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02-26 クラス対抗実技大会 前編

20210821 手直し



 実技大会は来賓の役所関係の人たちや、領都セカからいらっしゃったボトランジュ領軍の関係者、王国騎士団の関係者など、いろんな偉いさん方が観覧に来られるマローニの街を上げた一大イベントだ。


 実はこの大会、総当たり戦ではなくトーナメント戦になっていて、対戦相手はくじ引きではなく、あらかじめ決まっているという。月組vs雪組、花組vs星組 そして、その勝者同士で決勝戦を戦い、3位決定戦というものはない。なぜくじ引きを実施しないのかと不審に思っていたら、聞きもしないのにポリデウケス先生が教えてくれた。来賓のお客様に偉い人が多いということは、その子息が通う月組が活躍してほしいという忖度そんたくが必ずある。そこをくじ引きなどという不確かなランダム要素で対戦相手を決めてしまうと、まずくじ引きに人の手が加わる可能性があり、そしておそらくは一生剣を持って戦場に出ることのないであろう月組の生徒が優勝してしまうという茶番を見せられるということまであったという。


 なので月組は緒戦で主に軍人や衛兵になる者たちの雪組と戦って、将来、自分たちを守る者たちの力をその身に受け、敬意を持ってボトランジュ領の暮らしをよりよいものにするという誓いを立てるのだそうだ。


 戦場の悲惨さを知らない無垢な少年少女たちにとってそれは大切なイベントであり、実戦で命のやり取りを経験し、敗戦を経験したアリエルにとっては茶番でしかなかった。


 その茶番で勝ち上がった勝者が決勝に進出するらしい。つまり決勝の相手は雪組である。

 茶番が終わるまで少々時間がかかるので、星組の出番まではまだ時間がある。


 アリエルはクラスメイトたちと観覧席に上がり、最上部の最も遠い席に陣取った。


 観戦と応援を兼ねた見学と言う授業の一環なんだけど、兄弟姉妹、近所の子たちがいる者は下級生の試合を見ながらでも、そりゃあ見ごたえがあるようで応援にも力はいってるけど、当のアリエルはというと、まだ引っ越してきてから間もないのだから下級生の知り合いなんてナンシーぐらいしかいないし、そのナンシーも救出作戦に同席しただけでまともに話したこともなくアリエルからすると顔見知り程度で、ユミルとつき合ってるから彼女候補にもならない。


 まんまよその学校の運動会を見物してる感じと言えば分かってもらえると思うけど、退屈だ。


 試合場では1年生(アリエルと同い年)の試合が始まっている。観戦した感想はというと、ほのぼのとしてて、とても初々しい。その証拠に観客席からは惜しみない拍手が送られている。


 うん、そうだ、これは運動会なんだ。 


 1年生が実技で戦っている姿を見ると、まだ10歳とか11歳の子どもたちだ。

 強化魔法もままならなければ、防御魔法はもっとままならない。そもそも強化魔法の起動式の入力に失敗して起動できなかった子もいた。


 アリエルはこんな子供が自分と同い年なのかと思うとぞっとする思いだった。なにしろ飛び級が決まらなかったら、あそこに混ざらなければならなかったのだから。


 1年生2試合、2年生2試合が消化され、3年生の試合が始まった。


 さすがに3年生にもなったら試合に熱が入って真剣勝負っぽく見える。とはいえ、見所というのは役人志望の月組にそこそこ腕に覚えのある生徒がいたからであり、役人の息子なのだろう、観客席では知らない大人が大声を張り上げて応援していたが、それでも盾を構えた兵士志望のガチ脳筋相手にするとなかなか通用しなかった。さっきまでは退屈していて、あくびが止まらず、くだらないイベントだと思ったがなかなかどうして、見応えがあって楽しめた。



 同学年の他の生徒と比べ、飛びぬけて強い奴がいると、その無双っぷりがなかなか良かった。やっぱり筆頭っていうのは番長って意味とあまり変わらないのだろう。


 アリーナは徐々に盛り上がりを見せはじめ、ついに5年生が対戦するときがきた。

 大歓声だ。


 月組30人と雪組26人の対戦で、もちろん月組に勝ち目はないのだけど、プロスがどれだけ頑張るか見ものだ。




「そろそろ控室のほうに移動しようぜ。すぐ終わるって」


 せっかく知った顔が出る対戦カードだからプロスを応援してやろうと思ってたのに、クラスメイト達がどやどやと控え室に移動し始めた。この対戦を観戦したかったのだけど、試合が終わってから控室に向かったのでは遅くなってしまう。出場者は観客にあらずということだ。


 アリエルは最後尾を歩きながら横目でプロスの戦いを見ていると、なかなかどうして、プロスと5人の勇者たち頑張ってるんだけど、剣に打ち込むその姿勢が組織力の差として出ていて、残念だけど及ばない。



「あれ? いま旗を奪えば終わりなのに……、何なの? まだ続けるの?」


「ああ、月組は貴族や役人の出が多いからな、見せ場を作ってやってるのさ」


 ハティの皮肉った解説に「サービス精神旺盛でよろしなあ」とメラクが応えた。なるほど、月組が30人もいるってことは、それだけ観覧席には月組の生徒を応援する関係者も見に来てるんだから、余力のある雪組はそれを察して、観客たちを楽しませてやることも忘れないってことだ。



「アリエルはベルセリウス家の男だから、サービスタイムあるかもしれないな」


「歌でも歌ってみせようか?」


 アリエルは皮肉で返したつもりだったが、これが思いのほかウケたようで、ハティをはじめ、ユミルもイヴォンデ姉妹もどうやら緊張がほぐれたようで、表情からは笑みがこぼれた。


 控室ではポリデウケス先生がけたたましくドアを開けて入って来て、いま作戦の打ち合わせと再確認をしているところだ。対戦相手は魔導師としてすでに頭角を現し始めているアドラステア・ステファンゲイツ率いる花組だ。パシテーに聞いたが、アドラステアは炎の魔法に適性があり、相当な使い手なのだという。


 しかし……だ。花組にはパシテーがついてるから、何か策を用意してるに決まってる。『対アリエル戦』を勝つための策だ。パシテーの性格がよければ勝てるし、悪ければ苦戦を強いられるだろう。


 パシテーと立ち会ったアリエルにはよくわかる。パシテーは性格が悪い。

 確実にこっちの弱点を突いてくるし、二手、三手先を読んでそこに罠を張り巡らせるようなやつだ。


 パシテーはアリエルのことを誰よりもよく知っている。強いところも、もちろん弱点も。アリエル本人よりも弱点を知ってる怖い女なんだ。アドラステアなんかよりも、背後にいるパシテーの方がよっぽど手ごわい。


 ポリデウケス先生は熱心に作戦の細かなところまで組み立てている。

 アドラステアがどんな魔法を使ってくるかによってこちらは手の内を変更する必要があるというが、アドラステアは炎魔法に適性のある炎術師だ、イヴォンデ姉妹がこちらの陣地に耐熱障壁を張ることが決まっている。


 花組の魔導師の過半数以上が土魔法専攻の土木建築魔法技師なのだから、とにかく城壁を築き自身と旗を守ることに長けていることもあり、その城壁をいかにして崩すかがこの作戦のキモだった。


 そういえば去年はハティとマブが二人で壁を叩き壊して旗を取ったと聞いている。アドラステアの性格はクドくて面倒くさい、そして背後にいるパシテーは性格が悪く、絶対に何らかの策を講じてくる。


 これだけは自信がある。そんなもん、絶対去年と同じ手で勝てるわけがない。


 要するに砦攻略するのに正攻法で門を破りに来る獣人たちと同じってわけだ。

 まあ、勝っても負けても誰も死なない模擬戦ということもあり、文句ひとつ言わずに作戦を了解した。


 ちょうど時を同じくして外の声援が大きくなった。試合が終わったようだ。

 魔法で地形を変えることから、整地に時間がかかる。


 ハティもマブも、控室の長椅子に腰掛けて目を閉じ、精神統一をしている。

 ユミルは弓の弦を張り直して、矢筒に突っ込んだ模擬戦用の矢尻のついてない矢を一本一本取り出しては、曲がりなどないかチェックに余念がない。

 イヴォンデ姉妹は二人向き合って、合わせ鏡のようにそっくりな顔を見合わせて「いける、今日はぜったに負けへん」などと言葉を掛け合っていて、カーリはというと目を閉じて何か鼻歌を歌いながら体を小刻みに揺らしていた。みんなリラックスの方法は違えど、誰一人として負けてもいいなんて考えてるような者、5年星組に居ないこともよくわかった。


 どうやら別にこんな茶番、勝っても負けてもどっちでもいいなんて考えているのは、アリエルだけだったようだ。こんな気持ちのままアリーナに出てはいけない、心の持ちようなんだ。


 控室のドアがノックされ、ちょっとだけドアが開くと、外から女性の声がした。


「5年星組、時間ですよー」


 アリーナからの呼び出しだ。


 アリエルはバンと両手で自分の顔をひっぱたくように気合を入れた。まあ、常時防御魔法を展開しているアリエルはそんなのぜんぜん痛くないのだが、呼び出された途端に、クラスメイトたち全員が一斉に強化魔法を唱え始めた。ハティの気合があがってゆく、マブも言葉には出さないが、研ぎ澄まされた魔法を使う。


 5年星組筆頭、ハティ・スワンズは血気盛んに気合が入りまくりのクラスメイト達に号令をだした。


「さてと、俺らの出番だ」


 行くぞ! オー! なんて気合を入れるでもなく、みんな奥歯をかみしめて無言のまま控室を出た。

 アリーナの対面に位置する通路、むこうがわの控室からはアドラステアを先頭に花組15人がゾロゾロ出てきて、開始線に立ち、これから和気あいあいと挨拶するところだというのに、今にも噛みつかれんじゃないかって勢いで睨みつけられた。鋭い眼光だ。パシテーといったいどんな話をしたらそんな憎しみを込めた目で睨めるのかあとでちょっとだけ聞いてみたい。


「アリエル、気を付けろよ。すっげえ睨まれてるぜ? ケツに穴が開きそうだ」


「こわいこわい、ケツはハティに譲るよ」



 挨拶するとは言っても、開始線に立ってお互いに顔合わせをするだけだ。

 本来ならここで筆頭者同士、ハティとアドラステアが握手して『よろしくお願いします』の一言もあるのだろうけれど、ハティはもういい加減戦闘モードに入っているし、アドラステアに至っては最初からハティなんて眼中にない様子でアリエルをずっと睨んでいる。そのまなざしはとても熱のこもったもので、絶対に負けないという強い意志が感じられた。


「アリエッル・ベルセリュゥス! お前のチカラ、見せてみろ。そのうえで私が勝つ!」


「いやあ、俺本気出すなって言われてるし、得意魔法禁止されてるんだけど? それでも勝つけどね」


 花組は去年ハティとマブの突貫戦法に敗れているはずなのにすごい自信だ。

 花組vs星組の対戦だが、だいたいからしてこの世界では戦場魔導師は少ないと言われている。現にノーデンリヒトの砦を守っていた兵士たちの中に魔導師は居なかった。ここの中等部では実技でファイアーボールの的当てなどやってはいるが、ほとんどの人が土魔法に適性を持っているため、魔導学院でも土木建築を専攻する者が多数派を占めているという。


 なのでクラス対抗実技大会では、花組が圧倒的強度の築城を行い、それを守り切れば勝ちというパターンになるし、ほとんどの学年で星組は敗れ、花組が決勝に進出するのだという。


 それもそのはず、冒険者というのは戦闘職ではない。

 狩人であったり、街の雑用であったり、薬草摘みであったり、捜索者である。


 今年はたまたまアリエルの在籍する5年星組に護衛の仕事を生業とするハティやマブといった腕っぷしの強い者たちがいるおかげで、去年も、その前の年も決勝進出している。だけどイオ率いる26人の兵士予備軍たちの壁は厚かったのだという。ちなみにイヴォンデ姉妹は狩人も護衛も街の雑用も高レベルでこなすオールマイティーだし、カーリは薬草の採取から調合までをこなす探索者を生業としていて、ユミルは生粋の狩人だ。


 審判を務めるのは知らない男が三人、中央の主審と、花組の陣地に一人、こちら星組の陣地にも一人だ。

 ついこのまえマラドーナ装具店で耐火素材の生地でパシテーの服を作ったのだが、まったく同じテラテラの艶やかなローブを三人が三人とも着込んでいる。あのローブは高価なものだという。ならば魔導学院の関係者なのだろうか。


 主審の男が手を右手を上げ「位置について」と、よく通る声が響く。


 アリエルたちは何もない自陣後方、ただぽつーんと旗が立てられている場所を中心に集合した。




 作戦はスタンダード。奇策なしに正々堂々と普通。アリエルとハティが前衛で攻め手。あとの5人は守りを担当する。


 相手の布陣を見ると、あっちも守りのほうが厚い。いや、守りじゃないのか? 中途半端な位置にも人員を配置している。これはどういう作戦なんだろう、まるで15人もいるサッカーチームのようだ。


 明らかに何か指示をしたはずのパシテーはセコンドにつかず教員席でじっと自分の教え子たちを見守っている。どんな作戦で来るのか読めないから出たとこ勝負しかない。


 こっちは布陣を見られただけでどんな作戦なのか一目瞭然なのと比べると、最初からこちらが不利に思えてきたのだけど……。



 ―― ピイイイイッ!



「始め!」



 号令が響いた。


 星組チームは開始と同時にメラクとアトリアが土の壁を作る起動式を入力しはじめた。


 アドラステアが速記法を使って何か大きめの起動式を入力しているのが見えたが、花組の防御担当の者が協力して築き上げる築城魔法が発動し、地面からニョキニョキと壁が生えてきたのに遮られた。


 アリエルは外見こそ10歳だが、中身28歳という立派なアラサーだ。多少は中二病を引きずっているけれど、いま戦おうとしている者たちとの間に横たわる実力差がどれぐらいあるのか、正直わからないほど大きく隔たりがあることも分かっている。アリエルは、未熟で覚悟もないものを叩きのめすことで称賛を受けたいなどとはこれっぽっちも考えておらず、むしろ逆で、できることなら何事もなく、ギリギリ勝つぐらいの勝ち方で終わってくれたらそれでいいと考えていた。


 さもなければ、こんなことをしている間にスケイトで突っ込めば、壁が出来上がる前に旗を取ることが出来るのだけど、そんなことをすると観客が面白くないだろう


 アリエルはこの戦いを観戦して運動会のようなものだと認識したとおり、実際、戦いのフィールドに立ち、開始のホイッスルが鳴らされても、まだアリエルは実力の片鱗すら出そうとは考えていなかった。


 そんなアリエルを名指しで『力を見せてみろ』と言ったアドラステアは起動式入力に両手で二行同時に進行する速記術を使った。片手で入力するのと比べて単純に2倍とは行かないまでも、1.7倍ぐらいのスピードで入力できるという、非常に分かりやすい技術だ。


 アリエルは速記術を使うアドラステアの入力する起動式を、注意深く目を凝らし、一文字も見逃さないよう読みとっていたが、壁の立ち上がりが早く、すぐに見えなくなった。

(ん?……、アドラステアの入力した起動式、長いな)


 アドラステアは見えなくなったが、花組の陣の側にいてアドラステアの起動式入力を横から見ていた審判も動き、耐熱障壁を張り巡らせたのが見えた。審判は横からアドラステアの起動式を見て、耐熱障壁を張った。つまりアドラステアは得意の炎の魔法で勝負する気だ。しかも長大な起動式を入力しているから、かなり大きな魔法になるはず。


 アリエルは後ろを振り返り、注意を促した。


「炎魔法がくる、あのスピードでまだ詠唱完了してないってことは8節以上ある、かなり大きな魔法だよ」


 ハティがアドラステアの魔法を知っている。いや、アリエル以外はみんな知っているのだが……。

「アドラステアは炎と風が得意なんだ、炎だとするとファイアストームだな……」


「ええっ、アドラステア最大の呪文やん。こんなとこで使う気なん?」


「私が障壁張るから、詠唱終わるまでに試合終わらせて。頼んだで!」


 アトリアは耐火・耐熱の多重障壁を詠唱し始め、ユミル、マブ、そしてカーリは障壁の範囲内に下がって、アドラステアの攻撃に備える。


 ファイアストームの魔法、アリエルがマローニ近郊で炎竜巻になった魔法実験とほぼ同じ理屈だが、アリエルの起こした魔法と比べるとずいぶん規模の小さなものになる。炎旋風と言った攻撃魔法だ。


 花組陣地の築城魔法は一階の造成が終わり、二階の増築に入った。こちらはイヴォンデ姉妹が頑張ってはいるがものすっごく遅い。


 ハティはアドラステアがファイアストームの魔法を延焼していると知って、多重障壁の中から動く気配がなくなった。なるべく早く壁を作って、後ろに隠れないと……。


 こちらと比べて目に見える速さでメキメキと築城する花組陣営は、即席で作ったとは思えない砦のような出来栄えの陣地の二階の天井にアドラステアが現れた。まるで歌舞伎役者のようにせりあがる床に乗っての登場だった。


 まだ起動式を入力している。何の魔法か分かれば起動式をスリ替えるのも容易い。


 アリエルはアドラステアの、そのクッソ長い起動式にちょっと割り込んで別の起動式に書き換えておくことにした。ついこのまえパシテーの授業に呼ばれてきた魔導学院生のイケメンが起動式を速記入力するのに割り込んで詠唱を邪魔したのだが、これはその魔法の進化型だ。理論構築まではできているが、まだだれにも試していない新作ホヤホヤの魔法だ。アドラステアに通用するかどうかは分からないが。


 起動式をすり替えたことがバレさえしなければ、そこそこの効果が期待できると思う。


 もちろん、この魔法は当初目指していたようなものではなく、



1、覚えるのは簡単ではなかったけれど、


2、他人をびっくりさせる程度の効果があって、


3、使ったことがバレると、女の子に嫌われてしまいそうな魔法。



 だからバレないことが大切なんだ。


 魔法がうまくいけばアドラステアはしばらく動けない。

 あとはハティと協力して残りの花組メンバを一人ずつ倒していけば何とかなるだろうと思っていたのに、花組の前衛はさすが魔導理論を学んでいるだけあって強化魔法の出来がいいのが予想外だった。


 動きが速く、トリッキーで殺気を感じない。最初からこちらを倒そうなどと思っていない動きだ。

 避けて逃げて、生還することだけを主眼にしているような動きだった。つまりこれは時間稼ぎをしているのだろう。こうやってアドラステアのファイアストームが詠唱完了するまで時間を稼ぐつもりなのか。


 まあ速いとはいってもウェルフには遠く及ばないレベルなので、アリエルには通用せず、アリエルに近いほうを担当する花組メンバーたちは2人、4人、5人と、瞬く間に倒されていった。


 だが花組メンバーを簡単に倒せるのはアリエルだけで、ここまでスピードに特化した強化魔法を張り巡らせると、ハティの実力をもってしてもなかなか思ったように敵の数を減らすことが出来ない。


 だけどおかしい、これじゃ花組は勝てないことは分かってるはずなのに、なぜこんな作戦を?


 まだ何か裏がある……。



 建物の影から花組の主力5人が高速で飛び出して、アリエルたち星組前衛の脇を抜けて行った。

 アリエルは気配を読んでいたけれど、ハティが対応できていない。



―― ガッ!



 すれ違いざま木剣で足を薙いで2人は倒せたけれど……。



「カーリ! そっち3人行った」


 カーリたちディフェンス担当の3人がグッと身構えたその時、ヒュッ! と風を切る音がして、星組の旗が飛び、花組のオフェンスたちの手に奪われた。


 土魔法で奪った? いや、アリエルが見た限りでは詠唱してなかった……。

 いや、花組の連中はアドラステアがど真ん中で大きな魔法を唱え始めてから壁ができ始めた。ではいま飛び出してきた攻撃担当の5人はなにをしていた?


 壁ができ始めてからその裏で起動式を入力し、詠唱を終えてから飛び出して届く位置にまで侵入出来た者がそこで起式を入力して魔法を起動したということだ。


 これはパシテーがグレアノット師匠に弟子入りして、兄弟子アリエルの話を聞いかされたことに端を発する。グレアノット師匠の話ではアリエルは最初から詠唱なし、つまり無詠唱で魔法を使ってみせたという。

 それが本当なら、起動式の構築に苦労したこともなければ、起式を入力して魔法を発動するという、オーソドックスな方法をやったことがないんじゃないかと考えた。


 アリエルは優秀すぎるせいで、一般の中等部魔法学科の生徒が魔法の詠唱にどれだけ苦労するのかを知らないのだ。だから壁が立ち上がった後ろで魔法を唱え始め、起動式の入力が完了したところで5人が飛び出し、敵陣に突っ込んで旗に魔法が届くものが起式を入力し、魔法を起動したというわけだ。


 これは実はアリエルの飛び級試験で治癒師のヒマリアが使っていた技術である。

 長大な起動式を入力しなければならないような大きな魔法はあらかじめ起動式だけを入力しておいて、あとで必要な時に起式を入力して起動させるというものだ。



 アドラステアが『ファイアストーム』を詠唱し始めたことで、多重障壁を耐熱・耐火障壁に張り替え、耐土障壁が緩んだところを狙われてしまったのだ。



 そう、パシテーはアリエルが起動式を読むことが出来ることを知っているから、目立つ場所で大きな魔法を唱えさせ、それに対処するように仕向けたんだ。



 つまり、アドラステアは囮だった。

 試合開始前から挑戦的な目で睨みつけられていたのもすべてはアリエルの意識をアドラステアに向けさせるための布石だった。


「しまった! やられた」



 パシテーの手のひらの上に乗せられていることを察して、まずは旗を奪った奴に追いついて足を薙ぎ払い、倒したのだけど、こいつが倒れる寸前に他の前衛にパスして、奪った旗を奪還されないようにとの意地を見せた。



 ……、パスだと!!



 残り3人のパスまわしをたった2人で止めないといけないのにゴールはすぐそこ。これはまずい。


 アリエルのほうもさすがに余裕ぶっこいてらんなくなってきた。

 最初はハティたちだけでも勝てるんじゃないかと思っていたのだが、自分がオフェンスを担当することになったことで自分が働かないと勝利は遠のいていくことがよくわかった。


 アリエルは少々本気を出さざるを得なかった。

 得意魔法の『爆裂』を禁止されているということで、爆発しない『ファイアボール』の魔法を無詠唱で1つ2つ3つ……と、自分の周囲にファイアボールを5個配置した。まるで雷さまの太鼓みたいであまりカッコいいもんじゃないけど。


 アリエルのファイアボールが一瞬で5発分、アリエルを中心に集まって、移動したとしても寸分たがわずついてゆくのを見て花組の生徒たちだけでなく、観客席で観戦している魔導学院の関係者たちも驚きの声をあげた。ファイアボールを作り出してその場に浮かべ、術者が動いたらだいたいはファイアボールの魔法は置いてけぼりにされるのが普通だ。術者についてゆくようプログラムしようと思ったら、座標の変更をリアルタイムで行わなければならない。もしくは最初から術者についてゆくようプログラムしたのだとしたら、ずーっとついて回るばかりで発射することができないのだ。起動式魔導というのは鉄砲玉のようなものだ、あとで何かを変更することはとにかく困難を極める。


「おそなってもた、けど反撃開始や!」


 アトリアが耐火障壁、耐熱障壁、耐魔法障壁など、各種障壁を多重に展開し、維持するだけで精一杯のようだが、ようやくメラクが前線に出てきてマンツーマンディフェンスが完成した。


 旗を持っている生徒は激しく左右に動こうとするがハティがうまく抑え込んでいて、パスを受けるため旗に気を取られている生徒に向けて周囲に待機させていたファイアボールを打ち出した。


 超スピードで撃ち出されたファイアボールはパスを貰おうと前に出た生徒に命中し、耐熱障壁を吹き飛ばして全身に延焼しはじめた。


 さすがは街に暮らす学生だ、考えていたよりもずっと弱い! アリエルの魔法では手加減しても大怪我どころか、下手をすると死なせてしまう。


 アリエルは救護の先生よりも早く、ファイアボールを食らって倒れた生徒をターゲットに水魔法で消化し、びしょ濡れになった生徒が戦線に復帰してこられたら面倒だという理由で、木剣でしこたま頭を叩いておいた。たぶん試合が終わるまでは目が覚めないぐらいに。


 そこでアドラステアが勝ち誇ったように高笑いしてみせた。


「あははははははっ! イイね、囮だと思っていたお前らの負けだぁぁぁ! ファイアストーム! 焼き払え!!」


 アドラステアも時間差詠唱だ、最適なタイミングでファイアストームを起動させる。

 だがアドラステアの起動式はすでにアリエルがスリ替えている。


 2階の屋上の高さにまで持ち上げられたアドラステアは、たったいま起動したばかりのファイアストームの魔法のはずがどうやら様子がおかしいことに気が付いた。ファイアストームは起動するとまずはファイアボールが出来上がり、次に風府が吹いて目の前にあるファイアボールが激しく炎上する。そして射出され、着弾したところで熱竜巻となる、密集している敵に対して使うのが効果的だと言われている魔法だ。


 それがファイアボールが出来上がったあと詠唱を完了するとすぐさま強風が吹き始めるはずなのに、風が凪いでいる。まるっきり風が吹かない。これには違和感どころか、不信感に変わりはじめた。


 魔法の制御に失敗したアドラステアは次の瞬間、自分が構築して作り上げたファイアボールが自らに向かて発射され、それを顔面から受けて激しく炎上を始めた。


 障壁の魔法は身にまとう防御魔法のようなものとは性質を異にしている。


 要するに耐熱障壁は熱を通しにくい魔法の壁であり盾のようなものだ。なので展開した障壁魔法には内側と外側が存在するということ。つまり耐熱障壁は熱だけを通しづらい壁を生成していて、アドラステアクラスになると星組の生徒が撃ち出すファイアボールを受けたぐらいじゃびくともしない強度を持っているのだが、その内側はというと強化魔法と防御魔法を張っただけの、魔法攻撃には無防備な状態なのである。


 アリエルが魔法起動式をスリ替えた、ほんの子どもの悪戯レベルとはいえ、ファイアボールを無防備な状態で顔面から受けたのだから、アドラステアの身体はいとも簡単に炎上してしまった。まるで新聞紙に火をつけたかのように。


 ファイアストームの魔法が起動したら自分たちの勝利だと確信していた花組主力は、アドラステアが倒されたことで一瞬のスキを見せてしまい、アリエル、ハティ、アトリアたちからマンツーマンチェックを受けていた花組の主力たちはバタバタと倒された。


 炎の中でうずくまるアドラステアの頭上から滝のように水が浴びせかけられるのと同時に、我が星組の旗はカーリによって陣に戻され、花組のメンバーは勢いと自力に勝る星組の流れを止めることが出来なかった。


 アドラステアが倒されたとき、もう勝負はついていたのだろう。


 当のアドラステアは完全に油断していたところにファイアボールを被弾し、呼吸すらままならない状況に追い込まれ、実技大会という競技のなかで自分の命を守るのに精いっぱいだった。


 魔法は人を殺すこともできる、その言葉が頭から離れず、アリエルの水魔法で消火してもらったにもかかわらず茫然自失してしまって、しばらくは立ち上がることすらできない……。



 アドラステアは実技大会の前、パシテーが教職に復帰する際、その兄弟子にあたるアリエルについて質問したことがある。特に飛行魔法を駆使して無手で短剣を操り、アリエルを追い込んだときの戦いは魔導師を志す生徒たちの語り草となっていて、花組の生徒たちにしてみればアリエルのことが知りたくて仕方がなかったというのも確かにあるだろう。


 パシテーは、目を輝かせ、食い入るようにアリエルの話をしてくれという生徒たちの姿に、自分を重ねた。


 それはグレアノットに弟子入りしたパシテーが兄弟子のことを知りたくて知りたくて、事あるごとに質問していたのと、たぶん同じ理由なのだろう。パシテーは師であるグレアノットが使った言葉をそのまま花組の生徒たちに伝えた。


「アリエル・ベルセリウスは、いずれ世界最強となる」


 剣士ではなく、魔導師がだ。雪組の生徒がそれを聞いたら、きっと立ち上がってすぐさま反論していただろう。この世界の戦場では、戦うのは剣士の仕事であり、魔導師は補助的な役割をこなすのがその役目だからだ。


 世界最強になる魔導師、そんなこと、魔導師を志す者ならば誰もが一度は考えたことのある妄想だった。しかし強化魔法というバフ魔法で肉体を強化した剣士には何度挑んでも、その差を見せつけられるだけ。


 それなのに何の疑いもなく最強といってのけるパシテーの言葉に、アドラステアはしびれた。


『お前のチカラを見せてみろ! そのうえで私が勝つ!』


 パシテーが最強という魔導師の力を見てみたかった。しかしその力を見せるまでもなくアドラステアは敗北を喫してしまった。それも完敗だった。噂ではアリエル・ベルセリウスは魔族との戦争を経験して生き残ったのだと聞いたことがある。話半分に聞いていたが、戦場を経験して生き残るにはあれほどの力が必要なのかと思うと、気が遠くなる思いだった。


 担架が運ばれてきた、唯一治癒魔法を使えるヒマリアも駆け付けた。

 アドラステアは歩いてアリーナを出ると言ったが、大事を取って担架で担ぎ出されることになった。行先はアリーナを出てすぐそこにある救護室だろう。


 そんな中、敗北した花組の面々にもほぼ満員の観客席からは惜しみない拍手が送られる。



 教員たちの観覧席で観戦していたパシテーは小さな声で「兄さまそれはいけないの」と呟いて席を立ち、アリーナに降りる。


 その呟きは誰にも聞こえず、アドラステアはその場でヒマリアの治療を受けて救護室送りになったが、炎上したと思ったらすぐに水魔法で消火されたおかげで跡の残るような傷を負うことはなかった。


 パシテーは少しほっとした面持ちで、教え子を乗せた担架についてアリーナを出ていった。



 この戦闘で午前中のプログラムは全て終わり、昼食と休憩をはさんでお昼から各学年の決勝戦とその後のセレモニーが催される。



 ----



 ガッツポーズで喜ぶハティとマブ、ユミルとカーリも手を叩いて喜んだ。

 イヴォンデ姉妹は腰をくねらせる独特のダンスで観客に応えつつ、二人アリエルの背中を押してアリーナを出た。


 控室に向かう廊下でのこと。


「なあアリエル、アドラステアなんで失敗したん?」


「うちもアドラステアの失敗なんか初めて見たわ」


 いまの対戦を見て、アドラステアが魔法の詠唱に失敗しただなんて観客席で観戦していた魔導学院関係者でも分からなかったと思うのだが……、イヴォンデ姉妹はすぐに看破した。それもアリエルが何か知っていると考えている。この姉妹、思ったよりずっと察しがいいようだ。


「長ったらしいのを唱えてたから起動式をスリ替えたんだよ」


「へ――、そんなことまで出来るんや。けどえらい物騒なことしぃはるんやなあ、私らにはせんといてよ?」


「俺もまさか無防備に受けるなんて思わなかったんだよ。パシテー怒ってるみたいだったし、しゃあないからちょっと怒られに行ってくるわ」


「障壁の裏側から女の子を燃やした罪は重いよね、おこられてきい」


 失敗したのはアドラステアだし、気付かない方が悪いという理屈は通用しないらしい。



 アリエルがアリーナを出て石畳に軽い靴音を響かせ、小走りで救護室に向かうと、パシテーの気配は中にあった。そういえばアドラステアはびしょぬれだったし、服も焦げてしまった。ここでドアを開けて中に入るとラッキースケベが発動する可能性が少し高めな気もするが、パシテーの怒りに油を注ぐようなことはしたくない。アリエルは救護室のドアの横にもたれて立ち、ここでパシテーが出てくるのを待つことにした。


 10分ぐらいぼーっとしてると、ドアが開き、パシテーが出てきた。



「お腹すいた。ポーシャの弁当たべよう」


「うん。でも兄さま、ああいう戦い方は生徒に示しがつかないの。真剣に魔導師を志している生徒に、魔導の道を諦めさせるようなことしないでほしいの」


 パシテーはアリエルのやったことを正確に見抜いていた。

 入力した起動式をスリ替える技術があるだなんて知れたら世界がひっくり返る。


 起動式のスリ替えは、先日ちょっとイケメン風の魔導学院生が中等部にきて速記法を実演しているときアリエルが思いついた悪戯だった。そう、これもアリエルの悪戯イタズラが発端だった。でもその結果は悪戯などでは済まされない重大なものとなった。


 魔法起動と同時にトラップが発動する、魔導師殺しの罠だった。


 パシテーが怒るのも無理はない。

 こんなものが一般に流布すると魔導師なんか世界に一人もいなくなる。アリエルがしたことは、魔導師を志す学生たちの心を折って未来を諦めさせようとする行為だった。


「ああ、パシテー、怒らせてしまったか。ごめんな。でもさ、俺は手加減なんかせず全力を出してしまうと本気でやると相手を死なせてしまう。だからといって手を抜いて適当に加減すると相手の誇りを傷つてしまう。最小限の力でギリギリ勝つというのは、この世界では褒められたことじゃないんだな」


「相手を死なせないように倒すのと、手を抜くというのは違うの」


「パシテーが何を言いたいのかは分かってるよ、でも何故か俺はここに居て、クラスのみんなからは、あんなにも格下の相手を叩きのめすことを期待されてる。だから俺は卑怯なぐらいが丁度いいんだ。アドラステアには悪いことをしたと思っているよ」


 パシテーはハッとして息を飲む。

 アリエルは戦場で戦い、大勢の敵を倒していまこうして生きている。アリエルの本気が自分の生徒たちの向けられたらと思うとぞっとする。パシテーは当然アリエルは手加減することが正しいと思っていた。しかしそれは違う、アリエルがこんな大会に出場すること自体がフェアとは言えない。


「ご、ごめんなさい。でも、でも私は兄さまが卑怯と言われるのはいやなの。正々堂々と戦ってほしいの」



「そうか。じゃあ卑怯とは呼ばせない戦いをするよ。……、心配かけてごめんな。それと……、俺さ、これ終わったら旅に出るよ。やっぱり俺、学校には向いてないと思った」


 アリエルはもう学校に通うのはやめて、この街を出てゆくといった。

 パシテーはアリエルの言葉足らずを責める。


「旅に出るよ? 出るよ? 旅に出ようじゃないの? 私は置いて行かれるの?」



「パシテーは、生徒たちに必要とされてるし、居場所もあるのに、なんで俺と旅に出たいのさ?」


「………、分からないの?……私、不機嫌なの。誰が私を必要としてるかなんて関係ないの。私には兄さまが必要なの。兄さまは私なんか要らないの?」


『どうか私を捨てないで。兄さまの行くところ最後まで連れて行って』と言われたのを覚えてないはずなんてない。だけどパシテーは多くの人に慕われてここにいる。ここに生活の基盤があって、好かれているのに、わざわざ嫌われ者について出てゆくなんてこと、しなくていいと思った。


「いや、居てくれると嬉しい」


「言い直して」



「ああ、これが終わったら旅に出よう……。これでいい?」


「足りないの、必要って」


「ああ、俺にはパシテーが必要だ。これが終わったら旅に出るぞ」


「うん、じゃあ私もう学校やめて兄さまと旅に出ることにするの」


 パシテーは一瞬たりとも迷ったような表情を見せず、アリエルについてくるといった。

 アリエルはここにきて数少ない友人になれたかもしれない男のことが気になった。

 やっぱり、プロスペローには出てゆくことを知らせておくべきだ。


「じゃあメシ食ったあとプロスに挨拶してくる」


 二人は中庭に移動し、植えられた木の下、木漏れ日の揺れる日影にテーブルとチェアを作り、ポーシャが作ってくれた弁当を食べた。軽いものでいいと言ったが、今日はアリエルが出場する実技大会であることからちょっと腕を振るってくれたのだろう、牛骨を弱火でコトコト三昼夜煮込んだであろうフォンドヴォーの深い味わいと、噛むのに歯がいらないんじゃないかとまで思えるトロリとした食感の肉、これが一般に言うお弁当の域を大きく逸脱している。ポーシャは1年いれっぱなしで腐らないし冷めることもないというストレージ魔法の仕様を聞いたうえでお弁当を作っているのだから、腕を振るうとこうなるという事だ。


「この味もしばらくは味わえなくなるな」

「うん、すっごく美味しいの」


 昼食をとったあと、パシテーはテーブルとチェアを土に埋め戻した。

 さてと、アリエルはプロスを探すのだけど、さすがにこんだけ人がいると気配探知はストレスにしかならないし、そもそもプロスの気配は判別しづらいからもう聞き込みで探すことにした。だって目の前に月組プロス軍団のひとりが歩いてるんだから、とっ捕まえて聞き出したほうが早い。



「プロスなら食堂にいるよ?」


 情報ゲット。目と耳と口があれば、気配察知なんてスキルを使わなくても人を探すことぐらいできる。コミュ障には難しいけれど、ほんのちょっとの勇気があればできるスキルだ。


「私はここで待ってるの」


 プロスに『俺やっぱり学校やめて近々旅に出るわー』って言うのに先生同伴で行くのもなんだかおかしな気がするので、パシテーには外で待っててもらうことにした。


 食堂は校舎とは独立している水色の建物で、ずいぶん安っぽい作りだった。

 食堂の引き戸を開け、一歩中に足を踏み入れると、みんな声のボリュームを上げて会話するようなにぎやかな場所だった。


 入り口に立ち、ざっと中を見渡してみると一目でわかった。明らかに空気が違う、大柄な男たちが同席する角のテーブル。まるでラグビー部と不良たちが同席しているようにしか見えない空間がそこにあった。


 プロスと月組の不良軍団と、あと雪組のマッチョ軍団が同席している……。

 なんか面倒だな……。


「やあプロス、ちょっと話が」


「あ、イオ、アリエルが偵察に来たぞ。……あはは、で、話って何?」


「ああ、さっきの試合で手を抜いたらパシテーに怒られちゃって……、この後の試合、手を抜くことが出来なくなってさ。雪組の人たちにはちょっとケガせてしまうと思う、そしたら俺やっぱり学校やめるよ」



 聞き捨てならない言葉に雪組筆頭のイオが、瞬間的に反応し食いついた。


「まてよアリエル、俺たちじゃ力不足だと、そういってるのか?」


「違うって。雪組の人がどうだという話じゃなくて、俺がこんな大会に出ることが間違いなんだよ」


 イオはアリエルの言葉を侮辱と受け取った。


 アリエルがどう言い方を変えてオブラートに包もうと、イオたちの実力では自分の相手にならないという意味だ。イオはその上から目線の言葉に腹を立てた、それは男として当たり前の反応だった。


「ほら、事実を言えば機嫌を損ねてしまう。手加減しても誇りを傷つける。本気を出せば大ケガさせてしまう。やっぱ俺は学校なんて向いてないんだよ」


「おいおい、勘違いするなよアリエル・ベルセリウス! 仮にもベルセリウス家の長男に恥をかかせる訳にいかないだろうが。ヘルセ先生も、ポリデウケス先生もわざと負けて花を持たせてくれたのが何故わからん。ノーデンリヒトなんてド田舎で持ち上げられて自分は強いと思ってんだろうが、街じゃあ通用しないからな、言葉には気を付けろ」


 イオが大声を張り上げたもんだから、食堂の空気が一瞬で凍り付き、それまであんなにもざわついていた室内はシーンとなってしまった。


 ノーデンリヒトを知らない男がノーデンリヒトをド田舎だといって揶揄する。

 こんなものだ、イオの実力じゃあノーデンリヒトで生きていくことすらできないだろうに。


 だが、そんな街の中しか知らないような狭量な男が故郷を揶揄することにちょっと腹を立てたのも事実だ。


「俺が強い? そりゃあお前らみたいな軍隊ゴッコで遊んでるような奴と比べたらそりゃあ強く見えるだろうさ。だけど俺はそこまで強いわけじゃない、化け物じみた強さを持つやつなんてザラにいるよ」


「軍隊ゴッコだと? わははは、よく言う! じゃあノーデンリヒトの軍はどうなんだ? 負けてノコノコ逃げてきやがったくせによ」


 アリエルはイオにノーデンリヒトでの敗戦まで揶揄されたとき、それまでよくしてくれた守備隊のひとたちが戦死してゆくシーンがフラッシュバックして、エーギルの顔がイオと重なった。


「それはすまなかった。マローニに援軍を要請したんだがな、なんで一人も援軍よこさないのかって思ってたんだよな、だけどお前ら見ててよくわかった、弱すぎて使えねえわ」


 アリエルはイオの物言いに加え、どうせ間に合いもしなかった援軍を結局いまになっても送り出そうとしていないボトランジュ領軍への不満もあって、つい要らぬことまで口走ってしまった。


 こうなるともう売り言葉に買い言葉だ。

 お互いにケンカになっても構わないという前提で言い合ってる。


 イオの後ろの席で聞き耳を立てていた雪組の生徒たちがガタガタっと乱暴に椅子を慣らして席を立ち、アリエルを睨みつけている。こいつら揃いも揃って身長180センチかそれ以上、筋肉を緊張させて見せつける。これは威圧のスキルを持たない男がよくやる威嚇行動だ。


「なに? ケンカする気? 別に構わないけど、ここで始めると止められてしまうよ? もうちょっと待てば学校公認で思う存分殴り合えるんだぜ? どうせなら後にしないか? 」


「よせゲオルグ、アリエルの言うとおりだ。その怒りはこの後にまでとっておけ。いいだろう。その喧嘩、買ってやる。ベルセリウス家の御曹子なんだから見せ場ぐらいは作ってやろうと思ったんだがな、まあ役立たずの魔法使いごときが出来ることなんざたかが知れてる、その思いあがった鼻っ柱、このイオがへし折ってやる。スカした顔して、何がちょっとケガさせると思うだ。ぜひ手加減無用でお願いするよ。無様に負けた後で本気じゃなかったなんてセリフ聞きたくないのでな。真剣に騎士を志す者を愚弄した非礼を詫びさせてやるから覚悟しておくがいい」


 マローニの街で生まれて、マローニで育ったイオ。体格にも恵まれてるから、たぶんこれまで他人と争いごとになったとしても、負けることはあまりなかったのだろう。そういう荒事になると滅法強いという自信が根拠となり気位の高さに繋がっていて、いま明らかに格上の相手の力量すら見誤ってしまったことを、アリエルは察した。


 雪組が実技の授業をやってるところを何度か見学している。

 王国騎士団の訓練と比べものにならないほどレベルの低いものだった。だがイオは残念なことにそのレベルの高い現場を知らないでいる。井の中の蛙、大海を知らずという言葉通りだった。


「分かった。お望みとあらば。だが死なない程度に手加減はするから安心しろ。騎士を志すお前に、ちょっとだけ戦場の空気を体験させてやるよ。本当にちょっとだけだけどな。戦闘が終わったあと、もしこれが本物の戦場だったら? 木剣ではなく真剣だったら? 仲間が殺されてゆくのに耐えられるか? よく考えてみるといい、それが俺からのお詫びのしるしで、袂を分かつことになる餞別だ」


 それだけ言うとアリエルは踵を返し、振り返らずに食堂を出た。食堂の外で壁にもたれるパシテーが伏し目がちな目でこっちを見ている。


 まるでこうなることを見透かされていたようだ。


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