17-39 【真紗希】ゾフィーの微笑み(2)
「ねえゾフィー、聞いていい?」
「はい? なんですかあらたまって……。わざわざ二人っきりの時に聞かなきゃいけないような話ですか?」
「うん、わたしのお願い」
「ふうん、分かりました。でも答えられなかったらごめんなさいね」
「ありがとう、答えたくないなら答えなくていいからさ、これは転移魔法陣からゾフィー、あなたを救出したときの事なんだけど、封印されていた匣が開かれたとき、身体にはテルスの槍が42本も刺さってた。あの鬼神ヤクシニーにしては信じられないほどお粗末な負けかたよね。ザナドゥを滅ぼしたテルスを目の前にして無抵抗で槍を受けたなんて信じられないし、いったい何があったのかなと思って……」
ゾフィーの微笑みが消えた……。いまは真顔になり、急激に重苦しい雰囲気になった。
「あなたはあの場にいなかったの?」
「私その時はもうとっくに逃げ出してたんだ。こう見えて私ってば光属性だし、ジュノーほどの力はないけど一応は治癒能力者なんだ。戦争なんて大嫌い。殺して殺されて、生き返らせてもらって、また戦場に駆り出される。でもそれって私たちだけなのよね。大勢の人が死んでしまうのに、戦力になる、利用価値のある者だけ生き返ってまた人を殺すのよ? うんざりだわ、私はそんなのゴメンだし……。だけどね、あの『鬼神ヤクシニー』がテルスやクロノスたちに討ち取られたなんて信じられない。絶対に何かあったはず」
「そっか、わたしはテルスに討ち取られたことになっているのね」
真紗希にもゾフィーのこだわりの部分が見えた。
自分を討ち取った者が誰なのかということだ。ということは、ゾフィーは誰に倒されたか知らないということなのだろうか。
「この世界で読まれている英雄の物語ではクロノスに倒されたことになってるみたいだよ、当時私が聞いた話では、ユピテルが見ている前でテルスが一番槍を引き受けて、鬼神ヤクシニーを討ち取ったことになってる。だから最大の功労者はテルスで、クロノスとイシターは夫婦揃って英雄になった。あとインドラとメリクリウスも何か大きな手柄を立てたらしいけど、わたしインドラ嫌いだから良く知らない。でもさ、そもそもゾフィーには槍なんて刺さらないし、あのユピテルの見ている前でというのがおかしい気がする。だってユピテルが前線に出てくることってなかったし、ぜったい何か理由があったんだろうなと思うじゃん」
「何も知らないはずないですよね? 本当に何も知らないのなら、そんな聞き方はしないはずだと思うのだけど、わたしは何を知りたいかよりも、なぜあなたが、今ここでそんな話題を出して私に質問しているのかが知りたいわ?」
「えっ?」
「あなたが私に折り入ってお願いだなんて、どんな話があるのかと思うわよね? 回りくどいことはやめて、単刀直入に話してくれたほうがありがたいのだけど」
「ああ、やっぱ回りくどかった?」
「ええ、かなり」
「じゃあ回りくどいのはヤメ。単刀直入に言うよゾフィー、私はあなたのことが苦手なんだ。ゾフィーも私のこと嫌いでしょ?」
「ちょっと傷つきました。ルナってジュノーよりキツいこと言うのね」
「ごめんなさい、でもこれはきちんと伝えないといけないと思ったんだ」
「ふうん、じゃあ私もきちんと伝えないといけませんよね……。えっと、ルナのことは嫌いというよりも、なんで"あの"ルナがわたしの義妹になっているのか、まだ納得できてないというのが今のわたしの正直なところです。あなたも同じでしょ? アリエルやジュノーたちの手前、なにも無かったかのように振る舞ってはいるけれど、わたしのことを疎ましく思っているのは知ってましたよ」
「そうだよ、わたしたちはお互いにお互いの存在を疎ましく思っている」
「あなたはアリエルとジュノーとは仲いいのよね? そこにわたしが戻ってきたから邪魔に思ってるのかな」
「邪魔だとまでは思ってないよ。ただ、兄ちゃんとジュノーは私の家族だけど、ゾフィーのことを家族だなんて思えないだけだよ。だってゾフィーは死んだと思ってたしさ」
「続柄だけは家族でも積み重ねてきた日々がないってことね。理解しました」
「私もゾフィーが本当に生きてたなんて信じられなかったんだ。でもさ、今になって考えるとゾフィーをアルカディアに閉じ込めておくのは不可能だからね、無限回廊?みたいな時間の澱んだ空間に封印したというのは、いいアイデアだと思ったわー」
「ほんと酷い小姑、ハッキリ言うのね……」
「そうでもないわよ? 言い換えれば他に手がなかったって事だし、もうひとつ突っ込んだことを言わせてもらうと、ゾフィーの封印が成功したからこそ、兄ちゃんとジュノーをアルカディアに閉じ込めることができたんだ。だけどおかしくない? なんで兄ちゃんとジュノーをゾフィーと同じ無限回廊に封印するという選択をしなかったんだろうね?」
「?? どういうこと?」
「だってさ、ゾフィーを封印することができるなら、兄ちゃんもジュノーも封印できるじゃん。それなのにヘリオスはアルカディアという世界と、そこに住む人間も動物もまるごと捨てて、ひとつの牢獄を作ったのよ? それも兄ちゃんとジュノーを閉じ込めておくためだけに。そしてアルカディアで2人は何不自由なく、普通に暮らしていたのよね……、どう思う? ずいぶん甘いと思わない?」
「そうね、私とは待遇が違い過ぎてなんだかむかつくわね」
「でしょ? 私はゾフィーが封印されなければもう負けないと思っているし、ヘリオスも同じように考えてると思うよ。だからまたゾフィーを封印しようと狙ってくるのは当然だからね、どんな負け方をしたのか知っておきたいの」
「えっ? もしかしてまた封印されるんじゃないかって心配してくれてるのかな?」
「普通にやってりゃ絶対負けないのにさあ、自分の力を過信してアッサリ負けて封印されたような女だし、心配するでしょそりゃあ。その薄ら笑いもムカつくよ。また簡単に封印でもされたら私も困るし。第一さ、ゾフィーと離れ離れになった兄ちゃんがどんだけ悲しんだか知らないでしょ?」
「はあっ、それを言われちゃ弱いなあ……。わたしが悪かったわ、本当にドンくさくてごめんなさい。でもね、負けた後であいつら卑怯だとか、言い訳なんてしたくないのだけど?」
「やっぱ卑怯な事されたんだ。インドラが絡んでそう……。なんとなく予想はできるけど言って。ゾフィーにとって私は、つい何か月か前まで敵だったんだろうけど、私は16000年も兄ちゃんと家族なんだ、ジュノーともね。私のことが信頼できなくとも、その年月だけは信頼できるよ」
「なるほど、確かに。そうだったわね。わかりました、では恥を忍んで言い訳します。だってベルフェゴールもジュノーも先に死んでしまってたのよ。命を共有している私は放っておいても数日もたてば自然に死んでしまうし、どうしようかなあって思ってるところにセクロス(クロノス)が来て、おとなしく投降しないとガンディーナに住むエルフたちを皆殺しにするって言われたのよね」
「はあ? アホなの? そんなのミエミエの罠じゃん!」
ゾフィーの物言いを聞いた真紗希は開いた口が塞がらなかった。
まさかそんなあからさまな罠に自らハマりに行くだなんて信じられない。
「そうね。どうせあと数日……先の短い命だったし、自然に死ぬか殺されるかの差でしかなかったのよね、それに私は殺されてもまた転生してどこかで生まれてくるから大丈夫だと高を括ってたの……。我ながら甘かったと今は反省しています」
「チョロすぎて頭痛がしてきた。でもガンディーナのエルフたちは神々の側についてあなたたちと戦ったわよね? 敵じゃん……。味方を人質にしたクロノスも許せないけど、敵を人質にとられて投降したゾフィーも訳わかんない。ってことは、ガンディーナのダークエルフは最初から神々の側についてなかったのね、兄ちゃんたちの味方だったって訳か……」
「え? しっかり敵でしたよ?」
「はあ? じゃあなぜゾフィーは投降したのさ? ゾフィーが倒されたあと、なぜダークエルフは反乱を起こしたの?」
……っ!
ゾフィーの表情が曇った。そんなことになっていたなんて思わなかった。
「反乱? 誰が?」
「南ガンディーナを治めていたダークエルフの族長、エミーリア・カサブランカ」
「母が? そこちょっと詳しく聞きたいのだけど?」
ゾフィーは自らが封印されたあと、ガンディーナのエルフたちがなぜ滅んだのかを知らなかった。
真紗希は知っている限りのことを話そうとしたのだが、何しろ古い話だし、そもそもその場にいなかったので人づてに聞いた話になる。
「私はその場にいなかったから良くは知らない。でもね、ガンディーナのエルフたちは世界を敵に回して戦い、そして敗れた。私はそう聞いたわ。でもゾフィー、あなたはパチンと指を鳴らすだけで故郷に帰れるのでしょう?」
「ええ、帰ったわよ」
「故郷は? どうだった?」
「私が16000年も眠っていて、寝ぼけて転移する座標を間違えたのかな?って思ってたのだけどねえ……、何もなかったわ。見渡す限りの海でした」




