17-24【ゾフィー】緊急招集! 元老院議会(1)
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20210104 修正
四男シャルナク・ベルセリウス→次男シャルナク・ベルセリウス
ビルギットさま→レミアルドさま
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ゾフィー・カサブランカが東門前で騎士団たちと、別に激しくもない戦闘を繰り広げているとき、騎士たちが命を懸けて守る門の向こう側、プロテウス城の謁見室では、108名の元老院議員と王国陸軍を纏めるガレーラ指令、相談役として前騎士団長のショーン・ガモフが国王を交えて侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を交わしていた。
元老院議員議会は議事堂で開かれるのが慣わしだが、今日はいつもと違う。諜報部から今日あたりノーデンリヒトとドーラの連合軍がダリルマンディを攻めるのではないかと情報があったので、今さらではあるが、国王が議会を緊急招集したというわけだ。といえば聞こえはいいが、魔王軍の力を恐れたシェダール王国が、今後の王国の身の振り方をどうするのが、王国にとって最も利益があるのか、言い争っているに過ぎない。
とにかく王国を存続させたいと考える者たちは、ノーデンリヒトとドーラに和議を申し立て、友好条約を結ぶべきだと唱えていた。こう考える議員はやはり年配の落ち着いた考え方をする者が多く、割合にして約60%がこの集団に属していて、過半数越えの多数派を形成している。
ひとはあと10年生きられるか、それとも寿命尽きて天に召されるかと思われるほど年老いてしまうと、自分の寿命より先のことが考えられなくなることがある。つまり、元老院議員の過半数を占める年寄りたちは、特に国の未来よりも自分たちの現在を優先して政治を行おうとしているように見えるので、若い議員とは感情的な反発もあり、お互いに受け入れられない関係となっていた。
融和派とは別の集団、トリトン・ベルセリウスは王国に侵略戦争を仕掛けているとし、断固として戦い、魔王軍を氷の島に叩き返せという、対ノーデンリヒト強硬派の者は、割合にして20%ほど。少数派ではあるが、ここ最近になって勢いを増している。
ボトランジュ領主アルビオレックス(中略)ベルセリウスが反乱を起こし、王国軍と刃を交えたことは記憶に新しい。
例えばの話だが、極端な話をすれば、この王国にあるものは小石のひと欠片から、草木の一片、昆虫の一匹に至るまで、すべてが国王の所有物である。人が呼吸するのに肺を満たす、この世界を普遍的に満たすこの空気も、ジェミナル河を流れる水の一滴、山も風も、森も、そこに暮らす人々も、そのすべてが国王のものであると考えていい。
北のボトランジュ領を治めるベルセリウス家、東のアルトロンド領を治めるガルベス家、西のフェイスロンド領を治めるフェイスロンダール家、南のダリル領を治めるセルダル家、小国を超える規模の広大な領地を与えられた四大貴族は、シェダール王国が建国した際に、国王の側近だった四騎士の末裔であるとするのが王国史に記された、建国の英雄たちである。
国王は四騎士に大貴族と言う称号と領地を与え、その領地内では国王に準ずる権力を振るうことを許した。その条件として盟約に刻まれたのが、王国支配の原則と王国法の遵守、そして納税の義務だ。
シェダール王国にあるすべての領地は、王都プロテウスからの支配が及んでいなければならない。
しかし現実にはノーデンリヒトは独立戦争を戦い抜き、いまや独立国家として振る舞っているし、ボトランジュはノーデンリヒトのベルセリウスが北の大陸より魔族を招き入れ、いまや王国の領土は切り取られようとしている。
元老院議員の中でも強硬派と呼ばれる者たちは、自分たちの敬愛するシェダール王国現国王、ヴァレンティン・ビョルド・シェダールと、大貴族ベルセリウス家の五男坊で、分家された身であるトリトン・ベルセリウスなどを同格に扱うことなど、到底できないのだ。
特にアルトロンドやダリルに所縁のある議員はトリトン・ベルセリウスを激しく糾弾し、国家元首とは認めず、ノーデンリヒトも王国の領土であると主張するものが多い。だがこれはもう実効支配されていて、王国軍も帝国軍も為すすべなく敗れていることから現実を見ていない、ただただ感情的なものが根幹にある意見であった。
アルトロンド領とダリル領が力を合わせ、ノーデンリヒトに対抗すれば、まだ十分に戦えるというのが強硬派の考え方だ。
しかし16年前、アシュガルド帝国とアルトロンドの合同軍に討伐されたはずのアリエル・ベルセリウスが突然姿を現し、たった1日でセカを解放してしまったことにより、王国側に傾げていた天秤が急激に逆振れしはじめた。アリエル・ベルセリウスはアシュタロスの生まれ変わりだと噂されている大悪魔であり、ノーデンリヒト砦で多くの勇者たちを終結させたアシュガルド帝国軍を打ち破ってからというもの、ドーラの魔王軍と手を組み、セカを解放するや否や、破竹の勢いでプロテウスを西に回り込み、グランネルジュを手中に収めたかと思うと、今日はもうダリルマンディ―まで攻め込むというのだから、その足の速さに国王軍はまるでついていけない。諜報部から議会に情報が伝わるよりも、ノーデンリヒト連合軍のスピードが上回るなど、これまでの戦のやり方では、到底対応することなどできない。
王都プロテウスがノーデンリヒトに抱く不信感はそれだけじゃない。
ノーデンリヒトがシェダール王国に対して休戦を求めたから王国は受けてやった。なのにその裏で休戦の求めに応じなかったダリルへ侵攻、行軍する通り道にあったフェイスロンドの豊かな街や村、そのすべてを占領し、支配下に置くという騙し討ちのような戦略をとったことだ。
これではまるで火事場泥棒である。いまプロテウスの議員たちが怒りを露わにするのも仕方のないことだろう。とにかくノーデンリヒトのベルセリウスはドーラの魔王フランシスコ同様に、これっぽっちも信用に足るような人物ではないということだ。
もちろん、ノーデンリヒト側も言い分がない訳ではない、グランネルジュはダリル領主、エースフィル・セルダルが占領し、奴隷狩りと称しエルフたちを奪った挙句、もともとそこに暮らしていた者たちを追い出した上でグランネルジュをダリル領に併合してしまったのだから、もうフェイスロンドは無く、そこはダリルの支配地だったという理屈で反論するのは当たり前だ。エルフの人権を保護するためでも何でもいい、大義名分の立つもっともな理由を付けて占領を宣言すればいいだけの話だ。対して国王の意向にそぐわないノーデンリヒトに軍を派兵したとしても、それを打ち破るだけの戦力を保持していることから、いまや"やりたい放題"であることもプロテウス議会から批判が噴出している。
しかし……、セカ港を一撃で吹き飛ばしされて以降、それまで過半数を占めていたノーデンリヒトとは戦わず、出来るだけ有利な条件で講和を計り、友好条約を結ぶというノーデンリヒト融和派から少なくない人数が強硬派に流れた。
今日、ダリルマンディに侵攻するかもしれないというところまで追い詰められ、融和派はどんどん数を減らし、いま40%程度と、つい先日のドラゴンオークションの時から比べても約20%、人数にして22人ほど融和派から離れて行ってしまった。
逆にフェイスロンドの各都市を奪われるなど、ドーラの魔王軍などと結託するノーデンリヒト軍など最初から信用するに値せずとした強硬派は、融和派を離脱した者たちを吸収し、いまや過半数に迫ろうかという勢いだ。とにかく、グランネルジュからダリルへと侵攻を進める魔王軍は、およそ強硬派が予想した通り、最悪のシナリオを現在進行中なのだ。このままだと次に狙われるのは王都プロテウスであるという予想も覆ることがないと思われた。
緊急招集で集められた今日の議会では、さすがにダリルマンディが攻められるとあって、強硬派が勢いを強め、融和派は防戦一方であった。
そんな老人たちが多いノーデンリヒト融和派を牽引してきたのは、元老院議員の中で最も若い、ビルギット・レミアルド・レーヴェンアドレール。愛称はビリーという、まだ表情にあどけなさを残した少女だった。
彼女は暴走し、全面戦争に突入しようする強硬派を抑えきれず、今日も強硬派の旗印、トーマス・トリスタン議員の強烈な批判と要求をうまく躱すことができず苦戦を強いられている。
「休戦協定など結んでしまったせいでノーデンリヒトは防御を考えず、大半の兵をダリル侵攻に振り分けておるのです。今こそ好機ですぞ、手薄になったノーデンリヒトを攻めれば勝利は確実です。休戦の協定を破ってグランネルジュを占領したのは向こうでありましょう。いま手薄となっているノーデンリヒトを攻めることを非難される謂れもありません、それにノーデンリヒトはエルフの奴隷資源が豊富です。あそこは今や辺境の地ではなく、莫大な富を生む金脈があるのです。奴隷資源を求めて侵攻していたアシュガルド帝国もいま休戦協定により手を引いておりますからな。今です、今しかないのです。ノーデンリヒトを攻めるメリットは計り知れません、今すぐ決断を」
「待ってください、どれだけの兵を差し向けるつもりですか?」
「ダリルに侵攻している亜人兵どもの兵力はおよそ10万、グランネルジュに2万の占領軍が残っていることから、現在ダリルマンディ侵攻は8万と考えらます。グランネルジュで敗れたダリル軍が領境で本隊と合流し、ドーラ軍と大規模な戦闘があったと報告がありました。残念ながらダリル軍は敗北したとのことです。もはや亜人兵どもを止める手立てなく、残念ながらダリル敗北はほぼ間違いないでしょう。いまもう戦端が開かれていると仮定して、おそらく4、5日程度でダリルマンディは落とされると考えます。それからダリルマンディ全域を掌握するのに10日とかからないでしょう。どの方向からこちらに矛先が向くからは諜報部の報告待ちとなりますが、万が一のことを考えて人質を有効利用し、反逆者アルビオレックスを盾にすれば王都への侵攻を食い止めるのに有効です。更には王国騎士団5万に加え、10万の王国陸軍を配置します。王都防衛はこれで事足りると思われます。いやむしろ、敵の主力を引きつけておく必要があるのです。ダリル方面からの侵攻を防ぐことでノーデンリヒトの主力は本国と分断され、補給線を断つことも容易。敵主力部隊とはいえたかだか8万、ダリルマンディにも2万の占領軍が残るでしょう。となると残りはたかだか6万です。王都の南側で睨み合わせておいて、我々は手薄となったノーデンリヒトを攻めればよいのです。アルトロンドと連携すれば40万の兵力となり、兵力の大半をダリルに向けているノーデンリヒトなどものの数ではなく、我が軍の勝利は間違いありません」
「それはダメです。アルトロンドから20万も兵を駆り出せば、アシュガルド帝国の侵攻を防げません。アルトロンドと王都、その両方の守りが薄くなれば必ずやアシュガルド帝国がスキを突いて侵攻してきます。現状、最低でもアルトロンドに20万、王都に30万の兵を残しておかなければ防衛できません。いいですかトリスタン卿、ノーデンリヒトと戦おうなどというのは愚の骨頂です。ノーデンリヒトが手薄? 何を馬鹿なこと言ってるんですか、ノーデンリヒトが手薄ならばもうとっくに帝国軍が動いているはずです。セカをボトランジュに奪い返され、大型船をつける港がないじゃないですか。ジェミナル河をどう渡るおつもりですか? 仮に船の問題が解決したとしても、そもそも1000キロも離れた戦地に兵を送り込むと、逆に手薄となった王都が攻められた場合、すぐ兵を戻せと伝令を出したとしても、その知らせがノーデンリヒトまで届くのに優秀な伝令を使ったとしても20日、それからすぐに反転してもプロテウスまで兵を戻すのに60日はゆうにかかります。それも移動で疲弊した兵たちです。数日は休ませないと満足に戦えません。アシュガルド帝国ですら割に合わないと匙を投げた土地にアルトロンドと合同で40万もの兵力を投入しようなど、王国を滅ぼしたいのですかあなたは」
「いいえ、お言葉を返すようですがレミアルドさま、現状、指をくわえて見ているほうが愚の骨頂なのです。我が軍はセカの街を撤退し、いまではベルセリウス家の次男シャルナク・ベルセリウスが指揮を執り、ボトランジュが自治権を取り戻しています。しばらくは復興に時間がかかるでしょうが、セカの経済力は脅威にしかなりません。グランネルジュを奪われ、いまにもダリルマンディを攻められようとしている。このまま手をこまねいていると、復興が進み、数年後には経済力でも逆転され、覆しようのない大きな差が生まれます。現在でも魔族の加入により計り知れない力を持つようになった軍事力のほうも補強されることでしょう。そうなるともう、兵士が40万や50万いたところで王都を守ることすらできなくなります。経済力は経戦能力と直結します。ノーデンリヒトの脅威は今も目に見えないところで着々と強大になっていて、敵は休戦している裏で着々と力を蓄えているのです。じり貧になる前に手を打たねばなりません。ノーデンリヒトの野望を止めるには、今しかないのです」
「いいえ! 断じてそんなことはありません! 私たちはノーデンリヒトと関係を改善します。大貴族たちの紛争を治め、王国を一枚岩に纏め上げるのです。脅威なのはノーデンリヒトではありません、アシュガルド帝国だということを忘れないでください」
「恐れいりますがレミアルドさま、ノーデンリヒトと和睦を進めるため考えられる絶対条件は何ですか?」
「ノーデンリヒトは多民族国家です。よって和睦の条件としては魔族の人権を復活させること、奴隷制度の撤廃、奴隷の開放などが考えられます」
「まず間違いを正させていただきますが、ノーデンリヒトは国家ではなく、トリトン・ベルセリウスが我が国の領土を不法に占拠しているにすぎませんことを指摘させていただいた上で反論させていただくとですね、残念ですが奴隷を解放することはできません。無理なのです。いま奴隷を解放してしまえば王国は戦わずして崩壊します。一番大きな要因は大規模農場を動かす原動力となる労働力を失ってしまうからです。プロテウスが保有する奴隷資産は純血種、ハーフ、クォーターを含めると今や200万に迫ります。驚くべきことに、今やプロテウス人口の30%近くがエルフなのです。それら全てをなかったことにしてしまうと、時価にして16億ゴールドが泡のように消えてしまいます。16億ゴールドですよ、投資された額を含めると30億ゴールドが煙のように消えてしまう試算になります。莫大な損害が経済に与える打撃を考えたことがありますか? 王国が発行する貨幣の価値がどんどん下がり、看過できないレベルのインフレが起こります。そうなると兵士が一カ月働いて受け取る給金では家族を食べさせてゆくことすらできなくなります。将来のためと生活を切り詰めて貯蓄していたお金がゴミのようになります。真面目に働いて少しずつためたお金の価値がなくなるのです。民衆は王都に向かって激しく糾弾し、反乱を起こすでしょう。奴隷を解放するということは、王国の経済が根底から崩れることに他ならないのです。更に言いますとプロテウスが奴隷制度を廃止した場合、食糧庁の試算では、食料自給率は17%にまで低下するという驚くべき報告があります。そうなるともう王国軍を維持してゆくどころか、国民が飢えてしまいます。レミアルドさま、どうかご理解ください、私たちもあなた方と同じく、よりよい未来を目指しています。平和な世界、争いごとのない世界を実現するため、汚らわしい魔族どもと手を組んで国王さまの領地を奪い取った、憎きノーデンリヒトと戦わざるを得ないのです」
議論は白熱したが、ビルギットにはうまい反論が思いつかなかった。
「それでも! それでも我が国はノーデンリヒトと友好条約を結んで、アシュガルド帝国に対抗しなければなりません! みなさん私の話を……」
「だからノーデンリヒトと友好的な関係になるためには奴隷を解放する必要があるでしょうに、それをしてしまうとそこで王都プロテウスは立ち行かなくなると何度も説明申し上げてるじゃないですか。議長、これ以上続けても議論は平行線です。決をとってください」
「うむ、では評決をとります、トリスタン議員の出されたノーデンリヒト奪還の方針に賛成の者は挙手をお願いします」
答えの出ない平行線の議論をいつまでも続けていく時間的余裕など、もはやシェダール王国にはなかった。いま求められるのは迅速な対応だということは、ここにいる議員たちも承知している。
国王によって集められた緊急議会は、採決の時を迎えた。




