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17-52 【イングリッド】必死の抵抗(2)

第一話から大幅な加筆と修正をしています。現在52話ぐらいまで進みました。

お暇なかた、お時間が許されましたら、どうかご一読くださいませ。

古くからの読者さまには、まったく違った印象を持たれるかと思いますが、気が済むまでやるつもりです。


「イングリッドおお!」


 カストルの位置からはイングリッドの姿がよく見えない。いまアプロードが動けずファイヤーウォールで時間を稼いでいるが、援護しているイングリッドがいま倒れてしまうと一気に崩れてしまう。


「大丈夫です、かすり傷です!」


 気丈に答えたイングリッドの目に、騎士団本部から続々と増援が追加されるが見えた。

 ファイヤーウォールと化したマナが燃え尽きようとしている。


 フルプレートに盾を装備した神殿騎士たちが石畳をガチャガチャと踏みしめながら駆け足で到着した。

 何人いるんだ?ってほどゾロゾロと出てくる。まるで蜂の巣をつついたような騒ぎというのはこのことだ。


 囲みは破れず、包囲はどんどん厚くなり、ケガ人続出で追い込まれるばかりだというのに、フル装備をつけた部隊が投入されると一気に崩されてしまう危険性がある。


 本来ならいくら苦戦したとしても、普段着の男相手にフル装備の騎士が出るなど恥でしかないのだが、アプロードが獅子奮迅の働きを見せ、たった一人で騎士たちの波状攻撃をみごとにしのいでみせた上に、30人ものケガ人を出してしまったことから、神殿騎士団としてはすでに大恥をかかされている。もはやなりふり構っては居られないのだ。


 遅れて投入されたフル装備の騎士たちは、普段着に細身の剣を装備した、たった4人の男たちに対しずらっと整列して、盾を合わせて陣形を作ってみせた。これは騎士たちが得意とする、盾の後ろに隠れて身を守りつつ、その隙間からチクチク剣の切っ先や槍を突き出すというワンパターンなチキン戦法だ。


 だがこの戦術はこのような場合、野次馬に殺戮シーンを見せないよう盾で隠すという意味合いのほうが強い。この場にいる者は取り調べを受ける必要があるので殺されるとは思えない。神殿騎士団の本部に連れていかれてから治癒魔法で回復し、身体を五体満足に戻した上で拷問を受けるのだろう。


 カストルはまさか自分が、頭に血を登らせてカッカしているだなんて、気付きもしなかった。

 いつ、いかなる時でも冷静な判断ができるという点では、父親であるエンドア・ディルよりも政治家に向いた性格をしていると言えよう。


 だからこそ自分でも気が付かなかった。

 集団で組織的に弟のアプロードが痛めつけられ、立ち上がれないほど傷つけられ、それを助けようとした年の離れた妹は遠方からの矢を受けた。


 家族を浚うこともそうだが、女にむけて矢を射るなど男のすることではない!


「みんな聞け、私はカストル・ディルである。いまこそハッキリ言おう、神殿騎士団は腐敗している。何が女神か、何がジュノーか! おまえたちの信仰はカネによって堕落しているではないか! おまえたちの掲げる歪んだ正義では、この私の! 魂に一本、スジの通ったハガネの意思を挫くことなど、絶対にできないぞ!」


 政治家は演説によって聴衆の心を動かすことを使命としている。よく通る声がこだました。

 この神殿騎士団総本部の門前、誉れ高い凱旋の広場で声高に騎士団をコケにされたのだ。


 その言葉は神殿騎士にとって、看過できるほど些細な問題ではなかった。


 聞くに堪えなかった。

 フル装備で盾を並べて陣形を組んだ騎士たちの中から号令が下される。


冒涜ぼうとくである。最後通牒を突き付けよ。投降に応じないなら殺してもよい、あやつのあの、よく回る舌を引っこ抜き、死体にして私の前に転がせ」


 騎士団は盾を並べ、隊列を組んだままま半歩ずつ前進する。

 壁が動いて少しずつ近付き、壁が割れて分かれ、フルプレートの男がひとり、カストルの前に立った。


 男は面体をあげ、青い目でにらみつけた。


冒涜罪ぼうとくざいだ。投降しないならこの場で殺すが? それでもよいか?」


「弟の家族が卑劣な人さらいに連れ去られたらしい。では私からも要求する! さらった家族を返せ卑怯者め! ディル家の男は卑劣な人さらいなどに屈することはないぞ」



 男が右手を上げると、周囲を囲むフルプレートの騎士たちは一斉に剣を抜き、構えた。

 あの手が振り下ろされると、装備でも人数でも、圧倒的不利な戦闘が再開される。


 そのときダイネーゼはゾフィーから預かっていたカードを使うときは今だと意気込み、懐からカードを取り出そうと、一瞬スキを見せたところを、背後から、または横から同時に騎士たちが飛び掛かる。

 


 カストルは、目の前の男に切っ先を向け、剣を構えた。


 天高く振り上げた男の手が下ろされる。


「警告はしたぞ」


 ダイネーゼはゾフィーから預かったカードを使うことが出来なかった。


「イングリッドさん、カードを! カードを使ってください!」


 イングリッドは肩に矢を受けて負傷している、ファイヤボールの魔法を構えていたせいで懐からカードを取り出すことすら困難な状況だった。

 なんとお粗末なと思うだろうか、だが戦闘の素人がこれだけ攻められ、命のやり取りを続けながら思った通りに動けることなどありはしないのだ。現にこれまでも相当に無理をしているのだから。



 ダイネーゼもカストルも、意地を張りすぎた。命を懸ける場面ではなかったのかもしれない。

 だがしかし、常日頃から教会に対して批判的な言動を続ける、ディル家の男たちに対し、神殿騎士たちも苦々しく思っていたことも確かだ。そんな男が暴言を吐いた。冒涜者を殺したところで免罪符が発行され、その罪に問われることはない。



 耳鳴りがツーンとした。


 すべての音が聞こえなくなった……ような気がした。


 カストルの目の前がピンク色の花びらで覆われ、それは柔らかく流動し、石畳の上に、ザワッと広がった。




 ―― カッ! ドゴッ!



 ―― ズバババッバババアッ!



 突然風がうなりを上げたと思ったら、石畳の地面が弾け飛んだ。カストルの目の前、たったいま振り上げた手を下ろし、戦闘開始の号令をかけた男が吹き飛んでゆく。


 カストルや神殿騎士たち、どちらにもいったい何が起きているのか理解する間もなく、いままさに号令を受けて剣を振りかぶった騎士も、隊列を組んで両脇をかためていたフル装備の騎士たちもだ、空間から湧き出すように風で広がるピンク色の花びらに触れた途端、まるでスクラップになった鍋やヤカンが転がされるように、軽く転がされた。


 倒された騎士たちの中で、正確に自分が死んだと認識できたものがどれだけいるのだろうか。


 酷い有様だった。


 フルプレートの鎧というのは、身体を鉄製の外骨格で覆い、ありとあらゆる物理攻撃から身を守るための防具だ。その重量から強化魔法を使わなければほとんどの場合戦うことなど出来ないほど動きが鈍るが、それでも剣や槍などの刃物も、弓矢のやじりも防いで弾くことから、これに盾を持つと相手の攻撃手段を無効化できる。


 およそ生身の人間相手には完全防御といって差し障りのない代物だ。


 だが、そんなフル装備をつけた騎士たちが、なすすべもなく蹂躙されてゆく。


 近くにいた騎士たちから順番に、それも瞬く間に倒されてゆく。鎧などまるで意味がないとでもいいたげに、ビュンビュンと風なりの音が響くのを合図にドカッ!と衝突音が高く響くと、地面の石畳が炸裂した。


 盾を構えていても盾を撃ち抜かれ、そうでなくても胸を貫かれ、まるでお構いなしに、鉄と肉をいっしょくたに貫くものが現れた。まるで騎士たちの天敵ともいわんばかりに命を蹴散らす。



 ざわっとピンク色の花びらが路傍につむじかぜを巻いて、やがて空気に溶けて消えてゆく。

 風に吹き飛ばされ、まるで波のようにうねる。


 瞬きするほどのわずかな間に、6人、また6人と倒されてゆき、騎士たちは自分たちの戦況を正確に判断する時間も与えられず、何が起こっているのかすら理解できず、撤退するかどうかの選択肢を思いつく前に、つぎつぎと絶命してゆく。


 牢馬車を囲み、いままさに襲い掛かろうとしていた騎士たちはもう動かない。自慢のフルプレート鎧ごと何かに貫かれ、めくれ上がった石畳の砂利に血と肉をぶちまけている。


 前線に出てきたフル装備の神殿騎士たちは、わずか数秒で誰一人として動かなくなった。

 同時に破壊され、穴だらけの石畳からピンク色の花びらが舞いあがり、上空で渦を巻いて集まると、鮮やかだったその光景はやがて光を失い、まるで光を反射しないような漆黒のヒトガタへと姿を変えた。


 見上げる騎士たちも息をのむ。16年前の悪夢が呼び起こされたのだ。



 ……。



 ……。



 ……っ!



「「「魔女だあああっ!」」」




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