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17-33【パシテー】ナルゲンふたたび(4)謝罪の言葉

 エンドア・ディル突然の告白に、この場にいる関係者全員、開いた口がふさがらず数秒の沈黙があった。

 

「妻? というと、エンドア・ディル議員。あなたはこちらのエルフ女性と結婚している。という意味で間違いないのかね?」


「ああ、そうだ。わたしの妻だ」


「ノーデンリヒト人だと言ったが?」


「32年前、貴様ら神聖典教会が始めた魔族排斥の起きる以前はアルトロンド人だったんだ」


 などと事の起こりからご丁寧に説明を始めたエンドアを見て、フィービーはがっくりと肩を落としてしまった。


 そもそもパシテーとフィービーは、朝の早くからゾフィーの転移魔法でマーカー位置付近まで、気付かれないようこっそり移動してきてから、幻惑魔法を使って姿を見せないように護衛するつもりだった。


 峠を越えてウォンドルレートまでまっすぐ南下するルートを通っていれば、峠に入った時点でフィービーが姿を現し、感動の再会を終えたあと、二人で手を取り合って峠を越えるというサプライズ演出するはずだったのだが……。


 いまや娼館ばかりが建ち並ぶ色町となったナルゲンに向かったあたりで、フィービーのご機嫌は斜めに下りはじめ、客引きの女二人が両脇にぶら下がったあたりから不機嫌ボルテージはマックスに。パシテーも姿を消したままこの町を出ることはできないと半ば諦め顔になった。


 しかし神殿騎士たち80名の行列がダリルマンディ大教会から引き揚げて来た者たちだと知り、フィービーの怒りの矛先はひとまず神殿騎士たちに向いた。目的を見失わないにせよ、どんどん敵を増やす困ったお母さんである。おかげでエンドアがフィービーにいきなりぶっ飛ばされることは無かった。


 神殿騎士団は敵のような扱いではあるが、よくよく考えてみると結果的にエンドアを救った恩人であるともいえるのだが……、フィービーさえ落ち着いていたのなら騎士たちに連行されてナルゲンを出たあと街道で襲撃すれば問題なかったのだが、どうにも怒りが収まらず、先走ってしまったという訳だ。


 フィービーは現在ノーデンリヒト人であることを明かし、ちょっとオチョくられたぐらいで刃傷沙汰にする騎士たちを挑発して起動式の入力を誘った。まあ仮にもここはアルトロンド領であるし、エンドアにイチャモンつけて連行しようとする騎士団との間に割り込むのだ、圧倒的部外者であるフィービーたちがいくら抗議したところでそれは聞き入れてもらえない。つまりケンカを売ってでも先に手を出させる必要があったというわけだ。


 ノーデンリヒトとアルトロンド、特に神聖典教会は休戦中とはいえ戦争の真っただ中にあるから。だからこそ戦闘になった責任は相手にあることにしておきたかった。


 しかし、神殿騎士どもは度重なる徴発を受けても乗っては来なかった。


 フィービーの中に少しの疑念が湧きあがった。神殿騎士をここまで我慢させるものは何か?


 神殿騎士というのはアルトロンド領軍の兵士ではなく、教会の私兵である。アルトロンド領軍と協力してベルセリウス家と争っているからこそ休戦協定を守ってはいるが、そもそもからして正規軍ではなく私兵なのだから、剣を抜く理由は相手が法を犯したかどうかではない。


 神殿騎士たちは、法や秩序を守るためではなく、神聖典教会の教義を守るため、または教会そのものを守るため、そして同じ女神を信仰する信者たちを守るために盾を持ち、剣を抜くのだ。


 魔族排斥を教義に加えた神聖典教会の盾であり鉾でもある神殿騎士に、エルフの身で公然とバカにしているにもかかわらず……剣を抜かなかった。慎重すぎるにもほどがある。


 フィービーは神聖典教会は女神ジュノーがノーデンリヒト側についたことをすでに知っているのではないかと考えた。だからこそダリルマンディでノーデンリヒトと剣を交えることを避け、撤退してきたのだと。


 自分の仮説を確かめるため、フィービーは一計を案じた。

 エルフを自分たちと同格の人であると認め、名を名乗れば名乗り返すか否か、謝罪せよと求めたら謝罪をするのかどうか。たとえ首にナイフを突きつけられ、今にも頸動脈を切られそうなほどピンチに陥っていたとしても、神殿騎士が、ましてやその隊長が、教会関係者80人と野次馬たちの見守る中、エルフに謝罪するなど絶対にありえないのだから。


 もし万が一謝罪するなどということがあったとしたら、教義よりも大切な何かがあるということだ。


 だがしかしエンドアが誤算だった。


 フィービーがディル家の姓を名乗らなかったことに焦りを覚え、何もかも台無しになってしまうようなことを言ってしまったのだ。


 確かにエンドアとしては、32年ぶりに再会した妻が自分の姓を名乗らず、離婚したとまで言ってのけるのだから、すぐさま完璧に否定したいという気持ちは分からんでもない。


 しかしだ、なぜそんな、わざわざ最悪の受け答えをするのか……。


 ドヤ顔で胸を張って大きく頷いたエンドアの傍らフィービーは軽い頭痛とめまいを覚え、ひとしきり頭を抱えたあと、深海の底へ沈んでゆくような溜息をついて騎士服の男に向かって呆れたようにこぼした。


「はあっ……、なんだかすみませんね、訂正します。私はフィービー・ディルといいます。さあ、謝罪を」


「ふむ、なるほど。こちらの女性はあなたの奥方であると、そういうわけですな。ではアルトロンド評議会議員であらせられるエンドア・ディルどのが、いったいどういった経緯いきさつでブルネットの魔女と密会しているのか、詳しい話を聞かせて欲しいところなのだが……」


「魔女などではない! ……パシティア・ディル。私の娘だ」


 この言動はアホを通り越して、狂っているとしか思えなかった。


「違うの! 私はそんな人ではないの!」


 こちらの思惑などまるで無視、すべてをぶち壊しにするような言葉にパシテーは慌てて取り繕おうとしたが、エンドアは目を潤ませながらパシテーに許しを請うた。


「悪かったパシティア、そんなこと言わずにお父さんを許して欲しい。あの時は本当によかれと思ってお前たちをプロテウスに逃れさせたんだ。パシティア、お前は私の大切な娘だよ……償いは何でもする、だから私の娘じゃないなんて、そんなこと言わないでくれ……」


 パシテーはこの男の馬鹿さ加減を見て、もうどうしようもない気の毒そうな表情でフィービーの肩をポンポンと叩いて慰めた。フィービーも同様に再び頭をかかえたが、パシテーも他人事ではない。この男が父親なのだ。


「お母さん、あの人アホなの……」


「ホント、こんなアホだと知ってたら結婚なんかしなかったのに……」


「いいや違うよフィービー、お前はこんな私だから愛してくれたんだ、そうだろう?」


 自分の判断ミスがあったせいで妻と娘が不幸な事件に巻き込まれてしまった。ダイネーゼには意地を張って自分は間違ったことはしていないと言い返したが、その結果を見れば間違っていたことは明らかだ。

 

 エンドア・ディルは重い病を患ってしまって、身体も思ったように動かなくなり、もう会えないと半ば諦めていた妻と娘にこんなところで再会することができた。目の前に神殿騎士が居ようと、アルトロンド領主が居ようとだ。もう他人の目を気にしていてはいられない。自分はもう死んだも同然だと思っているからこそ、ここで出会えた幸運を手放したくなかったのだ。


 エンドアはディルの姓を名乗ろうとしないフィービーを見て、とても悲しくなった。

 それが神殿騎士にノーデンリヒト人が身内に居ることを知られぬようと言った方便であってもだ。


 同じ日に手を放してしまった娘パシティアのこともそう、神殿騎士に敵意を込めた目で見られた挙句、ブルネットの魔女と呼ばれたことで胸が締め付けられる思いだった。ダイネーゼに言われた通り、パシティアが恐ろしい魔女になってしまったのは判断を間違った自分のせいだと思っている。


 だからこそ自分の娘であると、パシティア・ディルだと告白した。それなのに当のパシティアは首を横に振って違うと言った。

 胸にグサグサと剣でも突き刺さったかのような痛みを感じた。それが自分のしたことに対するパシティアの答えなのだと思うと、絶望感で目の前が真っ暗になった。


 娘じゃないなんて、そんなこと、たとえ方便であっても認めることはできなかった。


 しかしそれは神殿騎士たちの前で暴露していい内容の話ではない。

 タイミングと聞かれた相手が最悪だった。


 もしここにゾフィーやロザリンドが居たなら、もうエンドアを助けるには目撃者全員を殺すしか方法がないと考えるだろうし、サオが居たとしたら装備を付けてない神殿騎士が目の前にいるのだから嬉々として皆殺しにするだろう。


 だけどフィービーは頭のネジが正常にハマっている常識人なのだから、問答無用で皆殺しにするなどという選択肢はない。つまり、エンドアを救うためにはノーデンリヒトに亡命させるしかない。


 32年前に生き別れとなった家族と再会し、手放したくない一心で一世一代の告白をしたエンドアに対し、神殿騎士たちは冷めていて、だいたいフィービーの想像通りの反応を返した。


「ちょっと待たれよ、大切な事なのでもう一度問う、それは誠か!」


「そうだ、パシティア・ディルは私の大切な娘だ」


「し、失礼だが私の記憶が正しければ、ブルネットの魔女というと16年前にダリル領主を暗殺しただけでなく、アルトロンドを襲撃した際には12万もの犠牲者を出した三大悪魔のひとりだったはずなのだが?」


「あの悲劇を止めることができなかったのは私の力が及ばなかったせいだ。パシティアは悪くない」


「そうか、しかと聞いた。ではフィービー・ディルどの。私は神殿騎士のガリオー・シュトロームという。先ほどの言動は、あなたの尊厳を傷つけるものだった。申し訳なかった。私たちとしてもこんなところで揉め事は避けたいのだ、もう行っていいだろうか」


 ガリオー・シュトロームはフィービーのほうにきちんと向き直り、胸に手を当て、誠意のこもった謝罪をしてみせた。形式的だと映る素振りは一切ない。


 しかしあまりにもあっさりと謝罪をしたことに、今度はエンドアが疑いの目を向けた。いくら休戦協定中とはいえ、神殿騎士がエルフに謝罪するなど絶対にあってはならないことだと思っていたからだ。


 だけどフィービーは謝罪があればイザコザがなかったことにすると言った。

 つまりここで手打ちにするという約束だ。


「なぜだ? おかしくないか? 神殿騎士が謝る? フィービーはハーフエルフだぞ? なぜこうもアッサリ謝罪の言葉が出てきた? お前たちは本当に神殿騎士なのか」


 神殿騎士たちはエンドアの包囲を解いて、帰り支度を始めている。あきらかにいつもとは違った対応に、エンドアが疑問に思ったのは当然だ。


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