17-50 【アリエル】大きすぎる代償
最近、また第一話から、がっつり加筆しまくっております。現在38話まで加筆と手直しをしております。古くからの読者の方が読まれると、まったく違った印象になると思います。1話1万文字を超えたりして、読者のかたの負担になるかもしれませんが、気が済むまで手直しを続けてゆきたいと思っています。
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一方、同時刻アリエルたちはダリル領都ダリルマンディを制圧し、奇襲してきたユピテル、プロスペロー、そしてフォーマルハウトたちと戦い、日本に残してきた家族を失ったが、それでも退けることができた。いや、ちがう。
アリエルとジュノーは日本に残してきたはずの家族を殺されてしまった。ただそれだけだ。
ユピテルの歪んだ欲望、家族を殺されたアリエルとジュノーが、いったいどんな顔をするか見てみたかったという理由だった。
ユピテルはただそれだけの理由でアリエルたちを襲撃し、そして一旦は倒された。
しかしその死体はプロスペローの転移魔法で持ち去られた。おそらくはすぐにでもヘリオスの蘇生魔法で復活して、また戻ってくるはずだ。ユピテルを完全に殺してしまうには、まずヘリオスをどうにかしなければならない。どうせどっちも殺すんだ、順番を付けてもいいだろう。
亡くなった3人の遺体は棺に納められ、いまダリルマンディ北門の外、ドーラとノーデンリヒトの連合軍キャンプからすこし離れた小高い丘に整列して並べた。
ドーラ軍は凍らない土地に新天地を得てお祭り騒ぎだし、ノーデンリヒト軍も死んだと思っていたイオが蘇生したことで大きな喜びに沸いている。
勝利したというのに、アリエルたちだけは文字通りお通夜だ。
アリエルとジュノーは言葉もなく棺に寄り添い、冷たくなった母の頬を撫でたりしていた。
ユピテルが人を怒らせたり、悲しませたりして、それを指さしてゲラゲラ笑い、愉悦に浸るサイコ野郎だという事は、ザナドゥで初めて会った時から分かっていたことだ。
「切り替えよう。悲しむのは後だ」
アリエルは滲む涙を指で拭い、立ち上がって土埃を払う。
「大丈夫か? ジュノー」
ジュノーは無言で頷いた。しかしジュノーの表情には悲しみよりも怒りのほうが色濃く見えるし、たったあれだけの戦闘だったのに、とても疲れているように見えた。ジュノーが精神的に疲労するなんてめったなことじゃないのだけど、さすがに生みの母の遺体を弄ばれたのは堪えたのだろう。
がっくりと肩を落として、視線は母の亡骸に向けながら、ジュノーはアリエルに問うた。
「私さ、途中からしか知らなくて分からないんだけど、なんであいつら教会に居たの?」
……っ!
そうだ、アリエル本人もユピテルが現れたことで冷静さを失ってしまって、うやむやになってしまっていたが、ユピテル、プロスペロー、そしてフォーマルハウトの3人がなぜダリルマンディの大教会にいたのか。そもそもフォーマルハウトは教会から莫大な賞金を懸けられていたはずだが……。
「あっ、そういえばプロスペローを神殿騎士団の総本部で見たっていってたな、だれだっけか、グローリアスの。そのときのっぺらぼう仮面をつけたフォーマルハウトも目撃されてた」
「へえ、なにそれ。私を女神さまとか持ち上げておいて敵なわけ?」
「教会に行って話を聞こう……」
ロザリンドもサオも、そしてエアリスも、瞳から覇気が失われていて、すこし元気がない様子だが、それでも瞳の奥に宿す怒りの炎はより強く燃え上がっている。
無言で立ち上がり、ロザリンドはもう刀を出している。
「なあロザリンド、話を聞きに行くといったんだ。暴れるのはナシでいこう」
「構わないわ、思う存分暴れていい。そんなことより、なぜあなたは両親を殺されて、そんなに冷静でいられるの?」
「そりゃあおまえ……、ジュノーが冷静さを失ってるからだ。やっぱりジュノー、おまえは冷静でいてくれないと困る、後先のことを考えるのはジュノーであるべきだよ」
ジュノーが歯を食いしばって悔しさを露にした、その時だ……。
ロザリンドが反応した。ハッとして、居合の構えを見せた。
アリエルは咄嗟にジュノーを庇い、サオはエアリスを庇う。
次の瞬間、目の前に現れたのは、ゾフィーだった。
現れた人影がゾフィーと知りロザリンドはホッとして構えを解いた。
……と思ったら、女の子をひとり連れてきている。髪を結いあげているので一瞬誰なのかわからなかったが、ぺこりとお辞儀をしてくれたタイミングで思い出した。
ビリーだ。ゾフィーを王都に行かせて、人質になっているアリエルの祖父、アルビオレックス(中略)ベルセリウスをいつ返してもらえるのか聞いてくるという、ただそれだけのお使いだったはずが、どういう訳か、ビリーがいっしょについてきた。
アリエルは突然の来客に少し困惑したが、困った顔を見せまいと会釈することはできた。
たったいま転移魔法で現れたゾフィーのほうも、転移したらまるで戦場のように緊張感あらわに、ロザリンドなどは刀を構えていたのだから訝るのも仕方ない。
「どうしました?」
当然、目の前に棺が三棺ならべられているのも目に入っての問いだ。
「遅いよお! ゾフィー遅かったよ!」
さっきまであんなに不機嫌な顔してたジュノーが、ゾフィーの顔を見た瞬間にもうボロボロに泣き崩れた。
冷静さを失ってたんじゃない、気丈に振舞おうとして頑張っていただけなんだ。
それがゾフィーの顔を見た瞬間、一気に崩れただけだ。
縋りつくジュノーが泣いてしまって話にならないので、並べた棺のことも、ここでいったい何があったのかもアリエルがすべてを話し、説明した。
「ごめんなさい、でもまさか……」
「いや、王都に行ってくれって頼んだのは俺だ。ゾフィーに責任はないから……」
……え?
……まて、おかしい。
ユピテルとプロスペローとフォーマルハウトの3人で奇襲なんて絶対におかしい。
3人ともゾフィーが居たら一方的にやられるだけなので、絶対に避けるはずだ。それなのに、ゾフィーが居ないときを狙って奇襲してきたということだ。
「そうか、ゾフィーが留守だと知って俺たちが狙われたんだ。くそっ、じゃあなぜゾフィーが居ないことが奴らにバレた? 姿が見えなければネストに入ってると思うだろ?」
アリエルの疑問に答えられるものはこの場にいなかったが、サオが立ち上り、アリエルの見よう見真似なのだろう、棺に手を合わせて頭を垂れた。
「私、師匠のアルカディアのお母さんやお父さんに挨拶もしてないです。プロスペローは許しません。シャルナク代表には返しきれない恩がありますけれど、それでもプロスペローは倒します。絶対にです。ついでに教会も許しません。同罪です。というわけで私は教会に居る関係者全員を締め上げて、プロスペローとの関係を吐かせます。行きますよエアリス!」
「はいっサオ師匠!」
サオの言い分は正しい。もともとアリエルにとって神聖典教会も神殿騎士団も敵だった。しかし取るに足らない相手だったし、真に悪辣な者は教会組織の上位数パーセントだけで、大多数の信者はただジュノーのことが好きなだけだ。だからこれまでアリエルは教会と敵対していながら、積極的に攻撃することはなかったが……、それも潮目が変わりつつある。
それから一言も言葉を発することなく早足で教会に向かうサオを横目で見送ると、ゾフィーはアリエルに棺を少しだけ開けて、両親の顔を見せて欲しいと願った。
アリエルは快諾し、棺を少しあけて、眠っている両親に美しい妻の顔を見せてやると、思う存分自慢話をしてやった。親父の打つ刃物はものすごくデキがいいこと、キャンプに連れて行ってもらったこと、飯盒でうまくメシを焚く方法を教わったこと、きちんとしたマウンテンバイクを買ってもらったこと、釣りの仕方を教えてもらったこと、いつもテレビを見ながら寝てしまうこと、料理がからっきしダメで、おやじの作った料理はロザリンドといい勝負だったこと、運動会のPTAリレーをガチで走って、激しく転んで4日間仕事を休んだことも。母の作った肉じゃがはジュノーでもマネできない秘伝の味だったこと、いつも肩がこってたこと、母が作るパッチワークが可愛らしすぎて恥ずかしかったこと、父が作ったハサミで散髪してもらったらド下手でひどい虎狩りになってしまい、泣きながら帽子をかぶって床屋に行ったこと、悲しい映画をみるとすぐに泣いてしまうこと、悲しくないハッピーエンドの映画を見ても、すぐ泣いてしまうこと、そして繋いだ手が、ものすごく暖かかったこと。
家族の自慢話をするアリエルの傍ら、ゾフィーは縋りつくジュノーとともに、うんうんと頷きながら聞いた。もしアリエルがまた今度も戦いに敗れ、アルカディアに閉じ込められたとしたら、ヘリオスのことだ、もう二度と両親を生き返らせないだろう。アリエルは別人の子として、嵯峨野深月ではなく、別の名を与えられることになる。
いや、もう二度と繰り返さないと誓ったんだ。
しかし……、迷っている。真紗希にどう話せばいいのか、アリエルは考えがまとまらなかった。
結局のところ、ありのままを話すしかない。
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