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17-20【ゾフィー】ゲートキーパーの誇り

 ゾフィーはただ一言、小さな声で「そうですか」と応えると、ようやく立ち上がったトーラス・ハモンドの首を左手で掴み、そのまま片手で持ち上げて、高らかに首を吊らせてみせた。大仰なパフォーマンスだ。


 ハモンド騎士団長の危機を前にして、真っ先に動いたのは王都魔導学院学長、セクエク・アルドだった。


 騎士団の後ろに下がっていたが、ハモンド騎士団長を助けるため、盾の前にしゃしゃり出た。

 アルドはグリモアを開くまでもなく、起動式を入力してファイアボールで攻撃し、ハモンド騎士団長を助けるための援護をするつもりだった。あまり大きな魔法を使ってしまうとハモンド騎士団長まで巻き込んでしまう。ハモンドを死なせたのでは、ベルセリウス派の魔導師を仕留めたとしても騎士団との間に大きな遺恨を残すことになる。だからこそのファイアボールだ。


 だが手のひらの上に出たはずのファイアボールは、シュッと音を立てて消えてしまった。

 魔法に失敗したのではない、仮にも炎魔法の権威であるセクエク・アルドが、初心者でも失敗しないファイアボールの魔法にしくじるなど考えられない。


 傍目には確かにファイアボールの魔法が不発に終わったように見えた。しかしアルドはこの、うまく説明することが難しい、なんとも言えない違和感を感じていた。


 初心者がファイアボールの魔法を失敗するのは、単純にマナを丸めて押し固め、密度を増して高熱を維持するのが難しいからだ。なので、失敗するときは必ず、炎が広がって高温が維持できずに消火するのだけれど、いまアルドの手からファイアボールが放たれなかったのは、アルドの手からマナが出なくなり、そして燃焼させたはずのマナの塊が突然消えてしまったからだ。


 そしてもう一つ、魔導を極めたアルドにしかわからなかったことがある。

 戦いの場に赴くのであれば、誰もが予め張っておく強化魔法と防御魔法という、魔導師が身に纏う最後の砦が手のひらに練り上げたファイアボールと同時に消失してしまったのだ。


 とても受け入れがたいことだが、敵を目の前にしてアルドは無防備を通り越して、裸同然で立っているのだった。


 グリモアの1ページ目に記載されている強化魔法、防御魔法を再度展開する。これはアルド自らが改良を加え、防御魔法に魔法防御の結界までも組み込んだものだが、強化魔法も防御魔法も起動式が網膜に写し込まれるところまでは確認したが、まるで魔法の一切を禁じられたかのように、魔法を使えなくなっていることが分かっただけだった。


 幼いころから魔法の天才児と呼ばれ、魔法を使えなかったことなど生まれてからこのかた一度もなかったのに、あろうことか、これまで人生でも一番大切な時に魔法が使えない。


 アルドは混乱の極みにありながら、世界がスローモーションのように時間がゆっくり流れるのを感じていた。ベルセリウス派の魔導師は大きく間合いを外れた位置で、今しがたどこから出したか分からない大剣を遠い間合いから、逆手に薙ぐように振ってみせた。感覚がスローモーションになっていなければ何が起きたか見えてなかったのかもしれない。


 同時にアルドはバランスを崩す。横転する視界。平衡感覚を奪われた……、

 だが思考はハッキリしている。石畳で頭を強打したことも理解した。


 どんな攻撃を受けたのかは分からないが、地面に倒れて頭を打った。


(ベルセリウス派の魔導師は? ……ああ、まだスキだらけじゃないか。いまその無防備な背中にファイアボールを撃ち込んで……)


 倒れていたのでは格好がつかない、アルドは地面に手をついて上体を起こし、起き上がろうとしたけれど、その手が……なかった。


 弟子のファミルはこれまで見せたことがないほど、悲壮感の漂う必死の形相で何かを叫んでいる。


 しかし、アルドの耳にはもうファミルの声も届いてはいなかった。


(何て顔をしておるのか。私は大丈夫だ、ダメージはない……)



「アルド先生っ!」


 アルドだけでなく、衛兵詰所の入り口付近に配置されていた魔導師たちも、非常招集に応じた衛兵たちと共に、ウズ隊長も、胸のラインで身体が真っ二つにズレを起こし、甲冑が壊れるようにボトボトと音を立てて崩れた。両腕とも肘の上から先、胸から上、まるで空間に線を引いて2枚に分けたかのように、真っ二つに切断された。


 今この場に集まった者の中に、いったい何が起きたのか理解できたものは一人もいなかった。

 しかし、間合いの外からただ無造作に剣を振り払っただけで大勢の命が失われたことは確かだ。


 ファミルだけではない、騎士団のほうからも叫び声が上がる。


「何をしている! みんな目を覚ませ! 敵は一人だ、押し返すぞ! 手隙てすきの者は治癒師を呼んでこい、教会に行って引きずってでも連れてこい!」


 騎士団最強と言われるルシウス・エッシェンバッハだ。最強の騎士は、仲間の士気を鼓舞高揚させる最高のムードメーカーであった。


「前面の守りを固めよ、右翼左翼のものは自分の判断で斬り込んでよし! 魔導師はありったけの魔力で城壁を築け! 入り口など要らんからな!」


 目の前で起こっている現実を受け入れることができず、ただ茫然と立ち尽くしていた騎士だちも、その激を聞いて身体にスイッチが入った。



「「「「 ウオオオォォォォ!! 」」」」


 エッシェンバッハは治癒師の手配を命じたが、治療を受ける側のアルド学長、ウズ隊長の安否は確かめるまでもなく絶望的な肉塊と化していて、仮に今治癒師が到着したとしても助けることはできないだろうことは誰に目にも明らかだった。


 だが……それでもだ。それでも治癒師がいない現状よりも、治癒師が遅れて来るほうがまだ希望はある。こんな些細なことが士気にかかわり、例えば足元に咲く草原の草の、花一輪を踏みつぶしたくないと心に決めると、それが支えになり、折れそうになったときに力を発揮する勇気となることもある。


 騎士とは、自分たちよりも強い、明らかな強敵と対峙した時こそ気持ちの持ちようを重視するものだ。

 その条件で考えると、ルシウス・エッシェンバッハは理想のリーダーであるし、騎士団を引っ張ってゆく、力強き牽引車であった。


 一方、首を捕まえられ、片手で高々と吊り上げられているハモンド騎士団長は掴まれた手を必死で引きはがそうとするが、ゾフィーの握力に抗うことも出来ずにいた。目の前が暗くなりはじめる。気が遠くなるのを感じ、抗う手が脱力して、だらりと下がるまでそう時間はかからなかった。


 それを危険と判断し、隊列の一番前に陣取っていた男がひとりダイヤモンド隊形を崩して歩み出た。


 ルシウス・エッシェンバッハだ。


「騎士団長を離してはもらえぬか。力比べなら私がお相手いたそう」


 さっき屋台の前で倒した衛兵の男よりも若く、ゾフィーから見ると小さな男だった。

 だがルシウスが一騎打ちの申し出をしたことで騎士たちは盾を打ち、踵を踏み鳴らした。


 ルシウスの青い瞳で、まっすぐに睨みつけられると、ゾフィーはその申し出を無碍に断るようなことはできなかった。なぜならゾフィー・カサブランカは誇り高きエルフ族の戦士なのだから、同族の尊厳を踏みにじるヒト族の騎士に挑まれて引くようなことはない。


 ゾフィーは片手ネックハンギングツリーという力技を見せつけてこのまま真っ直ぐ歩いて道を開けさせようと思っていたが、やはり気が変わった。戦場で挑まれたことなど記憶を辿ってもあまり覚えてないぐらい久しぶりの事だ。


 ゾフィーの唇がニヤリと喜びを表現すると、バキバキキッと鈍い音がした。ハモンド騎士団長の首を握力だけでへし折った音だ。


 チアノーゼ症状が出ていたところに首の骨をへし折られ、死にゆく男になどもう人質の価値もない。左手を下ろすついで、ハモンド騎士団長を無造作に投げ捨てると、ゾフィーは右手に持っていた、いかにも切れ味の悪そうな剣をその手から"フッ"と消してみせた。


 剣を出したり引っ込めたりできる。一部始終を見られた以上、もはや丸腰だなどと思う者もおるまい。



 ルシウスは投げ捨てられた騎士団長の救命を近くにいた魔導師に頼むと、持っていた剣をゾフィーに向けて名乗りを上げた。


「ここの門を守るルシウス・エッシェンバッハだ。女とて容赦はせぬ、プロテウス東門、そうやすやすと通れると思うな」


 騎士団がエルフに向かって名を名乗るなど、これまで何度自分から名を名乗っても相手してもらえなかったサオが聞いたら怒り狂って自爆する勢いで地団駄を踏むだろうが、ルシウス・エッシェンバッハは最初からゾフィーをただのエルフだとは考えてはいなかった。


 もちろんサオを抜くことができず、敗戦と撤退続きの騎士団遠征隊からサオの強さはイヤと言うほど聞かされているし、たった一日でセカ港に陣取る帝国軍5万を薙ぎ払い、南東部を死守せんと戦ったアルトロンド軍まで打ち破り、セカから追い出したのも記憶に新しい。


 その力を疑問視する者もいたが、たったいまグリモアを使わせもしないでアルドを倒してしまった力を見せられては、決死の覚悟を見せるしかなかった。


 この女は明らかに格上の相手であることは分かっている、だがその力量の差がどれほどのものなのか、読みあぐねていた。


「へえ? 名乗ってくれるのね? この国の軍人はエルフに名を名乗らないって聞いていたのですけれど?」


「それは心の持ちようだ。お前の魔導派閥にサオという女がいるだろう? 門を守るゲートキーパーとして尊敬に値する! 強いものに種族など関係ない……」


「なるほど……、いい心がけですね、サオに教えてあげたら喜ぶかもしれませんね。では私もあなたに名乗りましょう……。ゾフィー・カサブランカ。アリエル・ベルセリウス第一の妻です。なのでベルセリウス派の魔導師かと問われると確かにそうなんですが、ちょっと違う立ち位置なのですけれど……」


 ゾフィーは申し訳なさそうにしながら続けた。


「でも、あなたの腕前では私を止めることはできませんよ?」


 ルシウスはチラッと見ただけで相手の力量が分かるとでも言いたげなゾフィーの態度に、内心ムッとしながらも、ゾフィーの醸し出す何やら得体のしれない気配のようなものに当てられて、奥歯がカチカチ鳴るほど震えはじめたのに気が付いた。


「もとより承知!」


 武者震いを噛み潰したルシウスはそう言って盾を構え、ぐいっと腰を沈めていつでも剣の間合いに飛び込めるよう戦闘の姿勢をとった。


 周囲を囲む騎士たちがルシウスの覚悟に応える。


「「「「「ウオオオォォォッ!」」」」」


 周囲の騎士たちの声援が割れんばかりに響き、打ち鳴らされる盾と石畳のリズム。

 ウォークライが渦巻き、いま一騎打ちに出たルシウス・エッシェンバッハだけでなく、周りの者も気合と士気がどんどんあがってゆく。


「私の力を認めたのなら、この場を明け渡し、国王の前まで案内することをお勧めしますが? それとも無駄に死にますか? 後ろで見ているあなたの部下たちも無事ではすみませんよ?」


「断る! お前を通さないのが使命だ」


「そうですか、あなたならもしかすると……と思ったのですが、残念です……」


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