02-27 クラス対抗実技大会 後編★
20170813 改訂
20210829 手直し
約5000文字→2万文字と加筆しました
アリエルが去ったあとの食堂では、アリエルの言葉に我慢できなくなり立ち上がった雪組の生徒たちを宥めるプロスペローの姿があった。
「まあまあ、ここは俺の顔に免じてさ、許してやってくれよ、帰ったらちゃんと言っておくからさ、ここはひとつ、穏便にお願いしたいのだが……」
イオよりも先にアリエルに掴みかかろうかという勢いで立ち上がったゲオルグは不満そうに吐き捨てた。
「ベルセリウス家にもいろいろ居るんだな、プロスのためになら喜んで戦うが、あんな奴のために命かけたくないぜなあイオ、どうすんだ? まさか叩きのめすわけにもいかないだろうし……」
イオは木でできた座り心地の悪い椅子に座って根が生えたように動かず黙り込んでいて、ゲオルグの言葉も左から右、耳を通り抜けていったかのように無反応だった。
ゲオルグはイオの顔を覗き込んだ。
「どうした? イオ」
「あ、ああ、すまん」
イオは考え事をしていてゲオルグの言葉を聞いていなかった。
プロスペローはイオとは幼馴染で親友でもある。こんなときは心情を代弁してやるのもやぶさかでない。
「イオは言い過ぎたんだよ、だからいまちょっと後悔してるところさ。もう謝ることも出来なくなってしまったからな」
「えーーっ、マジかイオ、だけど言い過ぎは向こうも同じだ」
「違うんだよゲオルグ、イオはノーデンリヒトの守備隊を貶めるようなことを言ったことを悔いてるんだ。アリエルはノーデンリヒト砦の兵士たちとは家族同然の暮らしをしていたそうだからな。大勢が死んで、ショックだったんだろう。イオは言っちゃいけないことを言った、そうだろ? イオ」
「ああ、頭にきてな、つい……。言っちまった。なあプロス、アリエルが言ってた援軍の話なんだが、うちの親父から聞いたんだ。シャルナク代表な、援軍を組織せず神聖典教会に要請したってさ……。なあゲオルグ、知ってるだろ? お前んとこの親父さん遠征の準備してるか? うちの親父なんていつものように帰ってきたら飲んだくれてるぜ。ボトランジュはノーデンリヒトの援軍要請に軍を出さないと決めたんだ。どんな理由があるかは俺たちの知るところじゃないがな、でもそれって魔族が強すぎてボトランジュ軍じゃ勝てないからだと思われても仕方ないんだぜ? アリエルに弱いからだと言われても言い返すことが出来ない。これは屈辱だよ」
アリエルがノーデンリヒトに援軍を送らなかったことに不満を持っているのと同じく、イオもそのことを苦々しく思っていた。プロスペローは父親であるシャルナク代表の決定だから口は出さなかったが、自分の親のことだからだいたいどういう考えなのかはわかる。
ノーデンリヒト紛争はこれまで1000年も続いてきたヒト族と魔族との争いだ。
もともとノーデンリヒトは魔族が暮らす土地であり、ヒト族はそこに住んではいなかった。しかしここ数十年ほどは北に暮らす魔族たちの動きが鈍ったことで、シェダール王国はノーデンリヒトを併合し、何世代にもわたって1000年もの戦をたたかい抜いたベルセリウス家にノーデンリヒトを領地として与えることになった。ノーデンリヒトは同じシェダール王国にあって紛争地域なのだから本来はすぐさま援軍を出すべきなのである。現に国王から賜った領地を魔族に奪われている。これは由々しき事態であるにも関わらず、シャルナク代表は動員すらかけることはなかった。
アリエルの言った通り、イオの言った通りなのだ。
マローニの代表、シャルナク・ベルセリウスはベルセリウス家の次男であり、併合される前のノーデンリヒトのことをよく知っていた。王国軍数万、ボトランジュ軍も数万という規模で掃討作戦を決行し、ようやくノーデンリヒトを占領することに成功し、王国に併合したのだ。魔族がどれほどの抵抗を見せて、その強さをよく知っている。
獣人1人に対して、武装した兵士が5。魔人1人に対しては、精鋭が30いなければ勝ち目はないという戦闘力評価の通り、敵が1000いたら、ヒト族は5000で対等に戦えるか戦えないかという計算だ。
「なあイオ、アリエルの親父さんな、トリトンさんっていうんだけど、海を渡ってきた800の魔族軍に対して、迎え撃つ守備隊はわずか200。半日で落ちそうな状況を20日間も持ちこたえたんだってさ。それで正確な数は知らないけど約120人が戦死した。最終的には80人で砦を守ってたんだ。これを聞いてどう思う? もし自分がアリエルの立場だったら?」
「ああーもう分かったよ、いっつも俺が悪くてプロスが正しい。だけど俺たちは弱くない。それを証明して、勝った後に謝る! これでいいだろ?」
「そう、それでいいんだよ。ゲオルグもな、終わったら謝りに行こう」
「ええーー、俺も? まあ、しゃあないか……でも手加減はしないぞ? あのガキに俺たちの強さを見せつけてやる、コテンパンにのしてやった後でなら謝ってやってもいいかな」
プロスペローはうんうんと頷いた。
アリエルが強いとも弱いとも言わない、ノーデンリヒト避難民を襲った盗賊たちがどうなったのか、生き残った盗賊を捕えて尋問したら、いったい何があって襲った側の盗賊たちが逆に全滅したのかということが分かった。これはプロスペローの父、シャルナク・ベルセリウスが緘口令を敷いたことで学校関係者やイオたちの耳にも正確な情報は入ってないが、襲い来る35人の盗賊団相手に、たった一人で200を超える避難民を守りながら、誰ひとりとしてケガすらさせず、30人を倒して身ぐるみ剥いだ上に馬車まで奪ったという。その戦闘力に偽りがないとするならば、如何に兵士志望として鍛え上げているとはいえ、まだ14歳そこそこの生徒たち26人がまともに戦って勝てる相手ではないことぐらい明らかだ。
しかしそれは敢えて言わないことにした。
イオやゲオルグたちもアリエルはノーデンリヒト北の砦で魔族軍との戦闘を経験していることは知っている。薄っぺらの言葉で聞いて知っているだけだ。手ごわい魔族の戦士と殺し合ったのに、生きてここにいるという事実を考えようとしないからだ。
「イオもゲオルグも、今日は得難い体験をするかもしれないな。俺はね、二人がアリエルと仲直りするべきだと思うよ」
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一方、こちら食堂を出て、早歩きでアリーナに向かうアリエル。ちょっとの時間に何があったのかと思うほど表情がこわばっていた。パシテーは敢えて何も聞かずに、少し肩を怒らせて歩くアリエルの後ろをついて行く。
プロスペローに事情を話すため食堂にいったはずなのに、何やら決意めいた表情になって早足で出てきたのだ、何もなかっただなんて考えられない。
アリエルがアリーナに戻ってクラスメイトを探すと、みんな観覧席の一番高いところに陣取っていて、さっき戦ったばかりの花組の奴らと感想戦の真っ最中だった。まあ、いつものように生徒たちはパシテーにだけ反応し、アリエルは空気だったのだが。
感想戦というのは、今さっきの戦いであれが良かったとか、あれにはビビったとか、こうすればもっとよかったなどという、感想を述べあうもので、教育という観点ではこの感想戦を休憩時間ではなく、ちゃんとした授業のコマ内でやるべきだと思うほどに素晴らしい内容だった。それほどみんな活発に発言して、良かったところは褒め合い、悪かったところは反省し合うという文化が出来上がっているように思える。
アリエルはツートップで前衛を任されるハティに、いま食堂であった出来事を話しておくことにした。
「このあとの試合だけど、俺さ、さっきちょっとイオと揉めて喧嘩になってしまってさ。あんまり露骨な手加減をすることができなくなってしまったんだ。だから安全のために3分でいいからみんな手を出さずに守備のほうに回ってくれない?」
ハティは気の毒なアリエルを慰めた。なぜならアリエルが編入試験のときヘルセ先生に勝ったからだ。そしてヘルセ先生に勝てないイオは必然的にアリエルより弱いと思われていて、そのことを面白くないと思っていることなんて皆知っている。だからハティはイオのためにもアリエルのためにも、一騎打ちをする時間があってもいいんじゃないかと考えた。そもそも戦場で一騎打ちなんてシチュエーション、面白いことこの上ないのだから。
「イオはめんどくせえんだよな。気短いし。頭よりも筋肉に従うからな。ところで何したんだ?」
「ちょっとプライド傷つけちゃって。引っ込みがつかなくなったみたい」
「そういう事なら3分だけな。3分でイオを倒せよ」
「わかった。3分で何とかするよ」
とりあえず3分だけ自由にできる時間をもらった。そんなに時間いらないと思うけど、余裕があることはいいことだ。そんだけあれば特に作戦なんて考えなくてよさそうなのに、食事が終わって午後からのプログラムが始まるとポリデウケス先生がやってきて作戦の再確認をした。
こちらはアリエルを含めてたった7人の5年星組、冒険者クラス。対するイオたち雪組は26人もいる兵士志望のガチ体育会系チームなのだから、正面からガチンコで当たると勝ち目がない。ポリデウケス先生はどうやら、とにかく守る方に集中し半分減らすことが出来たら打って出るという作戦を考えたようだ。
先生にもイオとの確執を説明し開始後3分の時間をもらう話をすると、ちょっと作戦を変更し、アリエルがイオと戦っている間に背後、イヴォンデ姉妹を中心に守りを固めるという作戦になった。アリエルの実力なら3分でイオを倒せるだろうけど、くれぐれもやりすぎて無茶をするなと言われた。
なお、雪組はガチの脳筋クラスなので、攻撃魔法を使えるような生徒はいない。なので魔導障壁などは使わずに、物理攻撃が主体だ。いや、主体というよりも魔法は強化魔法のみで、物理攻撃しかしてこないというのが雪組の融通の利かないところであり、頑固なところなのだろう、始まった午後の部、各学年の決勝戦を見てアリエルなりの対策を考えている。
大会のプログラムは1学年から消化されていくのだけれど、実技大会という名目である以上、兵士や騎士を志す雪組のプロモーションのようにしか見えないのだが……。
まるでハンコで量産したかのような戦術だった。とにかく土魔法を使って城壁を築くなどということはしない。旗を見せておいて、肉弾戦で守り切り、相手の旗を奪うという戦法はすでに伝統となっている。
敗戦を経験したアリエルの目にはその戦術そのものが傲慢に映った。
旗取り戦の旗は王を意味する。旗を取られ、敵陣に持ち去られたら負けというルールなのに、その旗を隠そうともしない。そこに戦術なんてカケラもなかった。こいつら初等部5年、中等部5年という幼少期に10年もかけて何を学べばこんな頭の悪い戦術を取ろうとするのか、こんなもの自分たちが一番強くて、力を誇示するために用意されたいけすかないパフォーマンスだ。
1年から4年までの決勝戦カードは全てが雪組vs花組という形となった。
なるほど、花組が土魔法建築で築いた城壁を打ち破り、それを攻め落とすというパターンだ。
試合が開始されると魔導師集団である花組の生徒たちがとにかく物理障壁を張り巡らせ、同時に土木建築魔法を用いて見事な城壁を作り出す。アリエルの目からすると未熟で脆弱ではあるが、木剣でぶっ叩いたぐらいじゃあびくともしない立派な防護壁が出来上がる。魔導師渾身の城壁だ。
しかし雪組の生徒たちは、抵抗する魔導師の攻撃を防ぐ盾役、魔導師を叩く攻撃役、剣ではなく巨大なハンマーをもって城壁を打ち砕く破壊役と、そして自陣で旗を守る者たちに隊を分け、組織的に魔導師を蹂躙する。1年も、2年も、3年も……、すべて同じパターンでの戦闘となり、魔導師はあっさりと敗れることが約束された負けイベントにしか見えなくなってきた。
ハティたちは下級生がいま戦っている戦闘を見ながらもまだ感想戦を続けている。
3年のあいつの動きがいいから、まずはあいつを自由にさせちゃだめだとか、北側の防護壁を作った生徒の力量が少し足りず、もろくなっているとか……。
アリーナで戦っている下級生の対戦をじっと見ているアリエルにも感想が求められた。
「なあアリエル、お前ならどう攻める?」
ハティはどう攻めるかと問うた。
アリエルがこの見るに堪えない見世物をどう評価するのか? ということだ。
「なあハティ、雪組って兵士になるんだろ? なんで敵陣を攻めてるのさ? 兵士ならまず敵から攻められたときのことを考えて街を守るシナリオでやるべきだと思うんだ」
「ノーデンリヒト奪還も想定してるんじゃね?」
「こんなことしてるようじゃ絶対無理だよ、それに花組もバカ正直に城壁を厚く硬くすることしか考えてない。魔導師は勝とうと思ってないよねこれ、俺らに使った戦術をひとつも使ってないし、なんでなの?」
アリエルはハティと感想戦をしていた花組の生徒に問うた。
戦闘してるときは魔導ローブにフードをかぶってたので顔が良く見えなかったのだけど、この男は素早い動きで旗をパスする部隊として星組を苦しめた男で、ハティの友達なのだという。ちなみに善戦はしたがハティに殴られて戦闘不能となり救護班の世話になったが、治癒魔法のおかげですぐに復活してここで和気あいあいと感想戦を楽しんでいる。フードをかぶっていたせいで分からなかったのだけど、こいつも肩まである金髪のロン毛で、なかなかのイケメン。カッコいい魔法使いってのを地で行くような奴だ。
「話をするのは初めてだね、アリエルくん、僕はアブクーバ。いやあ、あの戦術はパシテー先生が考えたんだ。僕たち魔導師が前線に出て先に旗を奪いに行くなんて考えてもみなかったけどね、だけど面白かったよ、実際に旗を奪えたときはやったと思ったんだけどな、あとハティに殴られて痛かった」
「何言ってんだすげえ速かったじゃねえか、魔導師って本気出すと強化魔法のノリが違うよな、プレートメイル着込んでる雪組の奴らじゃ絶対に追いきれない、俺たちに負けてなきゃイオの泣きっ面が拝めたかもしれないのにな」
パシテーもほんの少しだけど、獣人の中でも特に素早いウェルフ族の戦士と実戦を経験している。
ウェルフの戦士はスピードが速すぎてファイアボールも岩石飛ばしも当たらないことを知っているからこそ、生徒にその戦術を教えたということだ。
グレアノット師匠がパシテーも天才だと言った理由がよくわかった。
ガチガチに固まった魔導師という枠をぶち破った戦術を採用する柔軟な頭脳を持っているということだ。
「なるほど、実はちょっとね、パシテーとノーデンリヒト行ったときドーラ軍の斥候に絡まれてさ、パシテーもその時ウェルフ族の戦士と戦闘になったことがあるんだけど、あの時の経験だよなあ」
「え? ノーデンリヒトに行ってきたの? いつの間に?」
「スケイトでビューンと。峠の関所まで4時間、俺たちの開拓村まではここから5時間ぐらいかな?」
「はあ? 何言ってるのか分かんねえ! それで獣人と戦ったのか!」
「ちょっとちょっと、僕もその話くわしく聞きたいなあ、パシテー先生そんなこと一言もいってなかったよ」
「マジでえ? ちょっとまってや、ウェルフ族の戦士と戦ったんか? パシテー先生が? それでどうなったん? ちょっと詳しく話して、そこ絶対聞きたいわあ」
ハティやイヴォンデ姉妹と共に、花組の生徒たちも身を乗り出してアリエルを囲む。ちょっと口を滑らせただけなのだけど、いまさら話さないわけにもいかなくなった。
パシテーは割とドジっ子で、フレンドリーファイアで味方の腕に剣をブッ刺しましたとは言えないし。
「いや、それがさ周囲は真っ暗で星明りしかないところで会敵してさ、相手は気配で俺たちを追跡してくる上に夜目が利くからね、ウェルフの追跡からはなかなか逃れられないよ。でもさ、よく見えもしないのにパシテーは対等に戦えてたよ。でさ、そのウェルフ族の戦士ってのが速くて、爪をスパイクみたいに地面にグリップさせるからヒトには不可能な機動で曲がったりするんだ。オマケにカンもいいから後ろから狙っても避けられる。本当にウェルフ族の戦闘力は脅威だよ。だからパシテーは魔導師の強化魔法をチューンしての機動戦を計画したんだと思う。いま見せられてるこんな茶番劇は1000年も前からずっと何も進歩してないんじゃなかってぐらい退屈な見世物だけど、魔導師はたった一度の戦闘で敵を分析し、対策を練るんだ。これからは魔導師の時代だよ、間違いなくね」
「「「「「「「「 うおおおおぉぉおおおおぉぉ!! 」」」」」」」」
「えええっ、それはないぜアリエル。おれ剣士ベースなんだけど!」
剣士オワコン宣言を出さて残念キャラが板につきつつあるハティは置いといても、花組にとってアリエルの言葉は『我が意を得たり!』、生徒たちはパシテーが教えた戦術にアリエルが賛同したことに歓声を上げた。
アリエルにしてみればパシテーは同門の妹弟子なのだから、これぐらい当たり前だと思っていた、そして花組の生徒たちもアリエルたちと対戦し、力及ばずに負けたしたものの、それでもイオと同等と言われるハティと対等に戦えたことに、少なからず手ごたえを感じていたのだ。
一緒にアリーナに来たはずのパシテーを探すアリエル、気配察知するまでもなく、来賓の席で誰かと話している。高級な刺繍の施された魔導師ローブで着飾った女性で、席がシャルナクさんの隣の隣、ってことは相当偉いひとなのだろう、ボトランジュ領軍のえらい人と同格にあたる席順だ。
アリエルがパシテーに気を取られていると、花組の生徒が教えてくれた。
「パシテー先生、インディー学長に怒られてるみたいなんだ」
インディー学長? たしかマローニ魔導学院の学長だったはず。
「え? なんで?」
「さっきの僕たちの戦い方が魔導師らしくないんだってさ。まあ花組の中でも決勝進出できてないのは僕たちだけだからね」
なるほど……、1年から4年まで退屈な攻城戦ショーを見せられてると思ったら、これは予定調和だったのだ。最初から組み合わせが決められていることも然り、最初からこういうシナリオの見世物だったわけだ。
一説には世界の魔導師のうち7割前後が土魔法に適性をもっているという。
これは圧倒的な多数派だ。民主主義だったら土魔法派閥がトップを取るに違いない。現にグレアノット師匠は土魔法の権威だし、妹弟子のパシテーも土魔法を得意としている。だからこそ多数派である土魔法派閥が権力を持っていて、ここじゃあ魔導師らしく土魔法を使って城壁を守る戦い方をしろということなのだろう。
残念ながら花組は5年生だけが星組に敗れ、決勝戦を戦えないから今その学長が直々にパシテーの教えた戦術を咎めていると、そういうことだろう。グレアノット師匠はというと、すぐそばにいるけれど聞こえないふりをしているのか、それとも最初から興味がないのかパシテーの方を見ようともしない。まあ、戦術を指導したのは確かにパシテーだし、善戦したとはいえ負けたのも事実だけど……、パシテーが怒られる原因のほとんどはアリエルなんだから胸が締め付けられる思いだ。
いま4年生の決勝戦が終わった。まったく見ていてつまらない、退屈な見世物だった。
防護壁を壊そうとする雪組の生徒に対して、防護壁の上から土魔法で投石したり、火傷をさせない程度にファイアボールで威嚇射撃をする程度の攻撃をしていた4年花組の防護壁が破られ、なすすべなく旗を奪われたのだ。内容に微妙な差異はあるにせよ、だいたいこんなものか。
退屈そうにしているアリエルに花組ナンバーツーのアブクーバはこうも言った。
「アリエルくんと戦うことを怖がっていたクラスメイトも少なくなかったかからね、実技の授業であんなのみせられた後だし。でもね、控室でパシテー先生が言ったんだ。兄弟子はいずれ世界最強の魔導師になるから、その技を間近で見られるのは幸運だし、ついでに盗めるものは何でも盗みなさい、そしてあわよくば勝ってきなさいって」
「世界最強? 誰がさ?」
「アリエル・ベルセリウスくん、キミだよ。パシテー先生は兄弟子と言ってたけどね。アドラステアがムチャクチャやる気だしてたよ、なんかすごいの食らってたみたいだけどさ、それとアレ、瞬間的に5つもファイアボールを展開するなんてすごいよね、あれ見た時ウソだろって思ったもんな、しかも術者本人の動きに同期させてるし。ヤバいと思ったんだろうね、そのとき旗を持ってたガリスンはフード被っててもビビってるのが分かったよ。絶対命中させないよう、全速で左右に動いたのにそれでも一発で射抜かれた。すっごい精度の精密射撃だった。びっくりして一瞬動きが止まったところをハティに殴られた。ガリスンがやられなかったらハティにやられることもなかったんだけどねー」
「アブクーバ……、二回戦始めるか?おいい」
「あははは、よしとく。強化魔法を高機動チューンして使うと内臓とかにダメージがひどくてね、パシテー先生から何度も使っちゃダメって言われてるんだ。だからハティとの再戦はまたそのうち、実技の授業か何かでやりたいな。卒業までに一本取ってやるよ……。しかしアリエルくんは凄かったよな。パシテー先生が世界最強って言うのも頷ける。もしかすると王国最強との呼び声高いセクエク・アルドと戦えるかもしれない」
周りで話を聞いている花組の生徒たちもアブクーバに同調した。
「セクエク・アルド? 誰それ、世界最強はフォーマルハウトだって聞いたけど」
「フォーマルハウトはエルフとして世界でもっとも有名な魔導師だけど、魔導書が書かれたのは500年も前のことだし、寿命の長いエルフで生きてたとしても、さすがに現役で世界最強の力を維持してられないんじゃないかな。だから僕たちは王都プロテウスの魔導学院で炎魔法の最高指導者、セクエク・アルド教授が世界最強だと思ってるんだ。このアリーナぐらいのなら一帯を火の海にすることができる圧倒的な魔力の持ち主さ」
このアリーナを火の海にするぐらいあまり大したことはないのだけど、セクエク・アルドか。魔導学院は土魔法の派閥が強いと思っていたけど、セクエク・アルド教授は炎術師で、あたり一帯を火の海にして、そして世界最強の一角を担うという。恐らくは戦場魔導師を目指す男なのだろう。ちょっと興味が出てきた。日本に帰る転移魔法とは関係ないだろうけど、現状この王国で最強だというなら、名前ぐらい覚えておいてもいいとおもう。
「いこうぜアリエル、次は俺たちだ」
4年生の試合も順当に雪組が勝利して終わった。
攻城戦を行ったあとの整地が終わるまでアリエルたちは控室で出番を待つことになる。
「アリエルくん、魔導師の力を期待しているよ」
アリエルはアブクーバの言葉にサムズアップで応えた。
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ここは5年星組の控室。
ポリデウケス先生が細かな作戦を説明している。ハティとユミルは熱心に聞き入っていたが、マブは長椅子に座ったまま目を閉じて精神統一していたし、カーリは慣れない木剣のグリップ部分が気になるらしく、バンテージを巻きなおしている。イヴォンデ姉妹は落ち着かないのか、身体を温めるように軽く準備運動をしながら先生の言葉に耳を傾けていた。
先生は編入の時の飛び級試験でアリエルの実力を見ているから、一騎打ちなイオに負けることはないと考えていた。しかし雪組はイオのワンマンチームじゃない、イオが筆頭を張っているだけで、ナンバーツーのゲオルグも例年ならば十分筆頭を張るだけの実力を持っている、つまり総合力の高いチームだ。
アリエルが開始3分でイオを倒せたとしても、残り25名の雪組チームが通常通り、いつもの作戦を作業的に実行するだけでいい。雪組26人に対し、星組はアリエル含めてもたった7人しかいない上に、カーリなどは明らかに戦闘には向いていない探索系の冒険者だ。
正直なところ弓師のユミルも盾を並べてくる敵チームに対して有効ではないし、だからと言って剣を持って戦えるならば、前のナンシー救出作戦で窓から室内に飛び込んだ折、弓で相手の懐に飛び込むなんてしなかったはずだ。剣を使えるのはハティとマブ、あと防護壁を作る役目に回るイヴォンデ姉妹ぐらいなもの。
敵チームの立場になって、こちらをどう攻めるか考えると良くわかるのだが、仮にイオがいなかったとしても、25人の半分もいれば星組攻略するには十分だろう。
アリエルはイオを倒したあと、ケガの有無にもよるが、なるべく速やかにハティと合流するということで作戦が決まった。とはいえ、アリエルは作戦なんか耳に入っておらず、どう戦おうか考えあぐねていた。
アリエルは学生食堂で、イオが口を滑らせた言葉に引っかかっていた。
『役立たずの魔法使いごときが出来ることなんざたかが知れてる』というセリフだった。売り言葉に買い言葉というだけでは説明できないほど上から目線で侮蔑が込められている。ここまで言われると頭にくるという感情的な部分を飛ばして、逆に冷静になってしまった。これを本気で言ってるのだとしたらとんでもない認識不足だ。何がイオにそう言わせたのか、さっきパシテーが魔導学院の学長とやらに叱責されているのを見て理解できたように思った。
土魔法を使う土木建築魔導師が権力を持っているせいで、土魔法メインの戦術を強要されているからだ。 だから領軍の兵士や、騎士団を志す雪組の生徒でありながら街を守るというシナリオではなく、攻城戦の攻めるほうを演じるというチグハグな配役になっている。ちなみにシェダール王国は4000年もの長い間、他国と戦争をしたことがないらしく、10年前に併合されたノーデンリヒトは魔族との争いの中、国内紛争ということになっているんだとか。グレアノット師匠が家庭教師に来てくれた時、アリエルはなぜヒト族よりも強い魔族なのに、ヒト族との生存競争に敗れ、北のドーラ大陸へと追いやられているのかと聞くと、師匠は圧倒的にヒト族の数が多いのだと言った。
あれほどの戦闘力を有するウェルフ族やベアーグ族と争って、これまで勝利してきた理由は圧倒的多数であるという数の暴力、それだけだ。なのにここの実技大会では兵士を目指して日々訓練している雪組が多数派であり、ウェルフのように素早くもなく、身長3メートルの戦車みたいなベアーグでもない、ただの『役立たずの魔導師ごとき』が少数派なのである。そう、その戦闘力もご存じの通り『役立たずの魔導師ごとき』で、魔導師たるや敵の旗を取ってくれば勝利することができるというのに、ただひたすらに土木建築魔法ぐらいしか使わず、雪組生徒たちにとって、とてもやりやすい相手に成り下がっている。
対する雪組の生徒ときたらご自慢の数の暴力をふるって、魔導師の作った防護壁を壊すまでがドラマなのだ。もう何が何だか、イオたちだけでなく、教員たちも仮想敵を何に設定しているのかがまるで分かっていないのだ。
確かに実技大会の実技というものが何を指して実技なのかというと、魔導師の『土魔法』と『土木建築魔法』こそが実技であり、普段の学習の成果を見せるためこうやって、兵士たちに攻められても壊されにくい防護壁を作り出すのだ。1年から4年までの対戦を観戦していてアリエルがつまらないと感じたのはそういうことだ。
勝負事ではなく、学習発表会を運動会でやらせられてるノリ、つまり教員が普段生徒に教えていることを観客席に向かって見せることをやらされている。なんの事はない……、実技大会などと言ったところで、その実、学校とその教職員たちが、自分たちの教えていることを街の有力者に見せて、評価を得るためのイベントなのだ。
パシテーが作戦をたてて勝ちに来た5年花組は敗れたが、下級生の花組生徒の勝ちたいという気持ちはおざなりにされ、教員によって磨かれた商品として値踏みされているだけなのかもしれない……と考えたら、なんだかアドラステアが妙にやる気を出していた理由をちょっとだけ理解できた気がした。
「先生、ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど……」
アリエルはポリデウケス先生に本当に勝ってもいいのか? 勝ったら先生の立場が悪くならないか?と問うた。来賓席に招待されている偉い人の中にはこの街の代表を務めるシャルナクさん、ホワイトカラーの役人、勲章と肩章がたくさんついてる軍人と、あと魔導学院の学長ぐらいか、アリエルが見た限りでは冒険者ギルドの関係者は居なかった。招待された来賓の客たちが望んでいるのは雪組の勝利だ。
しかしポリデウケス先生は、
「勝ってこい」と即答した。
まるでタイミングを計ったかのようにドアがちょっとだけ開いて「5年星組、時間ですよー、アリーナに出てください」と呼び出しの声がした。石造りの廊下に響き、ちょっとエコーが効いていた。
アリエルは少長椅子からぴょんと飛び出すように立ち上がった。ハティは一気に緊張感を吐き出すように押し黙った。誰も一言も発することなく、目をすわらせて立ち上がり、アリーナに出て行った。
控室から出てアリーナに一歩踏み出すと、対面する出口からえらく殺気立った集団がゾロゾロ出てきた。雪組のやつら、控室から出てくる前にもう強化魔法を展開済みだ。開始線に立ってからでいいのに、リラックスと言う言葉を知らないらしい。あっちのチームも控室でさっき食堂で会ったことを話したのだろう、雪組全員、気合のノリがちがう。マジで倒してやるぞという気迫で睨みつけた。
相手の布陣は愚直というかアホというか、真ん中の先頭にイオが立っている。
まるで一騎打ちでもするかのような布陣を見てから、アリエルはアリーナ中央に引かれたラインを挟んで、イオの目の前3メートルぐらいのところに立った。
割れんばかりの歓声が響いた。
対戦を終えた生徒たちもみんな観客席にいて、応援合戦でも雪組優勢の中、花組の生徒たちは断然、魔法剣士として5年花組に勝ったアリエルの応援だ。
アリエル自身、こんな場面で自分が声援を受けるなんてこと初めての経験なのだけど、どこか引っかかる、忘れ去られた記憶のような、ところどこど色褪せたような映像がフラッシュバックした。
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そこは丸太を隙間なく立てて壁を作った木組みの闘技場のような場所だった、階段状の観客席に隙間なく人がいて、自分はざわめきの中心にいた。剣闘士が命を懸けて戦いを披露する木造のコロシアムのようなところだった。マローニ中等部にあるアリーナは小さ目のサッカーコートのような長方形だが、いまアリエルが見ているのは円形のすり鉢状の建造物だった。大きさはこちらの方がかなり大きく、観衆たちも超満員で、観客の足を踏み鳴らす轟音で観客席が崩れてしまわないか心配してしまうほどだ。
もしかするとこれ1万人ぐらい入っているのではないだろうか。
これはアリエルの記憶だった。
どの映画のワンシーンなのかは記憶が定かじゃないが、アリエルはこの場所を知っている。
対面する壁に設けられた門から男が現れた。この闘技場にひときわ大きな歓声が沸き起こった。ブーイングも混ざっている。観客たちの足を踏み鳴らす音が地鳴りのように響き渡った。
一身に声援とブーイングを受けながら、さも当然といった余裕の表情で観客にアピールしながら男が近付いくる。黒髪をドレッドに編んで高価そうな刺繍の入った豪華な赤い服を着た男だ、。アリエルは刺繍の文様をみて、なんだかとても懐かしく感じた。
男は上半身裸で腰にパレオを巻いただけの若い女性を5人も連れてきた。アリエルはこの男の名までは思い出せないが、見た瞬間に肌の粟立つのを感じた。
観客席の最前列の男たちが立ち上がって胸に手を当て敬意を示した。
この戦いは知っている。なんだか少しだけ思い出せたような気がした。
(ああ、こんなことがあったな……)
そうだ、自分の手を見る。改めて服装をみてみる。
こちらは最初から上半身が裸で腰布を巻いているだけだし、靴も履いてない裸足だった。
何度思い出そうとしても喉まで出かけているこの男の名までは思い出せなかったが、この男が一族を治める族長だということは思い出した。
族長は赤い光沢のある高そうな服を脱いで女に手渡すと、大きな筋肉を誇示するように見せつけた。
観客へのアピールと、アリエル? に対する威嚇だった。
アリエルは事態の進展の中、……誰だっけ? 名前を思い出せないや……などと悠長なことを考えていた。
それもそのはず、ここで戦った結果まで知っていたからだ。
アリーナでは相手の族長が両腕を天に向けて観客にアピールすると、観客の興奮は最高潮に達した。
空気の振動に鼓舞されて、自分自身の血がたぎるような感覚だ。
しかし結果は知っている。
まるで記憶の方が先行していて、映像は後で見たかのような奇妙な体験だった。
族長は金色の柄に宝石をあしらったような宝剣を抜くやいなやそれを振り回し、自身の周囲に炎をまとわせて円舞曲を踊るように殺意のこもったダンスを見せつけた。
魔法を詠唱していない。だがあれはマナを燃やしている魔法だ。
自分の周囲にだけ、オーラのように炎をまとっている。少しでも魔法を学んだアリエルに言わせると、だからどうした? といったレベルの話だが、炎が立ち上がったのを見た観客たちは熱狂的に歓声を送った。
ブーイングはほとんど聞こえなくなった。
女たちが数歩下がった。そりゃあアレだけ炎が燃え上がってるんだから熱いのだろう。
アリエルが注目したのは男の筋肉でも、剣技でも、上半身裸の女たちの胸でもなく、族長が抜いた宝剣、大きく湾曲した曲刀だった、アリエルが暮らすシェダール王国の文化では曲刀はない、おそらくは外国なのだろう。目の前で剣を振り回し踊り狂っている族長はぱっと見アジア人にも見える。だけど違和感が残る。日本人ではない。
男は舞曲のステップで流れるような技を繰り出し、炎をふりかぶって斬りかかってきた。
試合開始の合図がないのは、きっとこの闘技場に一歩足を踏み入れた瞬間から戦いが始まっているからだ。
しかし強化魔法は使っていないことに違和感を覚えた。
族長の攻撃は一撃で決めようとしたのだろう、首を狙った一撃だった。
アリエル? はそれを腕でガードしてみせた。炎が肌を焦がす……だがそんなことはどうでもいい。
これは素手で戦い、一歩も下がらないという決意の表れだった。
当然だが腕を切り落とされるだなんて考えもしないべたな防御だ。
肉を斬られる感触があった。シャッと瞬間的に神経を切断される痛みだ。
族長は傷を負わせたことがよほど嬉しいのだろう、その顔は醜く、狂気に歪んでいた。
しかしアリエル? は腕に大きな傷を負い、ボタボタと血液が流れ落ちることに気もかけず、落ち着いていた。仁王立ちのまま一歩も動かず『爆裂』を練り上げ、それを敵対者に向けて撃ち出す。『爆裂』を作り上げるスピードは今のアリエルよりも格段に速かった。アリエルはまずファイアボールを作って、それを小さく縮めて『爆裂』魔法を作り出す。だがしかし、この戦いでアリエルは最初から『爆裂』を作り出した。
(ああ、これは白昼夢なんだな)と思った。
その『爆裂』は威力も尋常ではなく、ボクシングで言うインファイトで戦っている至近距離でターゲットを捕えると、容赦なく起爆した。言うまでもなく自爆だった。
しかしアリエル? は動じない。そうあることを求められているかのように、地面に根を降ろした樹木のようにどっしりと構えていた。本人なのでよくわかる、これはやせ我慢だった。耳がやられた。目もかすんでしまって良く見えない。それでもただの一歩も下がらず相手を跳ね返す必要がある、これも観衆に見せるための戦いだった。
風に舞う紙細工人形のように吹き飛ばされた族長は、剣の舞いそのままに空中を何回転かしながらクルクル舞ったかと思ったら、握っていた剣を放し、ガランと軽い音を立ててアリエル? の足もとへ落とした。
アリエル? は観衆に対して、自分の勇気と力を見せつけるように両手を大きく広げてアピールした。
円形のアリーナ全てを見渡すように、アリエル? もゆっくり一回りしてみせた。
耳がやられているのは観衆も同じ、観客席ではパニックになって逃げだそうとしている者もいたが、大多数の者はその場に残って事の推移を見守った。
なんともアホな戦い方だ。相手と同じように自分もダメージを負う。
耳も聞こえないし、目も良く見えないときた。だがしかし、一撃で相手を倒すことが出来た。
アリエル? は族長が落とした剣を拾い上げると、大の字になって倒れている族長のもとへとゆっくり歩いた。意識はあるのだろう、覗き込んだら目が合ったように感じたが、たぶんはっきりとは見えていない。爆裂を放ったアリエル自身もそうなのだ。まともに食らった男が無事なわけがない。
『爆裂』の規模は大きかった、地面にも形が残っていて、爆発音に驚いたのか観戦している観客の熱狂もどこへやら、シーンとしていて、今はもう誰も声を上げない。鼓膜をやられたわけじゃないようで風の音は響いている。耳の回復が早い、視力の回復も早い。剣の攻撃を受けて、あんなに深く傷つけられた腕も、もう血が止まっている。自己再生もアリエルの比ではなかった。
アリエルは自分の記憶に重ね合わせたこの男があまりにも強すぎるため(あれ? これ俺じゃなかったっけか?)と疑いはじめた。もちろん前世を生きた日本人、嵯峨野深月でもない。
やっぱり映画のワンシーンだったのかと混乱が深まる。
アリエル? は『爆裂』を直撃して動けない族長の髪を掴むと強引に引きずって座らせ、右手に持った剣で躊躇なく首を突いた。
ばっくりと傷口が開き、大量の血液が流れだした。
アリエルはその血液を手で受けて、自分の胸と顔に指でラインを引いた。血化粧というものだ。
族長の死体を転がすと、大きく両腕を広げて観衆に己が勝利を見せつける。
割れんばかりの歓声で地鳴りがするようだった。最前列で立ったまま戦いを見守っていた数十人の男たちは深々と頭を下げて跪いた。
アリエルは混乱していた。フラッシュバックした記憶が実際に起きたことなのか、それともレンタルビデオなどで見た映画のクライマックスシーンなのか、混濁していてよく分からないからだ。時代背景などはかなり原始的で野蛮で、文明レベルも低いように思えた。最初はローマ帝国を描いた映画かと思ったが、鎧を着た兵士など一人もいななくて、登場人物の人種から察すると、どちらかというとアステカものの映像に近いと思った。だがしかし自分は間違いなく『爆裂』を使ったし、相手も魔法を無詠唱で行使してみせた。
なぜこんなことを思い出したのだろうか、本当によく分からない。
だけどアリエルの目の前にはいままさに両手もちの木剣を構えたイオがいて、そして観客席からは割れんばかりの大歓声が響いていた。
なんだか幻を見ていたようだ。現実と同じシーンだけど、相手を死なせてしまってはいけない。
アリエルは白昼夢を見たことで肩に力が入っていることに気付いた。
まるでやくざ映画を見終わって席を立ち、肩をいからせて睨みを利かせながら劇場から出てくるのと似たようなものかと考えると、急激に頭が冷えていった。
ふう……とひとつ深呼吸をして相手を分析する。
イオの後ろに三角隊形で15人、うち4人はハンマー持ちか。
残りの10人は盾持ちで後方に待機し旗を守るという作戦のようだ。
軍出身のヘルセ先生がこんな布陣を採用するはずがないのだが……、旗を奪うことを優先させるなら、イオがこちらの主力を食い止めてる間に、前衛の15人が一斉にかかれば簡単だ。いくら個人技が優れていても数で押し込まれて耐えられるのはハティとマブだけなんだし。担任のヘルセ先生とは飛び級の編入試験のとき立ち会っているから、こっちの実力は知ってるはずだ。それでもこの人を舐めた陣形を展開したという事は……、どうやら実技大会の勝敗よりもイオたちのプライドのほうが先行しているのか、それともイオが自分を抑えてる間に旗を奪うという裏をかいた作戦なのだろうか。
いずれにせよ攻撃の要の前衛をあえて後ろに下がらせておいて、イオだけが前に出てきたということは、自分に対して出てこいという無言のサインだ。本気で一騎打ちを挑まれたとみていい。
肩越しに振り返ってみると、味方はみんな後ろのほう、旗のもとに集まっている。
この感覚はクラスメイトから孤立したときの孤独感に近い。
ルーティーンは要らない。ただ肩に木剣を担いで立ち、イオはじめ雪組26人が放つ殺気含みの視線を一身に受ける。こっちは別に睨み返すこともなく、視線も合わせてやらない。ただ粛々と倒すだけだ。
あたりの空気に何やら緊張感が漂い始めると、それが観覧席にも伝わったのか、観客たちもゴクリと生唾を飲み込むような空気が漂う。開始時間までもう少しあるはずだと思っていたのに、審判を務めるヘルセ先生が手を上げた。
―― ピイイイィィッ!
「始め!」
―― ゴッ!
「遅い!」
アリエルは開始の合図と同時にスケイトを起動。高速で踏み込んでイオの腹に前蹴りを入れると、まともに食らったイオはすぐ背後に立っていたゲオルグ含めた味方3人を巻き込んで旗の手前までド派手に吹き飛んだ。まるでボーリングのようだった。
一発で吹っ飛ばされたクラス筆頭の無事を確かめようと一瞬振り返った右側の3人を小手打ちからの回し蹴りで1人、横面をブッ叩いて2人。3人目は喉を突いて倒した。
これで残りあと19。
とっさに動けなかった者たちもさすがに数秒たつと我に返って剣を構えなおすけれど、動こうとした者は足もとの地面が砂に変わったことにも気付かず、足を取られてバランスを崩したところをヘルメットごと頭部を強打されて動きを止めた。その右側にいた者も小手を打って木剣を叩き落し、横から頭を叩いたあと、足を薙いで一回転させると全身の打撲で気を失うほどじゃないにせよ、うずくまって丸くなってしまった。
剣を持つ相手を前に小さくうずくまるなんてのは言語道断、殺してくれと言ってるようなものだ。半ば呆れ顔のアリエルが返す刀で下から振り子の軌道でアッパーカット気味に振った木剣が、ものの見事なタイミングで顎先にヒットし、膝から崩れ落ちる。
この連中は、攻撃を避けたり、攻撃を防御したりといった基本的な動作すら忘れるほど混乱しているらしい。兵士の訓練を受ける以前に、心構えがなってない。アリエルが木剣を振るうたびに、バタバタと倒されてゆく雪組の生徒たち。
考えてもいなかった展開に少し驚いたが、すぐさま気を取り直し、アリエルに向けて剣を構え、一歩踏み出そうとした左側前衛の5人は、これまで見たことのないほど高速で飛来するファイアボールを正確無比な射撃で顔面に食らってしまい、狼狽えてる間にバキバキと音を立てて倒されてゆく。
今のファイアボールは目くらまし。そんなものを食らったからといって狼狽えた姿を見せてどうするのか。狼狽えれば炎は消えてくれるのか、それとも、目の前にいる敵は殺さずに見逃してくれるとでも思っているのか。
盾を構えて旗を守る守備担当の者たちは、スケイトで高速移動からの飛び蹴りで盾を構えたまま壁まで吹っ飛ばされたことで守りに穴を開け、大型の盾に隠れて前を見ていなかった生徒などは背後に回って木剣で叩くだけという簡単な攻撃で次々と沈められていった。
力量の足りない者に盾を持たせて守りに据えるのは戦術として間違ってはいないが、盾に隠れて前を見ていないなんて、いったい今まで何を学んできたのか問いたい。
アリエルは力の劣っている者であっても容赦なく叩き伏せた。これがイオたちの求める『正々堂々』なのかと問い正すように。
開始の号令を聞いてまだ30秒も経っていないというのに、もう残りはイオを含めて7人になってしまった。
展開は防戦一方にすらならず、まだ雪組の生徒はアリエルに向けて、ただの一度も剣を振りあげてもいない。ただ一方的に、アリエルの視界に入った者が順番に倒されるばかりだった。
最初に前蹴りでフッ飛ばされたイオがようやく立ち上がろうとしているのを助けるため、アリエルの前に立ちふさがろうとした男がいた。食堂でちょっとだけいざこざを起こしたゲオルグだ。吹っ飛ばされたイオに巻き込まれて自分もダメージを受けたが、真っ先に立ち上がった。
しかしゲオルグもここまでだった。アリエルのスピードで慣性の乗った攻撃には対処できるわけがなかった。正面に居たと思ったら横から小手を打たれた。意識していても剣を手放してしまう。ゲオルグは落とした剣を拾わねばと考え、手を伸ばしたところで回り込むような機動で背後に移動したアリエルの後ろ回し蹴りが側頭部にヒットし、意識を刈り取られた。恐らくこのゲオルグが一番の重傷を負っただろう。
面倒くさそうな盾持ち5人は威圧ぎみに睨みを利かせ動きを止めてから盾に守られていない部分にファイアボールを打ち込み、足もとが炎上したことで慌てて防御の構えを解いたところに更なる追い打ちのファイアボールを撃ち込まれるという悲劇に見舞われた。
こいつら雪組の魔導障壁はファイアボールを食らっただけで焼け死んでしまいそうなほど脆弱なものだったので、アドラステアのときそうしたように、こいつらの頭上にも水魔法が起動し、ザップリと頭から水をかぶることとなった。こいつらは戦闘継続可能だったが、戦おうという意志を根こそぎ刈り取ったので、もうアリエルに剣を向けることはなかった。
実技大会5年決勝戦は、こうして開始からわずか30秒でイオ以外の25人が倒されるという異常な展開となった。これでもう残っているのはイオだけだ。
木剣を支えにしてやっと立ち上がったイオは、周りを見渡し仲間が全滅しているのを確認したあと、アリエルに向けて木剣を構えた。
「イオ、おまえの仲間はみんな死んだぞ」
「こ、このぉっ!」
斬りかかろうとするイオの木剣を落ち着いて弾き飛ばすと、その切っ先を首に突き付けた。
これでイオも戦死扱いとなった。得意とする魔法を封印されたハンディ戦でありながら、1分も持たずに5年雪組は戦意を失ったものを含め一人残らず戦死が適用された。
全滅させても試合は終わらない。呆然と立ち尽くすイオの前で守るものの居なくなった旗を奪い、拳を高らかに突き上げ、勝利したその力を誇示しながら自陣に戻ったところで試合終了の掛け声が響いた。
イオはガックリと膝から崩れ落ちる。
食堂でアリエルに言われた言葉の意味が分かった。
武人を志すからには仲間の死や自分の死を考えないような者はいない。しかし、これほどまでに現実が牙を剥いたことは一度もなかった。自分が煽って鼓舞し決勝の舞台に上がった信頼できる25名の仲間たち。もし戦場だったらものの1分もしないうちに皆殺しにされてしまっているのだ。
無謀な戦いは自ら死に逝くのに等しい。
無謀な戦いをさせる指揮官は、部下をただむやみに殺すに等しい。
あの忌々しいアリエルは最前線で本物の戦争を経験しているという。あいつは今までどんな光景を見てきたのだろう。あいつは本物の戦場でこれほどの絶望を見たのだろうか。
教員たちが観覧席から慌てて降りてきては、生徒たちの治療にあたっている。
イオはまだ動くことが出来ない……。
「なんだよ、まだ1分しかたってないぞ」
「ああ、ごめんハティ。俺もうこのまま退散するわ。マブ、メラク、アトリア、またどこかで会おうな。カーリ、ユミル、楽しかったよ。またな」
そういうとアリエルはまるで逃げるようにそそくさとアリーナを出た。
出口を出たところの立ち木にもたれでパシテーが風に吹かれてる。パシテーのこういうポーズってすっげえ絵になるんだ。この世界にカメラがないことがものすごく残念だ。
常盤のオジサンがカメラおたくなのも、なんとなく分かる気がする。こんな美しい情景を、空気感といっしょに写真に収めることができるんだったらカメラが欲しいなと、そう思った。
「もういいの?」
「うん、もういいや。母さんたちとシャルナクさんに挨拶だけして、俺たちは西に行こう」
興奮冷めやらぬアリーナから学校の門を潜り抜け、パシテーの着替えを注文していたマラドーナ装品店と、短剣2本の穴開けとバランス変更も終わっている鍛冶店に寄って、頼んでいたものを受け取り、ベルセリウス別邸に戻った。ここから先は登校拒否児童みたいなものだ。
その夜、食事の席でビアンカ、ポーシャ、クレシダに話をすると、意外とすんなり認められて、ちょっと肩透かしを食った気分だった。絶対に反対するだろうと思っていたビアンカも反対することはなかった。
「くれぐれも気を付けて、身体を壊さないようにね。パシテーさんもどうか、エルをお願いしますね」
と言ってくれたのには驚いたのだけれど、ポーシャによると実はビアンカは俺に内緒で実技大会の観覧席の端っこで見ていたんだとか。
貴賓席に招かれていた騎士団のお偉方が『ぜひとも我が騎士団に』と教育長に詰め寄っていたのを察しての事らしい。なるほど、トリトンですら逃れられなかった『家の呪縛』から逃げろということなのだ。
お金をくれると言われたけれど、いまの自分の所持金を申告して丁重に辞退した。
翌朝、寝起きの悪いパシテーは低血圧のせいか少し機嫌が悪かったようだが、ベルセリウス別邸の門のところで思いがけない人たちと会った。
プロスが声をかけたのだろう、カーリ、ユミル、ハティ、あとなぜかナンシー。驚いたことにイオまでそこにいて、アリエルを見送ってくれるという。
一通り別れの挨拶を済ませるとイオがこっちに来て、他の人には聞こえないような小声で話しかけてきた。
「なあアリエル。俺はお前の事が嫌いだったんだ。たぶんこの感情はお前の力に対する妬みとか嫉妬みたいなものなんだろうな。ものすごく反省してるよ。仲間が死んでいたらと思うと夜も眠れなかったさ、ありがとうな、いい勉強をしたよ。将来は敵じゃなくて……そうだなお前とは背中を預けて戦いたいと思ってるよ」
「ああ、おれは戦争なんて御免だけどな、敵同士はもっと御免だ……よき騎士道を」
「うむ。アリエルの道によき冒険があらんことを」
二人はこつんと拳を合わせた。男同士のイザコザなんてこれで解決してしまうのだから安いものだ。
そしてアリエルとパシテーはみんなと一緒に街の南門まで雑談しながら歩き、街から出るとしばらく行ってから振り返らず左手をあげて手を振った。一旦南の領都セカに出てから西の方に行く予定だ。
エルフの魔導を求めて。
パシテーはもうふわふわと浮き始めた。
「歩かないと太るし、足がダメになるぞ」と言い聞かせているのだけれど。
こうして、半ば逃げ出すような形でアリエルとパシテーの旅は始まった。
だが二人の前に道はない。
マローニから日本に続く道など、どこを探してもないのだから。
ここまで読んでくださってありがとう。感謝です。
これにて二章は終わり、アリエルとパシテーは旅に出ました。
三章では少し成長したアリエルが戻ってきます。




