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17-53 【パシテー】蹂躙する宴

第一話から大幅な加筆と修正をしています。現在第二章54話ぐらいまで進みました。

お暇なかた、お時間が許されましたら、どうかご一読くださいませ。

古くからの読者さまには、まったく違った印象を持たれるかと思いますが、気が済むまでやるつもりです。


 騎士たちが慌てて盾を合わせ隊列を組みなおそうとするが、だれを中心に集まればいいか咄嗟の判断ができず、右往左往しているところ、空中から容赦のない攻撃が加えられた。


 どうやら騎士たちは司令塔を失ったらしい。

 魔女はその機を逃さなかった。



 ―― ドカッ!



  ――カカッ! ドスッ!



 盾に隠れて防御しようが、鉄のフルプレート鎧を着込んでいようが、まるで水をたたえた果実に矢を穿つかのように、たやすく貫通せしめ石畳ごとめくりあげてゆく。


 ブルネットの魔女。

 もともとブルネットの魔女とは、土魔法使いとして天才的な適性を見せた少女につけられたあだ名だったのだが、ダリル領都を襲撃し、領主を殺したアリエル・ベルセリウスの共犯として大勢の兵士たちを死に至らしめたことで悪名となった。


 魔女の正体はアルトロンド評議会議員、ディル家の長女。パシティア・ディル。パシテーだ。

 いま神殿騎士団に連行されようとするディル家の兄弟たちとは腹違いではあるが実の姉である。


 いまパシテーがフル装備の騎士たちを蹂躙している魔法だが、べつに特殊な魔法を使っているわけではない。むしろ今までと何ら変わらない剣舞だ。違いと言えば何を飛ばしているのかという、その一点に尽きる。


 パシテーが操るのは短剣だったり槍だったり盾だったりするのだが、たとえば神器のように著しく魔法の効果を無効化するエンチャントの施されたフルプレート鎧を装備したものを相手にすると、さすがに分が悪いとまでは言えなくても、有利には戦えない。パシテーは自分の弱点を知ったうえでアリエルとよく相談し、共同開発したものが今使っている弾頭、徹甲弾というものだ。


 ゾフィーやジュノーのように、デタラメな神話級の力を持っているわけでもない。

 ロザリンドのように人外の反応速度と運動能力を持っているわけでもない。

 またサオのように魔法生物に愛され、共に戦うという特性を持って生まれたわけでもない。


 幻術を使って相手に誤認させるというディランの幻影術を使えるようになったが、これも実際にはパシテー本人が弱いからこそ相手の目をくらまして、そもそも敵に狙いをつけさせず身を守るという技術を身に着けたにすぎない。それを応用してオフェンスにも使えるようにしたのは、パシテーの努力の賜物としか言いようがないのだが。


 パシテーはクォーターエルフとしてこの世界に生を受けたときから、魔法に対する適正も才能も、人よりいくらもマナの寵愛を得ていた。グレアノット師匠をして天才と言わしめた実力もあった。しかしそれもヒト目線での話である。とてもアリエルたちと肩を並べるほどではないのだ。


 だけどパシテーは愕然とするほどの力の差を目の当たりにしながら、それを埋める努力を怠らなかった。

 使えるものは何でも使う、所詮土魔法使いは土魔法使いなのだ。


 だからこそ、土魔法を最大限に生かす方法を考え出した。攻城戦魔法にある超大質量の岩を城壁にぶつけるというそれをヒントに、より小さく、より硬く、より空気抵抗の小さなモノを音速の3倍程度に加速すると、すさまじい貫通力を発揮するというところまで辿り着いた。


 日本人なら中学生でも知っている理屈だ。衝突エネルギーは、速度の二乗に比例する。

 超大質量の大岩をゆっくり運んでゆっくりぶつけるよりも、わずか200グラムの小さな砲弾をマッハ3まで加速したほうがパシテーの戦闘スタイルに合ってるというのが結論だった。


 パシテーはベルセリウス派魔導師でありながら、その実、物理攻撃を得意としている。

 ディランの幻影はあくまで補助的なものなのだが……いまもこの場にいる何百という人間に同じ幻覚を見せ続けているのは、凄まじいマナの無駄遣いだった。


 パシテーが現れる戦場では必ず見えるピンク色の花びらは、パシテーの身体から出た、結晶化したマナだ。パシテーの身体から剥がれ落ちると、やがて空気に溶けて消えてゆく。これは脳に誤認識させているだけ、言い換えれば勘違いを引き起こしているだけだが、脳で考え、脳で理解している者に対し、脳を誤動作させる魔法は極めて効果的だ。だからこそ大量のマナを撒き散らすのは無駄遣いではない。こんなにも大盤振る舞いをしながら、自ら飛行し、花びらに姿を変え、徹甲弾を撃ち出しては確実に相手の息の根を止めてゆくのはパシテーのアイデンティティーでもあるのだ。


 パシテーは弱くない。むしろノーデンリヒト門前で帝国の最高戦力のひとつ騎士勇者のうち二人までもその実力で倒している。


 徹甲弾を頭部に受けた者は、頭部もろとも吹き飛ばされ一部は着弾時に発する高熱で蒸発し、一部は液体となって石畳の上に命を散らす。そもそもパシテーは針の穴を通すようなコントロールを持っているのだから、ここまで人体を破壊する兵器は必要ない、明らかにオーバーキルだ。


 それもこれも教会の持つ神器を相手にすることが開発の目標だったし、実物を実験に使ったが、普通の鉄の鎧でも神器の鎧でも、どちらも同じように貫通するまで性能を高め、パシテーも魔法での加速とコンマミリ単位の精度を高めた。


 地面の石畳と同時に炸裂しているように見えるのは、単にパシテーが上空から角度を付けて射撃しいるからで、石畳が爆発しているように見えるのは、騎士の鎧を貫通した徹甲弾が地面を掘り返しているだけのことだ。


 カストルたちを取り囲んでいた神殿騎士が沈黙した。

 もううめき声ひとつあげる者はいない。


 アルトロンド評議会議員としてノーデンリヒトと敵対するカストルも、ベルセリウス派を明確に敵とし、自ら軍に志願したアプロードも、魔導を学び、いつか必ずくる戦いのため、ベルセリウス派のことを調べ上げたというイングリッドも、この場にいる者たちすべてはブルネットの魔女に魅せられた。


 カストルたちに直接手を下そうとしていたフル装備の騎士たち三個小隊が、たった数秒で壊滅させられたのだ。さすがに修羅離れしているダイネーゼはほっと胸をなでおろしたが、ベルセリウス派の戦闘を初めて目の当たりにしたパシテーの弟妹きょうだいたちは言葉もなかった。


 話には聞いていたが、あのフル装備の神殿騎士たちを一方的に虐殺するなど、実際に自分の目で見た後でも、その現実をおいそれと受け入れることなどできないほどだ。


 しばらくの沈黙のあと、離れた位置から矢が射かけられた。

 最前線が全滅したことを知り、弓兵の制圧射撃が始まったのだ。


 ピンク色の花びらが風に舞う。


 イングリッドは耳元で囁く声を聞いた。


「耐風障壁を張るの。強く、何重にも張るの」


 ぞわっとした。耳に暖かい息がかかった。


 慌てて振り返るとそこにはブルネットの髪が揺れる黒装束の少女が……ピンク色の花びらとなって散った。


「風の守りをっ!」


 無数の矢が上空に上がっている、数秒後にはあれが全部降ってくるというのに、なぜ耐風魔法なのだと疑問はあったが、イングリッドが耐風魔法を唱え終わるより早く、牢馬車の角材でこさえられた格子が弾け飛び、空中に舞い上がると、次に地面の石畳が一斉にめくれ上がり、防護壁へと姿を変えて積みあがった。


 そのスピードは魔導学院で学ぶイングリッドが初めて見るほどのスピードだった。


 防護壁が積みあがったあとで矢が衝突し、カラカラカランと、軽い音がした。

 矢が石壁に衝突し、弾かれて落ちる音だ。


 そしてイングリッドの耐風障壁が牢馬車を囲んで展開したころ、空気が炸裂する衝撃波が襲う。



 ―― ドッゴオ! ドドドド!


  ―― ドドオオオォォォンンン!!


 キーーーーン……。


 防護壁はびくともしなかったが、その防護壁に隠れてなお、全身を襲う衝撃に子どもたちは何か叫んでいるように見えたが、悲鳴は聞こえなかった。


 鼓膜が一時的にやられる。

 イングリッドの耐風障壁が容易く抜かれてしまったのが分かった。


 ここで爆破魔法は使えない。


 パシテーはピンク色の花びらを散らしながら滞空し、いま馬車の周囲に立てたばかりの防護壁を端から崩し、レンガ大の瓦礫にして大渦に巻いた。


 風を引き裂いてビュンビュンと唸りを上げる岩塊が、まるでガトリング砲のように残った騎士たちを狙撃してゆく。騎士服を着ているもの、神官服を着ているもの、残り少なくなったフル装備の盾持ち騎士たちは盾で瓦礫の衝突を防いではいるが、二発も盾で受ければ体制が崩され、三発目は頭に食らう。運の悪い者は高速で飛来する牢馬車の格子に当たって吹き飛ばされた。


 パシテーが瓦礫を撃ちきるまえに、近くにいた兵士たち、全員が倒された。

 神殿騎士団だけではない、アルトロンド領軍も、衛兵たちもだ。この凱旋広場に居て敵対するものはことごとくが倒されたのだ。


 パシテーが参戦してわずか50秒ちょっと、死者、重軽症者あわせて200といったところか。

 この惨状を見の当たりにしたイングリッドは顎がガタガタ震えて、カチカチと歯が鳴るのを感じた。ベルセリウス派のことは調べ上げたつもりだった。


 アルトロンドの魔導師もグリモア技術さえ手に入れればベルセリウス派の魔導師と対等に戦えると信じて疑わなかった。だが現実を見せられた。グリモア技術だとか、そんな簡単なものでは断じてない。


 カストルはパシテーの戦闘力を目の当たりにして、ただ茫然としていた。当然耳鳴りも残っていて、妻や娘たちに手を貸してやって、馬車の荷台から降ろしてやらねばならないというのに、それも忘れて、ただぼーっととしている。茫然自失というのを如実に体現している。


「なるほど……14万で勝てないわけだ……」


 アプロードに言われてハッと我に返ったカストル。


「あ、ああ。そうだな……」


 アルトロンドの常識では考えられないものを見せられた。

 サルバトーレ会戦で敗れたのも、ボトランジュ方面に出征した兵士たちのことごとくが帰ってこないのも、その理由は簡単だった。そう単純に圧倒的な戦力差があっただけだ。王都プロテウスがアリエル・ベルセリウスを法外追放アウトロー宣言したのも頷けるというもの。こんな者を逮捕しようとちょっかいを出しただけで国が滅びかねない。



 パシテーを中心に銀河のように回転していた瓦礫がドスドスと地面に落ちると、ピンク色の花びらが舞い、なんどか空中にうねり、ダイネーゼの前まで流れてきてそこに集まって渦を巻いて人の姿になった。


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