞かざるをえない。


「そっ、それはどういうことなのですか?」


 トラサルディは顎を上げ、少し斜に構えたドヤ顔をみせてサディスティックに攻め立てる。

 センジュ商会にいてビルギットに何か思う事でもあるのだろうか。


「アリエルはグランネルジュ陥落から5日後にはすでにこの流れを預言していたのだよ。今日はダリルマンディ陥落の話をしに来たつもりだが気が変ったね。私としてはいったいどうやればあの時の状況からアシュガルド帝国の動きまで予測していたのか、そっちのほうを聞きたいね」


「え? そんなの簡単さ。アシュガルド帝国にとってアルトロンドは莫大な資金援助と、兵員30万を貸し与えてまで助けてやる価値がないってこと。むしろカネを貸すことによって領主を操ることもできるし、さっきもビリー言ってたけど、王都に報告せずこっそり内緒で隣国の兵士を30万も領内に入れるなんて、王都プロテウスにしてみれば反逆罪で追及できるぐらいの代物だよ。そんなことを大っぴらにやってる。もう隠す必要がなくなったってことだろうね」


「つまり、アルトロンド領主、ガルディア・ガルベスはすでに帝国の犬に成り下がっていると……」


「まあ、16年前から変わってないと思うよ。いまの飼い主は間違いなくエサくれるほう。帝国だろうね」


「ではアリエル、30万の神兵がなにをするか、王女殿下に教えてやってはくれないかね?」


「ビリーはバカじゃないよ。ここまでの話でもうとっくに察してるさ、なあビリー」


 ビルギットはトラサルディの挑発に一言もことばを返すことができなかった。

 心は折れてしまいそうだった、だけど心が折れて諦めてしまったとて、絶望的な状況は変わらない。

 ただ手をこまねいて滅びの運命を受け入れるか、力なくとも無駄な抵抗を続けるかのどちらかだ。


 ビルギットはゆっくりと目を閉じた。


 瞼がおりると、涙が押し出されてぽろりと一粒、零れて落ちた。


 瞑目したまま前を向いて、震える声を絞り出す。


「アルトロンドの状況はおおよそ理解しました。王都に秘匿して30万もの帝国兵を入れるなど言語道断ですが、今更言ったところで何も解決しません。プロテウスの状況はもっと困難です。ベルセリウス派魔導師ゾフィー・カサブランカの襲撃により、プロテウスが敗北したことを市民の目に触れさせてしまいました。不本意ですが実戦経験の不足が露呈しました。騎士団や衛兵隊は勝利したなり容疑者を逮捕したとの情報を流すでしょうけれど、元老院議員108名のうち、教会派の議員が30余名もいるのです。教会の情報網が確かなものであれば、すでにプロテウス城襲撃は教会を通じて、エールドレイクにも正確な情報として伝わっているはずですし、ガルベス家、教会、アシュガルド帝国の3つが裏で紐付いている以上、情報の漏洩は避けられません」


 そして勝気な強い視線をアリエルに向ける。


「ひとつ、アリエルさんに質問です。アシュガルド帝国が30万の神兵を使ってプロテウス侵攻を狙ってると仮定しての話です。ズバリ、決行日はいつだと予想しますか?」


「ズバリは分からない。ダリルから逃れようとする難民次第、つまりあと20日前後で王都はいまよりもっと手薄になる」


「その内訳を詳しくお願いします?」


「魔王軍の支配地となったダリルは、領主が領民をすべてを売り渡したことになってるから、報復で奴隷にされることを恐れた領民が難民として大量に流出するだろう。まあ、抵抗組織みたいなもん作って無駄な抵抗するんだろうけど、大半は領外に脱出することになると思うよ。ダリルはこんなもん。一方フェイスロンドはすでにこちらの手に落ちてるし、ダリル人はフェイスロンドを一方的に侵攻したからダリルに逃げても迫害されるのがオチ。だから難民の大半は南方諸国、プロテウス、アルトロンドの三方向へ流れる。南方諸国の中でもアムルタ王国はレダの出身地だし、魔王軍の次のターゲットはアムルタになるんじゃないかって噂があるから、難民のうち多くはアルトロンドかプロテウスへと流れると考えられてる。試算では難民の総数はざっと200万、そのうちプロテウス方面に50万、アルトロンド方面に30万~80万ほど。こんな数、到底手に負えないでしょ? 領境りょうざかいで難民の足を止めたとしても、3日ともたずに飢えるから暴動を起こし略奪を始める、そして難民が手に負えなくなるぐらい殺到するのは、20日後かその前後というのが俺の予想。なんせプロテウスはダリルマンディとグランネルジュにいるドーラ連合軍への警戒、北側ボトランジュへの警戒も外せないのに、何十万という規模で流入してくる難民を領境で食い止めて難民キャンプを作らなきゃいけない。その難民の対応にあたるのは王国軍だ。アルトロンド側を守る兵士を難民対応に当たらせなきゃいけなくなるからね。こんな千載一遇のチャンス、シェダール王国が建国してから4000年の間、一度も経験したことないでしょ?」


「ボトランジュ、ノーデンリヒトと和平を結んだら次はドーラ軍と和平を結びます。そうすれば警戒に当たらせる兵士を大幅に減らし、神兵の侵攻を防ぐことが出来ます!」


 だがしかし、そう簡単に話がトントン拍子に進むはずがない。

 今さらだが和平の話し合いを申し込まれたシャルナクが困ったような表情になった。


「レミアアルド王女殿下のお考えは理解しました。では和平の話し合いをするまえに、プロテウスで奴隷制を廃止し、エルフ族、ウェルフ族、魔人族、カッツェ族、ベアーグ族の人権を、何月何日までに復活させていただけるのか、確約と、その保証をいただきたい」


「すみません、人質交換でプロテウスに戻ればすぐにでも法案を提出します。グローリアスの息のかかった議員も少なからずいらっしゃるそうで! もしよろしければ力を貸していただきたく思います!」


 ビルギットの答えに対するみんなの反応は一様に冷ややかだった。


 何しろ今朝の議会の結果はいまビルギットが言った『グローリアスの息のかかった議員』により、コーディリアに報告が上がっているのだ。それがそのまま資料としてアリエルの手元にあるのだが、それ以前に実際その場を急襲したゾフィーから状況説明を受けていたからだ。


「実はさ、朝っぱらからプロテウス議会でどんなことが話し合われてたかってのも分かってるんだ」


 そこでアリエルはまるで手品でも披露するかのように、大げさにババっと音を立てて、一冊のファイルをストレージから出し、それを手の甲でバンバンと叩いてみせた。


 ページ数は多くないが、字は小さくて目的の記述を探すのに数秒要した。


「えーっと、これな。今朝、緊急招集されたばかりの元老院議会の報告書な。ちなみに国王を交えて謁見の間で議論したらしい。いやあ、プロテウスの元老院議会もすごいね。謁見の間で議会運営するなんてさ。たぶん手続きの簡略化を図るためなんだろうね、議決を取ったらその場で国王の承認が欲しかったんだろう。まあ、一刻を争う緊急事態ってことなんだろうけど……」


 そういってアリエルはビルギットのほうに視線を流す。

 ビルギットはアリエルに視線を合わせることなく、しっかりと前を見据えて座っていた。しかしアリエルが見ていることは知っている。そんな顔だ。


 いや、前を見据えていたというよりは、空間の一点を凝視しているようにも見える。どこも見てないといったほうが今のビルギットの心境をより分かりやすく表現できるかもしれない。


「今朝の議題は『フェイスロンドとグランネルジュについて現状報告』と『グランネルジュ攻防戦で、ホムステッド・カリウル・ゲラー司祭枢機卿が行方不明になった件について報告』と、あと『ノーデンリヒトに対する非難決議と軍の侵攻ついて』というものだった。凄いね、ビリーは和平だの和睦だの言ってるみたいだけど、プロテウス議会は徹底抗戦の構えを崩していない。ちなみにこの議題で話されていたのはゾフィーがカチ込む前だから、いまは方針の転換があるかもしれない……で、この議題、軍の侵攻というのはノーデンリヒト軍がダリルマンディを襲撃した件についてなのかな? と思ったら斜め上でさ、ノーデンリヒトに対して派兵するという内容だった。休戦中を理由に国王が拒否権を発動したおかげでノーデンリヒトに派兵なんてバカな話にはならなかったみたいだけど、賛成68、反対もしくは賛成しなかったもの40という票差で可決したんだよね」


「ほーーう、これはこれは素晴らしい情報網をお持ちのようですな、時にその議題を提出したのはどなたですかな? それと賛成した議員の名簿があれば嬉しいのですが」


「さすがトラサルディ叔父さんだね、もう何を言いたいか分かったみたいだ。もちろんグローリアスの情報網を使ってコーディリアの指示でしっかりキッチリ、ねちっこく調べてもらったよ。その結果この議題をあげたのはトーマス・トリスタン議員だということがすぐにわかった。まあ、なんというか野望に燃えたアホって感じの王侯貴族だね。トーマス・トリスタンは王位継承権で7位っていうぐらいだから、普通にやってたら現状1位のビリーに遠く及ばないんだけど、議員として上から目線でビリーを貶めるような発言もあり、実際に会って二言三言ふたことみこと話したゾフィーの印象は『いけすかない男。なにか企んでる』だってさ。他にトーマス・トリスタン議員の情報、いま知ってることだけでいいから、なんか噂とか聞いてたら教えてほしいのだけど」


 ビルギットは『ゾフィーの印象』という言葉にすこし反応し、反射的にチラッとアリエルを見た程度だった。


 アリエルはビルギットの視線に気づきながら、会議場を隅から隅まで見渡したが、ビルギットは発言しなかった。当然よく知っているはずなのだろうけど、視線も動かさずに座っていて、トーマス・トリスタンのことで反応したのはただ一人、トラサルディ・センジュ、やはりこの男だった。


「裏取りしてない情報でよければ少々……」


「噂レベルでもいいよ、どうぞ」


「では……、オッホン。トーマス・トリスタン伯爵。32歳、先代の国王がもうけた第三王子の次男で、側室の子ですから現国王からすると弟の次男、つまり甥にあたります。神聖典教会派閥しんせいてんきょうかいはばつの議員を束ねてはおりますが、実はトリスタン議員が礼拝堂で祈りを捧げているのを見たことがなく、敬虔な女神信者ではないことは分かっています。ということは、トリスタン議員と教会の間に何らかの利害関係があるのではと思い調査したのですが、残念ながら、こちらの調査員と連絡が取れなくなってしまいました。なぜアリエルがトリスタン議員に目を付けたのかは分からないが、個人的にはキナ臭いと踏んでいるよ」


 アリエルはちょっと眉をしかめ、首を傾げた。何か考え込んだ素振りだ。


 思い出したように今朝プロテウス議会であったことの報告書を持つ手とは反対側の手に、一冊の分厚く閉じられたファイルをパッと出してみせた。


 すでに中身を検討してあるのだろう、何枚もの付箋が飛び出していて、そのうちの1枚をつまんでページを開くと、指先と視線で行を追う。


「これかな? えっとそれってもしかして、1年ぐらい前のことで、連絡が取れなくなったのは ジョナス・アルタスってひと?」


「え? あ……」


 トラサルディは言葉が出なくなり、チラッと視線を泳がせた。

 視線の先にはダイネーゼが身を固くし、テーブルの上で拳を握り締めていた。


 ダイネーゼが重い口を開く。


「ジョナス・アルタスは、ダイネーゼ商会の者です。現在も行方を捜索している、彼の行方について何か知っているなら教えていただきたい」


 アリエルがいま出したファイルをダイネーゼのテーブルまでもってゆき、見やすいよう天地逆に回してからダイネーゼに手渡した。


「原本だからね、くれぐれも落ち着いて。破ったりしないでよ?」


 そこには1年前の日付とともに、元老院議員トーマス・トリスタンと神殿騎士団を探っている国王派の諜報部員と思しき男を捕えたという記載があった。


 それは報告書を日誌風に簡略化したようなものだった。


 そこに記述された氏名は ジョナス・アルタス。年齢は39歳。

 アルトロンド南部、ウォンドルレートの町に古くからある個人店アルタス商会を営む店主。店は先代から継いだもので、父親である先代亡きあとは、年老いた母親と二人で店を切り盛りしている。


 トーマス・トリスタン議員とは、議員が南アルトロンドに所有する鉱山で使うツルハシやマイナーランプ、トロッコなどを納入していたので、16年前から取引があった。


 トリスタン議員に奴隷を売り込もうと考え、資産状況を調べていたと供述。

 供述には一貫性があり、疑わしくはあるが王国側の諜報部員である所見はなし。


 総括として、資産状況と資金の流れを調べられた危険性ありと報告


 四日後の日付

 『消去済み』と記載。



 ……。



 ……。



 ダイネーゼはガタガタと音を立ててファイルを握る手を震わせていた。

 自分がトーマス・トリスタンを探らせたせいで、行方不明になった後しばらくして『消去済み』とされていた。消去の意味するところはダイネーゼには分かる。



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