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17-51 【イングリッド】必死の抵抗(1)

1話から加筆修正しています。現在47話ぐらいまで進みました。気が済むまでやります。


 ダイネーゼたちはそもそも6人乗りのサルーン馬車からゾロゾロと9人も出てきたため、神殿騎士が用意した牢馬車に乗り切れず、ガルエイア門の奥、神殿騎士団総本部に連行されるのに、女たちだけ牢馬車に、男どもはみんな徒歩で連行された。


 大捕り物だ、容疑者はアルトロンド評議会議員、カストル・ディル。

 街道は上下線とも通行止めになった。大きな交差点も軒並み通行が止められてしまったことからガルエイア周辺はいつにもまして大渋滞を引き起こしていたが、沿道に大勢集まった野次馬たちは、不安そうな顔をみせながら列をなして神殿騎士たちの後をついてガルエイア門をくぐった。


 ぞろぞろと古い石畳が敷き詰められた大通りを進むと、市内中心部に凱旋広場がある。


 アルトロンドは役所の分散がされていて、領都エールドレイクでは経済圏を優先させるため市街地は東西南北に開かれているが、絶対に死守しなければならない役所、つまりアルトロンド軍司令部、衛兵団本部と同様に、神聖典教会の武装組織、神殿騎士団総本部もガルエイアの城塞内部に置かれている。いくら難攻不落とはいえ、ガルエイアの城塞内にすべての軍施設があるというのは、役所の分散というよりは軍施設の一極集中であった。


 城塞都市ガルエイア。16年前、大悪魔アリエル・ベルセリウスの脅威に対抗するため大規模な改修工事が行われたプロテウス嬢よりもさらに強固な城塞に囲まれた、この世界でもっとも安全な場所である。


 神殿騎士たちに連行されるダイネーゼたち一行は小石に躓いて転んでみたり、よそ見をしてみたり、沿道をついてくる野次馬たちの中に知人がいたようなていで話しかけてみたりと、しつこく時間稼ぎをしていたが、神殿騎士団には高位の治癒魔法使いが常駐しているので、片腕ぐらいなら落としてみせるだろう。あまりやりすぎないよう匙加減しながら牛歩戦術を繰り広げていたが、とうとうガルエイア中央の凱旋広場に差し掛かった。この広場を越えて左側がアルトロンド軍司令部で、左側が神殿騎士団総本部だ。


 騎士団本部まで連行されてしまったらあとは個別に拷問されることになる。


 ダイネーゼとアプロードは騎士たちに囲まれて当然聞かれることも承知で、今後のことを話すしかなくなってしまった。自分たちはどうなってもかまわないが、家族がそんな目に遭わされるのはどうしても避けたい。


「ダイネーゼどの、なにかアドバイスありますか?」


「家族の安全を第一に考えてください。私もそうします」


 その家族の安全を第一に考えると、尋問されたとき受けた問いに対し、あることないこと全てにうなづくしかない。尋問官がこう答えてほしいと欲している答えを言わなければ、家族に危害が加えられることになるのだ。


 神殿騎士団の建物に入り、野次馬たち衆目がなくなったら何をされるかわかったもんじゃない。

 状況はどんどん悪くりつつあり、もうすぐ最悪に達する。


 カストルたちを連行する神殿騎士団の列が凱旋広場の真ん中あたりに達した時のことだ。


 後方から全速力で飛ばす早駆けの馬が追いついてきた。


 馬に乗った男が衛兵隊の制服を着ていたせいで牢馬車を守る騎士たちの対応が遅れたのは言うまでもないが、馬で追いついてきた男の探し人も牢馬車に乗せられている可能性があった


 馬に乗って駆け抜ける男は、騎士団の行列を追い抜きざまイングリッドの姿を目撃し、次いで連行されるカストルと目が合った。


「兄上!!」


「アプロード!!」

「アプロード兄さん!」


 アプロードはひき逃げ馬車を追跡していて運悪くジュライのアジトに踏み込み、捕えられてしまったが、ちょうど居合わせた真紗希まさきの介入により助けられ、大急ぎで馬を飛ばして自宅に戻ったが時すでに遅く、家族はすでに連れ去られていたというわけだ。


 アプロードは、護送の列をいったん追い抜いたあと馬をUターンさせて鞭を入れ、加速する馬から飛び降り、狙った通り勢いのまま飛び蹴りを放った。


 牢馬車を引いてダイネーゼたちを連行していた騎士二人が吹っ飛ばされ、牢馬車のカドで体を強く打ち動かなくなった。


 凱旋広場まで来て容疑者護送の列を襲撃された。もうすぐそこに神殿騎士団総本部の門が見えているというのに、このタイミングで外部からの襲撃があるだなんて考えていなかったのだ。


 カストルは倒された騎士の腰から剣を抜いて奪った。


 状況は急を告げる。

 牢馬車の御者台で馬を操っていた騎士が仲間の窮地を察して、剣を奪ったカストルに向かおうとしたその背後からブレナンが足を払った。石畳に頭から落ちた騎士はブレナンに殴られ、剣を奪われた。


 たった一人の男が乱入してきただけでこの体たらくだ。

 隊長格の騎士がすぐさま指示を出す。

「すぐに応援を呼びに行け! まったく、評議会議員だからと特別扱いしたのが失敗だったか」


 カストル・ディルは人気のある評議会議員だ。手枷をしたり、後ろ手に縛ったりすると少なくない支持者の目に触れることになり、抗議がおこったり、最悪暴動などが起きるやもしれないことを考慮して、縛りもせず、ただ行列の中心を歩いて付いてくるよう促したのだが、それが仇となった。


 剣を奪われたとあっては、もはや敵である。

 周囲を守っていた神殿騎士たちもすぐさま剣を抜いて構えた。


「炎よ!!」


 カストルの背後、剣を振りかぶった騎士に[ファイヤーボール]が命中し、激しく炎上する男が手放した剣を素早く拾ったダイネーゼも強化魔法の起動式を入力し終えた。


 ブレナンが軽口を叩く。

「社長が剣をもつところ、初めて見ましたよ」


「なあに、握りかたを知っているぐらいのものだがね」


 アプロード、カストル、そしてダイネーゼとブレナン。牢馬車を守るように背中を預けあう四人と、牢馬車の格子の中から魔法攻撃で援護するイングリッド。


 剣を奪ったからといって互角になったと考えてはならない。ここは凱旋広場、アルトロンド軍と神殿騎士団の本拠地がすぐ目の前にある。ホイッスルがけたたましく鳴り響き、当然だが非常事態なのはもう本部に筒抜けとなった。アプロードの登場が必ずしも状況をよくするものではない。


 騎士たちは戦えない女や子どもも同時に包囲していることからずいぶん余裕の構えで、遠巻きに間合いを広めにとる。


 距離をとってくれたことで、会話するぐらいの余裕が生まれた。


 アプロードは鬼気迫る表情のまま兄に問うた。


「兄上たちもですか!」


「なにがだ?」


「妻と息子たちがさらわれました。神殿騎士が大勢押しかけてきて、無理矢理連れていかれたそうです」


「こっちも似たようなものだよ。もしかして私たちよりも先に連れ込まれたか」



 アプロードは遠巻きに包囲する神殿騎士たちの中から、いちばん偉そうなやつに切っ先を向けて大声を張り上げた。


「おい! 俺の家族を返せ。近頃の神殿騎士は人さらいもするんだな! 卑劣な奴らめ」


 野次馬たちに聞こえるよう大声で攫った家族を返せといったアプロードの狙いはうまく功を奏し、野次馬たちがざわつき始めた。神殿騎士は衆目を気にする。このままだと家族を攫われたアプロード・ディルのほうが正しい行いで、神殿騎士団はアプロードの言うように卑劣漢というレッテルを貼られてしまうことになる。


「ええい、あの男を黙らせよ」


 遠巻きに包囲している神殿騎士の中からら10人ほどがひとつの隊列を組み、三つの集団になって駆け寄ってくるのが見えた。


 問答無用で斬りかかってくる騎士たち。


 だがそれを躱し、的確に反撃を加えるアプロード。その力は子どものころから木剣で戦闘ごっこをしていたカストルも目を見張った。なにしろ地面を蹴って飛び出してゆくのに目で追うのがやっとというスピードで騎士たちを圧倒しているのだ。


 相手が剣を振りかぶって振り下ろしたとき、アプロードはもう剣の間合いの外にいて、それを持ち上げて構えなおす前に踏み込んで斬っているのだから、はなから相手にすらならない。


 2人同時の斬り込みも、3人同時にフォーメーションを組んでの攻撃でも、そんなことは兵士として鍛えたアプロードには次の手まで読める、あくびの出る展開だった。当然だが騎士たちが強化魔法を身にまとい渾身の攻撃を放ったとしても、アプロードにかすることはなかった。


 そしてアプロードは騎士たちの攻撃に対し、教科書通りの的確な反撃を加え、瞬く間に10人を倒してしまった。


 アプロード獅子奮迅ししふんじんの鬼気迫る戦いに、包囲する側の神殿騎士たちだけでなく、兄ですら開いた口が塞がらなかった。


 もともとアプロードは勉強や魔法よりも剣術が得意だったおかげで、政治家になるよりも軍人になる道を選んだ。剣の実力そのものでは1000人隊長に匹敵するほどと言われ、馬を操る馬術ではアルトロンドで十指にはいる実力だと言われている。だがしかし今日のアプロードは凄まじくキレている。剣のキレよりも身体のキレがすさまじい。踏み込みも引きも、そのスピードは人の域を超えているようにすら見えた。


 だが注意深く相手を観察する神殿騎士たちはアプロードの足元がすこし覚束なくなっていることを看破した。


 すぐさま次の者たちがアプロードに、カストルに襲い掛かる。とめどなく攻撃が続く波状攻撃だ。

 どんなに腕の立つ男でも、休憩させることなく戦い続ければいずれ動けなくなる。アプロードに倒された騎士たちもうまく回収された。神殿騎士団は伊達じゃない、治癒魔法を操る神官が多く在籍しているから、後方に下げると治癒魔法を受け、すぐさま戦列に戻ることができる。


 30人ほど倒すと野次馬たちの人気はアプロードに集まった。あの偉そうな神殿騎士が、まさかこんなにも口ほどにもないのかと大喜びだ。


 野次馬たちの声援に応えて、天高く剣を振り上げる仕草も、神殿騎士には屈辱だった。



 ―― がっはぁ!


 しかしそんなアプロードが血を吐いた。


 真紗希まさきにかけてもらった強力な強化魔法バフのおかげで、加速、スピード、力、そして防御に至るまで信じられないほどハイレベルで使いこなせていた。だが強いのは魔法だけであり、その急加速と最高速からの急停止で脳をはじめとする内臓も相当な負担を強いられていたのだ。


 足がふらつくのは加速と方向転換と急停止を連続するせいで、脳が揺れてパンチドランカー症状を起こしているのだし、いま吐き出した血液は尋常じゃないレベルで内臓にダメージを受けているという事だ。


 騎士たちは30人が倒され、それは計算違いを多分に含む大苦戦であったが、それでも勝利は揺るがない。

 休ませることのない波状攻撃を続けてさえいれば、ヒトなどすぐに疲れを見せるものだ。


 狙い通りの展開に騎士たちは淡々と作業をこなすよう、石畳に片膝をついたアプロードに襲い掛かった。

 横からカストルが割り込む。


「紅蓮の炎よ!」


 イングリッドの唱えた魔法は前に出すぎたアプロードのすぐ足元に着弾し、激しく炎上しはじめた。

 これはしばらく消えない炎の壁、[ファイヤーウォール]の魔法だ。戦場を分断し、わずかばかりの時間を稼ぐために使われるオーソドックスな魔法だが、学生の身分でこの魔法を使いこなせるのはよほど才能に恵まれていないと不可能とされる、なかなかに難しい魔法でもあった。


 着弾するとカストルがアプロードの首根っこを引っ張って引き転がした。そうしないとイングリッドのファイヤーウォールに巻き込まれていた。なんという絶妙の角度で撃ち出すのか、妹ながら恐ろしいタイミングで撃ってくる。


 しかし炎の壁ができる魔法、向こうからこちらが見えづらくなるのはよいことだが、同じようにこちらからの視界も効かなくなる。


 ファイヤーウォールが起動し、炎の壁が立ち上がった瞬間、狙いすましたように弓兵が矢を放った。

 ファイヤーウォールの弱点を突いたセオリー通りの攻撃だ。

 正確に狙って矢を穿つことはできないが、一定の範囲に矢をばらまくことで面制圧が期待できる戦術だ。


 十数本の矢が飛来し、うち1本がカストルの耳をかすった。


 そして、ファイヤーウォールの向こう側から矢を射かけられると、魔導師はおいそれとファイヤーウォールを使えなくなるという補助的な効果もある。優秀な弓兵が仕事をする戦場ではファイヤーウォールは苦し紛れとしか捉えられない。


「カストルお兄さま!」


「大丈夫、かすっただけだ。たすかったよ」


 ファイヤーウォールが戦場を分断している間、剣士は次の号令に合わせて動く準備をするし、弓兵は炎に乗じて敵を休ませないよう、次々と矢を放つ。そして遠隔攻撃手段を持つ魔導師を先に倒すのが鉄則でもある。



 ―― カカッ!


 イングリッドを狙った矢が牢馬車の格子に突き立ち、矢のうち1本がイングリッドの肩を貫通した。


「くあっ!」



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