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17-22【ゾフィー】ルシウス・エッシェンバッハ(2)

 ルシウスは目の前に立つ女がこれほど多勢に無勢、フル装備の騎士たちが陣形を組んで剣を抜いているのに、ひとときたりとも余裕の表情を崩さず、自らの力をひけらかすように友軍を薙ぎ払い、にやにやとほくそ笑んでいるのに我慢ならなかった。


 左翼の陣をひと薙ぎで壊滅させられたのを間近に見ていて、力の差は歴然と感じた。あれほどの力を見せつけられては、この場に来る前に会敵した衛兵隊では止められなかったのも頷ける。ベルセリウス派の魔導師というのは、"これほどまでに"デタラメなのかとも思った。


 だが、たとえ刺し違えたとしても、右手に握り、腰の高さに構えた剣を、この女の身体に突き立てることができれば騎士団の勝利だ。



 魔導師の援護が当てにならなくなったとはいえ、ルシウスはゲートキーパーという立場上この場を引くことはできない。大きな体を盾に隠すよう、小さく構えるのも先ほど市街地からファイアピラーの魔法が炸裂し、火柱が上がったのを見ていたことで、炎魔法を警戒したものだ。この構えは魔導師を相手にするときよくとられる型で、マニュアルのようなものだ。


 ルシウス・エッシェンバッハは強化魔法も防御魔法も奪われたまま、一騎打ちを挑んだ。

 当然、ルシウスだけでなくこの場にいる騎士たちもみな魔法を使うことができないのだから、重いフルプレート鎧を装備している騎士たちは、立っているだけでも相当辛いだろう。強化魔法なくては俊敏な動きの妨げにしかならない。しかし、目の前に敵が立っていて『今日は調子が悪いから帰ってもらえないか』など泣き言を言ってる場合ではないのだ。


 ガチャガチャと重そうな音を立てる重装備を身に着けたルシウス、筋肉も鍛えていると強がってみたものの強化魔法を封じらていたのでは、俊敏な動きなど到底できるわけもない。


「ウオオオオォォォリヤアアァァァ!!」


 息を吐くことで気合も乗る。無駄に力を使っているように見えるが、その実、短時間であれば大声を張り上げたほうが力も出る。だがしかし強化魔法の使用が前提のフルプレート鎧を、魔法のアシストなしに全身フル装備しているのだ、これでも瞬間的に脚力を爆発的に燃焼させて、飛び出すように踏み込んだ結果だ。


 しかしその結果、踏み込みはあくびが出るほどスローであったが、重量級であることから盾に隠れてさえいれば多少の反撃を受けたところで問題なく攻撃に移ることができる。そう考えていた。


 相手の体勢を崩すことが出来たら、腰に構えた剣を相手の腹めがけて突き出す算段だ。初撃の体当たりは敵をのけぞらせるだけでいい。次に踏み込んだ勢いに任せて、体重と装備重量を合わせた質量と慣性を突きの威力に加える。魔法でも剣技でも勝てないなら、タフさと泥臭さで、死地の中に活を見出す作戦だった。



 対するゾフィーは盾を構えた状態で剣を腰の高さに構えたことから、そう来ることは分かっていた。もしかすると何か奇策でもあるのかと期待してはいたが、思っていた通り、もっともつまらない、ありふれた攻撃をしてきたことに失望しつつ、丸腰のまま闘争の構えをとることもなく、ただ腕組みをして体当たりを受けた。


 ルシウスは踏み込みの勢いに、強化魔法の乗っていない腕力のみではあったが、自らの体重と鎧の重量を乗せたシールドバッシュを放った。たとえ相手が同じ重量級のフルプレートを装備する騎士であっても、体勢を崩してしまう体当たり技、どんなに強い奴でも、体当たりが決まってしまえば、あとは体重差がモノをいう。しかも下からカチあげるように盾で打ち付ける打撃も加わり、効率的な『崩し』を行うための技だ。


 相手の体勢を崩し、自らの身を守りつつ、渾身の一撃を突き出す。狙いは腹、腹がダメなら引き際に脚を狙う。毎年春に行われる軍主催の剣技大会で、ルシウスはこの技を用いて三連覇している。

 王国騎士団最強の名は伊達じゃあない。


 門を守る騎士の戦い方は、炎のような攻撃を得意とする剣士のように、派手な動きなど一つもない。守る門に対して、ただただ誠実に、一歩たりとも近付けないことを目的とした戦術だ。泥臭いとか地味だとか揶揄されることはあるが、ルシウスはそれを最高の誉め言葉だと考え、胸に刻んできた。


 しかし信じられないことに、カウンターで盾の攻撃を受けたのはルシウス本人であり、ヘルメットの上から頭を何かハンマーのようなもので殴られたような、強い衝撃を受けた。


 目から星が飛び、一瞬何が起こったのか分からなかったが、体勢を崩されつつもルシウスは突進の勢いを殺すことなく、体重と装備重量を乗せた、重い突きを放った。


 ゲートキーパーの戦いは守り切れば勝利だ。

 だからこそシールドバッシュからの突きなどという、一見せこく見えるが堅実な戦い方を繰り返し訓練するのだ。敵と盾を擦り合わせるような懐での接近戦では派手な技など繰り出せない。


 ルシウスは仲間を守るために隊列から出て一騎打ちを挑んだ。左翼を守っていた陣を一振りで薙ぎ払ったあの一撃を正面に向かって放たせてはいけないと考えたからだ。それは騎士団としてあるまじき行為だった。


 だがしかし、ケガの功名というものもある。ルシウスの勇み足のおかげで会話の中からキーワードを拾い上げ、アナ・ファミルの分析によりアンチマジック・フィールドの効果範囲は殊の外狭いという貴重な情報を得た。突きが命中しなくとも、シールドバッシュで押し返し、わずか1センチでもいいから東門から遠ざけようという、作戦とは言い難い作戦であった。


 当然、ゾフィーの時空魔法による防御にかかり、シールドバッシュで強打され、体勢を崩したのはルシウスのほうであったし、崩されながらも体重を乗せて繰り出した渾身の突きも、その切っ先はゾフィーに届かず、反転して自らの腹を刺すことになる……。


 鈍い金属音がした。


 王国騎士団のフルプレート鎧は、重量と厚さを強化魔法の使用を前提として設計されている。

 強化魔法を使わなければ満足に動くこともできないが、逆に言えば、強化魔法を使っていない者が真剣で思い切り力を込めて腹を突いても、鎧にキズが付くぐらいでしかない。


 強化魔法を使わず、筋力のみで鎧の防御を突き破り、腹を傷つけるなど、常人には到底不可能なことだ。例えそれが王国騎士団最強の呼び声高い、ルシウス・エッシェンバッハであっても、強化魔法なしで装備するは盾持ち片手剣、つまり片手で扱う剣では貫通力がまるで足りず、鎧の防御力が勝る。


 軽装の部分革鎧を装備する衛兵隊では即致命傷となる攻撃だったが、ルシウスは騎士であるため、その重厚なフルプレートメイルによって命が守られた格好となった。攻撃力よりも防御力がまさったのだ。

 


 ゾフィーは盾の隙間から青ざめた顔を覗かせたルシウスを鼻で笑った。


「そんな防具も貫けないの? ……、そう、それがあなたの実力……」



 ガラン! ガラン! と重厚な金属の衝突音が聞こえた。ルシウスが剣と盾を落としたのが見えた。

 いや、落としたのは剣と盾だけではない、鋼鉄製の手甲でしっかりと握られたままだった。


 ルシウスは両腕とも、肘から先を失った。

 本当に何が起きたのか分からないことだらけで、肘から先、両腕とも地面に落ちた。


 切断面からとめどなく流出する血液の赤さに目を奪われて、動きが止まった。


 まだ腕を失っただけなのに、戦意を喪失してしまったように、眼前の敵から目をそらして動きを止めている。これこそが実戦経験のないルシウス・エッシェンバッハの弱さだ。


「腕を失ったぐらいで降参ですか? はい、じゃあもう余興はおしまいにしましょう。盾を並べてらっしゃる同僚さんたちに門を開けるようお願いして、私を国王の前まで案内してくださいませんか?」


 ゾフィーは内心ではもう戦う気も失せていた。その証拠に先ほどまで見せていた挑戦的で挑発的な眼差しはなりをひそめ、今はもう普段通り、すこしユルめの空気を醸し出している。


 たかが腕を失ったぐらいで戦意を喪失するとは、本当に戦士なのかと呆れてしまう。目の前に敵がいるのだ、その喉笛に噛みついてでも勝利をもぎ取ろうとはしないなんて、スヴェアベルムのいくさはいつからこれほどヌルくなったのか。ゾフィーはプロテウス城を見上げてため息をついた。

 これほどまでに立派な城の門を守る男の尊厳が、まさかこの程度で折れてしまうとは思ってなかったのだ。


 実力的には過去に神話戦争を戦った者たちと大きく変わらないようでありながら、闘争本能ではずいぶん劣っているように感じた。


 ルシウスは傷口からどくどくと脈打って流れ出る血を見ながら、瞬きをすることも忘れたように茫然としていたが、ハッとして強大な敵の存在を、まるで思い出したかのように目を見開いた。


「隊形を固めろ! ファランクスの構え! 死んでも通すなああっっ!」


 東門の正面はまるで城壁に積みあがった石垣のように盾を並べて固まった。もう顔を出して前線を窺っているような呑気な兵士は一人もいない。小さな隙間から槍が覗かせている、あの盾の集団に近付こうものなら長槍が飛び出してきて、その身を貫くのだろう。ゾフィーには初めての経験だったが、満足に動けない、耐魔導障壁にも守られていないような者たちが、肩を寄せ合い、波打ち際で岩に張り付く貝のように身を固めたとしても、いくらでも料理のしようがある。


 ジュノーに見せたら笑われてしまうような拙い炎魔法でも、この場を切り抜けて先に進むのに事足りるが、魔法を使うほどのことでもないだろう


 ゾフィーは肘から先、両腕を失ってもその場に立ってるルシウスを、かき分けるように押しのけ、前に出た。その魅力的な紅い瞳はしかと前を見据えていて、もはやルシウスには興味がない。ただ、押しのけただけで、装備重量80キログラムはあろうかという厚手のフルプレートメイルごと吹き飛ばし、石畳の上を2回、3回とバウンドしながら盾の隊列の一部を崩してみせた。


 衝撃を受けていてすぐは動けないだろうが、ルシウスはあのまま救護に運ばれるのだろう。

 あの男は別に殺す必要もないし、全快して戦線に復帰してきたとしても脅威ではない。


「あなたたちのリーダーは負けました。さあ、道をあけ、門を開きなさい」



 ……。


 ……。


 誰も返事をしないし、まるで貝のように押し黙った集団からは何の返答もなかった。


「あらら? 今の人って、あなたたちの代表ですよね? 私、たった今、一騎打ちに勝ったのですけれど?」


 フルカバーされたヘルメットの面体をあげて、一人の男が盾の上から顔を出した。

 ここ東門に非常招集され、総隊長の座はルシウス・エッシェンバッハに譲ったが、いつもは北門を守る隊長として部下たちの信頼も厚い、ウェライ・ラムセスだ。


 ラムセスは斜に構え、まるで汚い虫でも見るかのような冷たい目で、いけしゃあしゃあと言い放った。


「そんな約束はしていない」


「ええっ、たしか……、たしかに約束まではしませんでしたけど、でも、普通こういう場合は一騎打ちに負けたら剣を納めるものですよね? そうすることでここれ以上、無駄な犠牲を出すこともないですし」


「ゲートキーパーは門を死守する! たとえ命を落としたとしても無駄な犠牲などではないっ! 弓兵っ!! 撃てええええぇぇ!! ありったけ、全部撃ち尽くせ」


 ラムセスが右手を上げてそれを振り下ろした。矢を射よとの命令だ。10階建てのビルの屋上から、民家の窓から、門の上の監視哨かんししょうや、弓櫓ゆみやぐらから、引き絞られた弦の開放する音が次々と響くと、数えきれないほどの矢が飛来する。


 ずっと狙いを定めたまま、今か今かと号令を待っていた弓兵たちはゾフィーのアンチマジック圏外に居て矢を射かけた。強化魔法がなければ引くことなどできない戦弓いくさゆみは、狩人の使うものとは違って、敵の装備するプレート系の防具を貫通して殺傷する力がある。


 また、矢の軌道は土の魔法により、若干のコントロールが可能なため、放たれた矢も、ほんの少しだけ誘導することができる。この技術もグリモア詠唱法ほどではないが、シェダール王国軍に伝わったのはつい数年前のことだ。アシュガルド帝国軍の遠隔攻撃を得意とする勇者ハルゼルが使っていた技術を盗んだもので、さすがに動く的を狙った際にはハルゼルほどの命中率は得られないが、いまの的はベルセリウス派の魔導師であり、静止した的である。周囲に配置された弓兵で有効射程内にいる者は、およそ50名。つまり、一度に50本の矢が命中することになる。


 シュカカカカッ! シュパパカカカカカカッ!


 何十本もの矢が一斉に鎧を貫いた音がした、矢が命中した音だ。

 ダイヤモンド隊形に隊列を組んでいた騎士たちが盾の隙間から覗くと、まるでイガ栗のように、四方から矢を受け、突き刺さったシルエットが見えた。


「やったか!」


 おびただしい数の矢が命中したことを確認し、いましがたルシウスを引き込んだ右翼の陣から飛び出してきたのは南門の守備隊長アンドリュー・ゴリアーテ。


 面体のガードを上げ、じっくりと目を凝らして見ると、まるでヤマアラシのように全身矢だらけになり、ゆらゆらとして、いまにも倒れそうなのは、ゴリアーテとは同期でライバル、昨夜も一緒に酒を酌み交わした友、北門を与る守備隊長ウェライ・ラムセスその人だった。


 息をのむ。何が起きたのかまるで理解できない。


 ゴリアーテは瞬きもせず、弓兵たちの攻撃がベルセリウス派の魔導師にはたして通用するものかと、しっかり見ていた。もし通用しなかった場合、最適な指示を出さねばならないからだ。


 それなのに……、見ていたのに、まるで理解が追い付かない。


 ラムセスは確かに盾を並べた壁の後ろから周囲に散った弓兵たちに指示を出した。

 うなりを上げ空気を切り裂いておびただしい数の矢がベルセリウス派魔導師に向かって放たれ、そして矢は目標に命中した。


 そのシーンも瞬きすらせず両の目でしかと見た。


 矢が肉体を貫くのに、なぜか金属音が響いたのを不審に思ったが、確かにいま、ベルセリウス派魔導師の立っていた場所でその身に矢の攻撃を受けたのはラムセス。なぜそうなるのか、それが理解できない。


 ベルセリウス派魔導師、ゾフィー・カサブランカが、盟友ウェライ・ラムセスと入れ替わっていたことに、まるで、これっぽっちも、気が付かなかった。


 茫然と立ち尽くすゴリアーテ、構えていた盾を落とし、息をのむ無音の戦場に、がらんと重厚な音が響いた。


 王国騎士団の者には理解しづらい場面ではあるが、ゾフィーが使ったのは転移魔法の応用、座標の交換である。


 当のゾフィーはというと、いままでラムセスがいた、槍衾やりぶすまの懐の中、ダイヤモンド隊形を組んだ盾の向こう側にいて、ラムセスがハリネズミのようになるのをしっかりと見ていて、感嘆の声をあげた。


「へえ、すっごい命中率ですね。これってあの勇者なにがしが使ってた技術でしょう? もういくさは剣でたたかうような時代じゃないのね、ねえ、あなたもそう思わない?」


 盾の壁の内側、すぐ背後、すぐ横、すぐ耳元でそんなため息交じりの言葉を吐く、敵の声がしたことにより、正面の陣形がパニック状態に陥り、総崩れとなった。


「「「「 うわあああああぁぁぁぁ! 」」」」


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