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17-27【ゾフィー】緊急招集! 元老院議会(4)

2021年、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。


 しかし国王は即座に否定した。


「よせビルギット、お前の出る幕ではない」


「聞いてくださいお父様。幸い私はアリエル・ベルセリウスとは面識がありますし、ノーデンリヒトを代表する人たちと会ってみたいと思います。この危機を外交のチャンスに変えるには私が人質になるのがいちばんです」


 国王はぎょっとして玉座から腰を浮かせてしまいそうなほど食いついた。すでにベルセリウス派の者たちが堂々とプロテウス市街に出入りしているという事だ。驚かずには居られない。


「まて、アリエル・ベルセリウスと会ったことがあるのか? いつ? どこで?」


「はい、お父さま。ドラゴンがオークションに出された日に」


「本人が来ていたのか!……、そ、そんな報告は受けておらんぞ。……、いや、致し方ないか。で、アリエル・ベルセリウスとはどんな男なのだ? 神話のアシュタロスの生まれ変わりだと噂されておる、ちゃんとヒトの形をしておるのか? そもそも話の通じるような男なのか?」


「短い時間話しただけですが、そちらにいらっしゃるゾフィー・カサブランカさんより、いくらも話の通じる方だと思って間違いありません」


 ゾフィーはビルギットの、その辛辣な物言いに、少し驚いてしまった。何しろあのB級グルメ屋台を案内してくれたビリーに、そんな悪印象をもたれるいわれがない。


「あれ? もしかして私、嫌われちゃいました?」


 とぼけたようにおどけてみせたゾフィーに内心むっとしたビリーは、自然と強い口調で返すことになった。


「当然でしょう? どう考えたら嫌われずに済むと思ったのか、聞かせて欲しいぐらいです」


「ビルギット! 余の客だと言ったはずだ。自制できないのなら外交官として出すことはできないな」


「いえ、申し訳ありませんお父さま、私、アリエル・ベルセリウスの戦う理由も聞いたのですよ、とても好感度の高いひとでした」


「ほう、我がシェダール王国と戦う理由とや? 興味深い」


「簡単です。魔族の女性を愛してしまって、子どもがハーフだからだと。子どもとはサナトス・ベルセリウスのことですね。だけどこの世界は魔族が自由に生きていくには厳しい、だから子どもや孫の世代に明るい未来を見せてやりたいのだそうです。敵ながら尊敬できる男です。なので私は彼の人質になることに不安などありません」


「だがしかし、ビルギット、お前が行かなくても……」


「いいえ、お母さまを人質に指名されたのです。代役を立てるとしたらお父さまか私しかいません。それにいま言った通り、これはむしろ外交のチャンスでもあります、必ずやノーデンリヒトと和平を結ぶ道筋を切り開いてきます。その役目、私に任せてください」


 国王ヴァレンティンは、ビルギットのしっかり前を見据える力強い眼差まなざしをみて、大臣や外交官を送り込むよりも、ビルギットのほうがうまくやってくるという、根拠のない確信を持った。その真摯な目で見られると、嫌でも真剣さが伝わるものだ。


 国王を説き伏せたと手ごたえを感じたビルギットは、政敵トーマス・トリスタン議員を横目で見ながら、さらに畳みかけた。


「私が人質となりノーデンリヒトに向かうことに意義のあるかた、または自分のほうが適任であると思うかた、挙手にて意思表示をお願いします!」


 周囲を見渡してみても議員たちの中に手を上げる者は誰一人としていなかったが、異を唱える者がいないわけではなかった。


「はい! 異議があります」


 王妃を人質に出せと言ったゾフィーそのひとだった。


「私では不服ですか?」


「うーん……、不服という訳ではないのですけれど、いくつか確認しておきたいことがあります」


「何なりと」


「さきほどあなたは私が人質をいつ返してもらえるのかと問うたとき、議会の承認を得る必要があると言いましたよね?」


「はい、言いました」


「では議会とやらに決めてもらいましょう。ビリー、あなたが人質になることを承認するかどうか」


 何もかも見透かしたようにニヤニヤするゾフィーの顔が気に入らなかったのか、一瞬横目で睨みつけ、そのあと議長と目配せをして頷いた。


「で、では……たったいま発議されました議題について、あの、ミリアルドさま。審理せず決をとってもよろしいのでしょうか」


「はい、審理している時間が惜しいです」


「で、では……、決を採らせていただきます。人質になるというのはミリアルドさまのご意思ですが、そのことについて賛成の者は挙手を……」


 待ってました! とでも言いたげに前にしゃしゃり出て最初に手を上げたのはパリッとした服装でひときわ目立つ肩章をつけた男だった。男が周囲を見渡して目配せすると、次々と手を上げるものが出てきた。ある者は真っ先に手を上げた男の顔色を窺いながら、ある者は恐る恐る、周囲の目を気にしながら、それでもビルギットを人質に出すことを賛成する意志を明らかにした。


 108名の多くの意見を議論して国家を導く議会などと言っても所詮は権力を持つ一人の意志が優先されるのを再確認するだけの結果となった。


 ゾフィーは、この玉座まで通じる赤い絨毯を歩いて国王の御前まで来た。そのとき、絨毯を中心に混雑していた人の集団が絨毯を隔てて、右と左に分かれたのだが……、どういう訳か手を上げその左側に立つ者たちが全員手を挙げ、右側に立つ議員たちの中で手を上げているのはビルギットだけ。


 数えるまでもなく、過半数には達しているだろう。


 そして議会の手順通り議長が数を数えあげ、評決が下された。


「賛成69、ミリアルドさまの処遇が決定しました……あ、あの、本当によろしいのでしょうか?」


「構いません、お父さま、決議書に玉璽を」


「決議書なんて要りませんよ、私がいま見たことが真実ですね、わかりました。でもほんとごめんなさい、もうひとつ、最後にあとひとつだけ確認を取らせてくださいな……、そちらが人質にとっている二人と、これから私が人質にするビリーさんひとり、変則的で人数は違いますけれど、交換という形でお互い無事に返す。人質交換の日時はそちらの準備ができ次第連絡してもらえたら合わせますが、いつまでもダラダラと長引かされるのも面倒なので、私がヒマなとき、予告なしでこのお城を訪れ、人質交換の日時などについて『話し合い』をしたいと思います。くれぐれも言っておきますけれど、交換が為されず、決裂したと判断した場合は、人質の安全は保障されません。いま賛成の手を上げた方々にお伺いします、それで構いませんね?」


 ビリーはゾフィーのこの言動を訝った。いや、言動ではなく、この言葉、途中からトリスタン議員に向かって話していた、その意図が読めなかった。


 トリスタンは答えた。しかし視線は問うたゾフィーにではなく、その隣に立つビルギットに向けられている。


「自らが人質となって国家の窮地を救わんとするミリアルドさまの行動力に敬服いたしました。どうぞ心置きなく外交にてノーデンリヒトと和睦を目指してくださいませ」


「えっと、答えになってませんよ? 私はいま、決裂したらビリーの安全は保障しないと言ったのです、その答えはダラダラと長く話すものではなく、『はい』か『いいえ』のどちらかなんですけど?」


「もちろん『はい』だ。私たち元老院議会も覚悟を決めたと言っている」


 ゾフィーは小さなため息をついた。


「わかりました、言質げんちは取りました。この国の総意として理解しました。気乗りしませんが致し方ありませんね、人質はビリーということで、まあ、いっか……」


 多数決で決める議会が実権を握る国で、ちょっと試しに議会を動かしてみたら、ビリーを邪魔だと考えている勢力が多数派を占めていることが分かった。国王が力を持たないお飾りであるがゆえ、議会に操られる格好になっている。


 ビリーを人質にとったところで邪魔者を排除しようとする勢力の手助けをしたに過ぎない。こんなもの、期限をきったところですんなりと人質を交換できる未来が想像できない。


 ビリーと敵対しているであろうトリスタンに念を押して再確認したのは、トリスタンの腹の中を計りかねたからだ。それもいまのやり取りで分かった。元老院議会は十中八九ビリーを見捨てる。


 ゾフィーは面倒くさそうに天井を見上げ、指で頬をぽりぽりと掻いて面倒ごとを背負い込んでしまったことを悔いるというよりも、それでも面白いことになりそうだとでも思ったのか自然と口角をゆがめ、ニヤリと表情を緩めた。



 一方、国王は玉座に肘をかけて立派な顎髭あごひげを撫でながら、このままビルギットを人質に出して良いものかと思案していた。人質になるという話はそもそもビルギット自身が志願したことであるし、とんとん拍子で議会の承認まで受けてしまったことで反対の声も上げづらくなってしまった。


 ただ人質になるというのなら父親であるヴァレンティンは反対することも出来たろう。しかしビルギットは王女として元老院議員としてノーデンリヒトを代表する人物と和平にむけて話し合いをしてくると言った。これはもう政治であり、人質という形を取ってはいるが外交に間違いない。


 議会が決定したのだから国王であってもその決議をなかったことにはできないのだ。


 一連の出来事を玉座のすぐ横で見ていたショーン・ガモフは、国王が頭を抱えているのを見て何か手伝えることはないかと考え、ひとつ妙案を申し出た。


「お、王よ! 僭越ですが私、ノーデンリヒト国家元首を名乗っておりますトリトン・ベルセリウスとは王国騎士団で旧知の仲であります。よろしくお願いする旨、手紙をしたためましょう。少しでもミリアルドさまの助けになりますよう」


「おおっ! 頼めるかガモフ。では私のほうも親書を書こう。用紙とペンをもて!」


「あの、心配してくださるのはありがたいのですが、わたし大使として招かれるわけじゃなくて、人質なんですよ? 人質がよろしくとか親書とか、そんなのおかしいですからね……」


「いや、いま書いておるからもう少し待て」


「では書きあがったらアルビオレックス卿の居室に届けてください、さようならの挨拶をしにいくので。お母さまにはお父さまから何とか遠回しにやんわりと言っておいてくださいね。あっ、そうだ。下着と着替えぐらい持っていかなければなりません。衣装室へもよらせてください」


 ゾフィーは国王とその取り巻きに深々とお辞儀をしたあと、早足でツカツカとせわしなく靴音を鳴らしながら歩くビルギットについて、謁見室を出て脇の廊下から階段をあがった。


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