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17-57 ビルギットの焦り

 帝国軍にはアリエルたちもまだ知らない日本人が複数人いることは分かっている。だからプロスペローと一緒に居たと言われても、別にどうってことないのだけど……、少しだけ腑に落ちないこともある。


 プロスペローが、シャルロット・アザゼルということは、アシュガルド帝国、皇帝直下第一軍の将官だ。

 だがしかし日本から強制召喚されてきた者たちは、神聖女神教会しんせいめがみきょうかいにより洗礼名と軍での地位を与えられ、弟王エンデュミオン指揮下の帝国第三軍に配属される。


 それがアラサーの女性で双子とは聞いたことはないが、ルーに聞いてみるのもアリか。

 日本人がクロノスにくっついてるとなると何をしに来たのか気になる。


「もうひとついいですか?」


「ん。なんでも言ってくれ」


「ここでプロスペローと会う前だったので不審にも思ってなくて記憶もあやふやなんですが、その女性のどちらかとはエールドレイクで見かけたことがあるように思います。自信はないです、でも黒髪の外国人女性は珍しいので」


「続けて」


「はい、場所はアルトロンド評議会の議員会館で、議事堂に併設されています。えっと会長……」


 ブレナンはダイネーゼに向けて助けを求めるような視線を送った。

 ってことはダイネーゼ会長の知った人物なのだろう。


「話は聞いていたよ。黒髪の外国人は私も見覚えがある。名前までは知らないが、教会派の評議会議員の付き人か秘書だったような気がするよ。これは私よりもカストル議員のほうが詳しいと思うが、どうだね?」


「あ、ああ。そうだな。名前までは知らないが、アレクセイ・ドマノフ議員の秘書だろう、そんなことよりもこの場を切り抜ける手はあるのか? なにを待っているのかは知らないが、家族が巻き込まれることだけは避けたいのだが」


 教会派アルトロンド評議会議員の秘書に外国人? そしてその秘書とやらは東洋人に見えたと。


 神聖典教会は帝国の神聖女神教団と横のつながりがあって、日本から召喚した勇者を派遣したりなんてことしてたから、そっちの繋がりなんだろうなとは考えられるが、そういって放っておくことも出来なさそうだ。だがしかし、いまはもっと気になることがある。


「アレクセイ・ドマノフか。心に留めておくとするよ。それと心配させてしまったようで申し訳ない。大丈夫だよ、俺たちはここに姿を見せておいて様子を見てるんだ。いま集まってきてるのは領軍と衛兵と、あと神殿騎士団だけだよね? アシュガルド帝国から貸与されてるていう神兵がどう動くかと思って様子を見てるんだけど、神兵きてる? ここに」


 ダイネーゼ、ブレナンをはじめ、カストルやアプロードもアリエルの言葉を確認するため落ち着きなくあたりを見渡した。


 領軍と神兵は装備が似ているが、掲げる旗をみれば誰にでも見分けることが出来る。

 城塞都市とよばれるガルエイアは東西南北に門があり、自分たちが入ってきた南門と、あとサルバトーレ方面、ガルエイア西門外にも神兵の大規模な宿舎と駐屯地がある。これは交戦状態にあるボトランジュから攻められたとき迅速に対応できるようにとの配置なのだが、非常事態に対応できるよう神兵たちは常に動けるものが少なくとも3分の1はいるはずだ。


 帝国陸軍は戦時になると三交代で勤務する。ここに10万いるとすれば33000は、いつでも動けるはずだ。そして神兵の駐屯地はガルエイアの西門からほど近い。門外から衛兵や領軍が次々と集まってきているというのに、いまだ神兵たちの旗がひとつも見当たらないのは不自然だ。


 帝国の狙いについて何も知らないカストルとアプロードはアリエルたちが何を知っていて、ダイネーゼたちと会話しているその真意が分からず顔を見合わせるばかり。


 アリエルは神殿騎士たちに背を向けながら背後を親指で指差し、呆れたように言った。


「なあ、神殿騎士の中には武装解除してる奴もいるけど、あれは降参したってことか?」


 よく見ると盾と剣を地面に投げ捨てて、跪いている者も数人だが確認できた。


 不機嫌そうにこっちを見るジュノーと目が合った。なるほど、すでにグランネルジュの件は神殿騎士団本部に伝わっている。もちろん、神殿騎士団長であるホムステッド・カリウル・ゲラーがノーデンリヒトに捕らえられたことも知られているはずだ。


 あわよくば一網打尽にできると思っていたのに、まさかグランネルジュでジュノーが目撃されたことがこんなにも早く伝わっているとは思ってなかった。それもナルゲンの町で遭遇したグランネルジュから引き上げる途中の神殿騎士が本部に鳩を飛ばしていたせいでジュノーの件は神聖典教会の知ることとなったのだが。この時まだアリエルはその事実を知らない。


「これはこれは不覚でした。なるほど、神兵はアルトロンド防衛のために貸し出されたとうかがっておりましたのに、アルトロンド防衛よりも優先させるべき任務があるのでしょうな」


「そうだね、そしてこんなトコで一兵たりとも失うのは避けたい理由があるってことじゃないの? 当然だけど神兵はダリルマンディが陥落したことを知ってるってことだね。情報が早すぎる。ってことは情報源はプロスペローか……」


「「「 はああっ!? 」」」


 ダイネーゼだけではなく、カストルやアプロードも変な声をだした。


「ダリルマンディを攻めるのは今日か明日じゃなかったのですか?」


「今朝早くにエースフィル・セルダルを捕えて軍トップのゲンナーって男と、北の広場に集まった民衆たちの前で無条件降伏を宣言させたよ」


「「「 えーーーーーっ!? 」」」


「エエエエエ、エレノワ代表はどうしていたのですか!?」


「さあ、いまごろ魔王軍と今後のことを話し合ってんじゃないかな?」


「もう今後のことを話し合ってる! ではダリル領主は? セルダル卿はどうなったのですか?」


「捕えられたエースフィルは自らの解放と引き換えにして領地と領民の全てを魔王に売り渡したんだ。魔王は約束通りエースフィルはその場で解放したけど、その場で民衆たちにリンチされて死んだよ。いまもうフェイスロンドもダリルも魔王フランシスコが制圧したことになってる」


「なるほど、こちらの計画よりも魔王軍のほうが先に進んでいるということですか。我々グローリアスも計画を早める必要がありそうです」


「ななななな……なんということをしてくれちゃられ!」


 突然思いもよらないところから噛み噛みの怒声が響いた。


 この場にいる全員の視線が声の主へと向いた。


 怒りの表情を隠すこともせず、わなわなと肩振るわせながらも混乱からまだ立ち直ってないビリーの姿があった。アリエルたちがダリル領を奪ったことに対し抗議しようとしているのは分かるが、まだ混乱から立ち直っていないらしく、言葉になってない。


 またビリーの身なりは完璧で、髪形は召使が結ったものであるし、白を基調としたワンピースに、上品なパンプスを履いている。派手な装飾品で着飾ってはいないが、醸し出される気品は育ちの良さを物語っていた。


 ダイネーゼはビリーを見ただだけで、それなりの家の生まれなのだろうと看破した。

 アリエル・ベルセリウスに対してここまで砕けた物言いをするのだ、もしかするとベルセリウス家ゆかりの女性かもしれないと考えた。


「まずは落ち着いてください。えっと、申し遅れました、アルトロンドでダイネーゼ商会を営んでおります、ヴィルヘルム・ダイネーゼと申します」


 問うダイネーゼにビリーは無表情のままではあったが、きちんと向き合ってお辞儀をして応えた。


「こちらこそ申し遅れました。ビルギット・レミアルド・レーヴェンアドレールといいます、プロテウスで元老院議員をやってます!」



 ……っ!


「「 えっ? 」」


「ちょ……、レミアルド? レーヴェンアドレール……さま!?」


 この名を聞いて瞬時にその名が誰を示すのか知れたのは、この場ではダイネーゼと、あとアルトロンド評議会議員であるカストル・ディルだけ。二人は目を見開き、顔を見合わせては見るからに落ち着きを失い始めた。


 っていうか、ダイネーゼは口あんぐり。

 カストルだけが驚きの声を上げることが出来た。


「レミアルドさまっ!?」


 ダイネーゼは一瞬だけ気を失ったようだが、すぐに自分を取り戻した。


「ちょ、なんでこんなところに? レミアルドさまが! なぜアリエルどのと?」


 いまここにいるビルギット・レミアルドを名乗る女性が、この国の王女殿下である可能性について値踏みを始めた。なにしろダイネーゼは王女殿下の顔を知らない。しかし王国民である以上、名前だけは知っている。いいや逆だ。この少女がレミアルド王女殿下じゃなければいいのにな……という希望的観測から、そうでない証拠を粗探しをしているに過ぎなかったのだが……ダイネーゼの人を見る目をして、高貴な生まれだろうことは事実だった。


 とにかくダイネーゼはここでシェダール王国側にグローリアス計画が知られてしまうのはまだ早いと考えていた。だからこそ、王女であるビルギットに知られるわけにはいかなかったのだ。


 シェダール王国にとってアリエル・ベルセリウスは現状、アシュガルド帝国と同じぐらい危険な相手のはずだ。そんなアリエル・ベルセリウスの魔導派閥の中にぽつんとひとり、この育ちの良さそうな、うら若き少女は誰なのかと思っていながらも詮索しないでいたというのに、まさか王女を名乗るのだから驚かないわけがなかった。今いる中でレミアルドの顔を知っていそうなのは、王都元老院と交流のあるカストル・ディルだけだ!


 ……と考えて、カストルのほうを見たら、当のカストルは真っ先に深々とお辞儀していた。


 それはそれは丁寧に、「ははーーっ」どこまでも深く息を吐きながら、最敬礼であった。


 一瞬、頭の中が真っ白になったダイネーゼをよそに、ビルギットは続ける。


「頭を上げてください、私は元老院議員として外交目的でノーデンリヒトに出向するところなのです、人質としてですが。なので、そのようなお気遣いは無用にしてください。そんなことよりも、グローリアスの計画とやらをお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか」


 ダイネーゼは一文字に口を結んで、直立不動のまま一言も言葉を出せなくなってしまった。

 ビルギットは詰め寄る。


「ダイネーゼ商会の会長、ヴィルヘルム・ダイネーゼ。アルトロンドの豪商、先代は治安の悪いアルトロンドの町から町を移動する隊商として成長し、今は奴隷商として莫大な利益を上げ高額納税者となった、元老院議員として私もダイネーゼ商会のことは知っております。もちろんグローリアスに参加する幹部であることも」


 まさかそこまで知られているとは考えてなかったが、悪名は無名に勝るという事もある。

 ダイネーゼは胸を張った。


「はっ、おっしゃる通りであります。そのようなことよりも、私のような卑しい身分の者の名を覚えていただいたことに恐縮至極であります」


「ここは玉座の間ではありません、おべっかを使うこともないでしょう? 私はグローリアスの計画というものに興味があるのですけれど?」


「申し訳ありません、立場上レミアルドさまにそれを明かすわけにはいきません。焦らずとも追々知れることであります」


 ビリーが詰問したい理由も分からんではないが、ダイネーゼのほうもまさか王女ビルギットがこの鉄火場にいるのか理解できず気圧されている。ダイネーゼはトラサルディのように口が回らないのだろう。詰め寄るビリーに対して、どんどん後ずさりを始めた。このまま放っておいたらせっかくジュノーが張ってくれてる防護障壁から出てしまうほど詰め寄られてる。


 仕方がない。

 アリエルは横から割り込んで、助け舟を出してやることにした。


「ビリー、その話はまたな。ノーデンリヒトについてから話す機会を設けるから、その時いくらでも詰問したらいいよ」


 これは単純に、ダイネーゼへの詰問は後日、トラサルディも交えてやってもいいよという事なので、ダイネーゼにとっては単純に助け船を出してもらえたようなものだった。


「……分かりました、一両日中にお願いします。それと、セルダル家の件は本当なのですか?」


「ウソは言わないよ、たぶん王都にももうすぐダリルマンディ陥落と、魔王フランシスコがダリルの領有を宣言した旨、報告が届くと思うよ」


 領主が領地を領有するといっても、簡単に言うとダリル領主がプロテウスに税金を払うという約束で無期限に貸してもらってるだけなのだが。だからダリル領主が戦争に負けて、領地を奪われても、プロテウスがそれを認めなければ正式に領有権は動かない。ずっとシェダール王国所有であることにかわりはなく、イコールとして国王のものであるということだ。


 ビルギットは不安を口にした。


「魔族の王が? ではダリル領民はどうなるのですか!」


「さあね、俺の知ったこっちゃないよ。エースフィル・セルダルはダリルマンディ市民が大勢集まる北門の広場で領民に向かって宣言したんだ。ダリル領を治める権限と、そこに住む領民もまとめて、魔王フランシスコに譲渡すると言った、まあ所有者は国王なんだろうけどな、そんなもん魔王には関係ないが」


「……それで市民に?」


「ああ、そうだ。領主の座を退き、ただの裏切者になったエースフィルは、暴徒化したダリルマンディ市民の手によって殺された。証人はダリルマンディの市民だし、プロテウスの諜報員が見てないはずなんてないからね、既に鳩は飛んでるだろうから、早ければ明日にでも国王の耳に入る。ああそっか、元老院議会が招集されるのに行かなくていいのか?」


「議会はここのところ毎日紛糾してます! 議題のほとんどがあなたか魔王軍かノーデンリヒトのことばかりなんですけど?」


「へえ、じゃあパシテーの弟さんに聞きたいな。カストルさんだったね。アルトロンド評議会ではどんな感じ?」


「は、はい、グランネルジュが陥落したとの報告はすでに受けています、ダリルの件はまだ情報がなく議論にまで至ってません。評議会が開催されましたが対策として、アシュガルド帝国と連絡を密にして、魔王軍、ノーデンリヒト軍、ベルセリウス派の侵攻があれば迎え撃つことで方針は変わってません」


「その方針はいつから?」


「セカ撤退からです」


「なるほど。順当だね、ではカストルさん、評議会議員としてあなたの考えを聞きたい」


 カストルはぐっと奥歯をかみしめ、一瞬だけ考えたあと真っすぐアリエルの目を見ながら答えた。


「はい、私も迎え撃つことに賛成しました」


 ここまでストレートに敵認定されるとは思ってなかった。

 アリエルはすこし大げさに肩をすぼめてみせる。


「では迎え撃たねばならない敵がここにいて、ガルエイアの城壁に囲まれていて、頑張ったら包囲することが可能なのに、アシュガルド帝国から借りた神兵が一兵たりとも出てこないことについてどう考える?」


「ガルエイアの西門近くに駐留している神兵の駐屯地には、サルバトーレ高原からセカ方面にもにらみを利かせる目的で6万の神兵が配置されているので、情報の伝達が遅れていたとしても、既に城塞内へ到着してなくてはいけない時間です」


 そしてカストルの視線は弟、アプロードに向けられた。

 衛兵隊の制服を着た男がここにいるじゃあないかと。


「アプロード、衛兵隊はどうなってる?」


「衛兵隊のトップは領軍と同じだからね、みての通りさ」


 アプロードが見ろといった周囲には、領軍、衛兵隊、神殿騎士団が包囲陣形を固めていた。西門外から次々と流入してくる兵士はすべて領軍だ。ざっと見渡した限りでは、現時点で神兵の旗は見えない。


「神兵の指揮権は神殿騎士団に一任されているはず。もしかすると命令系統に何らかのミスが生じたのかもしれん」


 その神殿騎士団本部が襲撃されて、すでに大勢の犠牲者が出ている。ベルセリウス派の襲撃を受けているという報告は神兵の駐屯地にも当然伝えられたはずだ、それでもなおただの一兵もよこしていない。


 ビルギットはあまりにも他人事のように話すカストルを見ていられなくなった。

 アルトロンド評議会議員というのはアシュガルド帝国に対し、こうまで無警戒で居られるのかと。


 プロテウスあった報告では、アルトロンドが神兵を受け入れたのはあくまでも神聖女神教団から、神聖典教会へ向けた義勇兵という扱いだったはずだ。

 義勇兵は16年前、大悪魔と称されるアリエル・ベルセリウスと戦った者たちの志を引き継ぐという形で国境を越えてアルトロンド軍に参加することを決めた。おのれの正義感に突き動かされる男たちを帝国として止めることをしない、兵士個人が自分の意志で志願したという名目になっている。


 だがしかし、装備品や命令系統を見るに、あれはアシュガルド帝国皇帝直下第一軍の精鋭たちであることは周知の事実であった。それが建前上、ベルセリウス派の侵攻を防ぐためという名目があるにもかかわらず、現にここでこうやって、ベルセリウス派が神殿騎士、領軍と戦闘になっていて、犠牲者も多数出ているというのに、神兵たちはこの場に駆け付けることもしないではないか。


 ビルギットはアリエルに強いまなざしを向けた。


 アリエルは応える。


「神兵の狙いは俺たちじゃないってことだな」


 ビルギットは強いまなざしを少し潤ませながら声を震わせ、問う。


「ハッキリ言ってください、神兵の狙いは何なんですか!?」


「王都プロテウス。知ってただろ?」


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