17-49 【イングリッド】馬車にて(2)
最近、また第一話から、がっつり加筆しまくっております。もうすぐ第一章を加筆し終わるぐらいですが、古くからの読者の方が読まれると、まったく違った印象になるかもしれません。中には1話1万文字を超えるものもありますが、気が済むまで手直しを続けてゆきたいと思います。
そろそろガルエイアだ、ここの近くのダイネーゼ商会の支店でもう一台馬車が合流する段取りだったはずだ。ここは商会の支店は温存して直進した方がいい。
「神殿騎士だと? なぜバレた! くそっ、なんとかナターシャとエブリーを降ろせないか!」
「お兄さまうるさいです。落ち着いてください、怒鳴っても事態はかわりませんよ、でもブレナンさん、人が変わったみたいですね……」
「ああー。最近やけに何度も死ぬ思いしてから肝が据わったようだね」
「そういうダイネーゼさんもかなりキモが座ってらっしゃるように見えますよ?」
「あははは、実は私たちがベルセリウス派から逃げようとしたとき、追手がドラゴンでな!」
「見てみたいな! ダリルマンディ襲撃のとき、多くの人に目撃されたあれですか! たしか体長12メートルぐらいの子竜よね、銀龍ってどうなのですか? かっこいいですよね」
「きいたかケント! あのドラゴンってかっこよかったっけ?」
「あははは、35メートルぐらいありましたけどね! っとお、完全に追いつかれました、左に5、右に4」
「増えてますね」
「ああ、増えたな」
「イングリッド! なんでそんなに落ち着き払っていられるんだあ? 父上を暗殺しようとした奴らが追ってきてんじゃないか」
「お兄さま、慌てても事態は好転しませんわよ?」
「イングリッドおまえいったい……」
「実はグローリアスに勧誘しました」
「なんだとお! イングリッドおまえグローリアスがどんな組織か知らないわけじゃないだろう、やめろ、今すぐやめるんだ。お兄ちゃんは許しませんよ! グローリアスなんてロクなもんじゃない」
「えーー? お母さまはどう思います?」
「そうですね、男子たるものどのようなときも狼狽えるべきではありませんね。イングリッドは立派です」
「母上まで……、イングリッドは悪に勧誘されたのですよ、止めてください」
「あのー、剣を抜いて馬が斬られそうなんで停めてもいいですか?」
「ああ、それは仕方ないな、まだ昼を過ぎてお茶の時間にも早い。時間を稼ごう」
「了解しました。ちなみに左7、右6です」
言うとケントは外側から押し窓を閉めた。
「増えましたね」
「ああ、また増えたな」
神殿騎士に捕まって騎士団本部に連れていかれたら最悪だ。五体満足で出てこられるわけがない。
自分は男だからまだいい、しかし女はどんな酷いことをされるかわかったもんじゃない。イングリッドもそうだし、家族もみんなだ。
「時間を稼いでどうする? 作戦はどうする気だ?」
「作戦もなにも、ねえダイネーゼさん」
「いい作戦があるなら教えてくださいよカストル・ディル議員」
「おいおい、馬車を止めちゃだめだ! あんた頭は大丈夫か。停めてしまっては袋の鼠だ、神殿騎士に捕まってしまうぞ」
イングリッドはダイネーゼと顔を見合わせたあと、胸の内ポケットに手を入れて1枚のカードを出して見せた。これが何かの会員証だとでも言わんばかりだ。
「私たちは捕まってしまうでしょうね、でもね、今日中に合流すると約束したのですよ」
「そうですね、イングリッドさんの言う通りです、時間を稼いで合流できれば私たちの勝ちですからね、どうです? そう難しい話じゃないでしょう」
「分からん! 誰と合流すればいいんだ?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? グローリアスは商いを続けてゆくことが出来なくなったので、ノーデンリヒト傘下となりました」
「ノーデンリヒトだと? 思いっきり敵なんだが……?」
「はい、正確にはトリトン・ベルセリウス現国家元首ではなく、次期魔王になることが決定したサナトス・ベルセリウスの配下です」
「ま、魔王だと……」
カストルはもうこれ以上何を言っても無駄ということが分かった。
「母上、何とか言ってください、私の可愛いイングリッドが魔王の手下に……」
「私のってなんですか私のって! 確かに可愛いですけど違いますからね、断じて違いますからね!」
街道のど真ん中で道を塞がれ、馬車を止めたのは馬を斬られたくなかったためだ。
走行中、馬を斬られると脱落した馬が転倒し、馬車は確実に事故を起こす。そっちのほうがはるかに被害甚大になるという考えなので、当然、神殿騎士のほうがまだ対処は楽だという事だ。
ドアの前には剣を抜いた騎士服の男が集まりつつある。
ドアがノックされた。
「社長、神殿騎士団ガルエイア本部所属の第二騎馬隊のかたが話があると言ってますが」
「こっちは神殿騎士なんぞに話はないのだが、ここで意地を張ったらブレナンが可哀想か」
「はい、でもあと数分ぐらいなら粘ってみせますよ?」
「わははは、お前それ聞かれて大丈夫なのか?」
「たぶん大丈夫です」
「じゃあ任せる、いいとこ見せてみろ」
馬車の外は神殿騎士たちが馬から降りて馬車の包囲も完了している。
遠巻きに衛兵隊も気付いてこっちに来たし、やじ馬も遠巻きで集まり始めている。
「私はケント・ブレナンという。あなたは?」
「お前のような小物に名乗る名などない、はやく全員を馬車から降ろすんだ、御者風情が……」
「ではあなたの階級を」
「なぜだ? 私は第二騎馬隊副隊長だが」
「お断りします、あなたの階級では私の主人に降りろなどと命令することなどできませんので」
「ほう、ではお前の主人が何者なのか、答えよ」
「お断りします、もしかして私の主人が誰か知らずに降りろおっしゃるのか。それは問題になりますよ! 名を名乗ってください、後で神殿騎士団のほうに苦情を申し立てます」
「苦情だと? ふざけるな! おのれこの場で死ぬことになるやもしれんぞ……」
そう言って神殿騎士の副隊長は切っ先をもちあげて、ブレナンの喉につきつけた。
ブレナンは剣を突き付けられた襟のボタンをはずして、首元を開いてみせた。昨日、教会の暗殺者にばっくりと切られた傷だ。まるで首から上を切り取って取り換えたように生々しい。
ブレナンをただの御者と侮った神殿騎士の副隊長は、剣を喉に突き付けておきながら、そこにあった大きな傷を見てのまれた。まるで首を切っても死なないとでも言いたげなこの男の迫力に威圧され、負けたのだ。。
ガルエイアから出たことがない実戦経験のない神殿騎士などこんなものだと思っていたら、本当に大したことがなかった。徒党を組んで腰に剣をさしているからこそ偉そうにできているだけの話だ。
神殿騎士は弱気を見せるのを嫌う。一般市民の恫喝に負けるとメンツに傷がつくからだ。この男は幸いにも丸腰だったおかげで、普通なら殺されても文句はないが、大目に見てやるということで落としどころを見つけた。
副隊長は「フン!」と鼻息を荒く鳴らして剣を鞘に戻すと、調べるからしばらくここで待てと言って近くにいた同僚をよびつけて何かを命じた。たぶん馬車に誰が乗ってるかを知らずに止めたということだ。
ではなぜ知らずに止めたのか? そんなことはだいたい予想がつく、いま馬に乗って街道を追ってきた神殿騎士たちは東ガルエイアの教会詰所からの出動だろう。神殿騎士団本部からではない、ということは、いま来た方角に自分たちの馬車を尾行してきた奴がいるはずだ。
ブレナンはひとまず御者台に戻って押し窓を開いた。
「いまの神殿騎士は後方から追いついてきました。たぶん東ガルエイアの詰所からです。神殿騎士はこの馬車にカストル・ディル議員が乗っていることを知りませんでした。ということはたぶん私たちに尾行がついてたんだと思います。いまたぶん尾行してたやつに誰が乗っているのか聞きに行ったと思うので数分は稼げたと思いますが、どうやら次はダメそうです」
「上出来だよブレナン。尾行が付いているということは……」
「いま神殿騎士がひとり後ろの方に走って行きました。えっと、道のわきに駐車中の馬車ですね、左後方やく25メートルです」
25メートルなら近い、カストルは馬車の後部の窓からそれとなく見てみたら馬車というよりも幌の付いた荷馬車なのだが、馬1頭で引けるサイズなのに、2頭で引いている。馬の負担が軽いので、連続で長距離走れるし、加速も最高速も、平均走行速度も速い。あの馬車なら遠く距離をマージンとして確保したうえでの尾行に向いている。
「カストル・ディル議員、ちょっと遠いですが後ろの脇に駐車してるグリーンの幌馬車をみてください。小さいのに二頭立てですね……速いはずだ」
カストルはドアの窓から斜め後ろを覗いた。交通量が少なくない上に神殿騎士が道を塞いでいるせいで渋滞が始まっているので見通しはよくないが……ノロノロ運転の馬車が追い抜いてゆくと……チラッと見えた。
「ダラクールさんじゃないか!」
カストルの住む屋敷の隣に住む裕福な壮年の夫婦が住んでいて、夫婦に子どもがいないことから、カストルもそうだが、娘のエブリーはよく遊びに行ったりもしている。尾行者は隣に住む、仲の良い男だったことに驚愕している。
尾行者がお隣のひとだと聞いてカストルの家族みんながドアに張り付いて後方を見た。
エンドア・ディルと同じく教会の工作員がまるで影のように忍び寄っていたのだ。
カストルは今になって父親が暗殺未遂にあったということがやけにリアルに感じられた、ふつふつと湧き上がってくる空恐ろしさに奥歯をかみしめている。
不穏な空気が流れる馬車の中にまた御者台からのノックが聞こえて、押し窓が開いた。
「ガルエイア門のほうからも来ました。騎馬騎士ですね、数は……、ちょっと多いです」
神殿騎士がガルエイア門から北ということは、そいつら神殿騎士団総本部に所属する騎士たちだ。
「後ろにいる尾行者は、私たちが夜中にカストル議員宅を訪れ、家族全員を連れ出したから事情を知らずに、ただ尾行してきただけだろう、しかしガルエイアからだとするとマズいな。もしかしてアレが発覚したのかもしれない」
アレというのはエンドアの屋敷に捨てたまま放置して出てきたトーマスとミルファストの死体のことだ。昨日の話では青物屋の行商に扮した連絡員に見つけてもらって片付けさせるということだったので、情報が早ければ暗殺集団の上の方にまで情報が伝わっているのかもしれない。
「だとしたらマズくないですか?」
ダイネーゼは懐に手を入れて懐中時計を出した。時刻は午後1時45分を指していた。
「まずいですね、こんどはおとなしく言うことを聞きましょう。野次馬がいるうちは大丈夫です」
ダイネーゼの読みは的確だった。
騎士たちは訓練された一糸乱れぬ動きで馬車を包囲したかと思えば、窓から車内を覗き込んでカストル・ディルの顔を確認するとすぐさま合図を飛ばした。
御者席に座ったままでいたブレナンに声をかけることすらなく、馬車と馬の接続を切って四頭すべてを馬車から外してしまった。もう1ミリたりとも動けないようにした上で、弓兵を前に出すと良く見える位置から火矢に点火し、弓につがえた。早く出てこないと焼け死んでも知らんぞという下衆なデモンストレーションだ。
御者台に座っているブレナンにも、ドアに鍵をかけて出てこない乗客にも、一言も、なんの断りもなく、淡々と作業をこなす騎士たち。
出てこいと言われなくても出ていかざるを得ない状況になった。
さすがにここまでされるとダイネーゼに勝ち目はない。意地を張って焼け死ぬのは損だし、家族まで巻き添えにしてしまうのは本意ではない。
ダイネーゼは無言で内側からドアのカギを開け、先に降りると、女性たちをエスコートして、全員を降ろした。
カストルが馬車を降りたとき、後方を振り返って見たが、尾行者の馬車はすでにその場にはなかった。
ガルエイア門から出てきた、カストルたちの身柄は強引な手段で馬車から引きずり出した騎士たちに引き継がれたということだろう。
おそらく相当階級が上なのだろう、いっぱい線が入った襟章を誇らしげに見せびらかしている偉そうな男がダイネーゼには目もくれず、馬上から見下ろすようにカストルの前に立った。
「カストル・ディルだな」
カストルは胸を張って答えた。
「いかにも。カストル・ディルである。何故このような狼藉を働くのか、理由の説明はしてもらえるのだろうな」」
「カストル・ディルお前を逮捕する。及びその他、カストル・ディル逃亡ほう助の容疑で、全員を逮捕する」
なんなりと理由を付けて逮捕されるだろうと思っていたが、逮捕容疑は明かされなかった。神殿騎士がもつ逮捕権は、実は一般人と大差なく、各種犯罪を目撃した時つまり現行犯でのみとらえた相手を拘束する権利を有する。だが女神を冒涜した罪だけは、神殿騎士にのみ逮捕する権利がある。逆にこちらは衛兵隊には冒とく罪で容疑者を逮捕する権限がない。
「お断りする。神殿騎士に逮捕権はない」
「問答するつもりはない。逮捕する宣言だけ聞けばよいよ。小隊長! 想定より人数が多い。女だけ牢馬車に入れよ。抵抗したら女が痛い目を見るからな、くれぐれも魔法を唱えるなよ、強化魔法、防御魔法、一切の魔法使用を禁じる」
ダイネーゼたち一行は家族ともども遅れてきた牢馬車に乗せられ、ガルエイア城塞内の神殿騎士団本部へと連行されることとなった。
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