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17-61 女神たる所以


 アリエルたちは、ジュノーが『カタチだけでも女神さまの振りをする』と言ったのに任せて、ただジュノーのやりたい放題を後ろで見物していただけ。もちろんジュノーが攻撃されても対処できるようゾフィーとロザリンドが護衛についてるから不安なんてなかった。


 まさか踏んだ足跡から植物が芽吹くなんてオマケを付けるなんて、そっちのほうが驚いた。

 あれはビジュアル的にかなりイケてる。


 あの魔法はジュノーの治癒魔法と同系統なのだそうだ。だけど教会の扱う治癒魔法とは仕組みもプロセスも明らかに違うもので、いわば生命力を奪う闇魔法の『エナジードレイン』とは逆の効果を持っている。つまり生命力を与え続けるという効果だ。


 アリエルがベルフェゴールとしてアマルテアで畑を耕す貧しい国王だったころ、ジュノーが畑の植物の生育を手伝ってくれていたことがあって、作物の育ちの悪い畑を助けてくれたりもした。

そういうこともあって、もともと光属性をもつジュノーは植物と非常に相性が良く、世界樹の精霊だったキュベレーとはすぐに打ち解けて仲良くなった。


 ジュノーがあの気難しいキュベレーを簡単に篭絡してしまい、意気投合したことについて、ジュノーのことを幼いころから知っているゾフィーですら驚いていた。


 日本に閉じ込められてからというもの、あの魔法はプランターでの家庭菜園とかでミニトマト作るのによく使ってたけど、やっぱり本物の太陽の光の下で育てたほうが味がいいから、あくまで補助的にしか使ってない魔法だった。


 この魔法は効果の割にマナの消費が激しくジュノーが疲れるらしいので、ほとんど使わない魔法だったのだが、使いどころが絶妙だったせいか神殿騎士たちにとっては明らかな効果があった。


 ジュノーは神殿騎士たち、アルトロンド領軍、そして野次馬として集まっていた大勢のガルエイア市民たちの前で、パシテーが作り出す幻影の力を借りる事もなく、一切の瑕疵かしのない完璧な女神をやってのけたのだ。


 まあ、ジュノーこそがその、一切の瑕疵かしのない完璧な女神なのだが。


 もともと女神のふりをするというジュノーに「うしろをついてきたらいいよ」などという、細かい打ち合わせもなしにぶっつけ本番でやったことなのだが、さすがジュノーといったところか。見事だった。


 ダイネーゼの妻シーラが両掌で口を覆いポツリとこぼした「女神さま……」という言葉がすべてを物語っている。シーラはエルフだ。ヒト族が信仰する女神ジュノーを信じていないばかりか、神聖典教会のせいでむしろ憎んでさえいたはずだ。


 しかし神聖典教会の所業とは逆で、本当のジュノーはというと、まるで種族の垣根なんか最初からなかったかのように振る舞った、古き良き時代のスヴェアベルムを想起させたのだ。


 誰からも愛される女神、これがジュノーだ。1万6千年もの長きにわたり、スヴェアベルムで愛され続けてきた女の、まぎれもない素顔だった。


 その姿は女神とはこういうものだという、人々の憧れを具現化したかのように清廉で潔白で、美しく、優しいものだった。


 まだ幼さを残したエルフの少女、ステファンは騎士たちのフルプレートをつけた格好が怖かったのだろう、怯えてしまって途中で足がすくんで立ち止まってしまったが、母が小さな声で女神さまといった言葉が聞こえたのだろう、顔を見上げるとジュノーが振り返ると、こともあろうにステファンは目が合った瞬間に見とれてしまった。


 そしてジュノーの差し出す手を取った。無意識だったのだろう。さっきジュノーがヒト族だという理由で拒絶し、サオにしか心を開かなかったというのに、ちょっと微笑んで見せただけで閉ざされた少女の心は、あっけなくこじ開けられた。


 ステファンもジュノーの本当の姿をみて好きになったのだ。


 ジュノーはこの生きていくだけでも苦しい、人々の生活を少しでも楽に暮らせるようにと、起動式を発明して、これまで魔法を使えなかった全ての人たちに魔法を降ろした。たしかにこれは偉業だし、他の誰にもできることじゃなかった、しかしこの偉業ですら、ジュノーが天才として全世界に知れ渡った最初のきっかけでしかなかった。


 誰にでも分かりやすく女神であるということ。これは議論の余地がない、見ただけで女神と信じられること、その事実こそジュノーが女神たる所以ゆえんだ。


 怪我をした人を一瞬で癒してしまう。痛みも感じさせないし、傷跡も消してしまう。

 当然、奴隷の烙印を押されても、そんなもの最初からなかったかのように消し去ってしまう。


 光属性であるため、強く力を行使するときは自身の身体そのものが光を放つ。

 それはやわらかな、まるで春の訪れのように、肌に暖かく、心にまで熱が届くほどに、あたたかな温度を感じる光。


 人々は不安を感じたとき、光を求める。これはDNAに刷り込まれた本能のようなものだ。


 ヒトというのは暗いところを恐れる習性があり、光属性という類稀たぐいまれな属性を権能として持って生まれたことが人々の望む女神像に合致した。


 そして当時は神と呼ばれた支配者階級に生まれたこと、加えてこれがもっとも大事なことなのだが、ジュノー本人が、女性として圧倒的に美しいということも、ジュノーが女神として愛されることの後押しとなった。


 十二柱の神々と並び称される四つの世界を支配していた神々ですら、ジュノーの美しさに嫉妬するほどなのだから、もともとジュノーの信者である神殿騎士が本物のジュノーを見ただけで骨抜きになってしまうことは容易に予想されたのである。


 アリエルは神妙な顔つきを崩さずにパシテーの家族を護衛していた。

 ジュノーのひと言で包囲が解け、ざっと道が開けた時は、まさかこれほども効果があったのかと正直驚いた。たぶんゾフィーですら驚いていたと思う。


 包囲を解かざるを得なかった神殿騎士たちの表情を横目で観察した。

 面体を上げて跪き、羨望の眼差しを送る者、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている者までいた。

 さすがに作戦立案したアリエルでも、まさかここまでの効果が出るとは考えていなかった。


 もちろんここまでの効果が出ているのは、ここがジュノーを信仰する神聖典教会しんせいてんきょうかいのあるアルトロンドということ、そして包囲していた最前列に立っていたのが、神聖典教会しんせいてんきょうかいの信者たちで構成された神殿騎士団だったからというのが大きい。


 だからこそアリエルの狙いはピンポイントで突き刺さる。


 神殿騎士やアルトロンド軍のことになるとムキになるサオですら、アリエルが何を考えているのか当然理解した。ひとりも殺さず、むしろ傷を癒すということの意味をだ。


 ケガをした兵士たち、たかだか数十人を治癒してやっただけ。ただしかし、その結果もう神殿騎士たちは戦えなくなっただろう。たとえ傷が全快していても、もう戦うことはできないのだ。


 アルトロンド領軍も同様に、士気がずいぶん下がっただろう。


 なぜならひとは自分の行いに意味を求める。それが人を殺したり、または自分が死ぬようなことになるなら尚のこと、自分が戦う相手は悪じゃないと殺せないし、万が一自分が死ぬことになったとしても、その死が無駄なものであってほしくないからだ。


 自分が信じているものは正しくなければならない。それは高潔であるがゆえに。


 アリエルは神殿騎士やアルトロンド領軍の兵士たちに、自分で考えるよう促した。

 おまえたちは正しいのか? 足りなさそうな己の脳ミソを使って、今一度考えてみろと。


 そして選択肢を突き付けた。


 やりたかった事は、ただそれだけだった。


 戦うことに理由が必要であるし、死ぬとなると自ずと意味を見出そうとする。

 自分たちが高潔な女神の使徒であると信じて疑わかったからこそだ。


 しかしジュノーに拒絶されたことにより、自らが戦って、死んでゆく意味について、これまでのように他人の考えたお題目による盲目的狂信などに委ねるでなく、自らのちっぽけな頭で、もういちど深く考えることになる。


 これまでのように戦うことなど、できるわけがないのだ。



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