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17-55 【パシテー】救出!

ずいぶん投稿間隔が伸び伸びになってしまいましたが、作者まだ生きてます。

頑張ります!

2022 0319 修正しました



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 一方こちら凱旋広場で声を出さず、動かないように待てと指示されたディル家の一行と、ダイネーゼの家族たちだが……、いったい何が起きて兵士たちが逃げて行ったのか分からない。


 周囲には誰もいなくなってしまった。どれだけ離れろと言ったところで離れない野次馬たちですら、何も言われずとも全力疾走で逃げて行ってしまった。建物の窓からこちらを窺うものもいなくなった。

 領軍兵士たち、衛兵隊の者たちも、本部建物の前にまで引いて、門を守るのみだ。


 いったいどんな魔法を使った結果こうして敵が離れて行ってくれたのかは分からないが、アプロードが血を吐いて立てない以上、この場から満足に動くことも出来ない。息を整えるだけでも時間が必要だ。


「セノーテ! 清廉なる命の水をここに……」


 イングリッドがセノーテの魔法を使い、手のひらいっぱいの水を出したのをみて、ブレナンは手荷物の中から木製の器を出して手渡した。タイミングよく出てきた器に水が注がれ、すぐさまカストルが受け取り、アプロードの口に運ばれた。だが口を潤すだけで喉から奥へは入って行かない。アプロードの容体はことのほか悪く見える。このまま何事もなく寝かせておいたとしても悪化するばかりだろう。


 ダイネーゼもアプロードの背中をさすったりしながら、パシテーが戻ってくるのを待った。



 そのとき周囲には人っ子一人いるわけがないのに、すぐ近くから声が聞こえた。


「師匠! グローリアスの奴隷商人を発見しました」


 ハッとして前を見るとそこには青銀の髪を長い耳にかけながら、汚いものでも見ているかのような嫌悪のまなざしを向けるエルフ女性が立っていて、ダイネーゼも良く知る面々が居た。


 そう、居たのだ。何の前触れもなく、音もなく、突然現れる。神出鬼没のベルセリウス派だ。


 ダイネーゼが息を飲んだのに対して、イングリッドは声を上げた、集団の中に昨日会ったばかりのゾフィーがそこに居たからだ。


 しかし昨日とはずいぶんと雰囲気が違っている。


 あれほど美しいと思った赤い瞳も、今日はピリピリと肌がひりつく戦慄の空気を連れてきた。

 つねに周囲の者を暖かく包んでいた微笑もなりを潜め、和やかに話の出来るような雰囲気ではない。


 ダイネーゼが胸に手を当てて、とても丁寧な挨拶を交わした少年、いや若い男が見えた。


 無表情だったこの男もダイネーゼに気付くと、こわばった表情を少しだけ崩した。


「一瞬びっくりしたよ。転移したら目の前にハイペリオンがとぐろ巻いてるんだからな」


 幻影の腹の中で動くなと言われ、周囲から自分たちがどう見えているのか、そんなことダイネーゼたちは知る由もなかったが、兵士たちがダッシュでこの場から逃げた理由は、いきなりドラゴンが現れたからだし、転移してこの凱旋広場に現れたアリエルたちがハイペリオンに驚かなかったのは、ハイペリオンはサオのネストに入っていることと、パシテーがここにいることも知っているからだ。


 アリエルはパシテーの気配を読んでいたし、そもそも全員が位置を知れるよう、マーカーをつけたカードを持っている。なのでパシテーと真紗希まさきがいま建物を出たことも分かっていた。


 パシテーはアルトロンド軍と神殿騎士が協力して陣形を整えている隙間を縫って、誰にも気付かれることなく、たったいまこの広場に出てきたところだ。



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 真紗希まさきはパシテーの幻影で姿を見えなくしたまま、小さな子の手を引くアプロードの妻、カトレア・ディルのスピードに合わせて早歩きで、パシテーは姿を消したまま上空で警戒を続けている。


 真紗希まさきたちが広場に出ると、アリエルたちがそこに居るのが見えた。当然ハイペリオンが寝ているのも見えたが、サオの姿が見えたので特に気にも留めなかったのだが……、それが誤算だった。

 


「ひゃああぁっ!!」


 幻影で姿を隠していたカトレアが、あろうことか悲鳴をあげてしまったのだ。

 パシテーの広範囲に見せる幻影は姿を隠しているだけだ。てくてくが記憶の中に入り込むのとは違い、声を聞かれただけで気付かれてしまう。


 現にカトレアの姿を隠していた幻影がとけて、神殿騎士たちが陣を構えているすぐ目の前に姿を現す。


 丸腰の女が幼子を片腕で抱きかかえ、そしてもうひとり、小さな子の手を引いている。


 神殿騎士の男は手を伸ばせば届く距離に現れた子供を見逃さなかった。


 機転を利かせ、咄嗟の判断で手を引かれ引きずられるように出てゆこうとする子どもを後ろから抱きかかえ、母親から奪い取った。


「ああっ、オースティン!」


 子を奪い取られた母親の悲痛な叫びが木霊する。

 しかし咄嗟の判断を下したのは神殿騎士だけではない。


 ―― ガガガッ!


 フルプレートの鎧にナイフが突き刺さった。だが浅い。これはパシテーの腰につけた6本のナイフシースから飛び出した短剣だった。至近距離だったせいで加速距離が足りなかった。


 いま徹甲弾を加速すると衝撃波ソニックブームで子どもにケガをさせてしまう、フルプレート鎧で刃物の侵入は防げても衝撃は防げないことも承知のうえで、短剣をぶつけるためだけに使った。


 それだけで十分だった。

 子どもを抱えた騎士の頭部にそれなりの重量のあるフルタングの短剣を3本ぶつけてやることで、ひるませることができた。パシテーは花びらに姿を変え姿を消すと子どもを捕えた騎士と、抱きかかえられた子どものわずかな隙間に花びらを潜り込ませ、土の魔法を起動した。


 地面の石畳から壁が生えてきたかと思うと、すぐさま繭のように子どもを包み込む。


 騎士は危険を察して片手を放し、右の手で剣を抜こうと柄に手をかけたが、石の壁に覆われてしまった子どもと一緒に、左の腕ごと捕えられてしまった。もう腕を引き抜くことすら容易ではない。


 子どもを奪おうとした騎士がパシテーの土魔法から逃れようとした刹那の出来事だった、空中から小さな光球が騎士のヘルムを直撃した。


 ―― ドバン!


 威力を絞ったパシテーの爆破魔法だった。フル装備の騎士とはいえヘルムの目のくりぬき部分にミリ単位の精度で狙って爆破魔法を突っ込まれたのだからたまったものではない。


 頭を吹き飛ばされ、糸が切れたように崩れ落ちる。


 次の瞬間には捕えられた子どもを繭のように包んだ土魔法の蟻塚が黒装束の女性に姿を変え、子どもを抱きかかえたまま花びらを散らせて空へと逃れた。


 ガチャリと湿った音を立てて石畳に崩れ落ちる騎士を気にも留めず、子どもを奪われたことで足を止めた母親に向かって剣を振りかぶる騎士が二人……。


 カトレアは強化魔法を唱えていない。なぜならまだ魔法を使えない子どもの手を引くのに強化魔法など邪魔にしかならないからだ。



 ――ボコッ! ゴッ!


 パシテーが空に逃れたのと同時に徹甲弾が着弾し二人の胸を撃ち抜いた。弾丸はフルプレートの鎧を貫通し、石畳をも大きくえぐった。


 カトレアは徹甲弾の唸る音に顔をしかめながらも、自分の不手際で奪われた子どもを瞬時に奪い返してくれた義理の姉に目を奪われた。目の前で起きていることが現実感なく、まるで絵空事のように見せる圧倒的な戦闘力に驚愕した。カトレアもアプロードと結婚する前は軍人だった。だからこそ戦闘力を読むことには長けているはずなのに、パシティア・ディルの力はまるで底なしのように思えた。


(ブルネットの……魔女……)


 カトレアの口をついてでた言葉がこれだった。


 パシテーのイリュージョンは確かに現実感を希薄にする、だがしかし、人が死んでいることに間違いは無い。カトレアにピンク色の花びらがまとわりつくと背後に集まる。


 花びらの渦から現れたパシテーは片腕で奪還した子どもを抱え、もう片方の手でカトレアの手をとった。


「立ち止まっちゃダメなの……」


 耳元をくすぐるように囁く魔女の声が、この現実離れした状況から意識を引き戻す。

 カトレアはハッとして現実に戻った。ドラゴンと騎士たちが睨みあうという最悪の現場に飛び出し、奪われた子どもを奪い返してくれたのはアルトロンド軍の教本でイヤというほど学んだ、巧みに飛行術を操る魔女だった。


 風に舞うピンク色の花びらがうねったかと思えば、フル装備の騎士たちの肉体が弾け飛んだ。全てが虚構に見えた。握ったその手が温かかったからこそ、いま三人の騎士が倒されたことが現実であると理解することができた。


 至近距離で二人倒された神殿騎士のほうも黙って魔女を見送るようなことはしなかった。

 すぐさま矢が射かけられ、盾を構えたまま石畳を蹴り追撃の構えを見せる騎士たち。同時に後方から矢が射かけられた。


 射手の狙いはパシテーではなく子どもの手を引いたカトレアだった。


 うなりをあげて迫る矢が放物線を描き、落下しては的を射抜こうかとしたそのとき、逃れるカトレアの背後に何の前触れもなく盾が4枚現れるやいなやプロペラのように回転すると、飛来するすべての矢を叩き落とした。


 次の瞬間、カトレアの振り乱された髪をかすって光球が撃ち出された。



 ―― ドオオォォンンン


 低い弾道で放たれた光球は着弾後大爆発を起こしたあと、広がった炎が壁となって激しく炎上しはじめた。


 カトレアの髪が少し焦げた。これほどの精度とスピードで爆破魔法を撃てるのはパシテーと、あとアリエルに弟子入りしてからパシテーにきっちり鍛えられたサオしかいない。


 サオはストレージの魔法をゾフィーから習ったせいで、物質転移魔法については狙いを数メートルぐらい平気で外してしまうガバガバのノーコンだが、アリエルに弟子入りしてからしばらくは元魔導教員だったパシテーに厳しく鍛えられた。


 ポンコツなところがままあるサオだが、パシテーに鍛えられた魔法精度はしっかり身についている。だがこれはギリギリを狙いすぎだ。


「あぶないの!! 当たるトコだったの!」


 どういう訳かサオにはパシテーの幻影を見抜くスキルがあるので、味方を誤射することもないのだが……。

 サオの機転のおかげでカトレアと子どもたちは無事、神殿騎士たちの手から逃れることができた。


 パシテーは凱旋広場に飛び出すとき、アリエルがいることは気配で分かっていたのだが、見たところゾフィーもジュノーも、ロザリンドもサオも来ている。


 よくよく考えてみると、今日はダリルマンディに侵攻する日なのだが、パシテーはこのとき、少しの違和感は感じていた程度で、別段とくにおかしいとも思わなかった。



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