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02-23 転移魔法の距離

20210810 手直し




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 ナンシーの救出劇から一週間が過ぎ、アリエルたちはなんだかもう何もする気が起きなくて、ただ怠惰に毎日を送っていた。パシテーはあの日、確かにポリデウケス先生の補助をお願いしていたはずが、そのポリデウケス先生のスピードじゃパシテーに追いつけず、結局、山小屋の外に居た誘拐犯2人ともパシテーの手で倒されてしまったという、なんともお粗末な不手際のせいで、当のパシテーがまだちょっとショックから立ち直れていない。


 ここんとこ毎晩パシテーと一緒に寝ている。


 昨日はもういいだろうって言って自分の部屋で寝ようとしたら、

 パシテーのほうがアリエルの部屋を訪問し……「えっと夜這いかなあ?」なんて茶化したことを言ってる尻から布団に潜り込まれた。まさかパシテーのほうから夜這いをかけてくるとは思っていなくて、もう心臓が破裂するんじゃないかってほどバクバクしたんだけど……。


 これほどまでに10歳の身体からだである自分を呪ったことはない。中身28歳の男が、肉体も28歳に変身する魔法を使って、アラサーパワーでパシテーと抱き合えたら、この世界はバラ色に見えたろう。


 なんて冗談を言ってる場合でもなく、パシテーのほうはまだ不安定だ。落ち着くまでまだもう少しかかりそう。対するアリエルの身体はあらゆる面で調子が出るまで、あと4~5年はかかりそうな気がした。

 この続きはチンコに毛が生えてから必ず!



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 誘拐事件のほうは、まだ厳密には終わってなくて、ユミルとポリデウケス先生は衛兵の事情聴取に何度か呼ばれたようだ。特にユミルが倒した誘拐の主犯はこれまで王国狭しと若い娘を誘拐して回った凶悪犯らしく、王都にもセカにも娘を誘拐されたまま身代金を支払っても帰ってくることなく、家族は騙され、誘拐された娘はどこぞに売り飛ばされていたという極悪非道な男だった。


 もちろん、娘を攫われた家族が血眼になって探していた重要指名手配犯だったのだけど、殺してしまってはもう、過去に売られた娘たちの行方を知ることはできない。


 生かしたまま捕らえたら100ゴールドの賞金だったものを、殺してしまったということで賞金額は10ゴールドにまで下がってしまった。ユミルの家族は惜しい惜しいと恨み言のように唱えていたらしいけれど、ユミル本人は素直に賞金の10ゴールドを受けとり喜んだ。10ゴールドとは言え、日本円に換算したら100万円だ。


 もちろんユミルから山分けの話を持ち掛けられたが、もともとナンシーを助けに行くのが目的で、カネ目的じゃなかったし、別段カネが欲しいわけじゃないので丁重に断った。ギルドから受け取った報酬だけで満足している。


 アリエルが衛兵に呼ばれたときは、見張りの右側の奴を倒した時の剣と致命傷になった傷を照合されたぐらいで、後頭部の首に刺さったナイフは致命傷とは判断されなかった。その後パシテーも外に居た2人を投げナイフで倒したってことになったけど、誘拐の主犯格には手を出していないので、すぐに帰してもらえた。


 ポリデウケス先生が殺したロゲって野郎は領都セカと王都プロテウスでそれなりに悪事を働いていた過去が洗い出されたせいで、先生も何度か衛兵の屯所に呼ばれたらしいのだけど、その時ポロっと口を滑らせて難民移送の時の盗賊行為も明るみに出て、夜ご飯を食べようかって時間に衛兵がベルセリウス別邸に訪ねてきやがって、そこでまた事情を話すことになった。ちなみに難民キャンプのほうでも炊き出し中に衛兵たちが訪問したそうだ。先生がロゲを殺したときは明らかに丸腰だったから、盗賊行為を白日の下にさらしておかないといけなかったわけだ。


 ナンシーの両親が別邸うちに訪ねてきて、お礼を言われたんだけど、話の最中に涙を流し始めて、どうしたものかとオロオロしてるうちに両親ともに号泣。なだめるのに苦労した。


 ナンシーの両親はお礼を言いに来て、ありがとうございましたの気持ちで感極まって涙が出てきたわけじゃなく、娘が帰ってきてホッとした、その安堵感から涙が止まらなかったわけだから、その涙の理由はとても美しいと思った。ただちょっとだけもらい泣きでホロリとしてしまったけど誰にも見られてない。


 あと、王都や領都でも有名な賞金100ゴールドの凶悪犯に女子生徒が誘拐され、ポリデウケス先生とパシテー先生が立ち上がり、その教え子であり、分家したとはいえ領主ベルセリウス家の末席に名を連ねるアリエル・ベルセリウスと、同じくクラスメイトの正義感溢れるユミル・グラッセが力を合わせて誘拐犯を討伐し攫われた女子生徒を救出するという話が話題になり、領都セカにまで知れ渡ったらしく、どうやら近々領都セカのほうで芝居にして上演しようとかいう計画が持ち上がったらしい。

 近々くわしい話を聞くために脚本家が来るとかで、いまマローニに向かっているそうだ。まあ、アリエル・ベルセリウスという名前だけ仮名にしてくれたら別にどんなシナリオになっても構わない。


 ナンシーを攫われてしまった中等部の教員たちは今までは強化魔法ほどの効果はないと言われていた魔法実技の必要性がはっきりしたので、やっぱりパシテー先生に教えてほしいと、シャルナクさんを通して教育長に懇願され、無碍に断ることもできなくなってしまった。じゃあアリエルの登校日、月曜と火曜だけ、アリエルが中等部に在籍している本年度だけの臨時講師で良ければ……という条件で引き受けた。


 明日からまたしばらく臨時でパシテー先生が復活することとなった。


 ところで1週間待たされていたパシテーの短剣セットを受け取って戻ってきたら、マラドーナ装品店に頼んでいたパシテーの服が届いていたので、さっそくパシテーに着てもらうことにした。


 さすがテーラーメイド品なので、サイズはぴったり……というより、すこしタイトで、身体のラインが出すぎるようにも感じるけど、これはこれで狙っていた通り、期待していた以上の出来だったので、べつに公言するつもりはないが、このマラドーナ装品店を贔屓にしてやることにした。


 フード付きロングコートだけは重ね着することを考えてちょっと大きめに作られてあるそうだ。

 ベリーショートのパンツとミニスカート、それにニーソックスが好きすぎる。それに加えてロングコート。これが白だったら、白衣に超ミニスカートで生徒を誘う保健室の先生を演じられるから、あらゆる意味でこのパシテー装束を支持する。


「ああ、俺好み過ぎる」

「スカート短くて恥ずかしいの」


「大丈夫。スカートはダミーだから。ちゃんとズボン穿いてるから今後はこの格好を基調にね」

「う、うん。兄さま、ありがとう」


 その腰に、4本差しのナイフベルトをゆったり目に巻いて腰に掛けるとスカートにかかるけど、ナイフの角度が水平に近いおかげで、フリルのついたスカートと相性が悪くない、とてもいい感じに仕上がっている。


「どう?どんなかんじ? 抜き差ししてみて」


 シュバババッ!

 風を切って飛び出し、正確にシースに戻っていく。まるでプロボクサーが4発同時にジャブを繰り出したかのように、短剣が飛び出しては、左右を入れ替えてシースに収まるという動作をパシテーは何度も繰り返しながら、このシースとナイフの感触を確かめている。

 硬い薄物金属独特の、クワァァァァァンという響きが、抜くたび、収まるたびに小さく鼓膜を震わせながらの剣舞だ。


「うん、いい。兄さまの短剣から響く音が最高」

「でも4本は同時に扱えないの。鍛錬しないと」


「ああ、パシテー。それなんだけど、短剣に2カ所ずつ小さな穴があいてるからさ」

 無色透明だけど、パシテーになら見える[カプセル]を作って、手のひらにの上にのせて見せた。

「これ無詠唱で作れる?」

 パシテーは[カプセル]をまじまじと観察すると、すぐに魔法の正体を読みとった。


「風の魔法」

「そう、風の魔法なのに、ここにマナを詰めたら[ファイアボール]になったり[爆裂]になったりもする。パシテー、風魔法も使ったことあるだろ。ひとり見よう見まねで風魔法使って[スケイト]しようとしてたときとか……。風なんて単なる空気が流れだからね、川に水が流れる水の魔法も同じ。この[カプセル]の魔法が基本になってる。効果は、大きく広げたり、小さく圧縮したり、あともうひとつ秘密の効果。それが今回の目的だから、さあ、作ってみて」


 パシテーが手のひらを広げると、そこに直径3センチ程度の[カプセル]が出現した。パシテー的にはもっと大きなものを出したつもりだったらしく、落胆したように「ちっちゃいの」と呟いた。

 でもそれで上出来なんだ。


「じゃあそれを大きくしたり小さくしたりしてみて」

 ものすごく集中して操作しているけれど、最大5センチ。最小で1センチといったところか。


「ん。いいね、じゃあそれ破棄して、次は最初から1センチぐらいの[カプセル]出してから、それを縮めて、このナイフの穴に詰めて、ちょっと大きくして抜け落ちないように。4本分、8個全部の穴に詰めて。丁寧にな。後でやり直してもいいけど」


「できたの。これどうするの?」

「じゃあ4本すべて操ってみて」


 パシテーは何が始まるのかわからず首をかしげながら4本を操り、体の周りを一回りするかしないかで感嘆の声をあげた。


「えええええっ! どうしてなの?」


 4本の短剣をすべて高精度でコントロールしている。しかも容易に。

「ええっ? 後ろにあっても、まるで見えてるように分かるの」


「カプセルの魔法は、作った術者には今どこにあるのか正確に分かるんだよ。1本に2個つけてるから、短剣が見えてなくても、傾きや角度、向きまで手に取るようにわかるだろ?」


「うんうん、すごいすごい、見えなくても分かる。これなら目を閉じてても5本……、6本同時に、きっと夜でも精度が落ちることないの。兄さますごい、やっぱり天才なの」


「オールレンジ攻撃が板についてきたね……。こりゃもう勝ち目なさそうだ。なあ、火の魔法はどれぐらいできるの?」


 パシテーは恥ずかしそうに人差し指同士をくっつけながら、目線を下に落とし、


「トーチだけ。土が得意なの。風がほんの少しと……水と火はからきし」

「なるほど、わかった。じゃあ得意な土だけでいいかな。ああでも、ストレージ使えたらいいんだけどな。やってみる?」


「できるの?」

「できるかどうか分からないから試してみようか」

「うん、試してみるの。私もストレージの魔法があったら着替えをたくさん持って旅ができるの」


「あはは、そうだね。じゃあ、パシテーのそのナイフ1本貸して」

 アリエルが手を出すと音もなく、優しく完璧な操縦で、アリエルの手のひらの上にスッと乗った。


「今から俺がこのナイフを[ストレージ]に転移させるから、行方をちゃんと追跡するんだ」

「うん、わかったの」


 パシテーの[カプセル]のついたナイフをアリエルが[カプセル]で包み、そして転移させる。



―― フッ……。


 消えた。


 アリエルにしてみればすぐ手の届く目の前に収納したのだけれど……。パシテーは転移させたナイフを見失わないようにするためか、こめかみに指を添えて集中を深める。


 異変はすぐに訪れた。パシテーの目が焦点を失い、表情まで抜け落ちると、足もとが覚束なくなり、フッと気を失ったようで、ストンと足から力が抜けた。


 倒れる前にアリエルが抱きとめ、腕の中に納まったのでケガをすることはなかったけれど、なんだか危険を感じたので、短剣は[ストレージ]から出しておいた。


 倒れたパシテーはひどく疲労困憊していて、意識が混濁してしまい、一瞬だけ気を失ってしまったようだ。パシテーを回復しようと抱きしめてみると、パシテーの身体からマナが感じられないことに気が付いた。少し前、ノーデンリヒトまで[スケイト]で滑って行くのにパシテーが少し無理をしたときのマナ欠乏が、かなり重症化したような症状だ。だとするなら心配はいらないけれど、きっとすぐには動くことができない。


 パシテーを抱きかかえたまま部屋に戻り、ベッドに寝かせると、パシテーはアリエルの手を掴んだまま朦朧としながら訴えた。


「兄さま、遠いの………。気が遠くなるほど。空の星の……もっと向こう……」


「そうか、ごめんな。別な方法を考えようか。今日は寝てなさい」

「マナを切らしたっぽいの……、少し休めばきっと大丈夫なの」


「明日は学校だろ。俺も朝から出るからさ。今日は休んどけ」


 パシテーの部屋を出て自分の部屋へ行こうとすると呼び止められた。


「兄さま……ひとりにしないでほしいの」

 アリエルは回れ右をしてパシテーのベッドにもぐりこみ、ちいさく丸くなって眠る、自分より6つも年上の妹の頭を優しく撫でながら思いを巡らせた。


 [ストレージ]、遠い……って言ってたな。

 すぐ手の届くところに収納したはずなのに、パシテーには星の彼方に感じたのだろう。

 マナ欠乏を起こしてた。カプセルの魔法は、距離が光年の彼方にまで離れると座標を把握するのに莫大なマナを消費するということだ。物理的な距離と論理的な距離の違いというやつか?……実はストレージの魔法の仕組みは分からない。この世界の人たち、パシテーもビアンカも、トリトンもみんな、呼吸するのに酸素を取り入れて二酸化炭素を排出しているだなんて知らずに呼吸しているようにだ。


 ストレージの魔法はカプセルの瞬間移動に過ぎない。その距離がどれぐらい離れているかなんて気にしたことがなかった。それだけの話だ。


 アリエルがストレージを使うではなく、パシテーが自分でストレージに転移させたならよかったのかもしれないけど、この様子だとおいそれと試すことも出来なくなった。


 パシテーは1時間ほど休んでいると動けるようになったらしくベッドの中でモゾモゾと動き始め、ヘロヘロになりながらベッドに腰かけることに成功し、その後フラフラと立ち上がった。


「んっ、大丈夫なの」

「無理だってば。魔導師がマナ欠乏けつぼうしてしまったんだから、大人しく寝てろって、おれは雑用を済ませてくるから、な」


 アリエルはパシテーをヒョイと抱き上げると、まるで空気をたっぷり含んだ羽毛布団をふわりとかけるように、ベッドにそっと寝かせた。


 アリエルが身体に纏う強化魔法のせいもあるだろうが、マナ欠乏でありながらパシテーは飛行魔法を使って自らの体を浮かばせて、抱き上げるのに重量感を感じなくさせている。


 ゆっくり寝てろ。そう言われたのが魔導学院の寮だったとするならば、パシテーも大人しく従っていただろう。だけどここは大貴族と言われる領主直系のベルセリウス家の別邸だ。ビアンカもトリトンも家族として迎え入れるとは言ったが、それを額面通りに受け取るようなバカはいない。やはりパシテーには遠慮というものがあって、ベルセリウス家の屋敷で住まうのに、まだアリエルが一緒にいないと心細いのだ。


「しゃあないな、マナを使わないって約束するなら連れていくけど、時間かかるよ?」


「ん。それでいいの」


 パシテーはそういって了承したが、それって結局、アリエルもスケイトを使ってサッとひとっ走り行ってくるなんてことができなくなってしまったということ。


 それでは散歩を兼ねて、ぶらっと街歩きでもしてみようか……なんて、およそ10歳の子どもには考えもつかないような年寄りくさい発想をして、パシテーの手を引き、散歩がてらで駆けることにした。


 徒歩でゆっくり歩くのもたまにはいい。

 アリエルたちはまず通りを渡って鷹の旗のもと、冒険者ギルドを通り過ぎ、ひとつ裏の通りに入ってまずは武器と防具の店に立ち寄った。ここでは腕っぷしの強そうな、だれも強いとは言ってない店主に残り2本の短剣を預け、穴開け加工をお願いした。ついでにその2本の短剣を脇の下にぶら下げる専用のシースも注文しておいた。これでパシテーの短剣が6本になるわけだが、別に6本同時に操らなくても単純に予備という意味でも持っておいた方がいいと思う。


 あとマラドーナ装具店にも寄ってパシテーの服の洗い替えという訳じゃないが、もう一着、すこしデザインを変えて注文しておいた。黒を基調に白の部分を多く取ってゴシック風な雰囲気に仕上げてもらうつもりだ。これもアリエル好みのデザインとしか言いようがないのだが。


 アリエルはともかくパシテーは飛行術を覚えてからというもの、こんなに歩いたのは初めてのことだったので、マナ欠乏していることに加えて体力の低下も著しく、いまにも道端で眠りこけてしまいそうなほど疲れているようなので今日やらなくていいことは今日やらないという法則を採用して今日はもう大人しく帰ることにした。


 パシテーがビアンカともう少し打ち解けて、一人でも屋敷に居て気を遣わなくなるまで、単独行動できなさそうだけど……。それも含めて師匠の考えの内、兄弟子がしなくてはならないということだろう。


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