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17-26【ゾフィー】緊急招集! 元老院議会(3)

みなさま、よいお年を。

 国王は口惜しさにグッと強く目をつむり、奥歯を噛み締めた。


 国王が返答に窮したのを見て、すかさず手を上げた者がいた。


「その質問には私が答えます」


 白いドレスを着た女性が手を上げて前に出てきた。女性? いや少女……。


 髪を編み上げてすっかり大人びている。印象が変わったせいか一瞬誰か分からなかったが、ゾフィーはすぐに思い出した。ドラゴンオークションの際、アリエルたちをB級グルメの屋台散策に案内してくれたビリーだ。ゾフィーは目立つからという理由でネストにこもっていたが、最後、転移して帰るとき顔を合わせて、挨拶も交わしている。


「あら? もしかして、えっと、この前会ったわよね? なんでこんなトコにいるのかしら?」


「よくも私の苦労を水の泡にしてくれましたね、私はあなたを恨みます」


 ビルギットの最初の一声は、恨み節から始まった。

 戦争を止めようとして東奔西走しているのに、なぜ襲撃してくるのかと、その真っ黒なジャージの襟首をつかんで締め上げてやりたい気持ちであった。しかも300もの若い人材を失ったなどとは考えたくもない。


「ビルギット、そちらのご夫人は余の客人となった。言葉遣いに気を付けるんだ」


「はいお父さま、では質問にお答えします。セカ撤退時アリエル・ベルセリウスにより、口頭にてボトランジュ領主の返還要求をうけたのは報告を受けています。その時いっしょに要求されたセカ市民に対する損害賠償と復興資金の件は私ではお答えしようがありませんので財務大臣にでも聞いてください。どうせない袖は振れないのですけど。ボトランジュ領主アルビオレックス氏とその正室リシテア夫人は、私、ビルギットの権限で神殿騎士団の独房より異動し、王城の環境の良い部屋にて療養中です。部屋には鉄格子もありませんし、ご夫婦いっしょに静養されています」


「分かりました。ではいつ返していただけますか?」


「まずは議会の承認を受ける必要がありますけれど、そんな事よりもリシテア夫人の具合がよくなくて、いま国王かかりつけの医者、治癒師、薬師がつきっきりで看病しています。移送されてきたときと比べると、ずいぶんと持ち直したところなんですよ」


「病気はジュノーでも直接治すことはできないけれども、体を癒し続けることはできますよ?」


「それが肉体的な病ではなく、精神的なものらしいです。リシテアさんはアルトロンドとの紛争で家族を亡くしたショックが大きかったのでしょう、生きる気力を失っていました。でも最近は笑うようになってきたんです。担当医の話ではまだ療養が必要とのことです。中途半端な状態で帰ってもらっても、もし夫人に何かあれば、ボトランジュ領民は絶対にこのプロテウスを恨みます。万が一にもそのようなことのないよう、もう少しよくなれば必ず議会を説得し、二人一緒にセカまで送り届けると約束します」


「ん――、さっきお父さまって言いましたよね? もしかしてあなた王女だったの? ジュノーに聞いた話では、たしかあなた老人だったはず」


「老人じゃないです! 元老院議員げんろういんぎいんです! シェダール王家にも元老院株が一株ありますから、私が議員を務めさせていただいてるんです!」


「そう、なんだかよく分からないけど、あなたはこの国の王女という立場で私と約束をするのですね?」


「はい、ビルギット・レミアルド・レーヴェンアドレールが約束します。宣誓書にサインしましょうか?」


 ゾフィーはビルギットとの話をとんとん拍子で進めてゆく。

 負けを認めたくない男どもと話をするよりもビルギットと話すほうがいくらも建設的であった。


「いいえ、宣誓なんていりませんよ、口約束で十分です。でも……そうですね、言質げんちは取れたので、あとは条件を対等にしていただきましょう、ではこちらも人質を所望します。王妃なんていかがでしょうか? 人質を返すときはお互いに交換という形にするのが平和的ですよね」


 この要求は当然だが受け入れられるものではない。

 王妃を人質にするからよこせといって、はいそうですかなどと簡単に差し出すようなこと、あるわけがないのだ。しかしゾフィーは最初から絶対に受け入れられない要求をした。なぜそのようなことをするのかと言うと、シェダール王国の中枢部に対し自らの優位性を見せつけるためだ。


 この要求は挑発というより、お互いの立場の再確認という意味合いが強い。


 しかしビルギットは否定する。


「ダメです、お断りします」


 これは当たり前の回答だ。

 ゾフィーは当然断られることが分かっていて、大げさに呆れたような身振り手振りを見せ、あらかじめ用意していた言葉を並べた。


「では、お願いですから人質をとってくださいと言わせることになりますが?」


 まるで嘲笑するかのようにうすら笑いを浮かべながら更なる挑発と圧力をかけ始めた。


 王国軍を束ねる指令という立場にあるガレーラは、先ほどから耳を覆いたくなるような挑発の数々、ゾフィーのその"いけしゃあしゃあとした態度"に我慢ならなくなり、とうとう柄に手をかけて大声を出した。


「こんなもの話し合いではない! 脅迫だ!」


 ゾフィーはここでも挑発することで一触即発の状況を作り出した。

 ガレーラはそれほどまでにくみしやすい男だということだ。


「脅迫も何も、国家の窮地にあって人質を盾にとってるのはそちらではありませんか? 今あなたがたの頭の中では人質をどう有効に使おうかと考えてるところなのではないですか? 当然お分かりだとは思いますが、私の言動も行動も、立ち振舞いのすべてが話し合いを少しでも有利に運ぶための交渉術にすぎません。あなたがたも当然『話し合い』とはどういうモノか、ご存じですよね? お互いにお願いをしあって、お互いがお互いの願いを叶えてやるとか、そんな甘ったるいものだなんて考えてらっしゃいませんよね? 確かに両者とも友好的な関係であるのなら、あるいはそんなお花畑な話し合いもありでしょう。ですが勘違いしないでくださいね、アリエル・ベルセリウスは何時いつあなた方と仲良しになりましたか? むしろバチバチに敵対しているのではありませんか? 私たちとあなた方の関係で行われる『話し合い』というのは、力ある者が、力なき者に対し、一方的に要求を突き付ける場であることを忘れないでください」


 謁見の間に流れる空気が凍り付いた。

 それは確かに正論であるし、だいたい国同士の話し合いというのは、自らの国益を優先させ立場の強い国が、弱い国に対して無理を押し切るようなこともある。現にシェダール王国も、南部諸国連合など近隣にある小国に対しては軍事力を背景に、力関係を前面に押し出すことで話し合いを有利に進めてきた。


 しかしそれを口に出して言ってしまっちゃあ元も子もなくなってしまう。


 周囲がシンとなったのを確認したゾフィーは、これまでより一段強い口調で言い放った。


「以上を踏まえたうえで、対等な条件での人質を所望します」


 確かに、間違ってはいない。


 国王ヴァレンティンは話を聞いていて、気が遠くなるのを感じていた。なにしろこの女は、自分ひとりで、シェダール王国など滅ぼしてしまえると、本気でそう言ってる。


 そしてヴァレンティンはこの女の過ぎた自信に実力が伴っているのかどうか、試してみるだけの勇気がなかった。さきほどガレーラに言ったように、この女の挑発に乗って『やれるものならやってみるがよい』と言い放ってやりたい気持ちはあった。しかし無責任に感情的な言葉を言い放ったあと、必ずや高いツケを支払わされることになるであろう。それも国民の命でだ。


 国王ヴァレンティンは弱さを見せた。国王という国を牽引してゆく立場にありながら、強いリーダーシップをとることができなかった。たった一人で玉座の間に乗り込んできた女に国家の敗北を言い渡された。ここは絶対に引いてはいけない場面だったのかもしれない、だけどシェダール王国を代表する猛者たちが全員戦死したなどという報告を聞いてしまえば、弱気にもなろう。


 これまでボトランジュやノーデンリヒトのベルセリウス家とは何度も紛争を戦ってきた。

 軍を差し向けるのには確かに議会での決定があった、しかし議会に操られるまま、それを認めたのは誰でもない、国王であるヴァレンティンが決断し、命令書に玉璽ぎょくじを押したからだ。


 軍を差し向けるということは、ボトランジュに行って、人を殺してこいと命令したのと同じこと。では逆に、いまこの女を殺せと命令したとしてこの国はどうなるだろうか。


 シェダール王国は建国して4000年もの長きにわたり、王都プロテウスが戦場になったことなど、未だかつてなかった。さきほど議会が採決したノーデンリヒト出征の件もそうだ。プロテウスに住む人間には、ひとつ重大な感情が抜け落ちていることに気が付いた。


 そうだ、戦場はいつも遠くにあって、自分たちの住む王都が戦で焼かれることなど、これまで考えたこともなかったのだ。想像力を働かせて、プロテウスの街が戦場になったらどうなるのかと考えただけで身震いしてしまう。


 対ボトランジュ紛争は一時のみ優勢だったが、ついぞアリエル・ベルセリウスの帰還により、あの大都市、セカをたったの一日で解放してしまったという報告には耳を疑った。王国軍ですら対応に苦慮していたアシュガルド帝国軍5万の軍勢を、たった一発の爆破魔法で退けたという、実際にその場にいて、実際にその目で見なければおいそれと信じられないような報告も受けている。


 果たして王国軍にそんなマネができただろうかと考えた。答えはノーだ。

 いまこのエルフの女が言った通り、力ある者が、力なき者に対し、一方的に要求を突き付けているに過ぎない。


 この世界でヒト族は最も弱く、脆弱な種族だった。

 ではなぜそんなヒト族が世界を支配することができたのかというと、その要因は多岐にわたるが、有り体にいうと大勢であるということだ。単純に数が多かった。更にいうと他種族が集落で独立した部族単位でしか集団を為さないのに対し、ヒト族は万を超える大集団となって団結したことにより、結果的に少数民族である他種族よりも力を得ただけだ。


 ヒト族の優位性は圧倒的大多数で社会を形成したことにある。


 そして、そんな弱くも脆弱なヒト族が支配する社会にとって、魔族排斥は時代の流れだった。


 エルフ族の女性は、その若さと美貌を100年という単位で保つことができる。これは種族的に優位に立っているという証だ。しかし反面、ヒト族の女性はというと、若さを保っていられるのは、せいぜい30年程度、安全に子供を産める期間もだいたいそれぐらいの差がある。


 ヒト族に生まれた女たちは、いつまでも若さを保っていられるエルフ族を求める男たちを横目に見ながら、いったいどれほど悔し涙を流しただろう。寿命で勝てない、美しさでも勝てない。それも産まれてくる男女比率が男子2に対し、女子が8という割合で、圧倒的に女が余るというのは悪い状況を後押しした。


 神聖典教会が法でエルフ族との婚姻を禁止せよと圧力をかけてきたのが最初であった。

 それが教会の総本山のあるアルトロンドから魔族排斥運動が始まると、あっという間にこの国の南部、ダリルも飲み込まれていった。


 王都で平和に暮らしていたエルフ族から人権を奪い、奴隷化する法案も然り、もはや周囲の領地や隣国などはみなエルフ族を奴隷化していて、プロテウスが魔族排斥を否定していても、周囲から次々と流入してくるエルフたちが路上生活をするものだから、治安が悪化し、プロテウス市民たちも感情的になり、魔族排斥に傾いた。


 ヴァレンティンは刮目し、あらためて前を見据えると、間違いない、エルフ族の女が東門に立ちふさがる300もの兵たちを倒してここに立っている、今まさに王国の土台が音を立てて崩れ落ちてゆく最中にあった。エルフの人権を奪った張本人である、国王ヴァレンティンはこの女の要求を飲まざるを得ない。なぜなら、力ある者がベルセリウス派であり、口惜しいが、ここで要求をむげに断ることも出来ない、力なき国王とはヴァレンティン・ビョルド・シェダールのことだからだ。


 シェダール王国最後の王になる覚悟ができたか? と問われれば、そんな覚悟が簡単にできるわけがなかった。しかし、死んだと思われていたアリエル・ベルセリウスが戻り、占領していたセカをたった1日で解放してからというもの、王都に攻め込んでくるシミュレーションは頭の中で何度も何度も繰り返している。


 伝令の若い兵士は、護衛を連れてここから逃げろと言った。

 しかし、国王自らが国を捨て、どこへ逃げればよいのか。


 はあっ!と短く息を吐いた国王ヴァレンティン。東門に集結した騎士団の守りを抜いていまここに立っているベルセリウス派の魔導師を相手に、ガレーラが息巻いたところで犠牲者を増やすだけだ、いままさに剣の柄に手をかけて、抜こうとするガレーラをを叱責せねばならない。


「控えよガレーラ、お前まで殺されてしまっては本当に人質を取ってくださいとお願いする羽目になってしまうではないか。こちらのご夫人は余の客となった、失礼を働くな」


 国王ヴァレンティンはこのゾフィーと言う女を心底恐ろしいと思っていた。


 何度も言い負かされ、恥をかかされたアンドレイ・ガレーラは、王国軍司令という高い地位にいる軍人であるがゆえ、挑発に乗りやすい性分であることはすぐに見透かされてしまった。


 エルフ族の女から執拗な挑発を受け、そのプライドの高さを逆手に取られて利用された格好になったのではないか。プライドが服を着て歩いているような軍人に対して、こう言えばどれだけ強い言葉が返ってくるか? というのも、すべて計算ずくだったのだろう。ガレーラの言動はすべて誘導されたものだ、そのせいで言いたいことをすべて言わせてしまった。


 むしろ玉座ぎょくざの間に踏み込まれて、これだけの被害で済むのなら、あるいは本当に、アリエル・ベルセリウスという男は、自分の妻に『話をきいてこい』と使いを出しただけなのかもしれない。まったく、ベルセリウス派というのは何を考えているのか、容易たやすく国を滅ぼすだけの力をもちながら、なぜそうしようとしないのか? まったく理解ができない。



 先ほどノーデンリヒト侵攻を決議した元老院議会げんろういんぎかいは当然だが審理をやり直すことになるだろうし、今後、状況はもっともっと厳しくなってゆくだろう。


 一時と比べるとずいぶん数を減らしたが、それでも予備役含めて50万の軍をもつ王都プロテウスを、文字通り『話し合い』で敗北に導くような女を『恐ろしい』と言わずしてなんと称すればいいのか、うまい言葉が浮かばない。


「ふむ、状況は理解した。では余が人質となろう。アンジェリカを人質に出したのでは男がすたる、国王として最後の仕事になるやもしれんな、余が留守にする間は、ビルギットに代理を命じる」


「王よ、それはいけません。カサブランカどの、私ではどうか、このショーン・ガモフで足りなければ、そこにおるガレーラ指令と二人、いや、ここにおる元老院議員げんろういんぎいんの中に人質になってよいというものはおらんか! 10人でも20人でも、好きなだけ人質にすればよかろう。だがしかし、国王が連れてゆかれたらこの国は道に迷ってしまう!」


 元老院議員げんろういんぎいんの中から、少しずつ手を上げて前に出てくる者が現れた。

 ひとり、ふたり、五人、……。みな老人だったが、人質になっても構わないと言ったもの全員が、ノーデンリヒトと和睦をはかろうとする融和派の議員たちだった。


 ぼそぼそと話しながら低い声が木霊する中、磨き上げられた大理石の壁に高い声が響いた。


「みなさん下がってください。私が人質に志願します」


 手を上げたのはビルギットだった。


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