02-25 vs パシテー 後編
20170813 改訂
20210824 手直し
しかしだ、パシテーにしてみれば、とにかくジャンプさせて自分の領域である空中戦に持ち込みさえすれば、より有利に戦えるという鉄板の戦術なのだから、アリエルは逆に、どんなに追い込まれても空中に逃れてはいけない。
ジャンプ中の軌道は簡単に読めるし、飛行術の使えないアリエルは空中で大きく軌道を変えることができないので、空中にいる間、サンドバッグに等しい。つまりそこがパシテーの思うつぼ。
現にノーデンリヒト関所の立ち合いでは空中での手数の多さと攻撃手法の多彩さに圧倒されてしまって、結局アリエルは降参を余儀なくされた。あの時からパシテーの無手での剣術は格段に進化した。木剣に二つずつ穴をあけ、そこに風魔法のカプセルを詰めることで対象が死角にあろうと正確に剣を操ることが出来るようになった。パシテーは確実に腕を上げている。しかしアリエルはというと少しも強くなっていない。ただ、パシテーの弱点を探りながら、なんとかスキをつけないかと考えている。
しかしパシテーは空にいて、アリエルの剣では攻撃は到底届かない。さあどうするか。
こんなとき頼りになるのは『爆裂』なのだけど、動きを読んで狙いすました『爆裂』ですら、命中したと思っても、実は当たってない。見たところ花びらに姿を変えて爆散してはいるのだけど、そのとき気配が一瞬消えてしまう。いや、たぶんだが『爆裂』の引き起こす衝撃波のせいで、一瞬気配探知ができなくなるのだと思う。そして、気配探知が使えるようになるとパシテーは別の場所に浮かんでいるというわけだ。
しかもパシテーの動きはアリエルが『爆裂』で狙えないぐらい速い。ぼやぼやしてるとストレージから『爆裂』を転移させるのも当然パシテーも分かっているから決して動きを止めないし、動きがパターン化して読まれるようなヘマもしない。
接近する以外には勝ち目がないのでなんとかパシテーに近付こうとするけれど、パシテーのスピードはアリエルが舌を巻くほど速い上に、花びらを散らしながら空中を縦横無尽に移動する。
そのスピードがどれほどのものかというと、観客席で見物している生徒たちのほとんどはパシテーの動きすら満足に追えていない。あれだけ素早く三次元的に動かれたんじゃ狙っても当たらないので『爆裂』すらも牽制にしか使えない。
今のパシテーは狼獣人なんかより数段手ごわい。
ハッキリ言って北の砦の撤退戦に今のパシテーが加勢してくれてたら、死ななくて済んだ人も少なくないんじゃないかと思うほどだ。
狭いアリーナで次々と地面から岩を突き出させ、目で追えないほどの速度で5本の短剣をミリ単位の精度で操るもんだから、地べたを駆けずり回る身としては追い込まれないわけがない。アリエルの攻撃手段は『爆裂』だが、パシテーに集中させないぐらいの効果しかない。
一方、パシテーはというと、立ち合いの開始直後、その初撃の『爆裂』さえ躱せれば何とか勝負になると考えていた。
まずは上空に逃れ、初撃を躱すことこそが重要。その後は空を飛びながら5本の短剣と土の魔法で追いつめ、空中にジャンプさせることができたらアリエルは自由落下するだけ。
もちろん前回それで煮え湯を飲まされたアリエルがそう簡単にジャンプするわけがないので、いかにしてジャンプせざるを得ないような状況に追い込むかが勝負の行方を左右すると見ていた。
地上では変幻自在の機動力を見せるアリエルでも空中では空間に出したカプセルを踏む感じでちょっと軌道を変えるぐらいしかできないし、そのカプセルもパシテーには見えてしまうのだから実質アリエルは満足に戦えない。空中はパシテーの領域、シャチ相手に水中で咬み付きで勝負するようなものだ。
とはいえ、地面を変質させて尖った岩を飛び出させる岩棘の魔法が読まれるようになってしまったのは誤算だったようで、そこは「さすが兄さまなの」と素直に感心した。
パシテーは自分の勝ちパターンに持って行くため、5本の短剣を駆使し、土の魔法で岩を突き出させたりしながらアリエルを追いつめる。仮にアリエルが『爆裂』を転移させてきたとしても、そもそも『爆裂』は転移してきてから起爆するまで若干のタイムラグがあるので、この高速戦闘中、静止さえしなければ、直撃はない。動きを読まれて行く先に置かれないよう気を付ける程度で十分対処できる。
ぬるい攻撃をいくら続けてもアリエルはジャンプしない。
実技の授業が終わるまでひたすら逃げ回ることも厭わないだろう。
パシテーはこれまで5本の短剣を操るのに、攻撃する順番を決めて行っていた。1番の短剣は1番に、3番は3番、5番は5番目というふうに、攻撃する角度は違っていても、順番は変えずにいた。つまりスピードだけは極めて速いけれどアリエルが対処しやすいよう一定のリズムに乗せて攻撃を加えていたということだ。こうすることでパシテーが見せるわずかなスキも一定のリズムの上にあった。
アリエルの脳にリズムと短剣の順番が刷り込まれてゆく。
攻撃パターンを変えてはいるが、次にどの短剣が攻撃を仕掛けてくるか何となくわかるように操作している、それはパシテーにも手に取るようにわかった。アリエルが短剣を楽に避けるようになり始めたのを。
アリエル本人は気付いていないのかもしれない、地面から飛び出す岩棘の攻撃は相変わらずランダムなのだから、思考は地面にマナの集まるところを見逃さないよう細心の注意を払い、探している。
しかしあるタイミングを境に、パシテーの操る短剣の順番がアリエルにとって予想できない順番へと急に切り替わる。当然アリエルはタイミングを狂わされてしまって防戦一方になり、パシテーへの反撃回数も目に見えて減ってきた。
そう、徐々に追い詰めているのが分かる。兄弟子の立ち回りから余裕が感じられなくなってきた。
前の立ち合いの時も5本扱えていたけれど、実質、あの素早い兄弟子を狙えるほどの精度が出せたのは3本まで。あとの2本は保護色で隠すなどして隠しておく必要があったけれど、穴をあけてカプセル魔法を仕込む方法で座標検知できるようになってからは5本の短剣を遺憾なく振るうことができるようになった。
今のこの5本の木剣は『スケイト』で移動するよりも速く、兄弟子が急加速するスピードに置いていかれることもない、小回りも効くのであらゆる角度から攻撃できるのも有利に働いたのだろう、短剣で足を狙ったのを避けるため、アリエルがバランスを崩し、飛び込みローリングで躱したその立ち上がりを狙って4本の短剣の狙いすました攻撃を、アリエルは避けることが出来なかった。
動きを止めての土魔法だった。瞬時に地面から土壁を生成し、間一髪で短剣の4方向からの同時攻撃を防御することができた。ここまでわずか30秒ほどの攻防だったが戦っている本人たちにとって何時間も続けているかのように消耗していた。
アリエルは気配を読めないパシテーから姿を隠すために、下手くそな土魔法で土壁を形成し、変質させて岩の硬度にまで硬く変質させて身を守っている。土魔法を専攻し、グレアノット師匠から学んでいるパシテーにそんなもの通用するわけがないことも知っていて、当のパシテーにもそれはよくわかっていた。
土魔法ではアリエルよりも老練な技術を持っているパシテーにそんなもの通用しないということは百も承知なのだ。だからこそ、パシテーは兄弟子の意図が分からず、迷いをみせた。
「珍しい、兄さまが土壁を作って後ろに隠れた。絶対何かズルいことを考えてるはずなの」
パシテーはアリエルの思いもよらない行動を訝り、より慎重に戦闘を継続する。
「集中、集中。兄さま、次は何をしてくるの?」
戦況は膠着状態。これまで有利に状況を操ってきたパシテーが迷っている。
動きを止めたら何か飛んできそうなので攪乱のためにも常に動き回っていなければいけない。
自分の前に3本、アリエルが隠れた壁の両サイドから覗くよう1本ずつ短剣を配置して、出方をうかがう。
パシテーの実力ならアリーナの地面を掘り返して巨岩を作り出し、アリエルが隠れているシェルターもろとも破壊することも可能だし、アリエルが作ったシェルターを覆うように壁を作って、完全に捕獲することも出来るだろう。だがそんなこと当然アリエルも想定内なはず。もしかするとそれを待っているのかもしれない。
パシテーは頭をフル回転させて、どのような攻撃であっても対処できるようアリエルの出方を窺うことにした。後の先をとってカウンターアタックを当てる、それがいい。
パシテーは呼吸を殺してフィールド全体を索敵しながらアリエルの動きを待った。
―― ドドッゴォ!
動いた!
突然、土壁の左右に配置していた木剣が2本同時に『爆裂』で吹き飛ばされた。
あの『爆裂』はストレージから転移でそこに置かれたものだ。位置も正確だった、という事はアリエルから短剣2本の位置は見えている。
炸裂音が響き渡るのと同時にアリエルが飛び出し、右方向に向かった! 速い!
「甘いの!」
パシテーは慌てることなく、アリエルの動きを追うように右手を払うと、目の前に浮かんで守りを固めていた3本の木剣がその動きに呼応し、射出された。
―― ドカカッ!
パシテーの短剣は緩やかな弧を描きつつも最短距離で正確に標的を捉えた。
攻撃を受けたアリエルはそのまま転んだように何回転かしたあと……どっと音を立てて倒れた。
固唾を飲んで見守っていた観覧席からは大きなどよめきが起こる。
パシテーが放った正確無比な攻撃は確かに標的を捕えた。
短剣は木剣だったが、手ごたえも感じている。確かに標的に命中したはず。
「当たった! やったの?」
パシテーは勝利を確信した。
次の瞬間、パシテーの真下の地面が爆発し、高速で何かが飛び出した。
アリエルだった。
アリエルは空中で動きを止めたパシテーの脇から左腕を回して抱くと、右手に持った木剣をパシテーの首に突きつけた。
「これで勝負ありだろ」
パシテーはいま自分の首に木剣を突き付けている兄弟子の姿と、地面に転がっているものを何度か交互に見比べて、なぜいま倒したはずのアリエルが目の前にいて首に木剣を突き付けているのか納得できなかったけれど、いまパシテーの短剣が命中して転がされたものが、実はアリエルの制服を着せられた、ただの丸太のような木偶だったということを理解すると、ようやく気が付いた。
まんまとしてやられたことに。
「もう! ずるいの」
悔しそうに空中で地団駄を踏んだあと耳栓を外したパシテー。
「しんどい。もうやらないからな」
パシテーから手を放し、飛べないまでも緩やかな着地をする程度にスケイトの足を延ばし、アリエルはゆっくりと落ちてゆく。
見学していた生徒たちの喝采。大声援がアリーナを包む。
みんな大興奮だ。
模擬戦が終わり、生徒たちは観客席からアリーナに降りて、パシテーに駆け寄ってゆく。
アリエルは小さく息を吐いて肩をすぼめてみせた。
地面の下に潜んで、パシテーの気配を読みながら自分の位置を調節し花火の発射筒のように土中で『爆裂』を起動して自らが発射されるという荒技をやってのけた。これは防御魔法に相当な強度がなければ自爆するだけという危険な賭けだった。自分では結構すごいことをやっているつもりなのだが、誰もアリエルの凄さに気付かず、みんながパシテーを讃えている。
パシテーは興奮冷めやらぬ生徒たちに囲まれて少し困惑気味だけど、もともと人気のある美人教諭がカッコいい魔法を使って美しく戦ったのだから当然と言えば当然だ。
花びらを散らしながら空を自在に飛び回る魔法と、5本の短剣でのオールレンジ攻撃なんて13、14歳の若者にとっては憧れそのもの。即席でヘタッピな土壁のドームを作ってはコソコソ隠れて、大急ぎで制服を脱いで木偶に着せたり、穴を掘って地面を掘り進んだりして泥臭く勝利をもぎ取った男と比べて、スマートに美しいまま負けたパシテーのほうがカッコよかった。
アリエルは木偶に着せた制服を回収するため脱がそうとしたのだが、その制服が見るも無残な姿になっていた。
「ああーどうしよう。今朝おろしたての制服を着てきたというのに、午前中でもうボロボロだよ」
アリエルの服は何故いっつもこう寿命が短いのか。またポーシャに叱られることにウンザリしながら制服に手をかけて脱がそうとしたのだが……、パシテーの木剣が命中した時に刺さったのだろう、制服の左胸がザックリ切れていて、空蝉の木偶に大穴が空いているのが見えた。
「ちょ! パシテー……、俺の制服、なんで左胸にこんな大穴あいてんのさ。ミリ単位の精度で寸分たがわず心臓狙ったの? 俺マジで殺されるトコだった?」
「兄さまの強度で防御かけてたら木剣じゃ穴あかないの」
「真剣だったらミリ単位の正確さで心臓を外さないよっていう脅しにしか聞こえないんだけど」
ギリギリの戦いを制し、兄弟子の威厳をなんとか見せつけることに成功したアリエルはどっちが敗者だかわからないドロだらけの服を払いながらため息をついた。
ハティやユミルたちクラスメイトはアリエルとハイタッチで勝利を喜んだ。
一方パシテーはというと、この対戦が授業のひとつと位置づけ、見たことがない飛行魔法で自ら飛翔し、目で追えるか追えないかの速度で5本の短剣を操り、魔法剣士を圧倒したオールレンジ攻撃は花組の生徒たちに凄まじいインパクトを与えた。
魔導師を志す生徒たちにとっても、この立ち合いを見られたのは幸運だったろう。
素晴らしい先生だと思う。
兵士を志す雪組の生徒たちは苦虫表情を崩さなかった。
アリエルやパシテーの戦い方を覚えた魔導師にどう対応すればいいのかという難しい問題が提起されたのだ。まあ、将来役人になる月組の生徒たちはどちらかというと花組のように大喜びしているだけだったが。
さっき掘った穴を土木工事魔法でせっせと埋め戻してる間に、パシテーがざっと一気に整地して、ちょっと早いけど授業終わり。あとはミーティングという名の雑談だった。興奮冷めやらぬ生徒たちはすぐさまいまの戦闘の検証を始めている。ハティたちもアドラステアと混ざって、真剣なまなざしで検証中だ。
ひとつの戦闘が終わると、いま見ていた戦いの中でどんな駆け引きが行われたのか、アリエルの勝因は何だったのか? パシテーはなぜ負けたのか。どのような攻撃が有効だったのか、または何がいけなかったのか。そういったことを議論しながら検証している。
アリエルが穴を掘って地中を進んだときに浴びた土埃を払っていると、軽薄な笑みを浮かべながらプロスがきた。
「おつかれ。すごいな。魔法と剣を合わせた総合戦闘?……っていうのかな」
プロスの表情からは驚きというより困惑? のようなものが見て取れた。
「すごいのはパシテーだよ。2度と通用しない手だから、次はもう勝ち目ないし」
「いやいや、凄いって。とくにあれ、木偶に制服の戦術さ、あれには感心したよ」
「あれは空蝉といって遠い国のアサシン集団が使った技術で、使い古されたベタな手さ」
へ――!と感心するプロスの傍ら、パシテーが肩を突いてきた。
「兄さまずるいの」
「そう言いながら上機嫌だな」
「うつせみ?」
パシテーも空蝉の術が気になるらしい。まあ、あれに引っかかったことが敗因なのだからそりゃあ当然と言えば当然か。
「もうあんな単純なのに引っかかっちゃダメだぞ。それで命落としてたらアホだろ?」
「引っかかったの」
してやったりのアリエルだったが実は前回、保護色に短剣を隠されたことで引っ掛けられるところだったし、そういう意味でもやり返すことができて、ちょっとだけ、いい気味だと思ってる。
苦笑しながらもパシテーはどこか機嫌がいい。
さっきは勝利を確信し、アリエルの木剣が首に突きつけられるまで自分が騙されていたことにすら気付かなかった。絶対に正攻法じゃなくて、何かズルいことを仕掛けてくることが分かっていたにも関わらず、完全に術中にハメられてしまった。もう笑うしかないほど見事にハメられてしまったのだし。
このパシテーの知る中で最高の魔導師が、追い詰められた果てにどんな魔法を使ってくるかと思えば、その実、切り札はただの切り株のような丸太だった。あれほど高度な無詠唱の魔法を、その丸太を誤認させるための布石として使うなんてこと考えられなかった。
パシテーは自らの敗因を、魔導師なら必ず魔法を切り札にして使ってくるという『思い込み』につけ込まれたことと理解した。兄弟子は『それで命落としてたらアホだ』なんて言っちゃいるけれど、人をアホに陥れるため弄したその手管が素晴らしい。あの場面でそんなアホな発想ができることがアリエルの強さだということを思い知らされた立ち合いだった。
「今日は私、いっぱい学んだの」
「まあ、反省会は帰ってからにしよう。俺はシャワー浴びてくる。泥だらけだし」
パシテーは汗もかいていない様子だけど、アリエルは汗だくで泥にまみれて酷い格好だ。
アリエルがアリーナのシャワー室に消えると、プロスペローは観客席で一人冷静に戦いを分析していた男に声を掛け、見解を求めた。
「なあイオ、実技大会でのアリエル対策どうするんだ?」
「ああ、脅威のスピードだな。あの速度で動き回られると厄介だ。下手な策を弄するよりも盾持ちを多めに配置して守りを固めたほうがいいな。守ってる間に遊撃隊が旗を奪うのがよさそうだ。時間をかけると圧倒される。おまえのイトコ凄いよな、王国騎士団の守備隊といっしょに最前線にいて魔族と戦ったんだろ? 半数以上が死んだ厳しい戦いだったと聞いたよ。技術や力だけじゃないなあれは、メンタルも相当強いはずだよ。そんな奴が雪組じゃなく星組を選んだのは納得いかないけどな……月組は? どうする気だ?」
「ケガしないようにする」
「ははは、なんだそりゃ、ひどいな」
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プロスとイオがどう戦うかなんて雑談をしてるなんて露にも知らず、シャワーを浴びながらいろいろ考えて、ひとつ分かったことがある。獣人だけかと思ってたけれど、この世界の人って、けっこう絡め手に弱いってことだ。
スケイトを使えず、強化魔法をかけて地面を蹴るしか能がない奴には足もとを砂地に変える魔法だけで面白いようにハマってくれるし、さっきの空蝉も思った以上の効果だった。
またあのエーギルと戦うことになったらどうする? 正面から打ち合うのは得策じゃない。すべての状況でこちらが有利になるようにしないと、まともには戦えない。
……いや、そうでもないな。状況を有利に持ってくることさえできれば、エーギルとでも戦えるかもしれない……ということか。
なんてことを考えながらシャワーを出たら、ストレージから服を出して、またいつもの普段着に着替えた。
制服よさらば、短い付き合いだった。今後5年間の成長を見越して作られたブカブカの制服は、わずか数時間でボロボロになってしまった。すまん。
ちょうど昼食の時間なので、更衣室を出たところでパシテーと合流し、学生食堂へ向かうことにする。
「おなかすいたの」
「俺にそんなこと言ったらディーアのステーキが出てくるぞ。もうこれで最後だけど」
「今日はおなかすいてるからお肉たべるの」
ストレージに保管していたディーアステーキ2皿とパンを取り出した。これはノーデンリヒトの関所で立ち会って、勝ち取ったものだ。いまもまだアツアツの状態で出てきた肉をテーブルに乗せると、アリエルとパシテーは食事を始めた。食堂のメニューにはない、とても重量感のある肉料理で、グラムにすると500グラムぐらいか。もともと砦の兵士の食事をぶんどってきたんだから女の子向けの量になってないのだけど、フォークとナイフを使って、厚切り肉をスパスパと切っては口に運びながら、パシテーは挑戦的な眼差しを向けた。
「兄さま、次は負けないの」
空蝉の術はもう通用しませんという意味だこれは。パシテーも頭の中でシミュレーションを繰り広げ、対アリエル対策をしているのだ。
「ああ、もう俺はパシテーに勝てないな。あ、でも、空蝉に引っかかるようなお子ちゃまだったら勝てるかも」
「くっ……、くやしいの」
なんてね、今日は何とか勝てたからこんな挑発的なことを言ってるけれど、実は小細工しないとパシテーに勝てなくなったので少し焦ってる。
格下なら千人相手でも負けない自信あるけど、パシテーのように同じぐらいの実力を持った人を相手にするとむちゃくちゃしんどい。これじゃあ、万が一格上と遭遇して戦いになった時、戦えないんじゃないか。
あのクマ野郎エーギルとの戦闘をヒントにすればいいのだけど、導き出される答えは『力不足』の一言に尽きる。
今までは『爆裂』が使い勝手良く、威力も高くて、ぶっちゃけこれひとつあれば大丈夫だろうと思って、他の魔法を覚える努力をまるでしてこなかったのもダメなところだ。
新しい魔法も覚えていろいろ工夫しないといけない。いまだにメインの魔法が『ファイアボール』の進化型なのだから。魔導学院の図書館にお邪魔して魔導書を読ませてもらって、使い勝手のいい魔法を見つけようかと考えている、なんとか次もパシテーに勝つために。
でも、念のためもっと精巧な木偶をいくつか作って持っておいたほうがいいな。今日のような丸太じゃなく、マネキンみたいなの。使い方によっては十分保険になることがわかった。
あれだけ慎重なパシテーを騙せたんだから、使いようによっては目のいい獣人にも通用するかもしれない。
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それからしばらくしてのことだった。
今日は午前中の実技はなし。翌週、実技大会が行われることから、教室で実技大会の作戦会議になったのだけど、冒頭、ひとつ残念な話があるとポリデウケス先生から告げられた。
「あー、実技大会では、アリエルのあの爆発する魔法は使用禁止となった。まあ、大ケガする生徒が出ちゃいかんからな。危険と判断されたようだ」
別に残念でも何でもない。アリエルは実技大会に出場すると決めた時から『爆裂』なんて使う気はなかったし。みんなが木剣ひとつで戦うのなら木剣一本で戦うつもりだった。
実技大会というのは騎馬戦みたいなものだとイメージしていたが、どうやらその実態は旗取り戦だという。敵陣にある旗を奪って自陣に持ち帰れば勝ちというシンプルなルールだ。これは騎馬戦というより棒倒しに近いのかもしれない。
旗を取られないよう陣を築くのもあり、壁を作るのもあり。ただし旗は見える位置にちゃんと立てておかなければいけないというのがルールだという。ポリデウケス先生はそのルールを踏まえたうえで、どんな作戦が考えられるかと聞いた。
「はい! 旗をガチで分厚いガラス箱に入れて、絶対にとられないようにすればいいです」
「却下だ」
「立ててある旗が抜けないよう、旗を地面に深々と打ち込んでおけば大丈夫です」
「却下な!」
「どれが本物か分からないよう100本ほどダミーの旗を用意したらどうでしょう?」
「アリエルお前あれだけの実力があって、なんでそこまで卑怯な手を思いつくんだ? そんなもん、1本でも持っていかれたら試合終了になるぞ?」
「じゃあ土魔法で100メートルぐらいの高い塔を作って、そのてっぺんに旗を配置すればいいですね」
「そんな塔だれも作れんと言いたいが、アリエルなら作れそうだから却下しとこう、あのなあアリエル、実際の戦闘や狩りならやったもん勝ちだとは思うが、正々堂々と戦うことをよしとしている」
アリエルの思いつく限りのアイデア、そのすべてを却下されてしまった。
まあ実技大会が実戦を想定したものだと考えるからアリエルのように、勝ちに拘る者が出てくるのはある意味仕方のないことなのだろう。だけど、未だにこんなことを言ってるから獣人に勝てない。
アリエルの出したアイデアは全てがルール内だったが、ポリデウケス先生はそれを卑怯だと言った。
アリエルの感覚では、男と女が殴り合って、それがたとえ一対一でも、正々堂々でも、それは男が卑怯な気がするし、エーギルのような『爆裂』くらってもびくともしないような頑丈なクマ獣人がヒト族と戦おうなんてすること自体がもうフェアじゃない気がする。だからエーギルのような戦士と戦わなきゃいけないとするならば、ヒト族はもっといい装備を付けて、大勢で取り囲むなりして、眼前の敵よりも戦闘力で上回るよう組織して戦いに臨むのが当然なんだ。
実技大会で雪組が常勝している理由なんて子どもにでも分かる。人数が多いからだ。
正々堂々と戦って旗取り戦で雪組に勝たないと意味がないのだとか。
作戦会議は適当に流しておいた。編入当時こそちょっとやる気になってはいたけれど、もう状況が変わってしまったんだ。今はもうできることなら実技大会なんてやりたくはない。
星組のクラスメイトはアリエルが編入してきたことで雪組に勝てる目が出たことを、素直に喜んでくれている。もちろんそれは嬉しい事なんだけど。戦う相手は格下どころの騒ぎじゃない。実戦経験もなければ従軍経験もない。ちやほやされて育てられた普通の子どもだ。そんな相手を木剣でひっぱたいて打ち倒すなんて趣味の悪いことはハッキリと御免被りたい。しかもその子ども達もプライドだけはイッチョ前と来てるから始末が悪い。
気のいいクラスメイト達は俺が雪組の騎士見習いのような奴らを打ち倒すことに期待してくれているし、いまから断ったら落胆してしまうだろう。本当に困った。
帰りにパシテーと合流して、魔導学院に行き、図書館を使わせてもらえるよう師匠に頼み、翌日から新しい魔法の鍛錬をすることになった。
師匠は学院の学長はじめ役員や教授みんな集めて、パシテーの無詠唱を披露させたのだけれど……当然あーだこーだと説明を求められたが、何が分からないのかすら分かっていない相手に、分からないことを教えるのは無理。質問は的外れで、そう、例えるならパソコン入門者の友人が電話で『分からないから教えろ』って言ってきたのと似たような感覚だ。
もっともっと強くならないと次はまた紙一重でパシテーに負けそうだ。
いざとなったらボカン! で済むと思ってるのがいけないのだろう。きっと。
……でもだいたいボカン! で済むからなあ。
……面倒くさいなあ。ほんと。




